甘々お昼ご飯とお泊まりの約束
あの日から二か月が経ち私たちは二年生になった。私と摩耶の関係は今も続いている――むしろもっと仲良くなっている――し、変わったことはほとんどない。ただ、一つを除いては。
四限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。私と摩耶は弁当箱を持って誰もいない教室に向かった。その教室は普段使われることがないため、周囲に人が来ることは殆どない。
「お腹空いたね、摩耶」
「そうだよねえ。朝から体育だったからね」
私と摩耶は午前中のことを談笑しながら弁当を食べた。そして私が弁当の半分くらいを食べ終わったころ、摩耶が私の方をじっと見つめてきていた。
多分、というか間違いなく先に食べ終えてそれでもまだ足りないからもらおうとしているのだろう。
「摩耶、私の方を見てどうしたの?」
わかってはいるがあえて聞いてみる。
「え、えっとそのもう食べ終わったんだけど、まだ少し足りなくて……だから、その」
摩耶は普段とは違う甘ったるい声で言った。やはり思っていた通りだ。
「やっぱりね。もう、仕方ないわね。好きなの取っていいから」
私は笑いながら弁当を摩耶の方に差し出した。すると、摩耶は顔を赤らめながらもじもじしていた。
「そ、そうじゃなくてその」
「どうしたの。言わないとわからないわよ」
私は意地悪をするような言い方をして摩耶を弄ってみる。摩耶は相変わらず恥ずかしそうにしている。出来るのであれば、この様子を写真に収めてあげたいくらいかわいいのでそれは嫌がりそうなので、残念ではあるがやめておくことにする。
「摩耶。なにも言わないならあげないわよ」
面白くなってつい摩耶を急かしてみる。
「ま、待って。今から言うから」
急かされてやっと言う気になったようだ。もう少し摩耶を弄って遊びたかったけど、そうすると摩耶が拗ねそうなので、この辺で止めておくことにした。
「あ、あーんってして私に食べさせて欲しいの。お願いっ、優衣ちゃんっ」
摩耶が上目遣いで私を見る。これが家なら人思いっきり抱きしめてあげるか襲うかのどちらかをとっていた。ここは学校なのでそんなことは当然できないが、そのくらい私の心はときめかされていた。
「えーっと、どれかな」
もちろんそんなことは一切表情に出さず、淡々と摩耶に尋ねてみた。
「卵焼きがいいな」
「わかったわ。じゃあ、あーん」
卵焼きを箸で掴み、摩耶の口へと持っていく。摩耶は雛鳥のように大きく口を開けて近づくのを待つ。そしてちょうどいいところに来た瞬間、パクンと卵焼きを口の中に入れた。そこからは美味しそうに卵焼きを味わっていた。
「摩耶。もう一つあるけど、いる?」
摩耶は卵焼きを食べながら首を縦に振った。
「もう一個も同じようにして欲しい」
食べ終わったタイミングで摩耶に聞いてみると、うんと返事をしてくれた。
「じゃあもう一個ね。はい、あーん」
同じように箸で掴んだ卵焼きを差し出すと、摩耶もさっきと同じように食べてくれた。
「ふふふ。ホント、摩耶はおいしそうに食べるわね。私も作ってきたかいがあるわ」
私は摩耶の頭をそっと撫でた。表情は食べている時と殆ど変わらないが少なくとも嫌そうではなかった。
「摩耶。他にもあるけどいる?」
また同じように聞いてみたが、摩耶は首を横に振った。多分これ以上もらうのは悪いと思ったのだろう。もう少しだけならあげてもよかったが、摩耶がいらないと言っているので残りは自分で食べることにした。
言っておくが、そうするように教育したり命令したりしたことは一度たりともない――というかそんな勇気は私には備わっていない――。
あの日以来、二人きりのときになると時々――確率でいうなら四割くらいで――こんな感じで自分から私に甘えてくるようになった。最初の頃は少し違和感を覚えてはいたが今ではこの摩耶にもすっかり慣れ、どちらも同じくらい愛せるようになった。
「優衣ちゃん。ギュってしていい?」
私が食べ終わるなり、摩耶が猫なで声で聞いてきた。
「いいけど、どうして?」
「今日はちょっと疲れているから」
「わかったわ。好きなだけ抱き付いていいよ」
「ありがとう優衣ちゃん」
優衣はぎゅぅーっと私を抱きしめていた。私は優しく摩耶の頭と背中を撫でてあげた。
「えへへ。優衣ちゃんのナデナデ、凄く気持ちいいなあ」
「ありがとう。私も摩耶の頭撫でるの気持ちいいわよ」
私と摩耶はしばらくこの形のままで昼休みを過ごしていた。
「ねえ、優衣。あの日以来、あたし疲れにくくなったような気がするんだ」
摩耶は普段の口調とトーンに戻っていた。
「やっぱり、王子様のように振舞うのって疲れてたのね」
「疲れるって言っても精神的にかな。元々正反対の性格だから、常に色んなとこに気を配らないとボロが出ちゃうからさ。だから部屋以外では常に気を張って無理してたんだな、って最近気づいたんだ。そう考えると、こうやって素を出すようになってよかったのかもしれないって思ったわけよ」
そう言うと摩耶は、ありがとうと言って抱き付いていた手を放した。なるほど。やっぱり王子様でいるのは疲れていたんだ。
けど、部屋以外ではってことは部屋だと常にこんな感じなのかな。そういえば、摩耶の家に行ったことがなかった。ならば、泊りに行くのを口実に普段の摩耶を観察するのもありかな。私は妄想をどんどんと膨らませた。
「さて、もうそろそろ昼休み終わるから戻ろっか。今日は甘えさせてくれてありがとな。これで今日も頑張れそうだ」
摩耶は背伸びをしながら立ち上がった。
「どうした優衣。早くしないと次移動教室だから遅れるぞ」
座り込んだままの私を心配そうに見ていた。言われて私はあわてて立ち上がった。
「よし、じゃあ行こうか」
「あ、あの摩耶。今度の週末泊まりに行ってもいい?」
少し緊張したが、いうことができた。
「おっ、いいけど、どうして?」
「そのまだちゃんと摩耶の家に行ったことなかったし、普段の摩耶を見たいなって思ったから」
私が少し顔を赤くしながら言うと、摩耶は頭を右手で掻いて
「普段のあたしって言ってもそんな大したものじゃないし、部屋も特におもしろくないぞ」
「それでもいいの! だからお願い」
私は頭を下げて摩耶に懇願する。これには摩耶も折れたのかやれやれと呟いていた。
「仕方がないなあ。じゃあ今週の土日ね。詳しいことはまた後で話そうな」
これで摩耶の家へのお泊りが決定した。それと同時にまた色々な妄想が膨らみはじめた。
「とりあえず次の授業までそんな時間がないから急ぐぞ」
「えっ、ちょっと摩耶?!」
摩耶は私の手を引いて走り出した。
四限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。私と摩耶は弁当箱を持って誰もいない教室に向かった。その教室は普段使われることがないため、周囲に人が来ることは殆どない。
「お腹空いたね、摩耶」
「そうだよねえ。朝から体育だったからね」
私と摩耶は午前中のことを談笑しながら弁当を食べた。そして私が弁当の半分くらいを食べ終わったころ、摩耶が私の方をじっと見つめてきていた。
多分、というか間違いなく先に食べ終えてそれでもまだ足りないからもらおうとしているのだろう。
「摩耶、私の方を見てどうしたの?」
わかってはいるがあえて聞いてみる。
「え、えっとそのもう食べ終わったんだけど、まだ少し足りなくて……だから、その」
摩耶は普段とは違う甘ったるい声で言った。やはり思っていた通りだ。
「やっぱりね。もう、仕方ないわね。好きなの取っていいから」
私は笑いながら弁当を摩耶の方に差し出した。すると、摩耶は顔を赤らめながらもじもじしていた。
「そ、そうじゃなくてその」
「どうしたの。言わないとわからないわよ」
私は意地悪をするような言い方をして摩耶を弄ってみる。摩耶は相変わらず恥ずかしそうにしている。出来るのであれば、この様子を写真に収めてあげたいくらいかわいいのでそれは嫌がりそうなので、残念ではあるがやめておくことにする。
「摩耶。なにも言わないならあげないわよ」
面白くなってつい摩耶を急かしてみる。
「ま、待って。今から言うから」
急かされてやっと言う気になったようだ。もう少し摩耶を弄って遊びたかったけど、そうすると摩耶が拗ねそうなので、この辺で止めておくことにした。
「あ、あーんってして私に食べさせて欲しいの。お願いっ、優衣ちゃんっ」
摩耶が上目遣いで私を見る。これが家なら人思いっきり抱きしめてあげるか襲うかのどちらかをとっていた。ここは学校なのでそんなことは当然できないが、そのくらい私の心はときめかされていた。
「えーっと、どれかな」
もちろんそんなことは一切表情に出さず、淡々と摩耶に尋ねてみた。
「卵焼きがいいな」
「わかったわ。じゃあ、あーん」
卵焼きを箸で掴み、摩耶の口へと持っていく。摩耶は雛鳥のように大きく口を開けて近づくのを待つ。そしてちょうどいいところに来た瞬間、パクンと卵焼きを口の中に入れた。そこからは美味しそうに卵焼きを味わっていた。
「摩耶。もう一つあるけど、いる?」
摩耶は卵焼きを食べながら首を縦に振った。
「もう一個も同じようにして欲しい」
食べ終わったタイミングで摩耶に聞いてみると、うんと返事をしてくれた。
「じゃあもう一個ね。はい、あーん」
同じように箸で掴んだ卵焼きを差し出すと、摩耶もさっきと同じように食べてくれた。
「ふふふ。ホント、摩耶はおいしそうに食べるわね。私も作ってきたかいがあるわ」
私は摩耶の頭をそっと撫でた。表情は食べている時と殆ど変わらないが少なくとも嫌そうではなかった。
「摩耶。他にもあるけどいる?」
また同じように聞いてみたが、摩耶は首を横に振った。多分これ以上もらうのは悪いと思ったのだろう。もう少しだけならあげてもよかったが、摩耶がいらないと言っているので残りは自分で食べることにした。
言っておくが、そうするように教育したり命令したりしたことは一度たりともない――というかそんな勇気は私には備わっていない――。
あの日以来、二人きりのときになると時々――確率でいうなら四割くらいで――こんな感じで自分から私に甘えてくるようになった。最初の頃は少し違和感を覚えてはいたが今ではこの摩耶にもすっかり慣れ、どちらも同じくらい愛せるようになった。
「優衣ちゃん。ギュってしていい?」
私が食べ終わるなり、摩耶が猫なで声で聞いてきた。
「いいけど、どうして?」
「今日はちょっと疲れているから」
「わかったわ。好きなだけ抱き付いていいよ」
「ありがとう優衣ちゃん」
優衣はぎゅぅーっと私を抱きしめていた。私は優しく摩耶の頭と背中を撫でてあげた。
「えへへ。優衣ちゃんのナデナデ、凄く気持ちいいなあ」
「ありがとう。私も摩耶の頭撫でるの気持ちいいわよ」
私と摩耶はしばらくこの形のままで昼休みを過ごしていた。
「ねえ、優衣。あの日以来、あたし疲れにくくなったような気がするんだ」
摩耶は普段の口調とトーンに戻っていた。
「やっぱり、王子様のように振舞うのって疲れてたのね」
「疲れるって言っても精神的にかな。元々正反対の性格だから、常に色んなとこに気を配らないとボロが出ちゃうからさ。だから部屋以外では常に気を張って無理してたんだな、って最近気づいたんだ。そう考えると、こうやって素を出すようになってよかったのかもしれないって思ったわけよ」
そう言うと摩耶は、ありがとうと言って抱き付いていた手を放した。なるほど。やっぱり王子様でいるのは疲れていたんだ。
けど、部屋以外ではってことは部屋だと常にこんな感じなのかな。そういえば、摩耶の家に行ったことがなかった。ならば、泊りに行くのを口実に普段の摩耶を観察するのもありかな。私は妄想をどんどんと膨らませた。
「さて、もうそろそろ昼休み終わるから戻ろっか。今日は甘えさせてくれてありがとな。これで今日も頑張れそうだ」
摩耶は背伸びをしながら立ち上がった。
「どうした優衣。早くしないと次移動教室だから遅れるぞ」
座り込んだままの私を心配そうに見ていた。言われて私はあわてて立ち上がった。
「よし、じゃあ行こうか」
「あ、あの摩耶。今度の週末泊まりに行ってもいい?」
少し緊張したが、いうことができた。
「おっ、いいけど、どうして?」
「そのまだちゃんと摩耶の家に行ったことなかったし、普段の摩耶を見たいなって思ったから」
私が少し顔を赤くしながら言うと、摩耶は頭を右手で掻いて
「普段のあたしって言ってもそんな大したものじゃないし、部屋も特におもしろくないぞ」
「それでもいいの! だからお願い」
私は頭を下げて摩耶に懇願する。これには摩耶も折れたのかやれやれと呟いていた。
「仕方がないなあ。じゃあ今週の土日ね。詳しいことはまた後で話そうな」
これで摩耶の家へのお泊りが決定した。それと同時にまた色々な妄想が膨らみはじめた。
「とりあえず次の授業までそんな時間がないから急ぐぞ」
「えっ、ちょっと摩耶?!」
摩耶は私の手を引いて走り出した。