▼詳細検索を開く
作者: 万吉8
残酷な描写あり
獣人族の聖域
 アステリア大陸を西方に進むとザドレニア大陸に到達する。元々ザドレニア大陸には魔族領と獣人族領が半々の割合だったが、160年ほど前の『真魔大戦』時に獣人族は魔族に服従を強いられてしまった。旧獣人族領には魔族から監督官が派遣され貢納等の義務を課されている。この旧獣人族領の中心地は現在、『獣王の郷』と呼ばれている……。
 
 『獣王の郷』には『のぞみの神殿』と呼ばれる聖域が存在する。入り口には鳥居と呼ばれる構造物があり、奥には社殿が存在する。そこで祀られているのは、かつて神王ゼウスたちと戦い封印された青龍、朱雀、白虎、玄武、麒麟の五柱の神獣たち。獣人たちはこの神獣たちの末裔であり、獣人たちは神獣たちの復活により自分たちが救われると信じている。
 社殿には御簾がかかっており、五つの岩が神獣たちの封印として横一例に並べられている。
 
 夜遅く、のぞみの神殿の社殿で上は白、下は緋袴の巫女服に身を包んだ双子のケット・シーの少女が祈りを捧げている。ケット・シーは猫の獣人で自然に対する感応力が高く、獣人族の中で尊崇の対象となっている。この双子の少女は猫の目と耳と尾を持つ他は人間に近い姿をしている。
 
 このケット・シーの少女たちが祈りを捧げているのは、ここ数年で五千人もの獣人が魔族領に奴隷として連れ去られたため、その無事を願うためだ。
 
「「青龍さま、朱雀さま、白虎さま、玄武さま、麒麟さま……。皆が無事でありますように……」」
 
 ーー!!
 
 二人の少女は何者かが社殿に入って来るのを感じ、顔を見合わせる。気配を探ろうとするも何も感じない。しかし、何者かがいることだけは理解していた。
 
「ホホホ。このワタシに気づくとは……。流石はケット・シー。獣人族の貴種といったところですねえ」
 
 その『何者』かが姿を顕す。紫の法衣を纏う男……、冥王である。右腕に先程まで被っていたであろう兜を抱えている
 
 ーー何て圧倒的な力……。この力に勝てる存在を私たちは知らない……。
 
「御身は何者なのでしょうか? 尊き名を知ることができれば幸いに存じます」
 
 姿を顕した冥王に少女の一人は身を振り絞る思いで声をかける。
 
「ホホホ。私は冥王。名を名乗ることと直答を許しましょう」
 
 ーー冥王!! 『魔族最高の魔術師』、『冥王を僭称する魔族』とも……。しかし……。
 
「この神殿において巫女を務めるカエデと申します」
 
「同じくモミジと申します」
 
「「御身が此方こなたおとなったのは如何いかなる所以ゆえんでありましょうか?」」
 
 カエデとモミジは異口同音に冥王に問う。この神殿を預かる者としての義務を全うしなければならない。その思いがカエデとモミジを支えていた。
 
 ◇◆◇
 狼の獣人であるべレスは妙な胸騒ぎを感じて目を覚ます。言いようのない不安を感じ、『のぞみの神殿』に向かう。父である獣王へギル起こそうとも思ったが、それでは間に合わないと感じ、神殿に向かって走るのだった。
 
 
 ◇◆◇
「ホホホ。ここに封印されている神獣の皆さんに用があるのですよ」
 
 ーーな!! 我らが神を封印するに飽き足らず、更に害そうと言うのか?
 
 カエデとモミジは神獣の封印と冥王の間に立つ。
 
「如何に御身といえど此方こなたでの狼藉、見過ごすわけにはいきませぬ」
 
「命に代えて邪魔だて致します!」
 
 カエデとモミジは決死の表情で啖呵を切る。
 
「何をしている! 我らが巫女に何の用だ!」
 
 そこにべレスが社殿に入って、カエデたちと冥王を挟み討ちの態勢になる。
 
「若!」
 
「このお方はかの冥王です。お気をつけ下さい!」
 
 カエデとモミジの言葉にべレスは身構える。
 
 ーー冥王だと……。こんな夜更けに……?
 
 160年前の『真魔大戦』にて冥王は魔王軍と連合して人間たちと戦った。このため、人間はもちろん、獣人族たちからも冥王は魔族の一勢力として認知されている。その冥王が魔族の支配下にある獣王の郷、しかも、聖域たる『のぞみの神殿』に来たのだ。べレスは一族の貴種であるカエデとモミジを逃す算段を立てようとする。
 
「ホホホ。心配は無用です。ワタシに貴方達を害する意図はありません。ワタシの目的は……」
 
 冥王は両腕を肩の高さに上げる。両腕に冥王の魔力が集まり、神獣たちの封印から共鳴するよう五色の光が発せられる。
 
「久しいな。冥王」
 
 中央にある黄色の光を発する封印から声が聞こえる。そして、黄色の光は在りし日の神獣の形をとる。
 
「お久しぶりですねえ。麒麟サン」
 
 ーー!! 我らが幾星霜の間、祈りを捧げても何の変化も無いほど強固な封印だったのに……!
 
 ーー『魔族最高の魔術師』、『冥王を僭称する魔族』と伝えられる者……。しかし、魔族が神王たちの封印に干渉できるなんてことが……!
 
 ーー何と! 我らが始祖の声を聞き、お姿を見ることが出来るとは……!
 
 カエデとモミジ、そしてべレスは麒麟の声にその場で平伏する。
 
「今更、我らに何の用だ?」
 
「アナタならお気づきではないでしょうかねえ」
 
「妖精郷と地上とのつながりが絶たれ、四大精霊の力が弱まったことか? 冥王、貴様は何をした? 幽界かくりよの妖精郷の辺りから貴様と邪悪龍の力の残滓が感じられる」
 
「ワタシは特に何かしたという訳ではないですねえ。ただ、結果として地水火風が四大精霊の管理から離れ始めているのですよ」
 
「四大精霊の管理から離れているというのは魔王が喜びそうな話だな」
 
「そうなんですよねえ。魔王サン麾下の四元魔将の皆さんが地水火風の管理を握ろうとしているのですが……。完全に握られてしまうと少々困るんですよねえ」
 
 冥王と麒麟は睨み合う。
 
「なるほど。四大精霊と四元魔将の争いに我らも加われということか」
 
「その通りですねえ。ついでに麒麟サン。アナタには雷の力を取り戻して頂きたいですねえ」
 
「雷だと? それは神王ゼウスが完全に掌握しているのではないか?」
 
「ゼウスの雷霆ケラウノスは全力で使用すると世界そのものが破壊されます。故に常に力を抑えて行使する必要がある……。それなら、少しくらい拝借しても構わないでしょうかねえ」
 
「なるほど。。その話、乗るとしよう。貴様の目的も見えてきたことだしな」
 
「ホホホ。誓言として申し上げておきますと、ワタシの目的は八番目の『ーーーー』の『ーー』です。ここに居る何方どなたかになって頂きたいとワタシは考えています」
 
 ーー『ーーーー』の『ーー』? 聞こえているはずなのに聴き取れなかった……。
 
 ーーケット・シーである私たちに聴き取れないなんて……。
 
 カエデとモミジは自分たちに聴き取れない言葉が冥王によって発せられたこと、その言葉を向けられた当の麒麟には問題なく伝わっていることから、高度な次元の言葉でであり、この事にこれ以上想像を働かせることは不敬に当たることに思い至り、考えるのを止めた。一方、べレスは獣人族の祖である神獣の一柱である麒麟の言葉を直に聴くということに感動しており、冥王の言葉については深く考えていない。
 
「誓言をありがたく頂こう」
 
 その言葉を聞いた冥王は再び両腕を肩の高さに上げ、両腕に集めた魔力を五つの封印と共鳴させる。青、赤、白、黒の光を発していた封印の岩の上に麒麟と同様に青龍、朱雀、白虎、玄武もまた、在りし日の神獣の姿をとる。
 
「封印の効力はゆっくりと失われていくでしょう。それに応じて地水火風の力の管理をお願い致します。そして、麒麟サンは雷の力の掌握を。ゼウスが何か言ってきた時は、事情を話せば何とかなるでしょうねえ」
 
「分かった。そうさせてもらおう」
 
 言い終えると麒麟は他の神獣と共に消えていく。そして、冥王はカエデ・モミジ・べレスの三人に声をかける。
 
「ホホホ。アナタたちには、ワタシがここを訪れたことは他言無用に願いますねえ。まあ、獣王サンにお話する分には構いませんが……」
 
 ーー!!
 
 平伏していたべレスとカエデ、モミジに衝撃が走り、背を起こして驚いた顔で冥王を見上げる。160年前の『真魔大戦』に魔王軍の協力者として参戦し、魔王と同等、いやそれ以上の被害をもたらした。そんな魔王軍の重鎮とも言える冥王が自分たちの長のことを『王』と呼んだのだ。獣人族が魔族の支配下に置かれてから、魔族からは『獣人の長』としか呼ばれなかった……。
 
「ホホホ。ケット・シーのお二人……。カエデさんとモミジさんといいましたねえ。使命を守るため、このワタシの前に立とうとした勇気に敬意を表し護衛をつけて差し上げましょう。No.20出てきなさい」
 
 冥王の影から一体のスケルトンが出現する。簡易な服に頭には赤いバンダナを巻き、腰には短剣を佩いている。
 
「冥王様。お召しに従い、『ノーライフ・ソルジャーズ』No.20ヂェーン参上いたしました」
 
 冥王の影から出現したスケルトン、No.20ヂェーンが冥王の前で跪き命令を待つ。
 
「No.20ヂェーン。冥王の名において命ずる。この二人の巫女を守れ」
 
「は。全て冥王様の御心のままに」
 
 No.20ヂェーンは言い終わると二人の影へと消えていき、カエデとモミジは紫の光に包まれた。
 
「な……!」
 
「これは……?」
 
 戸惑うカエデとモミジを見て冥王は満足そうに声をかける。
 
「ホホホ。勝手ながら召喚獣としての契約を結ぶという形を採りました。この場に残るワタシの魔力の残滓に関して魔族の方々から何か言われたとしても、召喚の契約を結んだからだと言い張れば問題ないでしょう。彼女はワタシの魔力で動いていますからねえ」
 
「「ありがとうございます……」」
 
 カエデとモミジは戸惑いながらも冥王に礼を述べる。今、起きたことが夢のような気がする。しかし、実際に封印が緩み、神獣たちの力が僅かながら自分達に流れてきているのを感じる。これはかつて獣人族が得ていた加護の力。これがあった頃の獣人族は魔族ともドラゴンたちとも拮抗していたとカエデたちは聞かされている。
 
「そして……、狼の獣人のアナタ。名乗ることを許しましょう」
 
「べレスだ」
 
 冥王はべレスの目を見る。
 
「ホホホ。覚えておきましょう」
 
 言い終えると冥王は踵を返し社殿から出て行く。そして、いつの間にか姿が見えなくなってしまったのだった……。
カクヨム版では唐突に出てきて分かりにくかった獣人族の祖である神獣たちの登場です。
『のぞみの神殿』と巫女の『カエデ』についてはカクヨム・なろうに投稿されている猫目少将さまの『即死モブ』からの借用です。
『のぞみの神殿』に祀られているもの、『カエデ』の設定についてはこちらのオリジナル要素が強いです。
しばらく冥王さまの話が続きます。
次回も楽しみにして頂けると嬉しいです!
Twitter