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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
18-2 お盆の竜牙と玲
「……竜牙、日和ちゃんは?」

 師隼の家に着くなり日和は波音に攫われた。
 残された竜牙はやることがない。
 だから先に屋敷内をうろついていたのだが、玲に呼び止められた。

「波音が連れ去ったが、日和に用事か?」
「……ううん、竜牙に用事」
「俺……?」

 師隼の屋敷は以前に使用人を全員解雇したことがある。
 だからこそ大半の部屋に空きがあるのだが、今回はその内の一部屋、近くの空部屋に玲と竜牙は入った。

「……竜牙は、日和ちゃんが好きなの?」
「突然何を聞くかと思えば」

 真顔で聞いてくる玲に、そもそも式と人間では恋愛関係にすらなれないだろうに、と竜牙はため息を吐く。
 式神でなくとも既に死んでいる身だ。
 こんな人間とも言えない中途半端な存在に恋をしたって、苦しむだけであることは目に見えている。

「そもそも今はそれどころじゃないだろう。昨日、師隼に会った」

 少し苛立ちの声を出す竜牙を玲は不安そうに見つめる。
 そんな事よりも、今は伝えておかないといけないことが竜牙にはあった。

「金詰日和の祖父を食い殺した妖、それから先日現れた妖からは日和の母親を殺した記憶が見られた。そしてお前が今まで日和を護衛していた時に倒した妖……どれも無理やり強化された痕があるらしい」

 日和の指輪の件から数日、調べて分かったことがいくつもあった。
 逆転するように、今度は玲の表情が苛立ったように目に力が籠る。

「共通点がある……って事?」
「ああ、そうだ」
「……それが、何になるの?」
「俺達は、女王に踊らされている。女王の意図で強くさせられている」
「……!!」

 大切な一言に玲は絶句し、じろりと険しい目が竜牙へと向いた。
 同時に苛立ちを含めた声が部屋の中に響き渡る。

「つまり隆幸さんは、狙って殺されたって事? 母親だっていつの間に……!」
「…………日和を家で保護した日の夜だ」
「そんな前から!? 知ってて隠していたのか、竜牙!」

 玲の手が竜牙の胸倉を掴み、互いの顔が近付く。
 玲から漏れる息が肌を触った。

「狐面からの連絡が入ったからな。師隼にも連絡は来ている」
「だからって……! どうして言わなかったんだ!日和ちゃんは知ってるの?」
「言って、どうなる? 祖父が亡くなってすぐだった。日和にだって言える訳がないだろう」

 竜牙の冷ややかな目が玲に向き、ゆるりと胸倉を掴む手が弱くなった。
 竜牙はそれを手で払うと、玲はそれきり大人しくなった。

「……肉親ではないが、日和に残された家族はお前だけだ」
「僕は……」
「和音みこが女王として現れた。日和の誕生日も2か月近い。お前は……近付く猶予に覚悟が出来ているか?」
「そんな、覚悟だなんて……」

 ふぅ、と竜牙は小さく息をつく。

「必要だろう。相手は金詰蛍を食べた化け物で、日和の身近な人間を三人も消している。今までも様々な妖や女王を送り込んでいるし、俺達は意図的に戦わされてきたと疑う他無い。それでも今の俺達なんて、きっと敵じゃないと思っているぞ」
「日和ちゃんを食べる為にわざわざ13年も待って、僕達を強くして何が目的だって言うんだ。僕達を強くする意味なんて無いだろ……。日和ちゃんの身近な人間を狙うのだって――」
「――女王が、女王の意志だけで動いているとは思えないのは確かだ」
「それって……」

 竜牙の言葉に玲の中で信じられない、信じたくない発想が浮かんだ。
 少なくとも、日和に対して強い気持ちを抱えた女王級の妖がもう1体いる……――玲の表情が苦悩で満ちる。

「だが、今の日和を見れば分かるだろう。少なくとも俺達を超えた術士になるのは見えているし、誕生日まで待つ価値はある……。問題の女王が、何を望むか……だな」

 不本意だが、認めざるを得ない。
 竜牙の表情は苦虫を噛みつぶしたように歪む。
 妖にとっては絶好の餌、術士にとっては期待と希望に溢れた存在になるだろう。
 それ程に彼女の素質は高く、今でも成長を続けている。
 玲が倒した中には素で彼女を食べたがった個体だっているはずだ。

「日和ちゃんをそっとしてあげたいのに……」

 玲の落胆ぶりは酷い。
 それほど様子を見てやりたいのか、何かの感情移入か。
 目に手を当ててすっかり俯いている。
 元々ひっくるめて背負うタイプだ。
 釘を刺しておかねばなるまい、と竜牙の口が開いた。

「玲、お前はやはり極端に考えやすい。忘れるな、日和に一番近いのは間違いなくお前だ。日和の支えになってやってくれ」

 玲は溜まったものを吐き出すように、大きなため息を吐く。
 そして顔を上げて、力なく笑みを向ける。

「今更な事を言うね。……そうか、僕がこんなだと日和ちゃんも困るよね。ごめん」

 玲は静かに笑う。
 それから、「でも」と言葉を続けた。

「でも、日和ちゃんを支えるのは……もう僕じゃない。竜牙、君に任せたいんだ」
「……前も言っていたな。何故?」
「それは……実は、もう限界が近いんだ。落ち始めてる」

 怪訝な顔で竜牙は玲を見る。
 しかし玲は一つの言葉を飲み、いつもの爽やかな笑顔を見せて、言葉を続ける。

「今年に入ってから日和ちゃんの力すら取れなくなった。咲栂の制御すら難しい時がある。……咲栂は気にしてくれているみたいだけどね」
「そんなに、酷いのか」
「頑張って今年いっぱいだよ。でもまあ、日和ちゃんが一通り落ち着くまでは頑張るつもりだから」
「……強くは咎めない。だが……」
「竜牙は自分の家だけでなく周りにも優しいのが羨ましいよ」

 竜牙の言葉を遮り、玲は竜牙を見て微笑む。
 その笑みは翳りを見せて、玲の中の黒い物が色濃く見える。

「……お前はいつもニコニコと笑ってはいるが、そういう奴だよな……」

 はあ、とため息と共に竜牙は諦めの表情を見せる。
 それを見た玲はにこりと笑った。

「竜牙に話したい事、流れで言っちゃったからいいや。――そういえば」

 玲の笑顔が崩れ、竜牙を真っ直ぐ見る。

「――竜牙、いつから一人称が『俺』になったの?」
「……っ!?」



 全く気付いていなかった。
 確かに以前は『私』と言っていた筈で、正也は『俺』と言っていた。
 いつの間に、『俺』に統一されていたのか。
 小さな問題かもしれない。
 だが、小さい問題に感じられないのは――。

「……正也、起きているか?」
(……)
「正也……?」
(……眠たい)

 ぼそりと呟いた主の声が、消え入りそうだった。

「――正也っ! おい、寝るな!」
「……竜牙?」

 焦りを感じ、声を荒げてしまった。
 玲が去り、誰も居なくなったと思った部屋にひょっこりと一人、顔を出す。

「……日和、どうしてここに」
「えっと……皆の所に居るのかなと思ったんですけど、見当たらなくて……竜牙を探してました」

 金詰日和はにこりと微笑んでいる。

「た、竜牙に渡したい物があって……い、今、良いですか?」
「え――あ、ああ……」

 何故か、日和は恥ずかしそうに立っている。
 焦っていた分もあり、俺は混乱していた。
 待ってくれ、俺は今――どっちだ?

「その……先日、波音達と遊びに行った日なんですけど、これを竜牙にと思って買ったんです」

 日和は鞄から薄い袋取り出すと、こちらに向けて差し出した。
 なんだろうか。
 受け取っても問題ないのだろうか。
 だが、日和には心配をかけさせたくない。
 そんな思いがありながら、恐る恐る手を伸ばすと……握った袋の中身はどうやら本当に薄い何かだった。

「……開けていいのか?」

 日和はこくりと頷く。
 中を開けると白と青の格子柄、花のワンポイントが入った和柄のハンカチが入っていた。

「その、いつもお世話になっているので……ひ、日頃の感謝の、プレゼント……です」

 日和の顔はほんのりと赤く、照れているのが分かる。
 日和にしては珍しい。
 そんなことを思いながら受け取ろうとして、手を伸ばした。

「あ、ありが――」
「――あっ、ちょっと待って!」

 受け取ったと認識した日和が突然声を上げて、ハンカチの端を握り直す。
 そして目を瞑り、手に力を込めだした。

「……何を、しているんだ?」
「いつも竜牙は無理をしているので、お守りです。竜牙が無茶をしない様に、ちゃんと休んで、ちゃんと戦えるように。今、祈りました」

 日和の意外な行動に面食らう。
 日和がそういうことを考えているとは、思ってもみなかった。
 そして――。

「……ああ、ありがとう」

 ――ハンカチごしに術士の力とは違う、強い力を感じた。
 どうやらこのハンカチは名前だけではない、正真正銘のお守りに変わったらしい。
 思わず、心の奥底から笑いが込み上げてきた。

「ふっ……、大切に使わせてもらう。もう少し、頑張れそうだ」

 こちらが危なくなると、この娘は直ぐに助けに来てくれる。
 そういえば、最初だってそうやって出会いに来た娘だった。
 底を尽きかけた力がハンカチから溢れ出てきて、足りない分が補われていく感覚がする。

「……竜牙、ですよね?」
「え?」
「今まで……竜牙なのか、置野君なのか……分からなかったんです。でも最近はもっと分からなくて…………でも、今日は分かりました」

 日和はにっこりと笑う。
知ってか知らずか、日和も気付いていたらしい。
だから――話す事にした。

「そうか。……本当に心配をかけた。実は丁度お前と会う日、私は女王の呪いを受けていて……どうやら女王を倒さないと、この憑依換装は解けないらしい。今までそれを、黙っていた」
「そう、なんですね……」
「だから、それまではこのままだ。だが、最近呪いが進行して正也との魂が混ざり出していた。もう少しでどちらかが消えるところだったようだ」
「そんな、消えたら駄目です! 今は大丈夫なんですか?」

 日和だって十分な心配性だ、そう言いたくなるほどに悲痛な表情を向けてくる。
 呪いが進行したのはきっと、師隼が"解呪"と言っていた、一つ枷を外したからだ。
 少しずつ時間が近付いている。
 今になってやっと、何故師隼が呪いを解きにきたのか分かった。

「ああ、お前のハンカチが十分なお守りになりそうだ。ありがとう」
「……いえ、あの……呪いが解けたら、二人が揃った姿を見たいです」
「……ああ、そうだな」

 不安な表情を隠すように、日和は微笑む。
 残り時間が少ないのは、何も女王の呪いだけではない。
 私に残された時間はもう、少ないらしい。
 名残惜しい気持ちを作らないよう、笑ってみせた。
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