第3話 にゅうがく
校舎の入り口に新入生のクラス分けが掲示されていた。つばめは1年C組らしい。
家から近い高校なだけあって、同じ中学校出身の生徒もそれなりに多い。もっともC組の中に元から親しかった生徒は居なかった。
「A組によーちゃんとみっちゃんがいるけど、別のクラスの同中学出身者に縋るのも格好悪いしなぁ、ここは一から友達作ってみるかな!」
つばめは自身の前向きな決意に気合を入れ直す。『神は自らを助ける者を助ける』のだ。
新しい友人を作り、高校生活をより豊かなものとする。つばめの新生活最初の目標だ。
「まずはさっきのカッコイイ男の子と仲良くなりたいなぁ…」
いや、まずは色欲であった。
1年C組の教室の前には今まさに担任の教師が、教室に入るべく引き戸に手をかけようとしていた。
30代と思しき男性教師、外見はイケもせずブサでもなく、出会って5分後には顔も忘れているようなモブ顔であった。
「C組の生徒か? 遅刻ギリギリだぞ。早く入りなさい」
教師はそう言ってつばめを教室へ誘う。入学初日から担任と共に教室に入るという、転校生の様な扱いを受けてつばめは顔を赤らめていた。
廊下側から男女混合名簿順で仕切られた机の列、2列目の前から4番目につばめは自分の席を見つけ腰を掛ける。
廊下側の右斜め前の席は空席だ。入学早々欠席なのかな? 何の気なしにつばめは思索する。
「では改めて初めまして。私が君達の担任になった『 佐藤 三郎』だ。教科は世界史、独身で彼女いない歴3年だ。1年間宜しくな!」
佐藤教諭の渾身の自己紹介に散発的に拍手が上がるも、どこか白けた空気が漂う。やはり独身云々は言うべきでは無かった。
モブ顔、モブ声、モブネーム、『あまり気にしなくていいかな』とつばめは思う。自分だってアホ毛が無ければ限りなくモブ女生徒なのだが、つばめはそういった都合の悪い事は考えない事にしている女子なのだ。
佐藤教諭は続ける。
「あぁそう、出席番号2番の『沖田 彰馬』だが、ついさっき校門で事故を起こして負傷した、という事だが大事は無いそうだ。念の為今は保健室で休んでいるらしい」
校門で事故、とは先程の彼ではないのか? つばめの中で全ての謎は収束し、たった1つの答えを導き出した。
『彼、『おきたしょうま』くんっていうんだ、名前もカッコイイな… しかも同じクラスとかツイてる!』
もうすでに『沖田つばめ』と称して赤ん坊を抱いているレベルまで妄想に耽るつばめの頭には、もはや入学式に関する佐藤教諭の説明は全く入っていなかった。
とは言え入学式の様な練習の出来ない行事は極力シンプルな構成に作られている。実際体育館で行われた入学式は恙無く終了し、クラスに戻り出席番号順に各自の簡単な自己紹介が行われた。
1年C組は男女半々のの24人構成でつばめの出席番号は10番。1番から始まり、つばめの直前の9番まで来た。
「えー、出席番号9番、鈴木 音速。『音速』と書いて『まっは』です。こんな名前ですけど、ずっと将棋部です」
9番の自己紹介にクラス中が爆笑に包まれる。名前が変わっているだけで、顔も声も普通の男が美味しい所を攫っていった。結果的に次のつばめのハードルは急激に上がる事になる。
『何してくれてんのよこの男…』
つばめは初対面の男(いや、厳密には前の席に座っているので背中しか見えない)にも殺意を抱く事が出来るのだ、という事を学習した。
だがしかし、つばめも持ちネタが無い訳ではない。打率はあまり高くはないが、受ける人間には受ける、というネタがある。今が勝負の時だろう。クラス中の視線を浴びてつばめは立ち上がる。
「え、えと、出席番号10番、芹沢つばめでーす。得意技は『つばめブーメラン』です!」
そう言って頭のアホ毛を掴んで投げる仕草をした。実際には飛んでいないブーメランを、返ってきた様に見立てて迫真の演技で飛び上がってキャッチし頭に戻す。
それを見た男子の3割が笑い、女子の半分は苦笑した。スベリもしなければ受けもしない、まさに『受ける人間には受ける』との表現が相応しい渾身のネタ披露だった。
「11番、相馬 八重。趣味は読書です…」
つばめの次に何事も無かったかの様に地味目の長髪女子が立ち上がり挨拶をする。
程なくして2番の沖田を除く全員が自己紹介を終え、更に担任による教科書やプリント類の配布、明日以降の注意事項の説明があり、本日は解散となった。
『帰りに保健室に寄って沖田くんに挨拶していこうかな? 同じクラスになったよって教えてあげようっと』
学校が捌けるが早いか男の事を考えてしまう思春期のつばめ、保健室の位置をいち早く確認する。
保健室はどうやら職員室の前を抜けた先にあるらしい。
職員室そのものには何の用も無いので通り過ぎ… ようとしたつばめの足が止まる。
職員室の壁には校内連絡用の掲示板が設置されており、様々な事が書かれているのだ。
入学したてのつばめにはそのほとんどは無関係なものであったが、ただ一点、つばめの目を引き込んで離さない掲示物があった。
『以下の生徒を退学処分とする』
近藤睦美
土方久子
それはつばめが今朝遭遇した2人組の魔法熟女と小柄なメガネ少女の名前だった……。
家から近い高校なだけあって、同じ中学校出身の生徒もそれなりに多い。もっともC組の中に元から親しかった生徒は居なかった。
「A組によーちゃんとみっちゃんがいるけど、別のクラスの同中学出身者に縋るのも格好悪いしなぁ、ここは一から友達作ってみるかな!」
つばめは自身の前向きな決意に気合を入れ直す。『神は自らを助ける者を助ける』のだ。
新しい友人を作り、高校生活をより豊かなものとする。つばめの新生活最初の目標だ。
「まずはさっきのカッコイイ男の子と仲良くなりたいなぁ…」
いや、まずは色欲であった。
1年C組の教室の前には今まさに担任の教師が、教室に入るべく引き戸に手をかけようとしていた。
30代と思しき男性教師、外見はイケもせずブサでもなく、出会って5分後には顔も忘れているようなモブ顔であった。
「C組の生徒か? 遅刻ギリギリだぞ。早く入りなさい」
教師はそう言ってつばめを教室へ誘う。入学初日から担任と共に教室に入るという、転校生の様な扱いを受けてつばめは顔を赤らめていた。
廊下側から男女混合名簿順で仕切られた机の列、2列目の前から4番目につばめは自分の席を見つけ腰を掛ける。
廊下側の右斜め前の席は空席だ。入学早々欠席なのかな? 何の気なしにつばめは思索する。
「では改めて初めまして。私が君達の担任になった『 佐藤 三郎』だ。教科は世界史、独身で彼女いない歴3年だ。1年間宜しくな!」
佐藤教諭の渾身の自己紹介に散発的に拍手が上がるも、どこか白けた空気が漂う。やはり独身云々は言うべきでは無かった。
モブ顔、モブ声、モブネーム、『あまり気にしなくていいかな』とつばめは思う。自分だってアホ毛が無ければ限りなくモブ女生徒なのだが、つばめはそういった都合の悪い事は考えない事にしている女子なのだ。
佐藤教諭は続ける。
「あぁそう、出席番号2番の『沖田 彰馬』だが、ついさっき校門で事故を起こして負傷した、という事だが大事は無いそうだ。念の為今は保健室で休んでいるらしい」
校門で事故、とは先程の彼ではないのか? つばめの中で全ての謎は収束し、たった1つの答えを導き出した。
『彼、『おきたしょうま』くんっていうんだ、名前もカッコイイな… しかも同じクラスとかツイてる!』
もうすでに『沖田つばめ』と称して赤ん坊を抱いているレベルまで妄想に耽るつばめの頭には、もはや入学式に関する佐藤教諭の説明は全く入っていなかった。
とは言え入学式の様な練習の出来ない行事は極力シンプルな構成に作られている。実際体育館で行われた入学式は恙無く終了し、クラスに戻り出席番号順に各自の簡単な自己紹介が行われた。
1年C組は男女半々のの24人構成でつばめの出席番号は10番。1番から始まり、つばめの直前の9番まで来た。
「えー、出席番号9番、鈴木 音速。『音速』と書いて『まっは』です。こんな名前ですけど、ずっと将棋部です」
9番の自己紹介にクラス中が爆笑に包まれる。名前が変わっているだけで、顔も声も普通の男が美味しい所を攫っていった。結果的に次のつばめのハードルは急激に上がる事になる。
『何してくれてんのよこの男…』
つばめは初対面の男(いや、厳密には前の席に座っているので背中しか見えない)にも殺意を抱く事が出来るのだ、という事を学習した。
だがしかし、つばめも持ちネタが無い訳ではない。打率はあまり高くはないが、受ける人間には受ける、というネタがある。今が勝負の時だろう。クラス中の視線を浴びてつばめは立ち上がる。
「え、えと、出席番号10番、芹沢つばめでーす。得意技は『つばめブーメラン』です!」
そう言って頭のアホ毛を掴んで投げる仕草をした。実際には飛んでいないブーメランを、返ってきた様に見立てて迫真の演技で飛び上がってキャッチし頭に戻す。
それを見た男子の3割が笑い、女子の半分は苦笑した。スベリもしなければ受けもしない、まさに『受ける人間には受ける』との表現が相応しい渾身のネタ披露だった。
「11番、相馬 八重。趣味は読書です…」
つばめの次に何事も無かったかの様に地味目の長髪女子が立ち上がり挨拶をする。
程なくして2番の沖田を除く全員が自己紹介を終え、更に担任による教科書やプリント類の配布、明日以降の注意事項の説明があり、本日は解散となった。
『帰りに保健室に寄って沖田くんに挨拶していこうかな? 同じクラスになったよって教えてあげようっと』
学校が捌けるが早いか男の事を考えてしまう思春期のつばめ、保健室の位置をいち早く確認する。
保健室はどうやら職員室の前を抜けた先にあるらしい。
職員室そのものには何の用も無いので通り過ぎ… ようとしたつばめの足が止まる。
職員室の壁には校内連絡用の掲示板が設置されており、様々な事が書かれているのだ。
入学したてのつばめにはそのほとんどは無関係なものであったが、ただ一点、つばめの目を引き込んで離さない掲示物があった。
『以下の生徒を退学処分とする』
近藤睦美
土方久子
それはつばめが今朝遭遇した2人組の魔法熟女と小柄なメガネ少女の名前だった……。