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作者: ちありや
第110話 かいざあ
 大豪院 覇皇帝かいざあのこれまでの人生は波乱の連続であった。いやむしろ波乱しか無い人生であった。

 生まれた時点で体重5700gのジャンボサイズ、当然帝王切開となり「帝王シーザーよりも強くあれ」の願いを込めて『覇皇帝かいざあ』と名付けられたた。

 その後、新生児に体の栄養を全て吸い尽くされたが如く衰弱した母親は、産後の肥立ちが回復せずに覇皇帝かいざあの生後1ヶ月で息を引き取ってしまう。

 大豪院家は室町時代から続く名家で、特に男子は「質実剛健たれ」と幼少時より様々なスポーツや武術を叩き込まれる。
 肉体、精神共に強く育てられた大豪院家の男子は各方面で優秀な人材を輩出し、各界への影響力も強い物を持っていた。

 その様な環境があったせいかどうかは定かでは無いが、覇皇帝かいざあ坊やは母親の居ない寂しさや、幼い頃から受ける各種訓練にも泣き言一つ言わずに逞しく生きていた。

 というより常に無表情で言葉も必要最低限の物しか話さない覇皇帝かいざあに、周りの大人も対応しかねていた部分も大きい。
 一時自閉症を疑われたりもしたが、検査の結果「自閉症ではなくそういう性格だった」という結論も出ている。

 何より体格面での彼の成長は著しく、5歳にして屈強な武術教官らとの腕相撲や模擬戦では負け知らず。
 立ち会いでも構えすら見せないノーガード戦法(いや皇帝らしく『威風堂々戦法』とでも呼ぼうか)、防御の型を全く見せない覇皇帝かいざあに、教官達は寸尺の傷すら負わせる箏が出来なかった。

 彼が『人間を超越した存在である』と知らしめた決定的なイベントは、彼が8歳の時に交通事故に遭った事件だ。
 横断歩道を渡っていた彼に向けて、4t積みのトラックが猛進してきたのだ。
 覇皇帝かいざあとトラックは衝突し、両断されたトラックの破片が車列と歩道に突っ込んで辺り一面は爆発炎上し、数十名の死傷者を出す大惨事に見舞われたのだ。

 事故の原因は分からない。彼の信号無視ともトラック運転手の居眠り運転だとも言われているが、その結果は「原因などどうでもいい」と思わせる程に目を覆う惨憺たる物であった。

 その様な中にあって、事件の中心にいた覇皇帝かいざあは傷一つなく無事に生還している。
 家の使用人に事故の事を聞かれた際の返答も、全く動じる事なく「ちょっと驚いた」の一言だけであった。

 次の事件は彼が小学5年生の時。父親と春休みに海外旅行に行ったのだが、その帰りの飛行機が落雷を受けて墜落したのである。
 金属で出来ている飛行機は、雷の様な強い電流を受けても機体表面を電気が流れるだけで、内部に強い影響を残す事は無い。

 しかし件の飛行機は雷をきっかけに右の主翼が根本から折れ、飛行を継続する事が出来ずに地表に落下した。
 雷では無く整備不良が原因とも言われたが、航空会社は「整備はマニュアルに則った万全な物である」と頑として責任を認めなかった。

 というのも墜落現場で確認された機体の主翼は整備不良や金属疲労で『折れた』ものでは無く、何かに『切断された』形跡が見られた為である。

 上空8000mに在る飛行機の翼を切断する物が果たして存在しうるのか? この事は『ミステリー事件』として少しの間騒がれたが、それ以降後続の情報が一切無かった為にやがてこれも『原因不明』として沈静化していった。

 余談ではあるが、増田蘭の両親もこの飛行機に乗り合わせて不幸に遭っている。

 飛行機が真っ逆さまに落ちて生還できる人間など居ない。覇皇帝かいざあの父親を含む飛行機の乗員乗客144名は1人を除いて全員死亡、墜落現場に於いてそのほとんどは悲惨にも人としての形を成していなかった。
 当然その1人とは覇皇帝かいざあであるが、これ程の大事件、彼も無傷では済まなかった。彼の負ったダメージは『両手両足、身体の打ち身、計15ヶ所』である……。

 かつて油小路が語った様に、大豪院覇皇帝かいざあという男は『異世界を守る勇者候補』であり、その魂を転生させる事、或いは転生させる前に封印する事を目的に、神と魔王の両陣営から命を狙われている状況だ。

 トラックの事件は神側の、飛行機の事件は魔王側の引き起こした事件である。
 もちろん彼の魂を巡って次元を超えた戦いが繰り広げられている事など、覇皇帝かいざあ本人は知る由もない。

 普段から無表情で心が無い様にさえ見える覇皇帝かいざあではあるが、感度は鈍いものの全く心が無い訳では無い。
 自分の周りで数年おきに大惨事が起きるのは自分の存在となにがしかの関係があるのではないか? と考えられる程の頭もある。

 その結果、彼は大豪院家の所有する山林で修行を兼ねて数年過ごす事になる。

 山林で過ごすと言っても常に山に篭っている訳ではない。たまに麓の町に買い出しに行くのだが、既に身長2mに至った覇皇帝かいざあにわざわざ近寄る者もおらず、町に出ても彼は孤独の中にいた。

 そこで覇皇帝かいざあに声を掛けた奇特な人物がいた。
 どうやら個人経営の占い師の様で、小机に乗った大きな水晶玉を覗き込みながら何かを見ている30代と思しき女性だった。

「あなた、トンデモナイ不幸な運命に見舞われているでしょ? それを根本から正さないと、今後もあなたの一生は多くの不幸に見舞われる事になるわ…」

 いかにもインチキ臭い物言いではあったが、声を掛けられる箏自体が稀有であった事と、初対面なのに覇皇帝かいざあの運命について深く知っている様子に、彼の好奇心は反応した。

 話を聞いてみると、遠方の町に『彼の歪んだ運命を正せる女』がいるらしい。さすがに名前や特徴までは分からないが、彼がその地に赴けば自然とその女と引かれ合うだろう、との事だった。

 偶然出会った素性も知れぬ占い師の言葉に導かれて、大豪院覇皇帝かいざあはつばめ達のいる地方へ引っ越し、瓢箪岳高校へ転入する事となった。
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