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作者: 京泉
逆転移者を拾いましたがソイツ、帝王でした。
 目覚ましのアラームが鳴っている。
 そう言えば昨晩、寝る時に切らなかった。ああっもう今日は休日なのにいつもの時間に起きなきゃならないのか。
 まあいいや、止めてまた寝ればいい話だ。
 でもなあ、起き上がって止めるのも面倒だな⋯⋯そう考えながら俺は寝たまま目覚まし時計に腕を伸ばしたが、その手は時計を掴む事なく空振りしてベチンと床を叩いた。

「あれ? なんで俺床に寝てんだ?」

 おかしいと思いながら体を起こし、ベッドを見て俺は悲鳴を上げそうになったのをなんとか押し留めた。
 そこにある膨らんだ布団とはみ出た金髪。

「⋯⋯んん? 長谷部この音耳障りだ止めろ」

 もぞもぞと金髪が布団に吸い込まれて行く。
 まて、なんで知らない奴が俺のベッドで寝てんだよ。いや、知らない奴じゃない? いや、知らない奴だ⋯⋯よな?

 俺はそっと部屋を出てリビングへ行って水を飲み、深呼吸してからもう一度寝室のドアを開ける。
 そこにはやっぱり金髪がぬくぬくと俺のベッドで寝ているのだ。

「動け、俺の頭⋯⋯」

 知らない金髪男。昨日の俺⋯⋯あっ! 
 思い出してきた。そうだ、こいつは昨日いきなり現れて、勝手に居座って、それから──。
 そこからの記憶がないって事はつまりそういう事なのか!?︎ 俺は慌てて自分の下半身を確認した。良かったちゃんと履いてる。
 じゃなくて! コイツどーすんだよ俺!





 いいや、まて、記憶はある。絶対に。冷静に順を追って思い出せ。
 
──俺のベッドでぬくぬくと寝ている奴との出会いは昨日の夜だ。

 俺は高校で古文担当の教職に就いている。担任クラスは男子クラスのB組。
 元々ウチの高校は女子校だった歴史が長く二年前に共学になったもののまだ女子の比率が高い。
 クラス決めの際、圧倒的に男子が少ないこともあって男子生徒の希望と教員の手間を省く意味と学校生活の効率を考えて今時古い考えだと言われるだろうが男子クラスと女子クラスに分ける事になった。

 同じ大学だった奴らから女子高生に囲まれて羨ましい職場だとよく言われるが、実際はそんな良いもんでもない。

 女子。それは我々男性にとっては恐ろしい魔物だ。

 まず彼女達は気紛れだ。機嫌良く擦り寄って来たかと思えば直ぐ違うものに興味を向けてしまう。
 そしてとても残酷なのだ。彼女達の言葉一つで社会的地位を失う事もあるのだ。
 誰もがそうとは言わないが、女子高生という価値を彼女達は良く知っている。
 だから俺は極力女子高生には近づかないようにしているし、向こうからも近づいて来ない様に距離を置いているつもりだが上手く行っているのかは⋯⋯何とも言えない。
 それでも先生と呼ばれる立場上注意するに越したことはないわけで。
 ⋯⋯まだ二十代半を過ぎた身空で女嫌いになりたくはないのに苦手になりそうだ。

 話が逸れた。昨日の話だ。
 
 放課後、翌日の準備を終えた俺は部活動指導で残っている同僚教員に挨拶をして学校をいつもの通り出たのだ。

 週末は引きこもって溜まっている本を読みまくるのだと二日分の食糧を買い込み車に向かっていたその時、ふと見知った顔を見つけてしまった。

 それはC組の子達だった。学校の外でも遊ぶなんて仲の良い事だなんて思ったっけか。
 しかし、少し違和感があった。そこに居たのはギャルグループと地味グループ、少し離れた所にアニメ好きグループだった。
 学生の頃には良くあるグループ。正反対と思われる彼女達が楽しそうに笑い合っていた。

「あー! べーやん」
「べーやん何これ。夕飯?」
「ベーやんが買い物袋持ってる。映えるぅ」

「をいっコラやめなさい」

 腕を絡ませて来たのはギャルグループの館林紗南。彼女がスマホのカメラを向けて来て俺は咄嗟に腕を振り解いた。
 ヤバい。これ暴力とか言われたらどうしよう。いやいや、一緒に写真なんか撮ったら何に使われるか分かったもんじゃない。
 ⋯⋯どっちにしろ終わりだろ、俺。

「やだなぁそんなに嫌だった? ごめんねベーやん」
「さなぽよ達は勘違いされやすいからねえ。ごめんねベーやん」

 意外。派手な館林と真逆の地味⋯⋯素朴な佐野春子が並んでる。
 謝っている割に全く悪びれた様子のない二人に俺は苦笑した。

「あっスポ子達とマジメちゃん達来たよ。みんなこっちー」
「ほら、オタ子達も移動するよ」

 更に意外だったのは部活を終えた市川香澄達と成績優秀グループの川口理子達が合流し、アニメ好きグループの大塚陽子達までも輪に入っていった。
 ギャル子、ジミ子、スポ子、オタ子、マジメちゃん⋯⋯達。C組全員だ、これ。

 こんな大所帯で一体どこに行くんだ? もう夕方だ遅くなるような事をしようとしているのなら俺も一応教師の端くれ、止めるべきだろう。
 
「おいお前ら、これからどこへ行くんだ? 遅くなるようなら保護者に⋯⋯」
「えー? これからカラオケ行くんだ。陽子って歌チョーウマなんだよ」
「さなぽよの演歌、あれはプロだ。のど自慢で鐘満点取れるよ」
「香澄さんのラブソングは泣けます」
「理子のロック。あのデスボイスは圧巻だね」
「は、春子ちゃんのアイドルポップスも凄く可愛いよ!」

 俺の言葉を遮るように口々に喋り出す彼女達に呆れつつ、しかし楽しそうな笑顔を見て何も言えなかった。
 なんだ? こいつらこんなに仲良かったか?

「お前ら、仲良かったんだな」
「まあねぇ〜」

 流行りの仕草も息ぴったりだ。
 「じゃーねーベーやん」とキャアキャアとはしゃぎながら去ってゆく彼女達に呆気に取られた俺はちょっと羨ましく思いながら改めて車に向かった。

 ──そう! この後だ! この金髪男に会ったのは。

 助手席に荷物を置いて、さて帰るかとバックミラーを覗き込んで俺は絶叫した。

「ぎゃあーーっっ!」
「うわあああーっ!」

 何故かそいつも絶叫。

 後部座席に座っていたのは金髪の男。お互いパニックになって叫びまくり。
 喉がカラカラになって漸く金髪男に「降りろ」と言えたのだ。
 
「お、おまえ、誰だよ!? 降りろ!」
「こ、ここは、何処だ!?」
「いや、俺の車の中だけど⋯⋯」
「へ、変な人がいるんですけどぉおおおっ!!」
「それはこっちの台詞だ! 早く出て行けよ」

 「降りろ」「降りない」のまま時間だけが過ぎて、結局折れたのは俺の方だった⋯⋯。だって俺は運転席、奴は後部座席。背中を取られたままなのだから身の危険を感じるだろうよ。

 俺は奴を刺激しないように言葉を選び、話を聞くと金髪男は異世界からやって来たらしい。
 ⋯⋯ヤバい奴だ。これが第一印象。

 なんでも異世界、奴の国が「瘴気」とやらの脅威に晒されて「聖女」をこちらの世界から召喚したらしいのだがその「聖女」は奴が手にしている玉に「瘴気」を封印してさっさとこちらの世界へ帰って来てしまったらしい。
 無責任な発言だとは思うが俺は「ならばもう一度召喚すれば良いんじゃないか」と言った気がする。
 奴は「次の聖女召喚は行わない宣誓をしてしまった。宣誓したものは違えない。国は二度と「聖女」召喚を行えなくなったのだ」と俯いた。

 それで呼べないのなら行けば良いとこちらの世界へ騎士団を派遣する事になったのだが、彼らは口々に「是非!」と手を挙げ志願者多数だったのだと言う。
 誰がこちらの世界へ来るのか、トーナメントを行ったが途中からただのお祭り騒ぎへと変わり「いっそ全員行けばいいんじゃね?」と言い出されてそんな事をされたら国を守る騎士がいなくなってしまうし、彼らを派遣したら帰ってこない気がするとこの金髪男が来る事になったそうだ。
 
 随分と自由な騎士団だと聞いてみればなんでも騎士団の掛け声が「ウェーイ!」で騎士団には国の名前が付いていたのに今では「パリピ騎士団」と名乗り、強くて明るく面白い騎士団は国民の人気を得て日々楽しそうなんだとか。
 うん、その騎士団こっちに来たら帰らないね。それ確実にこの世界のこの日本から召喚した「聖女」が広めたね。
 
「で、君、名前は?」
「⋯⋯」
「俺は長谷部直人。君の名前は?」
「⋯⋯リチャード・ナルシオ。ナルシオ王国王子だ」

 王子様かー。あはは。なあんだ王子様かあ⋯⋯。
 ⋯⋯
 は?  今なんて言った? 俺は慌てて再度バックミラーを見た。そこには確かに金色の髪と青い瞳をした美青年。
 おいおい──マジかぁ⋯⋯。

「⋯⋯で? 君帰れるの? その⋯⋯異世界に」
「帰る気なら帰れる。だが、私はこの玉を「聖女」に渡さなくてはならないのだ」

 ずいっと。差し出されたメロンサイズの玉。中になんかグルグルとドス黒いのが渦巻いていて俺は顔を引き攣らせた。

「そんなものを渡されてその「聖女」とやらは喜ぶとは思えないけど」
「喜ぶわけがないだろう。瘴気玉だ。長谷部、この玉を「聖女」に渡すまで世話になってやる」
「いやいやいやいや、それ人に物を頼む態度じゃないよ?」
「なら、ここに置いて私は帰る」
「ダメーーー!! それは絶対ダメーーー!!」

 訳の分からない物を置いて行かれても困る。だってなんのゴミに出せばいいんだよソレ。


 ──そうだ、それで金髪男、リチャードを連れて帰ったんだ。





 ああ、それから一緒に酒を飲んだんだっけか。

 不審者に違いはないがリチャードは聞き上手で話し上手だった。こちら側が気持ち良くなる会話が上手かった。
 おべっかを使うような厭らしさではなく、まだ知り合ったばかりの俺をよく見ていると言うか、欲しいと思っている言葉を難なくくれる。
 すごい言葉のテクニシャン。うっかり惚れるところだった⋯⋯な。

 一通り昨日の出来事を思い出して俺は朝っぱらから溜息を吐いた。
 悪い奴じゃないのかも知れない。持っていた瘴気玉とやらを適当に置いて帰らず任務を果たそうとしているのだから真面目なのだろう。

 しかし、どうすっかなあ。拾ってしまった以上、俺はリチャードを保護しなくてはならないだろうな⋯⋯。でも、戸籍ないよこの人。この世界で仕事してないよ? 稼ぎないよ? 怪我したり病気になったら医療費全額負担だよ? 「聖女」を探すのだって一億いるこの日本からどう探す気なんだ。

 俺は頭を掻きながらとりあえず飯だと朝食の準備に取り掛かった。
 米は炊いてあるし味噌汁を作って鮭を焼いて、そうそうそろそろ漬物も食べ頃だ。王子様の口に合うか分からんが。


「長谷部! お前は凄い! こんな美味いものは初めてだ」

 フォークとスプーンを手にしながらキラキラした目で俺を見るな眩しい。
 俺は作った料理をぺろりと平らげた王子様に呆れながらもその賛辞を受け入れた。
 さて、これからどうするか。

「なあ、リチャード。どうして俺の車に、その、異世界から転移したんだ?」
「ああ、それはな。「聖女」の近くに転移するようになっているからだ。長谷部が「聖女」に近いと言う事だろう」
「俺? そんな女性には心当たりがないぞ」
「そんな事はない。私が転移したタイミングと長谷部が「聖女」の近くにいたタイミングが合ったのだ。だから長谷部の近くに「聖女」は居る」

 そんな事を言われてもなあ。俺はスーパーに寄っただけだしすれ違った女性の中に「聖女」が居たとしても見知らぬ人だ。

「「聖女」の手掛かりはないのか?」
「手掛かりか⋯⋯ああ、人数は十五人だ」
「十五!? そりゃまた多い」
「後は⋯⋯名前」
「名前が分かるのか!?」

 名前を聞いても見つからない確率の方が高いがなにも分からないよりずっと良い。
 俺は手帳を出してリチャードが発する名前を書き留めた。
 春子、夏子、秋子⋯⋯どっかで聞いた名前だな。
 陽子、恵子、礼子⋯⋯ふむふむ良くある名前だ。
 理子、数子、文子⋯⋯成績良さそうな名前だな。
 香澄、博美、愛海⋯⋯ん? なんだこの既視感。
 紗南、亜衣、麻衣⋯⋯まて、手が震えるんだが。

「彼女達は私が側室にしてやると言ったにも関わらず帰ってしまったのだ。この瘴気玉を残して」
「側室!? いやいやダメだろ。こっちの世界の、この時代の子達にそれはダメだ」
「何故だ。私には最愛の婚約者が居る。心から愛してはやれないが側室にしてやるのだぞ。まあ、役目を果たしたら追い出そうと思っていたがな」
「クズい! ゲスい!」

 さらりとクズ発言をするリチャードに思いっきり引きながら俺は確信した。リチャードが探しているのは⋯⋯C組の彼女達だ。そう、リチャードに出会う前、俺は彼女達と会った。確かに近いといえば近いな。
 そうかー⋯⋯あの子達が「聖女」かー。クズチャードの毒牙に彼女達が掛からなくて良かったわー。

「クズとは何だ! 彼女達は私を好きだと言っていたのだ」
「ああー! 毒牙に掛かってたかあっ!」
「人心掌握は帝王学の基本だ」

 彼女達とリチャードの間に何があったのかは大体想像できる。
 リチャードは見かけもさることながら振る舞いとその人を気持ち良くさせる言葉で彼女達の心を掴んだのだ。俺でさえリチャードの言葉に危うく惚れそうになったんだからな!

 しかし、彼女達が「聖女」だとして、リチャードに会わせても良いのだろうか。あのゴミ⋯⋯瘴気玉を押し付けられるんだろ?

 俺は少し考えて、リチャードに提案する事にした。

「⋯⋯なあ、リチャード。「聖女」を俺にも探させてくれ」
「おお、良い心掛けだ」

 リチャードはC組の彼女達を探している。瘴気玉ってのを押しつけるために。しかしそんな事は俺が許さない。そもそも瘴気玉ってのは異世界のもんだろ。この世界に置いてゆかれるのは迷惑極まりない。共に帰っていただく。
 そう! 俺は教師だ。学校にいる間は教え子を守らなくてはならないからな! 


 こうしてこの異世界からやって来た王子様と俺の共同生活が始まってしまった⋯⋯のだ。





「長谷部先生、お立場を理解されてます?」

 リチャードとの生活が始まって一週間。
 今、俺は絶賛C組担任立川国恵教員からの苦言を頂戴している。

「えっと、その、ですね」
「まさかとは思うのですけれど、生徒に手を出したりなどしておりませんよね?」
「い、いえっ、そんなことは誓ってありません!」
「そうですか。では何故この一週間ウチの子達に付き纏っているのですか」
「えっいや、付き纏っては⋯⋯すいません⋯⋯」

 俺が謝ると、立川先生は溜息を吐いて俺を見据えた。
 俺とリチャードが共同生活を始めてすぐに俺は奴とC組の子達が鉢合わせしないようにと動いた。
 リチャードには俺がいない時は部屋から出るなと言い聞かせたが、それでも家の周辺を出歩いているらしい。まあ、ずっと閉じ込めるわけにも行かないし、学校がある昼間ならバッタリ会うこともないだろう。
 危険なのは放課後だ。
 学校が終わってから街へ出るかも知れない彼女達。もしリチャードが家の周辺から繁華街に行く事を覚えたら鉢合わせしてしまう。だから俺はC組の子達に放課後や休日の予定を確認していた。
 ⋯⋯そうだよなあ。他から見れば俺が女子高生に言い寄っているように見えるよなあ⋯⋯ははっ職失いそう。

「いいですか長谷部先生。どうか節度のある行動をお願いします」
「⋯⋯はい」

 俺は立川先生に頭を下げて職員室を出る。背後で深い溜息を吐かれた気配がしたが俺だって好きでやっているわけじゃないんだよ。
 はぁ⋯⋯なんだか疲れた。
 これからも毎日続くのかと思うと気が重い。でも、あの子達を守るためだ⋯⋯うん、今夜は少しいい肉と酒を買って帰ろう。



「ただいま」

 玄関を開けると良い匂いが漂ってきた。なんだ? 家庭の夕飯の匂い?  靴を脱いでリビングの扉を開いた俺は思わず悲鳴を上げてしまった。

「あらー先生お帰りなさい」
「ふふっ上手ねリチャード君」
「いやだねお婆ちゃんを揶揄っちゃダメだよ」
「リチャード君ったら可愛いわね」
「をう、帰ったか長谷部」

 頭がクラクラする。なんでご近所の奥様方が居るんだ。

「皆さん、これは⋯⋯」
「リチャード君が先生の為に料理をしたいって言ってね」
「この国の事を良く知らないって言うからお節介しに来たのよ」
「先生が帰ってくるのを待っていたんだよ。リチャード君は優しいねえ」
「ウチの買い物も持ってくれて本当良い子よね」

 同じマンションの奥様、近くのコンビニでパートしている奥様、マンションの大家さん、あと多分スーパーの店員。
 ははっ⋯⋯リチャード、外で何やってんだよ。
 
「ほら、お前の分だ」

 リチャードがずいっと茶碗を押し付けながら奥様方と一緒にキラキラとした表情を向けて来て俺は⋯⋯折れた。

 食卓に並ぶ美味そうな食事。外食以外の手料理なんて久しぶりだな。筑前煮、ピーマンの肉詰め、ひじきの煮付け、揚げ豆腐⋯⋯どれも俺の好物だ。
 こんなん絶対美味いに決まってるだろ!

「どうだ長谷部」
「ああ、すげえ美味い⋯⋯」
「そうだろう! 私がお前の為に作ったんだからな!」

 リチャードが満足気に笑うと奥様方から「あらぁ〜」と声が上がる。
 奥様方は俺が食べ始めるとわらわらと帰りリチャードは「またお会いしよう」なんて手を振っていた。

 食後は並んで皿洗いだ。俺はチラリと横目でリチャードを見て溜息、リチャードは鼻歌を歌いながら皿を洗っている。

 俺はリチャードの横顔を見ながら口を開いた。

「なあ⋯⋯「聖女」探しやめたらどうだ」
「何を言う! 私はその為にこちらの世界へ来たのだぞ」
「その瘴気玉、置いていっていいからさ」
「それはしない」

 一週間前は「置いて帰る」って言っていたのに不機嫌そうに言い切られて俺は言葉に詰まった。
 ああ。昼間の小言が結構ダメージだったんだな俺。
 C組の子達を守るとか言いながら結局やれる事と言っても彼女達とリチャードの接点を持たせないようにするだけだし、それを続けるとリチャードは異世界へ帰れない。どうすりゃ良いんだ。

「ああ、そうだ。レディ達から教えてもらったのだが、私に向いている仕事があるそうだ」
「仕事!? 王子様が!?」
「何を驚く。私だって国では仕事を持っているぞ」

 ドヤっとした表情を見せるリチャードにモヤッとした。異世界人のくせにあっという間に友達を作って楽しそうだからか? なんだこのモヤッは⋯⋯。

「明日、そこへ連れていってくれるそうだ」
「そうか⋯⋯でも君は戸籍もないし身分を証明出来るものがないだろ? それでも仕事がもらえるのか?」
「それは問題ないそうだ。日払いとやらで金銭が貰えるらしい」

 まあ、確かに日払いなら仕事がないわけではないよな。奥様方の紹介なら危ない事はないだろうし。
 そうだよな、いずれ帰るリチャードにこの世界を体験してもらって「聖女」を探すだけではなく、この世界をこの国を少しでも好きになってもらえるなら⋯⋯。
 最悪、リチャードの持っている瘴気玉は俺が責任を持って引き取れば良いのだから。

 嬉しそうなリチャードの横顔。クズだけどどこか憎めない。
 C組の彼女達とリチャード。俺がわざわざ出会わないようにするより彼らの運命に任せた方が良いのかも知れない。

 俺は「頑張れよ」とリチャードの肩をたたいた。





 ⋯⋯俺は奥様方を甘く見ていた。そしてこのリチャードと言う男を侮っていた。何故リチャードは奥様方と仲良くなれたのか。そこを考えれば答えはすぐに出たのだ。リチャードは帝王学を学んだ王子様。人心掌握に長けてるんだったよなあ! 全くもって半月前の俺の目を覚まさせてやりたいっ! 「何がモヤッとした」だ。アレは虫の知らせってやつだったんだ!

「すぐに辞めてきなさい」
「何故だ! 彼らは私を頼っているのだぞ!」
「辞めてきなさい」

 首に金のネックレス、耳のカフスはダイヤモンドか? 手首で禍々しい輝きを放っているのは巨大なルビーがついたバングル。その身を包んでいるのは胸に真紅の薔薇を飾った真っ白なスーツ。目の前にいるのはリチャードだよな? なんか王子様と言うより帝王だ⋯⋯夜の帝王。

「まあリチャードの天職かも⋯⋯知れないが⋯⋯辞めてきなさい」

 テーブルに広げられた貴金属と札束。これ全部リチャードの「お客様」からのプレゼントだ。
 なんか高級イタリア車のキーもあるように見えるけど⋯⋯免許持ってないだろ⋯⋯。取れないだろ免許。
 奥様方はとんでもない仕事を紹介してくれたよ⋯⋯。

 約一ヶ月リチャードと過ごせば嫌でも理解する。リチャードはとにかく口が上手い。相手の性格を瞬時に分析し、欲しい言葉を掛けられる才能があるのだ。それを無意識でやってのけるのだからそりゃみるみるトップになるだろうよ⋯⋯。
 
 しかし、リチャードは抜けている所がある。
 現に「お客様」をバッティングさせて一昨日は両頬を腫らして帰ってきたもんなあ。
 今はいいよ? まだ殴られるくらいなら。エスカレートしたらブスリだよ? 痛いんだよ!? 俺が「頼むから」と頭を下げたのが効いたのだろうかリチャードは「私が稼げば長谷部が喜ぶと思った」と悲しげに眉をよせた。
 ああっもう! そう言う所だよ! 本当に狡いな。そんな顔をされたら怒れないじゃないか。
 俺は溜息を我慢してリチャードに向き直った。

「ありがとうな。けれど、君は「聖女」を探す為に来たんだ。それを忘れるな」
「長谷部⋯⋯勿論だ」

 リチャードが微笑む。
 ああ、そうだ。コイツは女性の敵になりうる奴だが俺は見捨てられないんだ。

 俺は決めた。リチャードとC組の彼女達を会わせる。
 抜けた所があるリチャードにこのまま夜の帝王をさせて「お客様」にブスリとされるより彼女達の方がまだ命の危機はないなずだ。
 
「リチャード。君の探している「聖女」に心当たりがある」
「! それは本当か長谷部! どこだ? どこに行けばいいんだ?」

 俺は生徒を危険な目に会わせるのかも知れない。その時は俺が彼女達を守る。
 あり得ないとは思うが彼女達が危害を加えるのなら俺はリチャードを守る。
 教師として友人として俺が盾になればいい。


 翌日、俺はC組での授業の冒頭で彼女達にリチャードの事を話した。
 リチャードの名前、リチャードが異世界から来た事。みんなを探している事。彼女達は驚いた顔で俺を見ていた。

「アイツこっちに来てんの? マジウケるんだけど」
「仕返しに来たのかな。それとも側室にする為?」
「わ、私には練乳さんがいます!」
「いや、それはないよ。多分目的はアレだよ多分」
「ええ、瘴気玉の事でしょうね」

 ああ、やはり彼女達はリチャードを知っているのだと俺は苦笑した。このクラスが仲良くなったのも異世界に行った経験がそうさせたんだろうな⋯⋯まだ子供なのに苦労したんだろうな。

「俺も同席するから⋯⋯会ってやってくれないか?」

「んーいいよ。ね、ベーやんの頼みだしみんなもどうよ?」
「面倒臭いけどいいよ」

 「べーやんて苦労性だね」と笑う彼女達が指定してきたのは学校近くの河川敷。
 

 なんか果たし合いでもするような場所だった。





「お前達! 探したぞ!」
「うわっマジでいる」
「何、その服装⋯⋯まあ、天職だよね」

 どうしてその格好にしたんだリチャード! 何故、夜の帝王スタイルを選んだ。

「私は王子だからな。白が似合うのだ」

 そう言う事じゃない。
 リチャードと対面したC組。すわ一触即発かと危惧していた俺はそれが杞憂だと胸を撫で下ろすと同時にリチャードの帝王スタイルに頭を押さえた。

「で? 何? さっさと終わらせてよ。ウチらカラオケ行くんだけど」

 ニヤニヤとギャルグループがリチャードにズイっと詰め寄るとリチャードはその鼻先に瘴気玉を突きだした。
 
「これをどうにかしろ。我が国は瘴気を封じさせるた為にお前達を召喚したのだ。それを何だ。私の側室にしてやると言ったのにさっさと帰り、我が国が二度と「聖女」を召喚出来なくするとは!」
「ええぇぇ⋯⋯終わったらポイってされる側室になんて誰がなると言うのよ」
「勝手に呼んでおいてその言い草。ゲスの極みですね」

 佐野と川口が瘴気を封印する事が召喚の理由ならもう封印してあるのにねと笑った。

「これがある限り我が国は怯え暮らさなければならないのだ⋯⋯」

 ちょっと気の毒になる。異世界召喚という拉致被害をひっそりと受けていたC組。瘴気の恐怖に怯えるリチャードの国。
 リチャードは彼女達にとってクズでゲスだけどコイツ、王子様なんだよなあ。

「お前達だって⋯⋯私が好きだろう⋯⋯好きだと言ったではないか」

「えっ、ないない」
「ないね」
「ないわ」
「な、ないですぅ」
「ないと言ったらないです」

 女子高生がスンとした表情を揃えて一斉に否定するのは怖い。うん、あったんだな。

「瘴気玉を受け取れ。さすれば愛してはやらないが今からでも側室にしてやるぞ!」

 うわぁお。リチャードのクズ発言再び。C組の彼女達は「変わんないね」と大笑いした後「お断りだ」と仁王立ちし、俺の方を見てニンマリと口角を上げた。

「お生憎様! 私達はべーやんの方がずーっと好きなんで!」

 おふぅっ⋯⋯。俺のハートが撃ち抜かれる音がした。
 俺の方に駆け寄ってきた彼女達は俺の腕を取り、腕を組む。俺が驚いている間に彼女達は俺を挟んでリチャードと対峙した。
 おい、待て。これは一体どういう状況なんだ。

「何だと! 長谷部は私の方がずーっと、ずぅーーっと好きだ!」

 まてー! その言い方は誤解される!
 俺も生徒は可愛い。リチャードもなんだかんだと言っても憎めない。だが、そういう意味は一切ない。
 コイツら俺に職を失わせるつもりか!

「や、やめろ! えーっと、そ、そうだ、俺の為に争うな!」

 違ーーーうっ! いや、もうヤケクソだ。彼女達とリチャードを鎮めさせるには。リチャードを向こうへ返すには──瘴気玉の話だろ!

「お前達の間に色々有った事は察した。双方相容れないのも分かった。だからな、この瘴気玉、俺が預かるから⋯⋯リチャード、向こうへ帰れるぞ」

 異世界の瘴気がどんなものか知らないけれど、この世界での瘴気は主に「悪い空気」だ。熱を伴う病を発症させる流行病の元。
 古文書にも出てくる古代日本や大陸でも何度も発生したと言われるものだ。

 だったら現代の科学、空気清浄機で浄化出るんじゃないか!?

「べーやん先生、それは能天気過ぎるというか⋯⋯ご都合主義的思考かと」
「未知のウィルスが含まれているかも知れないよね」

 ぐぅ⋯⋯。確かにそうなんだけど。
 俺はリチャードに向き直り深々と頭を下げた。頼むよリチャード。お前はいい奴だよ。俺はお前を嫌いじゃないしむしろ好きだったりするけどさ、こんな事で職を失いたくないんだよ。

「お願いします。どうか帰って下さい。帰させてあげてください」
「ベーやん⋯⋯」
「長谷部⋯⋯」

 頭を下げる俺にC組の子達が眉を寄せる。リチャードは戸惑っているようだったがやがて渋々といった様子で瘴気玉を両手に乗せ、彼女達へと差し出した。

「⋯⋯お前達、この玉に触れてくれ」
「はあ? その間にトンズラすんじゃね?」
「しない」

 真剣な表情をしたリチャードに彼女達が頷き合い、その手をかざしてゆく。

「瘴気は「聖女」にしか浄化できないものだ。だから私はこちらへ来たのだ」

 そう言ってリチャードがゆっくりと目を閉じる。するとどうだろう。C組の子達の手が白金に輝き始めた。

「をーマジか」
「へえ、こっちの世界でもこの力が使えるんだ」
「使い道ないけどね」
「カイロの代わりにもならない力よね」
「こ、こんなヘンテコな力⋯⋯お母さんが心配するよ」

 この子達「聖女」の力を使い道がないだとかカイロにもならないとかヘンテコとか言いたい放題だな。
 
「お前達、念じろ」

 リチャードの声に彼女達も目を瞑る。一際強い光がリチャードと彼女達を包み俺の視界は真っ白になった。

 恐らく本の数分の事だったのだろう。光が収まり、その場に残ったのは大きな水晶のような物だった。
 




「お前ら席に付け! やめろっ手をかざすな」
「腰痛くらいは癒せるかなあって」
「痛くない! まだ若い!」

 あれからリチャードは巨大な水晶を残して向こうの世界へ帰って行った。一ヶ月共同生活をしていたのにあっけない奴だ。リチャードは彼女達にとってはクズでゲスな男だったのだろうが俺は憎めないんだ。
 まあ、異世界に拉致されリチャードに弄ばれた彼女達には口が裂けても言えないけど。

「ベーやん、リチャード居なくなって寂しいんでしょ〜?」

 俺は冷やかしの言葉に詰まった。
 寂しい? そうなんだろうか。
 ふと、雷鳴が聞こえた気がして俺は窓の外を見た。この時期の雷は季節外れだ。しかし、空は晴天。

「授業を始める。今日は「更級日記」から平安京衰退を読み解くぞ」

 軽いブーイングを受けて俺はいつもの日常に戻ったのだ。


 一日を終えると俺はいつもの通りスーパーへ寄り、いつもの通り一人の部屋へ帰る。
 いつもの事なのに寂しい。やっぱり俺は寂しいんだ。

「ウェーイ!」

 どこかでパリピが騒いでいる声がする。楽しそうで羨ましい⋯⋯でも、近所迷惑だな。
 俺は自分の部屋のドアに手を掛けて違和感を感じた。あれ? 何で鍵が空いてるんだ? まさか泥棒!?

 急いで部屋に飛び込んだ俺はその光景に絶句した。

「ウェーイ!」
「最近の子は元気ねえ」

 おほほ、うふふと笑う奥様方と⋯⋯そしてそこに居たのは帰ったはずの⋯⋯リチャード。

「をを、帰ったか長谷部」
「なんで!? なんでいんのお前!」

 俺は嬉しいんだが悲しいんだから分からない感情が湧き上がりしれっと笑うリチャードの肩を揺さぶった。
 転移って一度きりなんじゃなかったのか!? なんでしれっといるんだよお前!

「ああ、この世界にこの玉があるから向こうからこっちへ来れるようになったのだ。でもな、こっちから向こうへは一度きりなのは変わらないぞ」

 何だそれ!? 異世界ご都合主義すぎない!?

「そういうものだろう?」
「ウェーイ!」
「パリピ騎士団も来たがっていたからな」
「ウェーイ!!」
「うぇーい!」

 完全に感化された奥様方までパリピ化している⋯⋯俺、旦那さん方に凄く申し訳なくなってきた。

「安心しろ「聖女」達はもう側室にはしない」
「当然だ」
「実はなこのレディ達も「聖女」の力を持っているのだ。また瘴気が発生したらレディ達を側室にしてやることにした」

 それダメ! 絶対! 既婚者! マメだな! クズいな! ゲスの極みだな!

「⋯⋯帰れ」
「そういう訳にはいかない。この後第二陣、第三陣と控えている」

 リチャードの言葉に玉から「ウェーイ!」の声が響き第一陣のパリピ騎士団まで「ウェーイ!」と騒いだ。

「また暫く世話になってやる」
「マジか⋯⋯」

 よほど気に入ったのであろう帝王スタイルのリチャードがニカリとキラキラした笑顔を向けて来て俺は⋯⋯またしても折れた。 





 あれから⋯⋯。
 
 俺の部屋が、正しくは元瘴気玉だった水晶玉が異世界とのゲートとなりパリピ騎士団が出入りするようになるとそれを知ったC組の子達まで出入りするようになってしまい、C組担任立川国恵教員から特大の雷を落とされる日々が始まった。

 それは騒がしくも楽しい日々だと、俺は嬉しく思っていたんだ。

「今日は「しゅっきん」の予定があるのだ。出かけてくる」
「しゅっきん?」
「そうだ。私はナンバーワンとやらだからな」
「辞めてなかったんかーい!」

 軽い足取りでリチャードが颯爽と乗り込んだのはマンション前に止まった真っ赤なマセラティ。オープンな運転席の女性に俺は絶望した。

 あれは、あれは──。

「立川先生!?」

 普段一つに纏められている髪はゴージャスに巻かれ、薄く開いた口元は色気たっぷり。
 見間違えかと思いたかったが、口元の黒子は立川先生に間違いない! まさかあの堅物女史までリチャードに落とされたって事かーっ!

「勘弁してくれー!!」

 魂の叫びは回転数を上げたマセラティの爆音に虚しく掻き消され、俺は膝を付いた。
 はは⋯⋯俺の⋯⋯平凡な生活⋯⋯グッド・バイ⋯⋯じゃない! リチャードめぇ⋯⋯帰ったら説教だ!
 
 こうなったら生徒も同僚もリチャードもパリピ騎士団もまとめて面倒見てやる! それが俺の使命だ!
 俺は必ず平凡で平穏な日常を手にしてやる!


 遠ざかる高級な爆音に俺はそう決意したのだった。
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