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作者: 星埜銀杏
第一羽、埋蔵金が在るよ
「マイゾウキンが在るよ」

 無口な、いや、無口というよりも決してしゃべる事がないヤツがボソっと一言。

「そうなんだ。マイゾウキンが、鍋敷きヤマに在るよ」

 小春日和の今日。冬休みが明け新年一発目の登校日。

 カカッ。

 校庭の柊の枝を揺らして顔や背中が鮮やかな水色をしたルリビタキが飛び立つ。

 うむっ!

 あの可愛いルリビタキも驚いたんだろうね。多分さ。

 突如、地蔵がマイゾウキンとか言い出したんだから。

 天変地異の前触れじゃないの、なんて思ってしまう。

 ただ、片仮名でマイゾウキンと言ったからか幾らか聞き取りにくかった。でも確かに言った。しゃべらない地蔵が埋蔵金が鍋敷き山に在ると。それは我らにとって小さな一歩。だがしかし平和な学園生活を脅かすという点において大きな一歩だ。

 うむっ。

 私の名前は長縄蜜柑〔ながなわ・みかん〕。女子の間ではミカンで通っている。

 いや、私の事など、どうでもいいのだ。それより、あの地蔵がしゃべったのだ。

 いやいや、あの地蔵と言われても聞いてる人達には意味が分からないよね。そうだね。ちょこっとだけ地蔵について語らせてもらおう。では、地蔵が、なぜ、地蔵と呼ばれているのかから。まず彼の本名は矢田京介〔やだ・きょうすけ〕と言う。

 にも関わらず地蔵なんだ。どうしてだと思うだろう。

 その感覚は正しい。うん。間違いなく。

 もちろん、ここに深い意味が在るのだ。

 そうだ。

 矢田京介が地蔵と呼ばれるには長い時間を経ての事。

 ただし、

 長い時間とはいえ、彼が、その間、ずっとしゃべらなかっただけという事に尽きる。もちろん、ここは亜歩〔あゆみ〕学園という私立の高等学校だから授業というものも確かに在る。ただ、何故だか授業でも教師からあてられる事がない。

 地蔵は。

 まるで、そこには存在していないかのようにも、だ。

 いや、むしろ不文律が存在し、矢田京介、つまり地蔵は教師もスルーなわけだ。

 それだけならば、ただの不思議な話。或いはイジメが在ると勘ぐられるような話に過ぎない。でも違う。地蔵は休憩時間や昼食の時間ですら、しゃべらない。語らない。誰がしゃべりかけても答えない。いや、会釈だけで済ましてしまう。

 ただ、嫌われているわけではなく、むしろ皆に好かれている。不思議なくらい。

 うむっ。

 語り好きな私とは、光と影のよう、地蔵は、常に黙して静かに佇んでいるのだ。

 そう。まるで道祖神かと思えるほど。いや、もっと分かりやすく言うと地蔵だ。

 うむっ。

 そんな感じで誰が言い出したか、B組の中では矢田京介は地蔵に為った。それに容姿というより雰囲気が格好いいので女子からは意外とモテていたりもする。隠れファンの女子も一杯いる。だから好かれるのかとも思うが男子も地蔵が好きだ。

 何故かは知らないけど。

「マイ・雑巾なんてな!」

 クラスのお笑い担当、村井章二〔むらい・しょうじ〕が下手なギャグを放った。

「てか、今の地蔵だよな」

「ああ。地蔵。地蔵だよ」

「マジか」

「マジ。マジ。あの地蔵が、しゃべったんだよ。ヤツの声、初めて聞いた。なんというか、ブルース・ウィルスっぽくねぇ? 軽そうで重い言葉を吐けるみたいな」

「てか、ブルース・ウィルスって誰よ? 知らねぇよ」

 章二に釣られたのか男子達が、こぞって騒ぎだした。

 それほどまで地蔵がしゃべったのは天変地異なのだ。

「来年、2025年は厄災の年になるだろう。そうやって世界的に有名な預言者が、こぞって言っている。その前触れ。良くない事が起こる前兆が始まったんだ」

 なんてオカルト好きなO君が戦きながらも言い放つ。

「阿呆か。起こらねぇよ。そんな事。むしろ地蔵の両親が怒るわ。そんな事、言ったらよ。てか、埋蔵金が鍋敷き山に在るって言ったんだよな。埋蔵金だよな?」

 章二は、キャラ的にもオカルトを笑い飛ばして、埋蔵金だよな? と確認する。

 ぐるっと皆を見渡してからアゴを突き出しニヤける。

「いや、真面目な話だ。アビギャ・アナンド君も……」

「アビギャ・アナンド君? 誰? ブルース・ウィルス以上に知らねぇって。そんなヤツ。オカルトの話は別でやってくれ。それよりも埋蔵金だぜ? 埋蔵金!」

 カネに目がくらんだ章二のダラーマークな目が光る。

 妖しく。

「全然、しゃべらなくて地蔵なんて、あだ名が付いたヤツが、しゃべったと思ったら埋蔵金とか言い出したんだ。つまり、それだけ信憑性が在るんじゃねぇ?」

 まあ、短絡的な思考回路を持つ章二がカネに目がくらんで曇った視界での結論。

 もちろん、早計だとしか思えないが、地蔵の神秘性というか、しゃべらない、授業でもあてられない不可思議さ、加えて、ブルース・ウィルスのような軽さを含みながらも渋い声を聞いてしまった私自身も、不覚にも、あり得るかもと考えた。

 無論、クラスの皆も、埋蔵金、埋蔵金なんて舞い上がってしまい、お祭り状態。

 埋蔵金を掘り当てたら、何を買おうか? 海外に移住するか、なんて言い出す。

 遂には。

「ありがたや、地蔵さま」

 なんて手を合わせて祈り始める輩まで出現する始末。

 まさに2024年新年から目出度い話で、B組の空気は歓喜へと換っていった。

 一応、この私、不肖、長縄蜜柑は女子の学級委員長だから、静かに、静かに、と皆をなだめた。それを聞いた男子の学級委員長である吉川英輝〔よしかわ・ひでき〕が堂々とした所作で前に出て教壇の裏に立つ。教壇を、バンッ! と叩く。

「静かに。みんな、聞いてくれ。僕から提案があるんだが。しゃべってもいいか」

 クールで秀才な彼。こんな時、もの凄く頼りになる。

「なんだよ? 英輝。実は、埋蔵金、マイ・雑巾なんだ、なんて聞きたくないぜ」

 章二ッ!

 それは、さっき、あんたが言ってた事でしょうがッ。

 もうッ!

「てか、エリートさまに用はねぇ。用があるのはカネだ。カネ。すなわち鍋敷き山に在るという埋蔵金様なんだよ。それを分かって言ってるのか? 英輝」

 すなわち、なんて言い回し、知ってたんだね。章二。

 うむっ!

 違うッ!

 なんで、茶化すかな。今は冷静になるべき時なのに。

 章二が、英輝を、はやし立てた事でクラスにクスクス笑いが拡がる。まるで英輝を笑いものにしているかのような状況になってしまう。せっかくの英輝なりの覚悟というか、みんなを纏めようと考えるリーダーシップを無碍にしてしまう。

 それでも英輝は英輝。おできと呼ぶヤツもいるけど〔主に章二〕英輝は英輝だ。

「まず聞きたい。埋蔵金なんて馬鹿げた事を信じているヤツは挙手してくれッ!」

 どうやら、英輝は埋蔵金の件は信じていないようだ。

 それでも挙手を求めたという事はクラスの総意が知りたいからだろう。なにを思って総意を知りたいのか、それは分からない。分からないが、英輝なりに思うところがあって聞いたんだと思う。それこそが英輝という人間の質なのだから。

 うむっ!

 相変わらず章二はカネに目がくらんでしまっている。

「俺は信じてる。だって、あの地蔵が言ったんだぜ?」

 と言い、なあ、みんなもだろ? と力強く挙手する。

 だって地蔵だぜ。あの地蔵がだぜ? という空気がウイルスのように蔓延する。

 パラパラと挙手する手が増えてゆく。そして、遂に、その数は過半数を超える。

 いやいや、過半数どころか、いつの間にかクラスの大半が挙手をする事態にも。

 英輝が失望して肩を落とす。マジか、なんて、いつもは使わないような言葉が口から漏れる。もちろん、彼自身、埋蔵金なんて信じてなくてクラスの総意も信じていないになれば、ソレはソレで落ち着かせられると考えたんだろう。残念。無念。

「くむっ」

 なんて小さい声が英輝の口から溢れでてから続ける。

「みんなの意見は分かった。埋蔵金は在ると。だけど、これだけは言っておく。僕は埋蔵金なんて信じちゃいない。でも総意が信じるならば打つ手は一つだな」

 淡々と言う英輝のおでこには玉汗が浮かんで垂れる。

 おでき。うっさい。ひっこめ、なんて毒を吐く章二。

「では、仮に、今は埋蔵金が在るとしておく。その仮定に従い埋蔵金を掘り起こしたいと思う。それでいいか? どうだろう。そう議決してもいいか?」

 いつの間に議会が招集されたのかは知らないが英輝は議決なんて言葉を使った。

 そして、

 再び皆に挙手を求める。

「てかさ」

 なんて後ろ頭へと両手を回して胸を張る章二が言う。

「いちいち、まどろっこしいんだ。お前は。議決とか、いつの間に議会招集なんてしたんだよ。どうでも良い。とっとと埋蔵金を掘りに行こうぜ? なあ、みんな」

 まあ、章二がそう言うのも無理がない。私も議会の招集なんてって思ったもん。

 でもね。

 章二だって、なんだか知らないけど、いちいち語尾に、? を付けるの止めて。

 なんだか、今は、ものっそ厭らしくも感じるからさ。

 あっ、ものっそは四国の方言。けど、ここは四国じゃない。TVで聞いただけ。

 てか、もはや、私の話を聞いてくれている皆は既に気づいているだろうけどさ。

 章二と英輝は水と油なんだよね。それこそ光と影。事ある毎に喧嘩している仲だ。どうも本質的に仲良く出来ない人種なんだろうね。お互い。今も英輝が疎ましそうに章二を睨んでる。女子学級委員長としては仲良くして欲しいんだけどさ。

 なんて思っている内に英輝が求めた掘りたい奴は挙手の挙手が過半数を超える。

「そうか。でも総出で行くのは合理的じゃない。人数が多いとチームワークが乱れるからね。そこで、どうだろう。チームを作って掘りに行くというのは」

 うむっ!

 さすがは英輝。なんとも良い感じの結論だと思うよ。

「無論、掘りに行った奴だけで埋蔵金を独占するつもりはない。残ったクラスの皆も掘り出すチームのサポートという形で発掘を支援して欲しいんだ」

 最初は発掘チームに埋蔵金を独占されるんじゃないか、と心配になっていた皆。

 しかし、

 英輝が付け加えた、掘り出すチームのサポートという言葉を聞き、どうやら掘り出した埋蔵金はクラスの皆で公平に山分けをするという旨が伝わったらしい。最終的には英輝の案に皆が納得し、静かに頷いた。さすがは英輝だと私は思った。

 うむっ!

 そして。

 約一名、章二が英輝の案を面倒くさいのは抜きにしろと悪態をついたのを除き、

 クラスの皆が賛成した。

 そんなわけで、亜歩学園一年B組の埋蔵金発掘チームが結成された。

 地蔵が言った埋蔵金という夢なのか、或いは幻なのか、を求めてだ。

 しかし、

 この時は、それこそ夢にも思わなかった。この先、鍋敷き山で我ら一年B組発掘チームの構成員が、一人減り、また一人減り、最後には私と地蔵だけになるという事を。しかも、原因は地蔵が発する、ぼそっと一言によるものだとは……。

 つまり、

 地蔵が、

 神さまなのか、或いは悪魔なのか、そう錯覚してしまうような事態になるのだ。

 ふふふ。

 と地蔵が静かに笑った。
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