残酷な描写あり
第二十五話 急転
サニーは疲れ切った状態で、シェイドより一足先にレインフォール家の館に帰ってきた。
「はぁ〜〜……!」
玄関の扉を後ろ手に閉じると、それまで溜め込んでいた一切合財を全て吐き出すかのように長大息する。
長い夜だった。あまりにも色々な事があり過ぎた一日だった。
「どうして、こんな事になっちゃったんだろう……?」
扉に背中をくっつけたまま、サニーはずるずるとその場に座り込む。はしたない事この上無いが、それを気にする余裕も霧散する程に今の彼女は疲弊し切っていた。
ジュディスの事件が決着を迎えた後、アンダーイーヴズは蜂の巣を突付いたような大騒ぎに発展した。
サニーとシェイドは協力して混乱の坩堝と化した街を駆け巡り、事態の収拾に当たった。
何よりもまず最優先でアングリッドを病院へ担ぎ込み、混乱して右往左往する住民達の鎮静に努め、ジュディスの遺体を収容した。
シェイドは『影』との戦闘で相当の体力を消耗していたが、足を止めず弱音も吐かずで懸命に陣頭指揮を取っていた。時折り身体がふらつくのを見てサニーは心配したが、シェイドは「大丈夫です」とだけ繰り返して休息すらも拒んだ。
かくいうサニーもまた、到底休めるような状況では無かったのだが。
「街の皆も、流石に不安だよね……。こんな、『影』化を起こす人が立て続けに出て来ちゃったんじゃ……」
諸々の手続きや必要な説明の為に街中を駆け巡っている間に、サニーは気付いた。
住民達の、自分を見る目が変化している事に。
恐れ、戸惑い、猜疑心。
つい先程まであったような親密さは、すっかり鳴りを潜めて何処にも見当たらない。アンダーイーヴズの住民達は、明らかにサニーを警戒するようになっていた。
『あいつが来てから、何か変だ』
『アングリッドのみならず、ジュディスの時も傍に居たとか怪しすぎる』
『関係ないって思いたいけど……こればっかりは、ねぇ?』
『ひょっとすると、あいつが原因なんじゃないのか?』
『おいおい、早まるなよ……? 四十年前の悲劇を繰り返すつもりか?』
そういった住民同士の囁きが、方々でサニーの耳を掠めた。中には、わざとらしく聴こえるような声で言ってるようなものもあった。
サニーの背筋が冷えた。仕方無いと言えば仕方無いのかも知れないが、問題は疑惑が疑惑だけに留まらない恐れがあるという点だ。
実際に、シェイドの祖母はそうやって恐怖が臨界点を突破した住民達によって殺されかけるという苦渋を味わっている。
彼らが如何に過去の行いを罪として悔いていようとも、人というものは往々にしてそういった過ちを繰り返す。
立て続けに仲間が『影』化してゆく恐怖に怯え、どうにか安心感を得ようと突飛な“解決策”を見出さないとは限らない。
すなわち、事態の原因と責任をサニーに押し付け、血祭りにしようと牙を剥き出したり……!
「……やめよう、こんな風に考えても良いこと無いよ。街の呪いさえ解ければ、全部解決するんだし」
サニーは強い眼差しで顔を上げ、扉に手を付きながら尻を持ち上げる。
シェイド同様、自分にも休んでいる暇なんて無いのだ。
サニーは胸ポケットから手帳を取り出す。
考えること、書き留めて置かなければならないことが新たに増えている。
サニーはゆっくりと足を踏み出しつつ、ペラペラと手帳を捲って新しいページを出す。
「ジュディスさんの記憶に出てきた、あの赤い光。あれは間違いなく、あたし達が追っているレッド・ダイヤモンドだった」
ひとつひとつ掬い上げるように言葉に出しながら、サニーは白紙のページにペンを走らせてゆく。
「あの時、あれを持っていたのは誰? 姿も、声もハッキリしない“誰か”。でもあの物言いは、明らかにジュディスさんの心の闇を押し広げていた。明確な意志を持って、ジュディスさんにレッド・ダイヤモンドの光を向けていた」
確実に分かった事がある。
レッド・ダイヤモンドは、現在人間の手で保管されている。そして、その“誰か”の意志で使役されている。あの宝石が発する赤い光を浴びたジュディスは、我が子を手に掛けようとする程に思い詰め、更には通常よりも強化された『影』として覚醒した。
レッド・ダイヤモンドこそが呪いの元凶という、シェイドの父親の仮説はやはり正しいと見て良いだろう。
では、その“誰か”とは誰だ?
一体、何処の誰が、どういう経緯でレッド・ダイヤモンドを手に入れ、どういうつもりで呪いを悪用しているのか?
「シェイドさんと、この点をまだ共有出来てないのが痛いよねぇ……」
サニーはもう一度長大息を繰り返した。あまりの忙しさにそれどころでは無かったのだ。シェイドがこの館に帰ってくるまではお預けなのがもどかしい。
だが、此処は発想の転換だ。シェイドが帰るまでに、サニーの手で更なる調べを進めていけば良い。
身体の疲れは残っているものの、サニーの気力は少なからず回復してきた。
「救いは、アングリッドくんが一命を取り留めた事だよ。ジュディスさんの使ったのが、一般家庭でも手に入るような弱々しい毒だったのが不幸中の幸いだった……きゃっ!!?」
突然、サニーは前方にある何かとぶつかり、つんのめった。
メモを取りながら前進していた事が災いして、注意が疎かになっていたのだ。疲労の所為もあるだろうが、ながら歩きは良くない。
そんな後悔を頭の片隅に浮かべつつ、サニーは勢いよく床に転んだ。
それだけならまだ良かったのだが……
――ガシャアアアアン!!!
何か固いものが割れるような、嫌な音が響いた。恐る恐る這いつくばった状態から顔を上げると……
「嘘……!?」
サニーの顔から血の気が引いた。
玄関に飾られてあったシェイドの父親の胸像が、盛大に割れてポッカリと広がる空洞を晒しながら、サニーの目の前に転がっていたのだ。
「あわ、あわわわ……!? こ、壊しちゃった!? あたしの所為!? どど、どうしよう……!?」
サニーは慌てて胸像へ近寄る。
辺りに散らばった破片に手を伸ばしながら、必死になりながら涙目でシェイドに対する言い訳を考える。
「なんて言って謝ろう……!? いえ、謝るだけじゃダメよね。でも、弁償するにしても……あれ?」
ふとサニーは気付いた。胸像に空いた空洞の中から覗く、白い紙片のような物を。
「何だろう、これ……」
現実逃避の心理も加わって、サニーはおもむろにそれを手に取る。
やはり紙片のようだ。変色している部分が多く、かなりの時間が経過しているものと思われる。
紙片は、几帳面な手付きで四つ折りにされている。
「もしかして、これ……手紙?」
何気なく、サニーはそれを広げてみた。
中には、やはり几帳面で繊細な字がびっしりと隙間を埋めるように踊っている。思った通り、誰かが誰かに宛てた手紙のようだ。
「……えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! これって……!」
何気なく文面に目を滑らせていたサニーは、突如青天の霹靂に打たれたかのような衝撃が脳髄に鳴り響いた。
それまでの疲労も、転んだ時の痛みも、胸像を壊した罪悪感も全て消し飛んで、目を皿のようにして何度も何度も手紙を読み返す。
やはり、間違いない。
「報せなきゃ……! シェイドさんに! 一刻も早く、この事実をあの人に教えなきゃ!!」
極度に高まる興奮を抑えながら、サニーは立ち上がろうとした。
「え……?」
いつからそこに居たのだろう?
いつの間にか、サニーの正面に立つ影があった。
「あなた――」
サニーは最後まで言う事が出来なかった。
「あぐっ――!?」
目の前の影が揺らめいたかと思うと、サニーの腹を強烈な衝撃が襲った。
殴られた、と理解しつつ、サニーの意識は遠のいていった。
「はぁ〜〜……!」
玄関の扉を後ろ手に閉じると、それまで溜め込んでいた一切合財を全て吐き出すかのように長大息する。
長い夜だった。あまりにも色々な事があり過ぎた一日だった。
「どうして、こんな事になっちゃったんだろう……?」
扉に背中をくっつけたまま、サニーはずるずるとその場に座り込む。はしたない事この上無いが、それを気にする余裕も霧散する程に今の彼女は疲弊し切っていた。
ジュディスの事件が決着を迎えた後、アンダーイーヴズは蜂の巣を突付いたような大騒ぎに発展した。
サニーとシェイドは協力して混乱の坩堝と化した街を駆け巡り、事態の収拾に当たった。
何よりもまず最優先でアングリッドを病院へ担ぎ込み、混乱して右往左往する住民達の鎮静に努め、ジュディスの遺体を収容した。
シェイドは『影』との戦闘で相当の体力を消耗していたが、足を止めず弱音も吐かずで懸命に陣頭指揮を取っていた。時折り身体がふらつくのを見てサニーは心配したが、シェイドは「大丈夫です」とだけ繰り返して休息すらも拒んだ。
かくいうサニーもまた、到底休めるような状況では無かったのだが。
「街の皆も、流石に不安だよね……。こんな、『影』化を起こす人が立て続けに出て来ちゃったんじゃ……」
諸々の手続きや必要な説明の為に街中を駆け巡っている間に、サニーは気付いた。
住民達の、自分を見る目が変化している事に。
恐れ、戸惑い、猜疑心。
つい先程まであったような親密さは、すっかり鳴りを潜めて何処にも見当たらない。アンダーイーヴズの住民達は、明らかにサニーを警戒するようになっていた。
『あいつが来てから、何か変だ』
『アングリッドのみならず、ジュディスの時も傍に居たとか怪しすぎる』
『関係ないって思いたいけど……こればっかりは、ねぇ?』
『ひょっとすると、あいつが原因なんじゃないのか?』
『おいおい、早まるなよ……? 四十年前の悲劇を繰り返すつもりか?』
そういった住民同士の囁きが、方々でサニーの耳を掠めた。中には、わざとらしく聴こえるような声で言ってるようなものもあった。
サニーの背筋が冷えた。仕方無いと言えば仕方無いのかも知れないが、問題は疑惑が疑惑だけに留まらない恐れがあるという点だ。
実際に、シェイドの祖母はそうやって恐怖が臨界点を突破した住民達によって殺されかけるという苦渋を味わっている。
彼らが如何に過去の行いを罪として悔いていようとも、人というものは往々にしてそういった過ちを繰り返す。
立て続けに仲間が『影』化してゆく恐怖に怯え、どうにか安心感を得ようと突飛な“解決策”を見出さないとは限らない。
すなわち、事態の原因と責任をサニーに押し付け、血祭りにしようと牙を剥き出したり……!
「……やめよう、こんな風に考えても良いこと無いよ。街の呪いさえ解ければ、全部解決するんだし」
サニーは強い眼差しで顔を上げ、扉に手を付きながら尻を持ち上げる。
シェイド同様、自分にも休んでいる暇なんて無いのだ。
サニーは胸ポケットから手帳を取り出す。
考えること、書き留めて置かなければならないことが新たに増えている。
サニーはゆっくりと足を踏み出しつつ、ペラペラと手帳を捲って新しいページを出す。
「ジュディスさんの記憶に出てきた、あの赤い光。あれは間違いなく、あたし達が追っているレッド・ダイヤモンドだった」
ひとつひとつ掬い上げるように言葉に出しながら、サニーは白紙のページにペンを走らせてゆく。
「あの時、あれを持っていたのは誰? 姿も、声もハッキリしない“誰か”。でもあの物言いは、明らかにジュディスさんの心の闇を押し広げていた。明確な意志を持って、ジュディスさんにレッド・ダイヤモンドの光を向けていた」
確実に分かった事がある。
レッド・ダイヤモンドは、現在人間の手で保管されている。そして、その“誰か”の意志で使役されている。あの宝石が発する赤い光を浴びたジュディスは、我が子を手に掛けようとする程に思い詰め、更には通常よりも強化された『影』として覚醒した。
レッド・ダイヤモンドこそが呪いの元凶という、シェイドの父親の仮説はやはり正しいと見て良いだろう。
では、その“誰か”とは誰だ?
一体、何処の誰が、どういう経緯でレッド・ダイヤモンドを手に入れ、どういうつもりで呪いを悪用しているのか?
「シェイドさんと、この点をまだ共有出来てないのが痛いよねぇ……」
サニーはもう一度長大息を繰り返した。あまりの忙しさにそれどころでは無かったのだ。シェイドがこの館に帰ってくるまではお預けなのがもどかしい。
だが、此処は発想の転換だ。シェイドが帰るまでに、サニーの手で更なる調べを進めていけば良い。
身体の疲れは残っているものの、サニーの気力は少なからず回復してきた。
「救いは、アングリッドくんが一命を取り留めた事だよ。ジュディスさんの使ったのが、一般家庭でも手に入るような弱々しい毒だったのが不幸中の幸いだった……きゃっ!!?」
突然、サニーは前方にある何かとぶつかり、つんのめった。
メモを取りながら前進していた事が災いして、注意が疎かになっていたのだ。疲労の所為もあるだろうが、ながら歩きは良くない。
そんな後悔を頭の片隅に浮かべつつ、サニーは勢いよく床に転んだ。
それだけならまだ良かったのだが……
――ガシャアアアアン!!!
何か固いものが割れるような、嫌な音が響いた。恐る恐る這いつくばった状態から顔を上げると……
「嘘……!?」
サニーの顔から血の気が引いた。
玄関に飾られてあったシェイドの父親の胸像が、盛大に割れてポッカリと広がる空洞を晒しながら、サニーの目の前に転がっていたのだ。
「あわ、あわわわ……!? こ、壊しちゃった!? あたしの所為!? どど、どうしよう……!?」
サニーは慌てて胸像へ近寄る。
辺りに散らばった破片に手を伸ばしながら、必死になりながら涙目でシェイドに対する言い訳を考える。
「なんて言って謝ろう……!? いえ、謝るだけじゃダメよね。でも、弁償するにしても……あれ?」
ふとサニーは気付いた。胸像に空いた空洞の中から覗く、白い紙片のような物を。
「何だろう、これ……」
現実逃避の心理も加わって、サニーはおもむろにそれを手に取る。
やはり紙片のようだ。変色している部分が多く、かなりの時間が経過しているものと思われる。
紙片は、几帳面な手付きで四つ折りにされている。
「もしかして、これ……手紙?」
何気なく、サニーはそれを広げてみた。
中には、やはり几帳面で繊細な字がびっしりと隙間を埋めるように踊っている。思った通り、誰かが誰かに宛てた手紙のようだ。
「……えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! これって……!」
何気なく文面に目を滑らせていたサニーは、突如青天の霹靂に打たれたかのような衝撃が脳髄に鳴り響いた。
それまでの疲労も、転んだ時の痛みも、胸像を壊した罪悪感も全て消し飛んで、目を皿のようにして何度も何度も手紙を読み返す。
やはり、間違いない。
「報せなきゃ……! シェイドさんに! 一刻も早く、この事実をあの人に教えなきゃ!!」
極度に高まる興奮を抑えながら、サニーは立ち上がろうとした。
「え……?」
いつからそこに居たのだろう?
いつの間にか、サニーの正面に立つ影があった。
「あなた――」
サニーは最後まで言う事が出来なかった。
「あぐっ――!?」
目の前の影が揺らめいたかと思うと、サニーの腹を強烈な衝撃が襲った。
殴られた、と理解しつつ、サニーの意識は遠のいていった。