残酷な描写あり
R-15
第十五話 怒り
「“汲桑軍の勢い止まるところを知らず、鄴城に禍乱が及ぶのも時間の問題です。陛下、今こそ死中に生を求める時です。財物などまたいくらでも得られます。願わくば……”」
「もうよい」
魏郡太守の馮嵩からの書状を読み上げる兵士を、司馬騰は不機嫌そうに遮った。
「兵糧はくれてやったではないか。さらに我からむしり取ろうなどと、あつかましいやつめ。足りん足りんは努力が足りん、そういうことよ」
司馬騰の守る鄴には非常の蓄えはあまりなかったが、司馬騰個人には莫大な蓄えがあった。
しかし、汲桑軍の迎撃に出た馮嵩に対して、司馬騰からもたらされた兵糧は米数升、帛一丈数尺程度と、わずかなものであった。
「我が并州に在ること七年、胡どもが城を囲んだ事もあったが、遂に勝つことなど出来なかったのだ。ましてや汲桑とやらはつまらぬ盗賊あがりだとか。どうして臆するに値しようか」
「では、兵糧は……」
司馬騰は兵士から竹簡を奪い取るとバラバラにして床に放り投げ、踏み躙った。
「何をぼやぼやしておる。さっさと片付けろ」
◇
押し寄せる汲桑軍の前に馮嵩は呆然としていた。
もう城中の兵糧は尽きる。
ついに司馬騰からの増援も、兵糧も、返事すらも届かなかった。
「司馬騰のあほんだらが死ぬのは、あれが自分の吝嗇が原因でくたばるのは構わない。勝手にしやがれ。だが、俺まで巻き込まれるなんて全く納得いかん」
そう言いながらも、一本角の兜を被り、その緒を締める。
賊軍をかつて打ち破ったときとは状況が違いすぎた。
戦友の趙驤は怪我が原因で臥せっており、指揮を執っていた丁紹も帰ってしまった。
もちろん、今度は苟晞もいない。
軍馬に跨り、兵士らの間を巡って声をかける。
兵士らの目にも怯えが見えた。
対する賊兵達の姿は何か異様な熱気に包まれていた。
囚人や敗残兵の集まりと聞いたが、その熱気がこの雑多な集団を一つの強固な力の塊に変えていた。
この熱気の正体はなんだろう。
司馬穎の復仇の大義、そんな綺麗なものではないはずだ。
賊兵達が鬨の声を挙げた。
大地が震えていた。
どうしてこうなったのだろう。
晋王朝は、天下は、この大地はどうしてこうなってしまったんだ。
馮嵩は自分の血が熱くなるのを感じた。
怒り、怒りだ。
あれらの熱気の正体は。
この世界を狂わせた連中への怒り。
狂った世界そのものへの怒り。
馮嵩もまた、ひとりでに叫んでいた。
「さあ、かかってこい! 俺も怒っているぞ! なんでもいいから、この怒りをぶつけさせろ!」
賊軍の中から悍馬に跨った将が躍り出て剣を抜いた。
以前剣を交えた賊軍の副将、石勒だ。
「その意気や良しッ! 決着をつけようぜ!」
石勒を先頭に、賊軍は雪崩をうって攻め寄せてきた。
「もうよい」
魏郡太守の馮嵩からの書状を読み上げる兵士を、司馬騰は不機嫌そうに遮った。
「兵糧はくれてやったではないか。さらに我からむしり取ろうなどと、あつかましいやつめ。足りん足りんは努力が足りん、そういうことよ」
司馬騰の守る鄴には非常の蓄えはあまりなかったが、司馬騰個人には莫大な蓄えがあった。
しかし、汲桑軍の迎撃に出た馮嵩に対して、司馬騰からもたらされた兵糧は米数升、帛一丈数尺程度と、わずかなものであった。
「我が并州に在ること七年、胡どもが城を囲んだ事もあったが、遂に勝つことなど出来なかったのだ。ましてや汲桑とやらはつまらぬ盗賊あがりだとか。どうして臆するに値しようか」
「では、兵糧は……」
司馬騰は兵士から竹簡を奪い取るとバラバラにして床に放り投げ、踏み躙った。
「何をぼやぼやしておる。さっさと片付けろ」
◇
押し寄せる汲桑軍の前に馮嵩は呆然としていた。
もう城中の兵糧は尽きる。
ついに司馬騰からの増援も、兵糧も、返事すらも届かなかった。
「司馬騰のあほんだらが死ぬのは、あれが自分の吝嗇が原因でくたばるのは構わない。勝手にしやがれ。だが、俺まで巻き込まれるなんて全く納得いかん」
そう言いながらも、一本角の兜を被り、その緒を締める。
賊軍をかつて打ち破ったときとは状況が違いすぎた。
戦友の趙驤は怪我が原因で臥せっており、指揮を執っていた丁紹も帰ってしまった。
もちろん、今度は苟晞もいない。
軍馬に跨り、兵士らの間を巡って声をかける。
兵士らの目にも怯えが見えた。
対する賊兵達の姿は何か異様な熱気に包まれていた。
囚人や敗残兵の集まりと聞いたが、その熱気がこの雑多な集団を一つの強固な力の塊に変えていた。
この熱気の正体はなんだろう。
司馬穎の復仇の大義、そんな綺麗なものではないはずだ。
賊兵達が鬨の声を挙げた。
大地が震えていた。
どうしてこうなったのだろう。
晋王朝は、天下は、この大地はどうしてこうなってしまったんだ。
馮嵩は自分の血が熱くなるのを感じた。
怒り、怒りだ。
あれらの熱気の正体は。
この世界を狂わせた連中への怒り。
狂った世界そのものへの怒り。
馮嵩もまた、ひとりでに叫んでいた。
「さあ、かかってこい! 俺も怒っているぞ! なんでもいいから、この怒りをぶつけさせろ!」
賊軍の中から悍馬に跨った将が躍り出て剣を抜いた。
以前剣を交えた賊軍の副将、石勒だ。
「その意気や良しッ! 決着をつけようぜ!」
石勒を先頭に、賊軍は雪崩をうって攻め寄せてきた。