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作者: 丘多主記
後編
 迎えた日曜日の夜。明日渡すチョコを作る日だ。作るチョコは色んなサイトを見て一番簡単そうでかつ手が混んでそうな名前の生チョコにした。

まずはチョコレート五枚を細かく刻んでいく。大きさが中々均一にはならず、切るのに苦戦したがなんとか全部刻むことができた。

次に、沸騰直前まで温めた生クリームを刻んだチョコレートを入れたボウルに入れて、湯気が出なくなるまで待つ。

湯気が出なくなったら、泡立て器を使ってチョコレートがなめらかなクリーム状になるまでかき混ぜていく。手でするので少し疲れたがなんとかかき混ぜることができた。

そしたら、オーブンシートを敷いたバットの上にそれを流し入れる。表面を平らにしてあとは冷蔵庫で一時間固める。

固めたらあとは温めた包丁でカットして、ココアを上から振りかけるだけ。思っていたよりも簡単だった。

確かに刻むところやかき混ぜるところで多少苦労はしたが、これならまた作れと言われれば作ることができるレベルだ。来年は玲華と一緒に作ることができそうだ。玲華と一緒に作るシーンを想像して私は少しニヤついた。

「そういえばお母さんはなんで私の恋を応援してくれるの?」

チョコレートを固めてる時間に、ふと私はお母さんに尋ねてみた。世間一般でいう普通の恋というのは男性と女性がするものであり、同性がするものではない。

お母さんの世代ならそれは当たり前であり、抵抗もあるはずだ。なのに、お母さんは拒否感を示すことなく、応援してくれた。その理由が気になったのだ。

お母さんは少し顎に手をやってうーんと軽く唸った。やがて答えを見つけると微笑んでうんと頷いた。

「だって誰かを好きになる事が悪いことなんてないでしょ? それが女の子同士でも、男の子同士でも。何か悪いことしてるならそれは違うって止めるけど、そうじゃないよね。それならお母さんは背中を押してあげるわ」

「お母さん……」

正直あまりよく思ってないと言われるかもしれないと思っていた。世間一般から外れたことだから、それは仕方ないことだと思っていた。

だけど、こうやって応援してもらえる。嫌がらずに背中を押してくれる。そう思うだけで、私は涙が出そうになった。

「だけど、いつまでもモタモタしてるあやちゃんが本当に告白できるのかなあ? お母さんそこが心配だなあ」

感動してるのも束の間。痛いところをお母さんに突かれてしまった。

「もー! それは言わないでよ!」

私は別の意味で涙目になりながら返すしかなかった。

「まあ今回は上手くいくでしょうけどね」

お母さんは何故か意味深なことを呟いていた。




いよいよ決戦の月曜日。生チョコは無事完成し、あとは渡すのみ。渡すのは放課後の誰もいない時間と決めている。ただ、朝のホームルームが終わった今の時間になってもまだ言えてない。

本当はホームルーム前に言おうと思っていたのだが、玲華が誰かに呼び出されたみたいだったから言えないでいた。

さて、どのタイミングでどうやって言おうか。放課後に渡したいものがあると誘えばいいだけだが、それが中々言えない。言おうとするのだが、言葉が口の中で詰まってしまって中々吐き出せない。

言おうとしては、やっぱりなんでもないを繰り返しているうちに昼休みになってしまった。どうしよう。このままじゃ一日が終わってしまう。私は焦燥感に駆られていた。

「はい恵さん。今年のチョコレート」

「わあ。ありがとう春。私からもどうぞ」

そうこうしてる間に、春と恵はチョコレートを交換し合っていた。それを玲華は羨ましそうに見ている。

私もチョコレートを持っているのに。私は何をやっているんだろう。たった一言を言えない私自身に自分は絶望するしかなかった。

キーンコーンカーンコーン。自分に打ちひしがれている間に予鈴が鳴る。どうしよう。どうしよう。まだ言えてない。ここを逃してもタイミング自体はないわけじゃない。けど、この時間で言えなかったら、二度と言えない気がする。

「あ、あのさっ。玲華」

勇気を出して玲華に声を掛ける。頑張れ私っ。あとちょっとで言えるわよ。心の中で私自身を奮い立たせる。

「どうしたの? 彩乃ちゃん」

「あの……放課後に渡したいものがあるんだけど。時間あるっ?」

言えた。やっと言えた。この言葉を言うのにどれほど時間が掛かっただろうか。どれだけの勇気を費やしただろうか。私はこの言えた解放感に包まれていた。

あとは玲華の返事を聞くのみ。まあどうせOKだろうけど。私はそう高を括っていた。

「えっと、ごめん。ちょっと時間がないかなあ」

返ってきた答えは予想だにしない言葉だった。

話を聞くと、今朝学校で一番のイケメンと名高い男子に告白されたらしい。それでその返事の期限が放課後とのことらしい。

「じゃ、じゃあその告白受けることにするの?」

私が恐る恐る聞いてみると、

「うーん、どうかなあ?」

と、答えは濁していたものの、明らかに恋する女の子の目をしていた。これはきっと受けるに違いない。私は絶望感に包まれた。

「それで、渡したいものって?」

微笑む玲華が尋ねてきたが、私は何を言ったのか覚えていない。ただ、答えにならない答えで誤魔化していたと思う。それから放課後までの数時間、私は上の空の状態で、授業もなにもかも身に入らず、もぬけのからのような感じで過ごした。




放課後。私は誰もいない教室で一人渡すはずだったチョコレートを握りしめたまま佇んでいた。

玲華はあのイケメンのものになるんだ。お母さんの言った通り、玲華は美人だからこうなる前に想いを伝えておくべきだった。私は後悔と絶望感に打ちひしがれ、机に突っ伏した。

「こんな姿、玲華が見たらあの時みたいに元気付けてくれるんだろうなあ……」

私は玲華との思い出を思い出しながら目を閉じた。




あれは私が小学校四年生の夏休みのことだった。その時は、玲華の家族と私の家族が一緒にキャンプに行っていた。

「お父さん待ってー」

キャンプ中山を散策しようと言うことで、私も含めた全員でで山の中を歩いていた。ただ、私はただでさえ足が遅いのに加え、山の中の慣れない地形ということもあり、着いて行くので精一杯だった。

すると、あるポイントで私ははぐれてしまった。なんとか人を見つけ出そうと必死に歩くが見つかることはない。必死になって草むらをかき分けて歩いていくが、見つかるはずもなかった。それでもなんとかしないとと思っていた時だった。

ズルっ。

草むらのせいで崖に気付かず、落ちてしまった。幸い崖は人一人分の高さだったため奇跡的に生きてはいたが、足を痛めてしまい動くことができなかった。時間だけがどんどん過ぎていき、陽が傾いていく。それと共に足の痛みも段々と増していく。

きっとこのまま、私は誰にも見つけられずに死んでしまうんだ。

生きることを諦めかけていたその時だった。

「いた! ここにいたよー!」

崖の上から玲華が顔を覗かせながら叫んだ。

「玲華……」

やっと見つけてもらえた安心感からホッとしていた。その間に玲華は、崖の凹凸おうとつを利用して、ピョンと私の元に降りてきた。

「良かった……っ。彩乃ちゃんが無事で良かったっ」

降りてくるなり、玲華は私をギュッと力強く抱きしめてくれた。

「もう少ししたら、おじさんたち来てくれるから。それまで頑張ろうね!」

玲華はとびっきりの笑顔を私に見せてくれた。いつもは頼りない玲華の顔が、その時ばかりは、光の中から現れた救世主の様にカッコよく見えた。

「あ、ありがとう玲華。私を助けてくれて」

私はいつも以上にドキドキしていた。すると今度は玲華は私の背中をさすり始めた。

「当たり前だよ。彩乃ちゃんは私にとって大事な人なんだから。どんな時でも絶対助けるよ。だから安心していいんだよ」

そう言って玲華は私に微笑みかけた。

これが私が恋に落ちた瞬間だった。




「彩乃ちゃん、彩乃ちゃん」

玲華の声が聞こえてくる。どうやら私は眠ってしまっていたようだ。きっと返事をして帰ってきたのだろうか。玲華はおそらくOKを出したはずだ。

ならば私にできるのは、門出を祝してあげることだけだ。自分に対する悔しさとか玲華が他人のモノになる悲しさはあるけど、それが私にできることだろう。私は寝ぼけまなこを擦りながら起きた。

「彩乃ちゃん? どうして泣いてるの?」

「えっ、あっ、そのっ。なんでもないわ」

私の目からは涙が自然と溢れていたようだ。いけないいけない。泣いてちゃダメだわ。私は誤魔化しながら涙を拭った。

「……それよりおめでとう、玲華」

私は振り絞るように言葉を出した。すると玲華はキョトンとしながら、

「おめでとう? 私何かいいことあったっけ?」

と、惚けた様子で答えた。

「いや、あなたあの告白受けたんじゃないの?」

私がそう尋ねると、あー、その事ね、と言って優しく微笑んだ。

「断ったよ。それなら」

私は理解できなかった。あれだけ嬉しそうな反応をしていたのに、しかも相手は相当なイケメンのはずなのに、断るだなんて。一体どうしてなのだろうか。

「えっ、断ったの? どうして⁈ 相手だっていい人だし、あんなに嬉しそうにしてたじゃない⁈」

私が勢いよく迫ると、玲華は私の唇をちょんと右手の人差し指で抑えた。

「だって、私は彩乃ちゃんを選んだんだもん」

「私を……、選んだ?」

「そう。彩乃ちゃんを選んだの」

私を選んだ? 

私は意味がわからなかった。だって、私は玲華を好きだと言った覚えはない。もしかして、玲華は私の想いに気付いていたってこと?

私の体温は急上昇した。

「なんとなあーくだけど知ってたんだ。私のこと好きなんだろうなあって。ずっと前から」

それはつまり、今まで言えてなかっただけで相当態度に出ていたって事だ。それじゃあ今まで散々隠してきていた私は馬鹿みたいじゃん。私は恥ずかしさで頭が沸騰しそうになっていた。

「それと彩乃ちゃんのお母さんに言われたんだ」

「お母さん……?」

「うん。大好きな私の為にチョコを作るんだって。それ聞いたら凄く嬉しくってね」

私はお母さんを恨んだ。何も上手く言えないからって、他人に秘密にしておいたことバラすなんて。もし玲華が気づいてなかったらどうするつもりだったんだろうか。

そんな私をよそに玲華は机の上に座り、話を続けた。

「告白を受けたことも嬉しかったよ。だから今日一日考えた。考えたら考えるだけ、彩乃ちゃんのそばにいたいなあって想いが強くなったの。ちょっとしたことで顔真っ赤にするし、こんな私を毎日起こしにくる彩乃ちゃんと一緒にいたくなった。だから私は彩乃ちゃんを選んだの」

言えなかったのに、ずっと想いは届いていたんだ。私は胸が一杯になった。

「それで、彩乃ちゃんの返事は?」

「こ、こんな私でもいいのなら、よろしくお願いします」

私が涙で視界を滲ませていると、玲華は私を優しく抱きしめた。

「私達これで恋人同士だね」

「うん……。うん!」

しばらく、誰もいない教室で私と玲華は抱きしめ合った。お互いの幸せを噛み締めるように。ぎゅっと優しく。




「そう言えば、その私のために作ったチョコはどこに」

ふと、玲華が私に聞いてきた。そうだ。折角作ったんだから渡さないと。私はポケットの中から作ってきた生チョコの入った箱を取り出した。

「はい、これ。自信はないけど一生懸命作ったらから」

「ありがとう。今食べてもいい?」

「いいわよ」

私がそう言うなり、玲華はせっせと箱を開けた。あとは玲華が食べるのみと思っていたが、玲華がさっきからピクリとも動かない。

もしかして、不味かった? いやいや、ちゃんと味見はしたんだから大丈夫なはず。

そんな心配をしていると、玲華は突然大声で笑い始めた。

「……ふふふっ。彩乃ちゃん。このチョコ溶けてる」

そう言うと、玲華は私にその溶けた生チョコを見せてきた。

そういえばずっと握りっぱなしにしたりして、外に出してたんだった。溶けてしまっても当然だ。

「本当ね。私ったらなにやってんだろう」

溶けた生チョコを見ながら、私と玲華は二人笑い合っていた。
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