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作者: ちありや
第56話 なみだ
「はっ! わたしは一体…?」

 沖田が去ってから5分ほどであろうか、半ば気を失ったまま立ち尽くしていたつばめの意識が戻ってきた。

『確か沖田くんとデートしていた様な気がするんだけど、あれは夢だったのかしら…?』

 沖田に1人帰られた、辛く悲しい現実を受け入れる事が出来ずに、逃避活動に入るつばめ。
 しかし、夢ならば靴屋で1人立ち尽くしては居ないだろうし、明らかに普段着とは違うワンピースなども着てはいないだろう。

 沖田と買い物に来た、というだけの事なのに1人舞い上がって、デート気取りでその後のイチャイチャラブラブな展開を勝手に妄想していた、哀れで滑稽な女がいるだけだ。

『沖田くん、可愛いって言ってくれたのに… わたしなんて買い物さえ終わったらもう用済みの女なの…?』

 ショックの余り体に力が入らない。10m程先にある施設内に備え付けられている休憩用のベンチへとふらふらと歩き、座り込む。

 きっとここで座って待っていれば、先程帰っていった沖田が再び現れて「なんちゃって、驚いた? この後どうする? カラオケでも行こうか?」などと茶目っ気のある笑顔で誘ってくれるに違いない。

 違いない……。

 つばめの頬に一筋の涙が流れ落ちた。

 分かっている… 頭では分かっているのだ。いくら待っても沖田は戻って来ないという事を。

 それを認めてしまうと沖田を恨んでしまう、嫌いになってしまう自分があらわれそうで、それがつばめには堪らなく怖い。

 沖田とは出会ってまだ一週間にも満たない。それでも彼の笑顔には多くの元気を貰ったし、マジボラの悩み事も彼のおかげで落とし所を見つけられた。

 今ここで彼への想いを『嫌い』に振ってしまったら、全てが『無かった事』になりそうで怖いのだ。

「ねぇ、アナタ大丈夫…?」

 途方に暮れてベンチに座りながら鼻を啜るしか出来なかったつばめに、若い女性の物と思しき声がかけられる。

 声の方に涙にボヤケた目をやると、長い黒髪の少女が心配そうにつばめをのぞき込んでいた。
 歳の頃はつばめと同じ高校生くらい。全体的に整った顔立ちをしており、やや釣り上がった目は怒らせると怖そうだが、今はとても優しそうな光を放っていた。

「あ、ハイ。大丈夫です… ちょっと色々あって…」

『1人で考えていると悪い方へ悪い方へと、ドンドン底なし沼に沈んで行きそうだったから声をかけて貰って助かったなぁ…』

 見知らぬ少女に救われて人心地を取り戻したつばめ。ようやく笑顔を浮かべる余裕も出てきた。

 くだんの少女は靴屋での買い物を終えたところだったのだろう。荷物をベンチに下ろしてつばめの隣に腰掛ける。

「ベンチ座るちょっと前から見てたけど、何か辛そうだよ? 救護室で休むなら警備員さんとか探してくるよ?」

 黒髪の少女は世話焼き体質なのか、つばめを心配して色々と気遣ってくれている。弱っている時に受ける優しさの暖かみをつばめは全身で感じていた。

「ありがとうございます。でも本当に大丈夫です。少し休んだら帰ります」

「…ねぇねぇ、もし良かったらこのおねーさんに何があったか話してみない? 知らない人の方が話しやすい事もあるでしょ?」

 まだ生命エネルギーの補充の足りていないつばめに対して、黒髪の少女はグイグイと迫ってきた。
 興味本位の冷やかしである事は間違い無かろうが、それでも悪意からでは無く善意からの発言であるとつばめには感じられた。

「実は…」

 つばめは先程の沖田とのイベントの顛末を黒髪の少女に話して聞かせた。

「何それ? せっかく女の子が頑張ってるのにサイテー! 私だったらもう全力パンチだね!」

 つばめの話にまるで我が事の様に激昂する黒髪の少女。一歩引いた所で自分の気持ちを受け止めて共感してくれる人がいると、とても気持ちが楽になる。

「あはは… でも分かって貰えて嬉しいです。ちょっとスッキリしました」

「そうそう、女の子はとにかく喋って発散するのが一番スッキリするのよ! おねーさんの人生訓」

 ここでつばめはふと小さな疑問を抱く。

「そう言えばさっきから『おねーさん』って言ってますけど、あんまり年齢変わりませんよね?」

 つばめの言葉に黒髪の少女はきょとんとして

「え? 貴女中学生じゃないの? 私は瓢箪岳高校の1年生よ」

 と返す。徐々に調子を戻してきたつばめも

「わたしも瓢箪岳高校ひょーこーの1年生ですよ!」

 と返す。目を合わせた2人は共に笑顔を交わす。

「ホントに? じゃあ同級生じゃない! 何組?」

「C組です。わたしは芹沢つばめって言います」

「私はF組の増田蘭よ。なんか私達気が合いそうね。お友達になりましょう!」

『ますだらん…? なんだか最近その名を聞いたような聞かないような…?』

 握手を求めて差し出してきた蘭の手を、つばめは不思議そうに眺めていた。
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