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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
1-1 唯一のお友達
「日和おはよー!」

 玲と別れ教室に着くや否や、ずば抜けて明るい声が日和の耳をつんざく。
 声の主は教室の中心、日和の前の席で大きく手を振っていた。

「……おはよ、弥生」

 6:4で分けヘアピンで留めた前髪が印象に残るクラスメイト、奥村おくむら弥生やよいだ。
 性格は明るく、眩しい。
 入学式の日からずっと話しかけられて、やっと日和が相手を認知した友人枠である。
 日和はその姿に小さくため息を吐きつつ、自分の席に着く。

「もー、日和ったらまた髪結ばないで。可愛くしよー?」

 愛嬌のある弥生はそう言って頬を膨らませる。
 今日は編み込みをサイドに流している、可愛らしい髪形だ。
 弥生の髪は肩を超えたくらいのセミロングだが、毎日砂色の髪をお洒落に纏めているあたりは女子特有の意識を感じる。
 そういうものすら興味を持たない日和には酷く疎遠な話である。

「んー……」
「あ、今興味ないって思ったでしょ! また今日も遊んであげようか?」

 日和の表情から思った言葉が洩れていたらしい。
 弥生は顔に書かれた言葉を読み上げると、机の引き出し部からシャボン玉がたくさん描かれたパステル調のポーチを取り出した。
 中には櫛を始め、
・ヘアピン(とにかくカラフル。中にはハートやリボンもついてる。髪に目立たない茶が欲しい)
・バレッタ(大人しいものから華やかな色合いまで。私は留められればなんでもいいかな)
・ヘアゴム(シンプルなものから色がついてたり、ハートや星がついたものまで。そんなに種類必要かな?)
・シニヨン(これはお団子を纏めるもの。ネットで留められるようになってるみたい)
・簪(体育には適さない)
 ……に至るまで様々な物が入っている。
 これらはほぼ毎日登場している、弥生のヘアアクセサリ専用ポーチだ。
 ちなみに入学式の日を皮切りに、出会いの日から何かしら物が増え続けている。

「……はぁ、好きにしていいよ」
「流石日和、話が早い」

 キラキラと目を輝かせる友人を前に、日和は再びため息をつく。
 出会って2か月弱。ほぼ毎日髪を弄られては慣れもする。
 弥生は早速ポーチからベビーピンクのいかにも女の子らしい櫛と数本のヘアゴムを取り出した。
 後ろに回り込み、まるで美容師のように手際よく髪を梳き、弄り始める。
 真後ろに居るのでその動きを見る事はできないが、小さな束を作って編み込んでいるらしく、頭皮に触れ引っ張られている感覚から大体何をしているのかは想像がつく。
 もちろん髪をお洒落に結われたからと言って、日和にとっては微塵も興味は出ないのだが。

「――はい、終わったよ! はー、今日も至福……!」

 手が止まると大きく息を吐く弥生は満面の笑みを浮かべた。
 時間にして3分強。
 最近は特にそうだが、日に日に弥生の技術レベルが上がって速さや丁寧さに磨きがかかってる気がする。
 ちなみに今日の髪型はハーフアップを右にまとめた上で、団子にされた。
 ヘアゴムが見えないよう周りに最初の編み込みが入った三つ編みが巻かれてヘアピン数本で留められている。
鏡を渡されて見たけど器用だな、と思う他無い。

「……弥生は美容師でも目指してるの?」
「え? 全然。なんで?」
「いつも髪弄って幸せそうにしてるから?」
「ふふふ、そういう職業をスタイリストと言うんだよ? ちなみに髪の長い日和だから弄る訳で、特に好きって訳ではないよ」

  日和にはよく分からない。何を言っているんだろう、この人は。

「あ、分からなそうな顔してるね? 私が好きなのは髪を弄る事じゃなくて、日和ちゃんを可愛くしたいってだけだよー」

 にこにこと答える弥生に日和の脳には一つの答えが浮かんだ。

「なるほど、下心……」
「その言葉選び酷くない??」

 むすっと頬を膨らませる弥生と話してると、ふいに視線を感じた。
 何の気なくそちらに視線を向けるとクラスの端で男女の生徒がこちらを見ている…気がした。
 人にすら興味を持たない日和はそのクラスの人間の名前すら覚えられないので、分かったところでどうすることもできないのだが。

「……置野おきの君と、確か水鏡みかがみさん、だったかな?」

 日和の視線の先が気になったのか、弥生が勝手にその名を口に出す。
 寧ろ日和としては即座に名前を出してきた弥生につい関心してしまった。

「へぇ、覚えてるんだ」
「逆に日和は興味持たなすぎだよー」
「だって……」

 だって、興味を持ったところで何か得があるかと聞かれるとそうでもないから。
 今までに友達だってまともに作った事がないのにやっていけたんだから別に欲は出ない。
 今年に入って学校で出会ったこの弥生だけは、本当の特別枠だ。

「まあ日和らしいけどね。この2か月、私はちゃーんと学びました!」
「私の事を理解しようとするだけでも偉い」

 胸に手を当て、えっへんと威張る弥生。
 キーンコーン――……
 そんな他愛もない談笑を終える頃に、タイミング良くチャイムが鳴った。

「おーい、席につけー」

 生徒がバタバタと席につき始め、チャイムが鳴り終える頃に教師が入ってくる。
 そして授業は始まった。



---
 水鏡波音は席を立つ。
 向かった先は窓側の先頭、置野正也だ。

「ねえ正也、あの子がそうなの?」
「……ああ」
「ふうん。似てないわね。ああでも同じ砂色か」
「……」
「話しかけないの?」
「いや……まだ、いい」
「ふうん、そう……」

 教室の角、置野正也と水鏡波音は奥村弥生を見ていた。
 前日、珍しくも自分の身について話をした正也にどうしても確認を取りたかったのだ。
 奥村弥生は楽しそうに、いつも一緒にいる女子生徒・金詰日和と話をしている。
 確認が取れたからといって、波音は特に何も感じない。
 あの二人のあの様子はいつも通りの風景だからだ。
 すると突然日和が二人に視線を向けた。
 単に目が合っただけだったが、波音は腕を組み少し苛立たしげな表情に変わる。

「あの子は?」
「さあ」
「……女王じゃないわよね?」
「……多分、"金詰かなつめ"だから…」
「ああ、金詰か。なら……エサにはなりそうね」

 はぁ、と波音は小さく息を吐いて腕組みを解く。
 隣の正也は表情も仕草も無いが、視線だけは金詰日和に向いた。
 そしてチャイムが鳴り響き、二人は席に戻っていく。

「また後で。放課後動くわよ」
「ああ」


◇◆◇◆◇


 全ての授業を終えてHRが終わった。
 それぞれ鞄を持って教室を出たり、部活の準備、一緒に帰る約束をつける者、ばたばたと人がけていく。

「日和、一緒に帰らない?」

 弥生は振り向きざまに日和を誘う。
 しかし、日和には先約がある。
 鞄から買い物袋を取り出して見せ、首を横に振った。

「ううん、ごめん。今日は買い物して帰らないと……」
「そっかぁ、残念。じゃあまた明日だね」
「あ、待って」

 にこりと残念そうに笑う弥生は鞄を手に持ち帰ろうと背を向ける。
 日和はその背を呼び止めると、最後まで緩まなかった髪を解いてヘアゴムとヘアピンを纏めて弥生に差し出した。

「これ、ありがとう」
「いつもそのままつけて帰ればいいのにー!また明日も結んであげるね」
「うん、また明日」

 口先を尖らせて受け取る弥生は切り替えるようにすぐに微笑んで、ポーチを取り出しながら日和に手を振る。
 日和はそんな弥生に応えるように手を振り、教室を後にした。

「さーて、私も帰ろうかなっ」
「……ねえ、奥村さん。ちょっといい?」

 日和を見送った弥生は手に持っていた道具をポーチに詰めていく。
 そこへ背後から声がかかった。
 水鏡波音だ。

「誰かと思えば水鏡さん、だっけ? 私に何の用?」

 にこりと弥生は微笑む。

「名前、覚えてくれてるのね。そう、水鏡波音よ。貴女あなた……置野正也の妹っていうのは本当かしら?」

 腕を後ろに回して弥生は愛嬌のある笑みを見せる。
 一方で波音は少しのつり目と腕を組む基本姿勢を見せ、好戦的だ。
 遠くから見てもよく分かる、何もかもが正反対な二人の視線がぶつかる。
 波音の力強さを思わせる目がやや細くなり、更に表情から威圧感が溢れた。

「……何? お兄ちゃんったら言いふらしてるの? まあ、そうだけど。でも水鏡さんなら知ってると思ってたけどな」

 弥生も眉をしかめ、波音を上から目線で見つめる。
 完全に腹の探り合いだ。

「いいえ、仕事柄知っているだけよ。話には聞いているけど見たこと無かったから、確認しただけ。私達、初対面でしょ?」

 少し俯き加減になり、波音は見上げてその目をぎらつかせる。
 弥生はふふ、と漏れるように笑った。

「うん、そうだね。同じクラスになったんだもの、お兄ちゃん共々よろしくね。水鏡、さん?」

 波音から止めどなく好戦的な空気が溢れるが、どうやらそれは弥生も違いないらしい。
 弥生の返事に波音は全身を軽く震わせ、笑顔になった。
 その目は完全に獲物を捕食しようとする野生動物のだ。

「それじゃあ私、用事があるから失礼するわ。ありがとう。じゃあね」

 にこにこと手を振り、波音は教室を出ていく。
 独りぽつんと残された弥生は、全神経をざわつかせてにんまりと笑った。

「うん、じゃあね」
高峰玲(たかみね れい)
5月15日・男・17歳
身長:172cm
髪:紺青色
目:水色
家族構成:祖父・父
部活:弓道部
クラス:2-A(特進科)


背中の真ん中くらいまで伸ばした髪をとりあえず纏めてる感じ。
何で伸ばしているかって言うと単に切る人が居ないから。要は面倒なだけ。
一応体は鍛えてるけど筋肉がつかないので線が細いのが悩み。
多分ついたらついたで女性陣が煩いから行動には踏み込まない。
あとは笑顔があれば大体なんとでもなると思っている。
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