残酷な描写あり
第七話 影を喰らう紳士
――!?
サニーを間合いに捉えていた怪物の注意が逸れる。首をもたげ、突如飛んできた声の主を確かめようと顔を背後へと向ける。
「……あっ!?」
怪物の身体越しに、声の主の姿がサニーにも見えた。日陰に覆われているせいで全容は伺えないものの、頭の上を飾るシルクハットのシルエットには見覚えがあった。
(まさか、シェイドさん!?)
先程分かれたあの青年紳士、シェイドがそこに立っていた。
「まさか、この短期間で『影』に呑まれてしまう犠牲者が二人も出てしまうとは……。しかし、これも宿命か」
シェイドが、手に持っていたものを両手で目の前に掲げる。細長いそれは、どうやらステッキのようだった。握りの部分が仄かに青く煌めいている。何か埋め込まれているようだ。宝石の類だろうか?
「こうなれば最早已む無し。私は、私の使命を果たすまで」
「っ!?」
青い光が俄に強くなる。光を反射しているのではなく、それ自体が光を発しているかのように。
「……違う、本当に彼処の部分が青く光ってるんだ!!」
サニーは気付いた。やっぱり見間違いじゃない。確かに杖の握りから強烈な青光が生まれているのだ。
――グゥゥ……!
怪物が警戒するように腰を浮かせ、全身でシェイドに対峙しようと身を翻す。それによって、パン屋のおばさんを地面に組み伏せていた手もどけられ、おばさんが解放される。
「サニーさん、彼女を!!」
すかさず、シェイドの鋭い声が飛ぶ。
「はっ!? おばさん! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……。ありがとよ……」
金縛りが解けたようにサニーは動き出し、うつ伏せに倒れているおばさんを助け起こす。彼女の服は鋭利なツメによって裂かれ、背中からは血が滲んでいたが、意識はしっかりしているようだ。
「!? シェイドさん、危ないッッ!!」
おばさんの容態を確認し、正面に目を戻したサニーが見たのは、今まさにシェイドに向かって伸ばされんとしている怪物の巨腕だった。
あのクマのような腕の一撃を貰えばただでは済まない。このおばさんのように叩き伏せられて地に倒れるシェイドの姿を想像して、サニーの顔から血の気が引いた。
「――ッ!」
シェイドが動いた。迫りくる怪物の腕に向かって、青く光るステッキを突き出したのだ。
「何を――!?」
理解し難い行動に、サニーは絶句した。まさか、あれで怪物の腕を迎え撃とうとでも!?
怪物の腕とステッキが打つかる。一瞬後の惨劇を予想して、サニーは思わず目を瞑りかけた。
だが、その予想は完全に裏切られた。
――ギュイイイイッ!!?
悲鳴を上げたのは、怪物の方だった。
伸ばした巨腕と青光のステッキがぶつかり…………怪物の腕が霧散した。
堤防に当たって砕ける海の波のように、ステッキの先端に触れた腕がたちまちの内に割れて八方に飛び散ったのだ。
――グォォォォォ!!!
片方の腕を喪い、影の怪物が苦しげに身を捩る。その向こうで、剣のようにステッキを構えたシェイドが静かに佇んでいた。
「これ以上の狼藉は許しません。貴方は此処で、浄化します!!」
決然と宣言するシェイド。それが終わると同時に、彼は姿勢をかがめて怪物に突進を仕掛けた。
――!?
反射的に、残ったもう片方の腕を振って迎撃する怪物。
シェイドと怪物の姿が交錯する。
怪物の真横を駆け抜け、ステッキを振り抜いた姿勢でサニー達と怪物の間に身を滑り込ませたシェイド。
千切れた怪物の腕が、その背後に落ちた。
――ァァァァ……!!
最早絶叫する元気さえも奪われたかのように、怪物が喉を絞るようなか細い悲痛の声を上げる。
「シェ、シェイドさん……!? あなたは、一体……!?」
自分の想像を遥かに超えた事態の連続に、サニーは目を白黒させながら目の前の青年紳士を眺める。
「流石、『影喰い』の旦那だ……。来てくれて助かったよ……」
おばさんが力無く、それでも深い安堵の息を漏らす。
「『影喰い』……!?」
その言葉に、サニーは改めてシェイドを見る。
すると、今しがた斬り落とした怪物の腕が瞬く間に霧状に変化し、シェイドの握るステッキの青い光に吸い込まれてゆく。
「あれは……!?」
懸命に目を凝らしてその光景を眺めていたサニーは、影が吸収されていく青い光の中心に、眩いプリズムを纏っている宝石を見つけた。
青と黒のコントラストの中で踊るそれは――透き通るような青さを持つ、ダイヤモンドだった。
シェイドがステッキを構える。苦痛に耐え兼ねてうずくまる怪物に向かって厳とした声音で告げる。
「心の闇に呑み込まれた哀れなる犠牲者よ。恨んでくれて構わない。貴方の『影』は、私が喰らおう」
そして、シェイドは真っ直ぐ背筋を伸ばして大上段にステッキを振りかぶり、怪物の頭に向かって一刀の下に振り降ろした。
――ゴォォォ……!!
断末魔の声が上がり、怪物が両断される。
「…………」
シェイドはステッキを振り抜いた姿勢でしばらく動きを止め、それから残心を示すようにゆっくりと立ち上がった。
二つに分かたれた怪物の残骸が、振り抜いたシェイドのステッキに吸収されてゆく。
「……!? アングリッドくん……!」
消えゆく影の中から、ぐったりしたアングリッドの姿が現れた。死んでしまったのか、と一瞬思ったが、微かに胸が上下している。どうやら気絶しているだけのようだ。
「やはり、貴方でしたか……。アングリッド」
シェイドが、倒れているアングリッドを見下ろす。サニーには、背中を向けている彼がどんな顔をしているのか、分からなかった。
(助、かった……の……?)
シェイドと怪物の戦いの一部始終を見届けたサニーは、次第に目の前がぼやけ、意識が遠のいていくのを感じた。
常識を超えた出来事の連続に、心のキャパシティが限界を迎えたようだ。
シェイドの背中を見詰め続けながら、サニーは意識を手放した。
サニーを間合いに捉えていた怪物の注意が逸れる。首をもたげ、突如飛んできた声の主を確かめようと顔を背後へと向ける。
「……あっ!?」
怪物の身体越しに、声の主の姿がサニーにも見えた。日陰に覆われているせいで全容は伺えないものの、頭の上を飾るシルクハットのシルエットには見覚えがあった。
(まさか、シェイドさん!?)
先程分かれたあの青年紳士、シェイドがそこに立っていた。
「まさか、この短期間で『影』に呑まれてしまう犠牲者が二人も出てしまうとは……。しかし、これも宿命か」
シェイドが、手に持っていたものを両手で目の前に掲げる。細長いそれは、どうやらステッキのようだった。握りの部分が仄かに青く煌めいている。何か埋め込まれているようだ。宝石の類だろうか?
「こうなれば最早已む無し。私は、私の使命を果たすまで」
「っ!?」
青い光が俄に強くなる。光を反射しているのではなく、それ自体が光を発しているかのように。
「……違う、本当に彼処の部分が青く光ってるんだ!!」
サニーは気付いた。やっぱり見間違いじゃない。確かに杖の握りから強烈な青光が生まれているのだ。
――グゥゥ……!
怪物が警戒するように腰を浮かせ、全身でシェイドに対峙しようと身を翻す。それによって、パン屋のおばさんを地面に組み伏せていた手もどけられ、おばさんが解放される。
「サニーさん、彼女を!!」
すかさず、シェイドの鋭い声が飛ぶ。
「はっ!? おばさん! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……。ありがとよ……」
金縛りが解けたようにサニーは動き出し、うつ伏せに倒れているおばさんを助け起こす。彼女の服は鋭利なツメによって裂かれ、背中からは血が滲んでいたが、意識はしっかりしているようだ。
「!? シェイドさん、危ないッッ!!」
おばさんの容態を確認し、正面に目を戻したサニーが見たのは、今まさにシェイドに向かって伸ばされんとしている怪物の巨腕だった。
あのクマのような腕の一撃を貰えばただでは済まない。このおばさんのように叩き伏せられて地に倒れるシェイドの姿を想像して、サニーの顔から血の気が引いた。
「――ッ!」
シェイドが動いた。迫りくる怪物の腕に向かって、青く光るステッキを突き出したのだ。
「何を――!?」
理解し難い行動に、サニーは絶句した。まさか、あれで怪物の腕を迎え撃とうとでも!?
怪物の腕とステッキが打つかる。一瞬後の惨劇を予想して、サニーは思わず目を瞑りかけた。
だが、その予想は完全に裏切られた。
――ギュイイイイッ!!?
悲鳴を上げたのは、怪物の方だった。
伸ばした巨腕と青光のステッキがぶつかり…………怪物の腕が霧散した。
堤防に当たって砕ける海の波のように、ステッキの先端に触れた腕がたちまちの内に割れて八方に飛び散ったのだ。
――グォォォォォ!!!
片方の腕を喪い、影の怪物が苦しげに身を捩る。その向こうで、剣のようにステッキを構えたシェイドが静かに佇んでいた。
「これ以上の狼藉は許しません。貴方は此処で、浄化します!!」
決然と宣言するシェイド。それが終わると同時に、彼は姿勢をかがめて怪物に突進を仕掛けた。
――!?
反射的に、残ったもう片方の腕を振って迎撃する怪物。
シェイドと怪物の姿が交錯する。
怪物の真横を駆け抜け、ステッキを振り抜いた姿勢でサニー達と怪物の間に身を滑り込ませたシェイド。
千切れた怪物の腕が、その背後に落ちた。
――ァァァァ……!!
最早絶叫する元気さえも奪われたかのように、怪物が喉を絞るようなか細い悲痛の声を上げる。
「シェ、シェイドさん……!? あなたは、一体……!?」
自分の想像を遥かに超えた事態の連続に、サニーは目を白黒させながら目の前の青年紳士を眺める。
「流石、『影喰い』の旦那だ……。来てくれて助かったよ……」
おばさんが力無く、それでも深い安堵の息を漏らす。
「『影喰い』……!?」
その言葉に、サニーは改めてシェイドを見る。
すると、今しがた斬り落とした怪物の腕が瞬く間に霧状に変化し、シェイドの握るステッキの青い光に吸い込まれてゆく。
「あれは……!?」
懸命に目を凝らしてその光景を眺めていたサニーは、影が吸収されていく青い光の中心に、眩いプリズムを纏っている宝石を見つけた。
青と黒のコントラストの中で踊るそれは――透き通るような青さを持つ、ダイヤモンドだった。
シェイドがステッキを構える。苦痛に耐え兼ねてうずくまる怪物に向かって厳とした声音で告げる。
「心の闇に呑み込まれた哀れなる犠牲者よ。恨んでくれて構わない。貴方の『影』は、私が喰らおう」
そして、シェイドは真っ直ぐ背筋を伸ばして大上段にステッキを振りかぶり、怪物の頭に向かって一刀の下に振り降ろした。
――ゴォォォ……!!
断末魔の声が上がり、怪物が両断される。
「…………」
シェイドはステッキを振り抜いた姿勢でしばらく動きを止め、それから残心を示すようにゆっくりと立ち上がった。
二つに分かたれた怪物の残骸が、振り抜いたシェイドのステッキに吸収されてゆく。
「……!? アングリッドくん……!」
消えゆく影の中から、ぐったりしたアングリッドの姿が現れた。死んでしまったのか、と一瞬思ったが、微かに胸が上下している。どうやら気絶しているだけのようだ。
「やはり、貴方でしたか……。アングリッド」
シェイドが、倒れているアングリッドを見下ろす。サニーには、背中を向けている彼がどんな顔をしているのか、分からなかった。
(助、かった……の……?)
シェイドと怪物の戦いの一部始終を見届けたサニーは、次第に目の前がぼやけ、意識が遠のいていくのを感じた。
常識を超えた出来事の連続に、心のキャパシティが限界を迎えたようだ。
シェイドの背中を見詰め続けながら、サニーは意識を手放した。