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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
2-2 瓦解する世界
「あ、れ……私……」

 何が起こったかよく分からない。
 落ちていたら突然全身に重い何かが圧し掛かって、一瞬地面がとても近く感じた。
 驚いてぎゅっと瞑った目をしっかり見開くと、上の遠くに屋上があり、水鏡波音がこちらを見てすぐにその頭が消えていった。
 寧ろそのもっと手前、眼前にはこちらに心配そうな表情を向ける竜牙が居る。
 どうやら屋上から落ちた自分を抱き止めてくれたらしい。
 昨日の今日、出会ったすぐだというのに何かとお世話になってしまっている。
 深く反省すべきかもしれない。

「えっと……わ、なんですか?これ」
「それは……後で説明する」

 下ろされ、足元を見ると地面から柱のような岩が切り立っていた。
 自分が地面へと落ちるのが早かった訳ではなく、地面が自ら迎えに来ていた形のようになっている。
 それは竜牙がしたことらしいが、後に説明があるらしい。
 岩はそのままゆっくり伸びるように登っていって、最終的に屋上まで連れて行ってくれた。

「大丈夫か?」
「ありがとう、ございます」

 竜牙に支えられ屋上に降り立ったが、落ちた場所に柵は無い。
 戻ってくると玲が来ている目の前で波音が正座をさせられていた。

「こら、波音! 一般の人に迷惑をかけない! 竜牙がすぐに来てくれたからいいけど、何を考えてるんだ!」

 いつも落ち着いてにこりと笑みを溢す玲が珍しく本気になってお説教をしている。
 前に一度食らった事があるが、あれは中々堪える…。

「いや、だって、『金詰』だし……ちょっと期待半分で、その……」
「期待の、もう半分は」

 一方の波音は先ほどの気迫はどこへやら、口先をすぼめて頬を膨らませ、ごにょごにょとしていた。
 玲の怒りは落ち着いていないらしく、声に凍えるような寒さを感じさせる。

「だ、だって正也が馬鹿だからでしょ! なによ一人で勝手に戦って勝手にポカしてその『一般人』にお世話になるって!! バカでしょ馬鹿! ばーかばーか!」

 わっと波音の拗ねた表情がエスカレートして、更に暴言が漏れている。
 残念な事に被害者である日和は特に波音を悪いとは思っていない。
 よって真っ先に、これは助けた方が良い……?いや、無事を伝えるのが先かな……?といった思考が流れた。

「あ、あの……私は大丈夫だから――」
「――日和ちゃんも勝手に波音について行かない! 怪我は無かった?大丈夫?」
「は、はい! ごめんなさい……」

 連行されただけなのに、思わず玲の気迫に負けてしまった。
 更に体の心配もされている。
 相変わらずの過保護っぷりだった。
 ……いや、人が死にかけたらそうなるのも当然か。

「えっと……竜牙さんも、ありがとうございます」

 後ろを振り向けば、竜牙は開いた手を握りしめて岩の柱を消している。
 作業を終えたのか日和に向き直ると頭に手を乗せてきた。

「間に合って良かった。玲が早めに連絡してくれたからだな」
「いや、全然間に合ってないから……! 波音はしばらく反省して!」

 玲の厳しい視線が再び波音を捕らえる。
 波音は下唇を目いっぱい噛むと立ち上がり、日和の前で睨んできた。

「……悪かったわね」
「……心が無い。マイナス30点」
「波音、素直に謝れてない。10点」

 腕を組んで視線を逸らす波音の謝罪に、玲と竜牙の容赦ない採点が入る。

「絶対許さない!」
「こら」

 あまりにも厳しい採点に突如波音の体が燃え上がった。
 瞬間、玲が指を鳴らす。
 するとどこからか水がざばっと滝のような音を立てて波音に被った。

「ひゃっ!?」

 ちなみに日和は竜牙が日和を運んで1,2m離れたので間一髪被らずに済んだ。
 先ほどから岩や火とか水が何処からともなく現れて、何が起こっているのかよく分からない。
 とりあえず、目の前で超常現象が起こっている。と日和は目を回す。

「あっ、あの……?」
「……。一先ず、彼女には説明を入れるべきだ。玲、もう諦めろ」

 明らかに混乱する日和の様子に竜牙は真っ直ぐに玲に視線を向ける。
 これ以上隠し事は出来ないだろう、玲は諦めの表情で大きなため息を吐き開き直った。

「分かってる、もう諦めたよ……。もういい、お昼にしよう……」

 ぐったりとした玲の表情が珍しく感じたが、どうやらこのまま屋上で昼食を取るらしい。
 屋上の真ん中で日和、玲、波音、竜牙……とぐるりと四人で弁当を囲って座ることとなった。


◇◆◇◆◇


 びしょ濡れだった波音の体はふわりふわりと髪や衣服が揺れている。
 その様子を眺めていると、「あれは乾かしているんだ」と竜牙の補足が入った。
 ちなみに玲は昼食の準備に水筒と自身が作ったらしい弁当を広げ、その光景はお花見――或いはピクニックを思わせる。
 ……のだが問題の弁当は三人分ある。もしかして全て自分が作ったのだろうか。

「……とりあえず、食べようか」

 準備を終えた所で玲は満面とは言えないが、にこりと日和に笑ってみせた。
 割り箸を手渡され受け取ったはいいものの、食べていいものかと不安を感じる。
 というのもここには四人、場には三人分、自分が今目の前に置かれている弁当は竜牙の物ではないだろうか。
 しかし玲に視線を向けると「ほら、食べないと時間無くなっちゃうからさ」と、いつもの優しい笑みを見せていた。

「えっと、いただきます」
「いただきます」

 日和と波音はほぼ同時に割り箸を手に取り手を合わせる。
 竜牙は――動くことなく、ただ座っているだけだ。

「竜牙さんは食べないんですか?」
「ああ、竜牙はちょっと特殊で……まず、ちょっと説明させてもらうね」

 日和が竜牙を気にかけた所で、玲が真面目な表情を向けた。

「さっきも見たと思うんだけど……実は、僕たちには特殊な力があって、波音は火、竜牙は土、僕は水を操れるんだ。
 本当はもう一人いて、まだ中学生だけど風を使えるよ。僕たちはその力である仕事をしていて……波音は日和ちゃんにもその適性があると思って近づいたんだ。
 悪気は……すっごいあるけどやり方が不器用で最悪だったね。びっくりさせてごめんね」

 玲の言葉に波音から何やらめらめらと熱そうな威圧を感じた。
 視線が怖い。

「仕事の内容については、悪いがまだ教られない。日和には確かに力があるが……完全に波音の早とちりだな。そもそも力を持っていること自体、本人が認識できてない」

 続いた竜牙の言葉に波音はうー、と唸って口先を尖らせる。

「だからごめんって言ってるじゃない! 埋め合わせは……今度するわ。いい?」

 一応反省はしているのだろうか、拗ねたように波音は日和に向かう。
 一方の日和は「分かった」と素直に受け止めていた。
 ちなみに「ごめん」の一言は一切出ていないが、日和は気にすらしていない。

「日和ちゃん、そこまで素直で良い子にならなくていいよ……。素直で良い子だけど」

 頭を抱えた玲からはぁ、と小さなため息が漏れた。
 この人は何から何まで過保護だとやはり思ってしまう。

「それで……えっと、なんで私にはその力があるんでしょうか?」

 漠然と感じた疑問が口に出た。
 波音と竜牙は固まって日和を見、玲は口を濁す。

「あー……日和ちゃん、よく体調崩すでしょ? 昨日とか。
 あれの原因が日和ちゃん自身が持ってる力なんだけど……君は産まれながらに素質があるんだよ、こっち側の。昔君の血縁に居たんだ。それが流れてるんだと思う」
「そう、なんですね。私祖父以外で家族なんて考えた事ありませんでした」

 卵焼きを口に放り込む日和の言葉に、全員の動きがぴたりと止まった。
 一瞬の静寂を切るように波音が身を乗り出す。

「はっ? 祖父以外って……今何人で暮らしてるの?」
「二人だけです」
「ご両親は?」
「父はもう死んでますし、母は……もう何年も見てないので行方不明か、死んでるんじゃないでしょうか。どっちにしても居ないので、特には」
「……」
「日和ちゃんはずっとこういう子なんだ。えっと、お母さんは写真家でほとんど海外に行ってるんだって」

 日和の言葉に波音は姿勢を戻し、無言でじっと玲を見つめる。
 玲は困ったように笑いながら補足の説明を入れた。

「なるほどね。でも家族の無事は祈っておくものよ」

 小さいため息が波音の口から零れ、波音は心配した表情で日和に視線を向ける。
 しかし日和は首を横に振り、笑顔を向けた。

「いえ、母なんて父みたいなものだしいっそ……――私は祖父だけで十分です」

 日和の一言に三人の表情がぴたりと固まった。
 落ち着いたような空気は凍ったように冷え、日和は不思議な物を見る目を向け首を傾げる。

「あれ、私何か変な事言いました?」
「変な事」
「思いっきり私達の環境以上を言ってるわ」
「……日和ちゃん、これ、食べる?」

 竜牙は真顔、波音は困惑している。
 玲に至っては唐突に自分のおかずを勧めてきた。

「そっ、そういえば竜牙について説明してなかったわね!」
「えっ、今その説明するの?」
「地雷を踏んだ気がするわ。今の話題の方が私耐えられない」
「……」

 波音の表情はものすごくげんなりしている。
 これ以上自分の事を言うのも気が乗らないので、日和としては大変助かるのだが。
 それよりも日和にとってはその三人の行動がよく分からないので波音には心の中で小さく感謝した。
 玲はわざとらしく空咳をし、日和に向き直る。

「えっと……竜牙は『使い魔』って言ったら分かる? 僕らは『式神』と呼んでいて、仕事をサポートしてくれる存在で、人ではないんだ。
 一応僕達にも一人ずつつけているけど、今は色々あって竜牙が動いているんだよ」
「そう、なんですか。……ん、という事は竜牙さんを使っている人がいるんですよね?」
「昨日私と一緒に居た置野正也。諸事情で暫くは顔を出せなくなったから、今日から休学よ」

 大きなため息をつき、波音は竜牙を睨む。
 その視線に竜牙は小さくため息をついた。

「仕方ない、とは言えないが極力出来る事はする。だからそう睨むな」
「あら、別に竜牙に睨んでないわよ。正也に睨んでるだけ」
「波音、性格悪い……」

 玲はため息をつくと小さく、日和に「ごめん」と呟く。

「ううん、大丈夫……――」

 ――キーンコーン……
 日和が言い切るかどうか、そこへ話を区切るようにチャイムが鳴り響く。
 あっという間に和やかだった時間は過ぎていたようだ。

「あ、もうお昼終わりね」
「本当だ、もうこんな時間。気付かなかった」
「ごめんなさい、すぐ食べ終わります」

 波音と玲がゆっくりと立ち上がり、まだ残っているお弁当の手に取った分を詰め込んで日和も立ち上がった。
 しかし、二人共食べ終えた弁当を片付ける素振りはない。

「片付けはいいんですか?」
「そこに教室には入れない人が居るでしょ」

 聞く波音に、波音は当然のように言う。
 その目の前には食べ始めと変わらず胡坐あぐらをかいて座る御仁が居た。

「ごめん、いい?」
「どうせ今日から毎日こうする予定だろう?弁当も、こっちで届ける」
「そうこなくっちゃ。昼間はお留守番、夜には頑張ってもらうけど、動ける時には動いてもらいたいわ」

 申し訳なさそうな玲と、当たり前の感覚でいる波音。
 この二人は随分と対照的だ。

「それじゃあ竜牙、悪いけどよろしく」
「行ってくるわ」
「すみません、ありがとうございます」

 三人で搭屋へ入る。
 最後にちらりと屋上を振り返ると竜牙は腕を組み、弁当の前で座ったままだった。

「あ、そうだ。毎日ここでお昼ご飯食べるから、日和ちゃんもおいで。どうせ弁当も自炊でしょ? ご飯の準備もしなくていいしさ」
「え、あ、えっと……じゃあ、そうする……」

 玲の提案に日和はにこりと微笑む。
 先に下へ降りていた波音が振り返り、声を張る。

「何してるの、そろそろもう一度チャイム鳴るわよ」
「あ、うん」
「今行きます」
「じゃあ僕、こっちだから」

 階段を下り、先に玲が教室へ帰っていく。
 波音と二人きりになり、下りながら、波音は口を開いた。

「さっき、嘘ついたでしょ」
「え?」
「昼、貴女いつも飲み物だけじゃない」
「うっ、見てたんですか? というか、もしかして全員の昼食確認してます……?」
「仕事柄ね」

 さらりと言う波音に日和はどういう仕事柄なんだろうか。
 この人達のいう仕事柄が不思議でならない。
 ……という事は、玲も?
 玲には心底、聞きづらい話だ。
樫織隆幸(かしおり たかゆき)
4月3日・男・60歳
身長:165cm
髪:灰色
目:黒
家族構成:娘・孫
好きな食べ物:日和の手料理・そば・天ぷら
趣味:まったり家事をすること

だいぶ皮ばかりになってきたけどあまり気にしてない紳士。
骨はしっかりしてるから大丈夫。
買い物で健康維持はしてるから!それより孫が大事。お昼も食べてね。
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