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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
11-3 弥生とうきうきショッピング
「日和と買い物、初めてじゃない? 一緒に行けるなんて嬉しいー!」

 雨の中、商店街へ向かう弥生は嬉しそうに日和の横を歩いている。
 一方の日和は波音に合うものが何か、思考を巡らせていた。
 そもそも他人にプレゼントなんて考えたことも無い日和では、普通は何をあげるのかさえ検討がつかない。
 これは、その道のプロと思われる人物に聞くのが普通だろうか。

「ねえ、弥生。……普通プレゼントって何贈るの?」
「え、何、日和ってば人にプレゼント贈った事無いのぉ? 家族とかはどうしてたの?」
「んー、ハンカチとか実用的な物は貰いはしたけど……贈るとなると、料理作ったくらい……」

 祖父の事を思い出しながら答える日和。
 しかし弥生の距離が若干離れた。
 弥生の顔は……眉間に皺を寄せて『信じられない』と言った表情を向けている。

「まじで……。日和ん家あっさりしすぎじゃない? ……んー、そうねぇ……小物とか、文房具とか、実用的なのを送るんじゃない?普通は。あ、仲が良ければ服も良いね!」
「小物、服かぁ……」
「ま、私は日和に服を贈れるけど、一番好みが出るものだから初心者は小物だよ!とりあえず雑貨屋さん行ってみよー」

 弥生はにししと楽しそうに笑う。
 日和は弥生の案内により、表通りから脇道へと入り雑貨屋へと向かった。

「ここ、わりとプレゼントに合うような雑貨が多いんだよー」

 弥生はこの商店街付近に住んでいるらしい。
 そのおかげか商店街や路地裏に詳しく、すぐに合いそうな店を拾ってくる。
 紹介された雑貨屋は女性であれば誰もが喜びそうな可愛らしい小物が多く、全体的に動物柄やパステルカラーが広がっていた。
 コップや皿、カトラリー等の食器類からタオルやハンカチ等の布物、バッグに文房具……
 それこそ何でも揃っているようで、勿論男性や華美な物を好まない日和が好みそうなシンプルなものも取り扱っている。
 レジカウンターには包装紙やリボンが所狭しと並べられ、今も店員が客の目の前で箱を取り出しては購入物を詰めて包装していた。
 その様子から、客もよく人へ贈るプレゼントを求めて買いに来ているようだ。
 入口には様々な色や柄の傘が並び、POPには時計や『ハーバリウムはこちら!』と案内板が天井から吊るされている。
 その矢印の先には瓶詰のハーバリウムだけでなく、観葉植物が行列を成しているのが見えた。
 流石は雑貨屋、なんでもアリだ。

「見て見て、この犬可愛いー!」

 日和が店内をぐるりと見渡している間に弥生が見せてきたのは、可愛い犬のキャラクターが印刷されたカップだ。
 柴犬が舌を出して何やら催促さいそくしているような顔をしている。
 この場合は『飲み物を入れろ』だろうか。

「こっちには猫だね」

 その姿に何とも言えず、日和が視線を逸らして手に取ったのは同じ形のカップ。
 描かれているのは先程の犬と似た顔をした猫だ。
 灰色の毛並みに青い目、なんとも可愛らしい容姿をしている。
 犬とは似ても似つかないのに似ている様子は……多分このイラストを描いている作者が同じなのだろう。

「はぁーーー猫も可愛い。ペットが欲しいよぉ……」
「こっちにハムスターもいるよ」
「日和、私を動物まみれにする気?」

 呟く弥生に他の絵のキャラクターも見せたら真顔で止められてしまった。
 弥生なら正直何だって似合う気がするのだが。
 それから更にふらふらと見回れば髪留めを見つけた。
 なんだかとても既視感がある。

「弥生、もしかしてこれ……」
「あっバレた! へへへ、日和の髪留めに使ってるの、いつもここで買ってるんだぁー」

 文房具を見回ればボールペンやシャープペンシルが、裏のコーナーではシールや手帳の他に、金の縁に彩られた白い板がある。
 見た目では用途が分からない。
 弥生ならばわかるだろうか。

「弥生、これなに?」
「それは寄せ書き用の色紙だねー。ほら、誰かのお別れとかでメッセージ書いて贈るでしょ?」
「……?」
「あっだめだ、縁が無さそうな顔してる……」

 更に物色を進めるとコンビニでも見た冷蔵庫が置かれていた。
 勿論商品としてペットボトルの飲み物が並んでいるし、その向かいにはお菓子がずらりと列を成している。
 何故ここにあるのだろうか?

「……弥生」
「今度は何ー?」
「お菓子と飲み物が売ってる」
「雑貨屋だしねぇ」
「いくらなんでも、何でもアリすぎじゃ……?」
「だって雑貨屋だもん!」

 雑貨屋、とは……?そう言いかけたが流石に口を閉じた。
 どれもちょっとした会話だが、それだけで少し楽しくなってしまい、色んな物に目移りしてしまう。
 これでは、雑貨の海に沈んでしまいそうだ。



 気付けば殆ど雑談を交えて商品を見てしまっていた。
 日和も興味があったし、弥生も楽しんでいたので仕方がないとも言える。
 現状に気付いた弥生は日和を見て口を開いた。

「ごめん、普通に商品楽しんでた! 水鏡さんにプレゼントする物決まった?」
「んー……全然。そもそも波音の好みが分からないから……」

 日和の返事に弥生はにたりと笑い、丁度近くにあった朱色のカップを手に取り日和に見せる。
 ガーベラのような花が散りばめられた可愛いらしいデザインのカップだ。

「水鏡さんは多分暖色系が好きだよ。赤とかオレンジとか!」
「詳しいね?」
「え?だって水鏡さんの文房具全部そういう色じゃん。ペンとか筆箱とか」

 どうやら弥生は人の物をよく見ているらしい。
 日和には一切視界に入れてない方法だったので、思わず「なるほど……」と声が漏れた。
 そしてふと、編み物セットを紙袋に入れていた波音の姿が頭に浮かんだ。

「あ……プレゼント、決まったかも……」
「お、本当?なんか思いついた?」
「うん、手提げ型の鞄にしようかな。この前紙袋で歩いてるの見たから……」
「なるほど、良いと思うよ! 日和も案外見てるじゃーん」

 にこりと笑って褒める弥生は何だか先生のように思えてしまう。
 一体何の先生だ、と言われると……さて、なんの先生なのだろう?
 日和と水を得た魚のように生き生きとしている弥生は鞄が並んだエリアに足を運んだ。
 リュックや肩掛け、凝った作りの物から簡単な手提げ型のバッグまで様々な物が並んでいる。

「いっぱいあるね……埋もれそう」
「諦めたらだめだよ、日和」

 あまりの物量に、日和の目が遠くなっていく。
 弥生はくすりと笑いながら突っ込みを入れて日和を引き戻した。
 一先ず手提げ型の鞄を見ながら、日和は一つ一つペラペラと捲くっていく。
 しかしハンガーにかかっているそれらは見やすくはあるのに、その分かなりの量がある。
 色分けされている訳でなければキャラクター物や柄物で並べられている訳でもない。
 雑多に置かれた中を、日和はじっくりと見ていく。
 ……これでは時間がかかりそうだ。

 一方の弥生はハンガーにかかった鞄を手も触れず、全体的にじっと見つめている。
 そこからどうするのかと思いきや、手当たり次第に4つ手に取った。

「日和、どれがいい?」
「え?」

 声を掛けられ見てみれば、4つの鞄を見やすいよう広げている弥生がいた。
 「水鏡さんに合いそうなものって言ったら、この辺じゃない?」と鞄を掲げて笑顔を向ける。
 ざっと見ただけで選んだのか?
 それは最早、一種の才能ではないだろうか。

「……弥生、見ただけで選べるんだ……どんな目持ってるの?」
「どんな目も無いよー。友人の事を想えばこんなもんでしょ!」

 弥生の手には確かに波音に合いそうな鞄4種がその手に下がっている。
・夕日のように赤から橙色へのグラデーションがかった鞄
金糸雀カナリア色地に鳥の影が描かれた鞄
・七宝や市松、麻の葉模様に梅が散りばめられた和柄の鞄
・ベージュ色地に茜色の猫が映える鞄
 最後の鞄は可愛らしい花模様が散りばめられている。
 どれも、確かに波音には似合いそうだ。

「んー……この二つのどっちか、かな」

 波音の術士服は中華系だが、立ち振る舞いから上品さが滲み出ている。
 となればやはり同じく上品そうな見た目をした和柄の鞄が似合うだろうか。
 波音は猫が好き。であれば鳥よりも猫柄だろう。
 こうして見ると、ただグラデーションがかかっただけの鞄は寂しさすら感じる。
 となれば、和柄の鞄、猫の鞄の二つが特に合っている気がする。
 どちらが良いだろうか。
 悩んでいると、視界の端で猫の鞄と同じ猫の柄が入ったペンを見つけた。

「――あ、ねえ弥生、この鞄とあのペン一緒に贈るって、変かな」
「良いんじゃない? ついでに色違いも買って、片方を日和が持てば?」
「えっ、なんで?」

 新しい提案をする弥生に日和は首を傾げた。
 しかし弥生は不思議そうに笑って口を開く。

「え? お揃いって嬉しいじゃん。仲良しの友達みたいでしょ。水鏡さんってそういうの喜びそう」
「そう、かな……。じゃあ、そうしようかな……」

 日和に友情は分からない。
 だけど弥生が言うのならきっとそうなのだろう。
 弥生に言われるがまま、日和はペン二本と猫の鞄を手に取りレジへ向かう。
 店員に包装を聞かれ少し迷ったが、黒猫が並んだ可愛らしい柄があったのでお願いする事に。
 ちなみにペンは別で渡したいので、簡単な包装だけして貰ってそのまま鞄に入れた。

「ありがと、弥生」
「ううん、お役に立てたかな? それに日和と一緒に買い物するの楽しかったから、またやりたいな」
「うん、そうだね」

 あまりこういった買い物を日和はしたことがない。
 それでも確かに意外と見る物も多く会話も弾んだ。
 たまになら、こんな放課後も良いかもしれない。

「今日はありがと」
「こちらこそ。また明日ね!」

 店の前で傘を差し、日和と弥生は分かれた。
 弥生は路地裏の更に奥へ。
 日和も家の方へ戻ろうと、表通りの方へ向かって歩を進めた――。

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