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作者: 円宮模人
少女と裏切りと善意の殺人者
黒曜樹海こくようじゅかい 資源採取戦指定区域外 通信不能領域

 崩落した土砂の行きついた先は静寂の世界だ。黒曜の葉が擦れ合う涼やかな音色と、遠雷えんらいのような爆発音が時たま聞こえるだけだった。

 崩れ落ちた土砂の近くに、二機の人戦機が横たわっている。オクムラ警備の機体だった。

 両機共に装甲ががれ、内部の毒々しい緑色のマッスルアクチュエーターが露出していた。

「が……。くっそ……。何が起きた?」
「わかんねぇ。何か爆発が起きて。オレらはあそこから落ちたのか?」

 うめき声を上げながら機体を起こす。だが、その動作は鈍い。

「ダメだ。まともに動かねえ。そっちは動けるか?」
「少しは動けるが。誰かに助けてもらわねぇと……」
「まずいな……。連絡を取らねえと。……クソ。つながらねえ」
「こりゃ、作戦域外に出ちまったか?」
「と、あっちから何か来る音がするぞ」
「攻性獣じゃなきゃいいんだがな……」

 音の方を見ると、人型の影が近づいてくる。その姿を見たリュウヘイたちは安堵の息をつく。

「当たりの方だな。人戦機だ」
「インカムをオンにしてっと……。おーい。助けてくれないか?」

 森にリュウヘイの声が響く。しかし、人戦機からは返事が無い。もしやと思って凝視すると、近づいてくるのはヨウコの機体だった。

 二人の声に不審が混じる。

「アイツか。何しに来た? 作戦域外でうちらを倒しても、評価にはならないってのに。分かるか? リュウヘイ」
「お前に分かんねえことはオレも分かんねえよ。お前だってそうだろ?」
「まぁ、そうか」

 どこか気の抜けた二人の会話とは対照的に、ヨウコの声は穏やかな冷たさを含んでいた。

「攻性獣にやらせた方が、後処理は楽ね」

 ヨウコが呟いた直後、攻性獣が崩れた土砂からい出てきた。そして、オクムラ警備の二人に向かって近づく。

「くそ! なんで都合よく!」

 リュウヘイが叫ぶなり逃げだす。レイジも後を追おうとしたが、機体が動かない。機体の足首が、明後日の方向を向いていた。

「おい! 待て! 置いていくな!」

 レイジが叫ぶがリュウヘイは振り返らない。森の静寂に、ヨウコの冷たい声がはっきりと聞こえた。

「あら……。あなた、裏切るの……。しょうがないわね。私がお掃除しましょうか」

 そう言うなり、駆け出すヨウコの機体。

 レイジの機体のそばを通り過ぎ、執拗しつようにリュウヘイを追跡し、容赦なくガトリングガンを浴びせる。

 銃撃を浴びたリュウヘイの機体が、膝をついて倒れた。

 追いついたヨウコ機が、踏みつけながらガトリングガンを構える。銃口はコックピットに向けられた。

「あなたみたいな人、生きていちゃだめよ」

 ひどく冷たい呟きが森に響いた後、ガトリングガンの銃身が回転を始める。直後、凄まじい銃声と金属のひしゃげる音が森の静寂を引き裂いた。

「裏切り者は殺す。我らの大志のために」

 リュウヘイは、歯を震わせ、涙と鼻水を流し、うずくまりながら聞いていた。損害が内部まで及び、コックピットが闇に包まれる。

 光が再び見えたと思った瞬間、リュウヘイの意識は途切れた。

 血に染まり、空洞になったコックピットを眺めながら、ヨウコはため息をつく。

「ダメね。早く、この国を変えないと」

 その様子を見ていた者がいた。

 桜に盾の社章を肩にペイントした二機のシドウ一式だ。うち一機が頭部カメラを向けている。もう片方は操縦士が気絶しているのか、肩を担がれていた。

 ヨウコ機が振り返る。

「残念。ちょっとしたお掃除だったのに……。見られちゃったわね」
「こ、殺すなんて、どうして」

 聞こえてきたのはアオイの声だった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 アオイは、起きた凶行から目が離せなかった。

 目の前にヨウコの乗るシドウ型が佇む。機体の足元には、コックピットに大穴の開いた人戦機が転がっていた。

 シドウ一式のコックピット内で、アオイが恐怖に息を荒げる。その耳に、ヨウコのどこまでも穏やかな声が染み入ってきた。

「アオイさんの方だったのね。おしゃべりしてくれるの? うれしい」

 その一言で、自分の声が漏れ出ている事に気づく。

「あ!? インカムのスイッチ!?」
「うっかりでもいいわ。せっかくの機会だし、少しおしゃべりしましょう」

 ヨウコの声は休憩所であった時と、同じ調子に戻っていた。

 違うのは、敵として相対していることと、血で汚れた機体をゴミのように足蹴あしげにしている事だけだった。

「私には夢がある。フソウをもっと豊かな国にするの。知っている? 貧しくても精神的に豊か、なんて事はないのよ? 依存症や精神疾患、妄想、幻覚で苦しんでいる人は列強よりもフソウに多い。当然よね? 少しでも下手を打てば、みじめな最後を待つしかない。そんな不安にまみれて生きていくんだから。」

 ヨウコの言葉を跳ね返すことができなかった。

 サクラダ警備に拾われる前、まさにそんな生活を送っていた。姉のためという支柱が無ければ、とっくに精神はへし折られていただろう。

 国の貧しさを嘆く言葉が、心のヒビから染み込んでくる。

「みんなが豊かになって、心に余裕ができる。フソウをそんな素晴らしい国にするために、私は働いているのよ」

 ヨウコの言葉に魔力を感じた。

 しかし、先ほど足蹴にされた機体から赤色が僅かに見える。鮮やかな赤の衝撃で、相対するのが殺人鬼であることを思い出す。

「ヨウコさん。言ってることが無茶苦茶です! それと、殺すのにどんな関係が!?」
「理解してもらえないなんて……。寂しいわ。まぁ、やっぱりって感じだけどね」

 中々理解してもらえない仕事だと、ぼやいていたヨウコの姿が浮かんだ。その時に想像した輝かしいヨウコの姿と、目の前にいる殺人者は似ても似つかない。

 戸惑いよそに、ヨウコは、しとやかで、穏やかで、少し楽しそうだった。

「私の任務完了までもう少し時間があるわね。もう少し付き合ってもらえない?」
「ワタシには、そんな時間なんて――」

 後ずさりながら答えると、ゴーグルモニターに警告の矢印が灯る。矢印に従って視線を送ると、一体の軽甲蟻けいこうありが見えた。向きからするとヨウコを狙っているようだ。

「残念。落ち着いて話はできないみたいね」

 ヨウコもそう判断したらしく攻性獣を向いた。直後、背面のレドームが展開される。

(やった! この隙に!)

 離脱のタイミングを伺う。だが、ヨウコは一向に迎撃の構えを見せない。

「獲物はあっちよ」

 それだけ言うと、軽甲蟻けいこうありがよく調教されたペットのように転進した。

「攻性獣を操っている!? そんなこと!?」

 咄嗟とっさにソウを降し、軽機関銃で対応しようとする。同時に、ヨウコの機体がガトリングガンを構えた。

「させないわ」

 からかうようにヨウコの銃撃が邪魔をした。妨害の中では、思うように照準が合わせられない。未だ動く気配のないソウの機体が視界に入った。

(まずい! とにかく、引き離さないと! ソウに向かったら終わりだ!)

 その場から逃げるように距離を取ると。ヨウコはせせら笑いながら後を追ってきた。

「レモン君と比べて下手ね。それで仲間と言えるのかしら?」

 攻性獣とヨウコから必死に逃げるため、暗い木立を駆け抜ける。だが、ヨウコはピタリと同じ距離を保ちながら追ってくる。

「今まで、仲間に頼りきりだったんじゃない? 私、寄生する人が嫌いなの」

 その言葉が胸にズキリと響く。

 自分の実力では、下手をすると迷惑をかけてしまう。だから、一歩引いてやってきた。そうする理由があった。

「知っている? 寄生する人って、される側からは見え透いているのよ? 体の良い言い訳で、甘えている現状をごまかしている」

 見透かすような言葉に、思わず動きが鈍ってしまう。

 その隙を軽甲蟻けいこうありは逃さなかった。突撃に気づき軽機関銃を向ける。いくつかの弾丸があたり、盾のような甲殻にはヒビが入り、黄色い体液を撒き散らした。

 だが、突進の勢いは消しきれず、巨体が眼前に迫る。

「しまった!」

 受け止めようとアオイは咄嗟に銃身を差し出した。

「ぐぅ!?」

 たたらを踏んで踏みとどまる。

「なんとか。――あ!?」

 しかし、軽機関銃を見て叫んでしまった。銃身は折れ曲がり、二度と発砲できない事が一目でわかる。

「ほかの装備は!?」

 残っているのは貧弱なハンドガンのみ。

「……こ、これだけじゃ」

 勝てない。

 恐らくヨウコもそう判断したのだろうか、距離をじりじりと詰めてきた。優しい口調で、しかし追いつめるように、言葉を刺す。

「あなたからも寄生虫たちと同じ匂いがするわ」
「違う……。自分なりに考えて……できることを……」

 へたくそだって全力のつもりだった。何がよいかを考え、時にはアイデアを出し、時には自分が囮にもなった。次々と頭に浮かぶ、自分なりのつもりを積み上げる。

「本当に? そうは見えなかったわよ?」

 だが、積み上げは、たった一言で崩れ去った。

 何か反論しようと、口だけがパクパクと動く。だが、言葉が出ない。

 すぐ後ろから、もう一人の自分がするりと首に腕を巻き、耳元でクスクスとわらいながらささやく。

――キミボクなんて、他の人から見たら、その程度だよ

 もう一人の自分は、自分を罵倒する者の味方だ。誰も、自分すらも守ってくれない。最も近い所からの攻撃により、精神がひび割れていく。

「自分は持っていない側だから、持っている人に任せて当然。そう考えてなかったって言える?」

 ソウの才能をうらやみ、ソウに任せていた。それも事実ではあった。ヨウコともう一人の自分の侮蔑の言葉を受け入れるしかなかった。

「答えられないの? 残念ね?」

 ヨウコ機がさらに近づき、ガトリングガンを向けた。

 恐怖を読み取って、機体が後ずさる。そして、ふと感じる無重力。機体が地に落ちる音と、戦闘服が再現する臀部でんぶへの感触で、機体がしりもちを付いたと悟る。

「ねえ。それって裏切りよね? 仲間を裏切っているわよね?」

 ガトリングガンの三銃身が静かに回転を始める。

 目の前に銃口があるとしか思えない鮮明な映像が、眼前のゴーグルモニターから網膜に飛び込む。生身の体へ銃を突きつけられた錯覚に怯え、血に染まったオクムラ警備の機体を思い出す。

 自身に訪れる最期を想像し、歯を鳴らしながら泣いた。

「そんな……。ここで、死ぬだなんて……」

 視界が涙に歪む。ヨウコの嘲笑の中、溺れる様に死ぬのだろうと覚悟を決めた。

 しかし、聞こえてきたのはヨウコの戸惑いの声だった。

「何? ……まずい!」

 突如、ヨウコの機体のすぐ側で爆発が起こる。

「な、何が!? いや、あれは――」

 それが手榴弾によるものと気づいた。そして、誰が投げたか直感する。

 直後、聞き慣れた声が耳に入った。

「こっちだ!」

 振り向けば、ソウ機が巨岩に半身を隠しながら銃を構えていた。急いで機体を駆けさせる。ヨウコが怯んでいる隙に、ソウの隠れている巨岩へ機体を隠した。

 ヨウコ機の様子をうかがっていると、見慣れない表示が目に入る。

「至近距離限定通信……」

 表示されたのは、ごく至近距離でのみ可能な電波通信の申し入れだ。ウラシェの大気は電波を著しく吸収するものの、密着に近い状態ならば人戦機同士でも通信は可能だ。

 すぐに通信を開くと、視界端の通信ウィンドウに切れ長の三白眼が映った。

「ソウ!? 無事!?」
「何とか動く」
「……良かった」

 ただ、ソウも万全とは言えないようで、戸惑い気味だった。

「起きた時、落ちてきた所と違う場所にいたが……。運んできたのか?」
「うん」
「なぜ、オレを助けた? 自分だけ撤退するという判断もあったと思うが」
「なぜって……。そんな事、するはずないよ」
「オレには助ける価値もない」
「そんな……」

 そんな事は思いつきもしない。自分にとっては、あまりにも当たり前の選択だったがゆえ、うまく説明できない。だが、いまはそんな事を話している場合ではないと、頭を振る。

「それよりも、どうするかを。ここで戦うのは不利。さっきはソウが気を失っていたけど、今は違う。もっと隠れる物があるところへ」
「分かった。具体的には?」
「ここは、ヒノミヤさんの時の場所だから……、あっちはもっと入り組んでる」
「このまま通信可能区域への帰還を目指すのは?」
「中途半端な所で攻性獣を呼ばれたらひとたまりもないから」
「攻性獣を呼ぶ?」
「あの人の能力みたい」
「信じがたい」
「こんな時に嘘は言わないよ。どうする?」
「何にしても難しい。装備がない今、あいつ一人倒すのも困難だ」

 途方に暮れていると、ヨウコの意外な言葉が届く。

「レモン君。あなただけ逃げれば、撃たないであげるわよ」

 意外な提案に眉をひそめた。そして、先ほどからの妙な呼び方についても疑問が浮かぶ。その意味を知った時に何が起こるのか、アオイはただ戸惑うばかりだった。
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