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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
11-1 怪しい影
 学校を出た麗那は上機嫌だ。
 知っていたことだが、師隼から聞いていた少女・金詰日和の抱える闇はとても深い。
 一目見た瞬間に力を使おうか悩んだが、先に力の方が彼女の気配に惹かれてしまった。
 日和の心はどす黒い記憶や感情が意識の底に渦巻いて、無理やり蓋をされている。
 今の所それに触れたとして、日和は感情に揺さぶられるだけだろうが先は分からない。
 もしそれが膨れ上がって妖になってみたら、きっと今までにない女王が生まれるだろう。
 それはそれで楽しみだと感じながら麗那は学校を出る。

「……あら?」

 さほど遠くない何処かで、何かがぷつんと切れた。
 まるで今の今までそこにあった何かが無くなってしまったような、そんな感覚。
 麗那は心のどこかで膨れ上がりそうで抑えきれない、ワクワクした気持ちを認識した。
 ぞくぞくと体は震えて心が早鳴り、麗那は液体のようにとぷん、と音を立てて、足元の影という闇に溶け込んだ。

 この世界にはいろんな場所に闇がひしめいている。
 人の心、世界の裏側、光ある場所に影あり。
 麗那の力は闇だ。
 深淵しんえんと言える場所、始まりも終わりも無いただ一つ『黒』という場所でこそ、その力は発揮される。
 麗那の体はただ意識下の中、影を通って目的場所へと向かう。
 前後も左右も上下も分からない空間の中、ひやりと冷たい感触が当たった。
 ぷつんと切れた辺りに近づいたのだろう。
 体を起こす感覚で目を開くと、目の前に狐面をした男が仰向けで倒れていた。
 可哀想に。
 面を外してみると、見開いた目で倒れた男は意識どころか生命すら失い、既に身体の温度は下がり始めているようだ。

「……ふぅん、面白い事するじゃない」

 死因は一目瞭然。
 目の前の死体と化した肉塊は見事に心臓が無くなり、ぽっかりと丸い穴が開いている。
 代わりに埋め込まれているのは、血と、石だ。
 麗那は残酷な姿に一切の表情を変えず死体の様子を見て立ち上がる。
 黒檀の真っ黒な瞳に更なる闇が増して、麗那の周りに深淵の闇を纏った力が拡散されていく。
 ゆっくりと広がっていく闇の先、黒い霧が何かをかすめた。

「……来たわね」

 麗那の口角が、きゅっと上がった。
 拡散された闇に再び何かが掠め、それは突然麗那に向きを変えて突っ込んでくる。
 背後を狙われた麗那はスカートの裾を持ち、くるりと回ってひるがえす。
 ひらひらと舞う裾が何かに触れた。
 スカートの中からはみ出した、液体の様に垂れ下がる闇が巨大な手を創り、を捕まえる。
 ふわりと舞ったスカートの裾は落ち、真っ黒な手はごろりと重たい鉄球のような音を立てて麗那の足元に転がった。
 黒い闇を固めたような手はボーリングほどの大きさの玉となり、薄らと中に閉じ込められた影を映している。
 麗那はを空に掲げ、光に透かして中を覗き込む。

「……あら、ふふふ。貴方面白い姿をしているのね」

 中に閉じ込められたそれはあまりにも奇妙な姿で、麗那の口から嬉しそうな声が上がった。
 そこに居たのは初めて見る形の妖、猫に翼が生えたような生き物だが、フクロウのように首が回るなんとも歪で奇異な生物だった。

「手土産にしたら師隼が喜びそうだわ」

 恍惚とした笑みを浮かべて麗那は玉を闇の中に消して歩き始める。
 元々上機嫌だった心は更に上乗せされ、麗那は鼻歌を口ずさんだ。


***
「……麗那? やけに嬉しそうだな」

 麗那はそのまま鼻歌混じりに神宮寺師隼の屋敷へと戻ってきた。
 廊下の通り沿いで正面から現れたのは、婚約者の男。
 何処かいぶかしんだ表情を見せて声をかけてきた。

「ええ、楽しいわ。だって、やぁっと噂の日和ちゃんに会えたのだから」

 くすくすと妖艶に笑う麗那は師隼の前でも変わらず、魔女のように何処か黒くおぞましい雰囲気を漂わせている。
 その様子に師隼は慣れたように頷き、首を傾げた。

「そうか、彼女に会ったか。……どうだった?」
「ふふっ、日和ちゃんったらすごいの。会った瞬間に引き込まれちゃって……結局、全部見ちゃった。でもそのままじゃあまりにも可哀想だから、色々と口出ししちゃったわ。あんなに可愛い子がそのまま妖になっちゃったら皆困っちゃうものね」

 麗那の性格の悪さを理解している師隼だが、流石に少しは日和に同情してしまう。
 麗那は自身を守る為に術士の中でも特異な能力、闇の力を使って相手の人間性を見る。

 『人の思考や行動は過去から生み出された産物である』

 これは"有栖の血を引く者"として生きてきた彼女が、相手を知る為に指標としている言葉だ。
 人の過去を覗き、そこから人物の思考や行動を読み取って上辺だけを繕う相手がどんな人物であるかを知る。
 それが有栖麗那という女だ。
 日和の過去は多少なりとも麗那の好みの範疇はんちゅうだったらしい。

「君は相変わらず、手癖が悪い」
「あら、私を褒めてるの? でも、師隼があの子を囲おうとしてる理由はよーく分かったわ。彼女が例の子なんでしょ?」
「……そう。だが、それは関係ない。見たのなら分かるだろう、彼女は特別だ」

 底意地の悪い笑みを浮かべる麗那に師隼は首を横に振り、ため息を吐く。
 その姿を見て、麗那は素直に微笑んだ。

「分かっているわ、ずーっと長い間うろちょろしてる子がいるもの。残念ね、私と貴方じゃ妖の相手は出来ないなんて」
「ああ、だから私達で出来る分をやるしかない」

 ふぅ、と呼吸を整える師隼は何かを思い出したように麗那へ振り返る。

「……ああそうだ、麗那、私は明日から暫く席を外す」
「明日? 一週間ほど早いのね。タイミングを間違えてるんじゃない?」
「東京に出向く用事が増えた。ついでだよ」

 師隼はいくつかの用事を抱えているらしい。
 これは好機だと麗那はにこりと微笑む。
 その笑みは子供がウキウキするように楽しそうで、その場でくるりと回ると制服のスカートがふわりと舞った。

「あら……そうなの? だったら丁度良かった。ついさっき良い手土産が準備できたの。これを持って行ってくれるかしら?」

 麗那が舞い上がったスカートの裾を上げると、下から黒い液体のようなものがだばだばと落ちた。
 黒い水たまりは一つの塊となり、床の上でぐにぐにと気持ち悪い動きを見せながら形が変わる。
 完成した形はアンティーク感漂う豪奢な鳥籠。
 中には先程狐面を襲った妖が狭そうに捕らえられていた。
 歪な形をした妖は首をぎゅるんぎゅるんと辺りを見回し、猫のように毛を逆立てて威嚇している。

「…………また不気味な。これは?」
「ふふふ、帰り道にね、拾ったの。……ああ、忘れていたわ。この子に襲われて一人、転がっていたわ」

 スカートの埃を払うように、麗那は手の甲で布を撫でる。
 するとぼとん、と重々しい音を立てて闇の塊が落ちた。
 真っ黒の塊は卵から還るように割れ、死体と化した男が中から現れる。
 同時にむわりと溢れる血の匂いが、一気にその現実感を誘った。

「……成程、分かった。どちらも連れていくよ」

 二つの姿は麗那の闇に覆われてビー玉程の黒い珠に変わり、師隼の手に渡る。
 麗那はくすくすと笑みを溢して人を送る言葉を告げた。

「行ってらっしゃい、師隼。お土産を期待してて」
「土産? それはこっちが準備する物だろう?」

 不思議そうにきょとんとする師隼。
 麗那は再びくすくすと笑い、また魔女のような笑みを見せる。

「こっちにも、きっといいお土産があるわ。気を付けて帰ってらっしゃいな」
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