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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
6-3 日和と波音
 元々何度か祖父からリクエストを受けていた麻婆豆腐。
 だから手慣れていたこともあり、手早く作った夕食はあっという間に済んでしまった。
 麻婆豆腐は米と共に一瞬でなくなってしまった。
 祖父や玲はよく美味しいとは言ってくれたけど他の人に振る舞ったことなんてない。
 だからあんなにも嬉しそうに食べる波音と焔に驚いたし、少しだけ……ぞくぞくと、へんな感じ。
 こんな気持ち、初めてだ。
 なんて言うんだろう。

「うーん……どうしよう?」
「私も巡回必要なくなったし、宿題でもやっちゃいましょうか」
「それもそうだね」

 食事を終え、巡回の予定がなくなったという波音と共にテーブルを綺麗にし、皿は手早く洗って宿題を広げた。
 ここで一つ誤算だったのは、多少は時間がかかるだろう、とお互いが踏んでいたこと。
 しかし日和も波音もつまづいたり悩む事も無く、さっと済んでしまったことだ。

「貴女、生活は中々酷いのに勉強はできるのね」

 勉強を終えた途端、ぐさりと心に鋭利な矢が刺さった。
 昼、結局中学の頃から昼食を抜いていた事を白状し、この一週間の食生活も吐露することになった日和は玲にこっぴどく怒られた。
 ついでに波音と竜牙にも白い目で見られてしまったのだから事実ではあるのだが、大変心に突き刺さる。
 玲の心配性は比喩ではなく、波音が帰宅時の付き添いに決まると「これでちゃんと買って食べて」とお金を渡されそうになった。
 元々金を受け取る気はさらさらないが、よりにもよって5桁はいけない。
 お金は崩せても元には戻せないのだ。

「えっと……おじいちゃんが居たからちゃんと食べてたんだけどね……」
「昼も昼食、という立派な食事の時間よ」
「うっ」

 波音の真っ赤な猛禽類のような目がじっと見ている。
 自業自得だが、心苦しい。

「しょ、食事はともかく、勉強の方はあまり気にした事はないかな……。こんなものじゃないですか?」
「そう?十分すぎるくらいだと思うけれど。中学は?」
「篠崎第一ですね」

 あからさまに波音の眉間に皺が寄った。
 篠崎中は第三まであって、それぞれ学力のランクが違う。
 日和が通っていた第一はそれこそ玲が在籍する特進クラスや、国立等の名門校を目指すようなトップクラスとも言える学校。
 そんな学校に在籍している生徒には大体求めるものがある。
 それは、『将来の夢』というものだ。

「……将来、何か決めているものでもあるの?」
「ううん、全く。兄さんが通っていたからそのまま私も同じ中学に進んじゃった」

 中学時代、日和が又聞きでよく聞いたものは医者や教師、学者、経営に携わりたい……等々。
 しかし当然、私には将来なりたいものなんてない。
 なのでそれを何の気なく言葉を返す日和に波音の表情が更に歪んで頭を抱える。

「そんなお友達感覚で選ぶような中学だったかしら……?」
「ちなみに波音は何処ですか?」
「私?第二よ」
「波音も優等生ですよね……? どうして第二に?」
「こうして術士してるんだから、ある程度はしっかり勉学をして卒業できればそれでいいのよ。将来なんて決まってるし、上を目指す方が無意味だわ。玲とは違うの」

 ふう、と息を吐く波音。
 確かに玲は今現在特進科に居て、普通科のこっちよりも更に高いレベルの勉強をしている。
 その理由はと言うと玲が『医者』を目指しているからだ。

「兄さんは医者を目指しているって聞いたけど……術士と医者を一緒にするの?」

 ふとした疑問に日和は首を傾げる。
 『二足の草鞋わらじを履く』という言葉があるが、兼ねられる仕事なのだろうか。

「あいつの父も祖父も医者だもの。術士の力が失われても神宮寺の屋敷で働くでしょうね」
「あのお屋敷の中に医療機関でもあるんですか……?」

 祖父が亡くなった時足を運んだ神宮寺家の屋敷は広すぎて、門からずっと真っ直ぐに進んだ大広間までしかその全貌を知らない。
 ただ、それでも立派な家屋に病院の設備があるなんて一切想像つかない。
 先日波音と夏樹が戦っていたようにどう見ても危険のある仕事なので、怪我をしない事は無いだろうが。

「まあ、あるのよ。あまり世話にはなりたくないけれど。貴女も世話にならないようにね?」
「えっ……あ、はい……!」

 つん、とした表情の波音の言葉に日和はどきりと心臓を鳴らす。
 父も祖父も妖に殺されたのだから自分が狙われない筈がないのだ。
 全くその可能性を視野に入れていなかった。
 極力お世話にはならない様にしよう、日和は心の中で小さく誓った。

「……さて、そろそろ行くわ」
「あ、そう?送――……気を付けて帰ってね」

 席を立つ波音に送る、とは言えず言葉を濁す日和はその背をついて行く。

「それじゃ日和、また明日」
「うん……ありがとう、波音」

 手を振って、最後は口角を上げて去っていく波音の背をじっと見て、日和は玄関の扉を閉めた。

「……今日は、楽しかったな」

 落ち着いてから、冷えた空気が入るように孤独が漂う。
 ふとぎる寂しさに、小さく呟いた。



 日和に玄関まで送ってもらい、私は外に出た。
 巡回の必要は無いとは言われたけれど、また少しずつ気を張りながら歩き出す。
 未だに焔に怒られたことも気にしている。
 さっきは全く上手くいかなかったから、少しでも出来るようにしないと。

「おヌシ……波音か?」

 日和の家から真っすぐ、柳ヶ丘を出て学校区に差し掛かる頃、不意に後ろから声がかかった。

「あ、ら……咲栂様、お疲れさまです」

 振り向くと、水のように美しく透き通るような長い髪を後ろで結い、何枚もの着物を重ねた姿。
 それはまるで平安貴族のように優美な姿をした姫が、そこに居た。
 名を咲栂さきつが――玲の式だ。

「うむ。お主も日和の元に居たところじゃろう?あるじ様が任を降りた為にせわしなくなるだろうが、あまり無理はせぬことじゃぞ」

 扇子を広げ、それこそ気品のある笑みを浮かべている。
 今はそこそこに機嫌が良いようだ。

「ありがとうございます。日和に関しては私だけじゃなく、術士皆で様子を見ることに決めましたから……咲栂様も今までに何度かお守りになられたのでしょう?」

 挨拶ついでに頭を下げると、咲栂は少し眉を上げて表情を隠すように扇で口元を隠し、パチンと扇を閉じた。
 少し、言葉に悩んだ様子だ。

「まぁ、な。色々ありはしたが、我が主様も優秀じゃ。問題は無いに等しい。……さて、妾たちはもう帰り支度をするが、送ってやろうか?」
「いえ、咲栂様も早くお戻りになりたいでしょう。お手を煩わせる訳にはまいりません。それでは」

 相当機嫌が良いのか、まさか咲栂様から「送ってやろうか?」と言われるとは思わなかった。
 そのせいか妙に緊張して心臓が跳ねあがってしまった。
 咲栂の前を離れると、後ろから「ああ、またな」と声がかかった。
 心臓がどうにかなりそうだ。

 ……咲栂という式は、正直苦手だ。
 礼節をわきまえないと怒り出す。
 しかしそれは見た目や雰囲気から溢れるほどの貴族感があるから、まだこちらが気を付ければいいだけ。
 だけど一番に問題なのは、彼女が癇癪かんしゃく持ちであることだ。
 配慮が抜ければそれこそ津波が起こるだろう……と踏んでいる。

 昔は竜牙とも仲が悪かったそうだ。
 一々煽てて気を良くする咲栂と、一切そういうものには揺らがない竜牙では雲泥の差があるだろう。
 そういえば最近は竜牙とも接しやすくなった気がする。
 元々そんなに近い存在ではないが、正也が呪われたせいか、それとも普段以上に姿を見るからか、他人の式という意識が減ってきた。
 あとは日和のおかげでもありそうな気がする。

 日和もまた、不思議な人間だと思う。
 私としては感情が薄いのが気にかかるけど、素直で親しみがあり、私とは全く別の世界の人間だ。
 危なっかしくてついつい心配してしまうし、ペースもよく乱されて大変だけど、一緒に居て楽しい。

「波音、ぶれてきたよ」
「……っ!! ごめん、焔……」

 焔に言われ、再び意識に集中を向ける。
 しまった。私は何を考えているんだろう。
 とにかく今は、これから先の為にも出来る限り強くならなきゃいけない。
 私だって、日和を守ってやるんだから――!
咲栂
?月?日・女・??歳
身長:170cm
髪:白藍
目:紺碧
好きなもの:主
嫌いなもの:不躾な人間

豪華なきらきらしい十二単、目鼻がはっきりしていて口も大きいちょっと中性的な顔立ち。
髪型は姫様カットで後ろは足首あたりで結ってある。(髪の長さがそこまでとは言ってない)THE・平安姫。
動くの嫌い。歩く必要は無いと思ってる。だって水の上を滑ればいいでしょ?
美の上に立つ人、と言いたくなる程身だしなみに気を付けている。勿論時代考慮済み。
今は色んな美しさがあって、それはそれで楽しんでいる。
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