前編
寒がりの私にとって冬の朝は地獄も同然だ。今日も当然のように寒い。まるで冷凍庫の中に閉じ込められているかのようだ。
昨日の天気予報では暖かいとか言っていたのに。
と、天気予報に意味のない文句を呟きながら、幼馴染の玲華の家に向かう。
玲華は黒髪ロングヘアーの理想の美人と言った女の子だ。背も高くて胸も大きくてスタイルもいい。見た目はパーフェクトだ。大和撫子と言えば、玲華を指す言葉だろう。
性格の方は少し天然だが、非常におっとりとした感じだ。そんなところがウケるのか、男子の人気も高いらしい。
そんな玲華の家に着き、インターホンを鳴らす。数秒後に出てきたのは、玲華のお母さんだった。
「おはよう彩乃ちゃん。ごめんねえ。うちの子まだ起きなくて……」
玲華のお母さんが申し訳なさそうに謝る。いつものことながら、なぜか私の胸が痛くなってしまう。
「いや、いいですよ。私、起こしてきますね」
「いつもごめんね。よろしくね」
私は家に入り、二階にある玲華の部屋に向かった。玲華は昔からこうだ。小学校の時も、高校生になった今も。私が迎えに来て、私が起こしてあげる。もしも私がいなくなったら、遅刻の常習犯と化すのは間違いない。
そんなことを考えながら、部屋に入る。部屋の片隅に目をやると、玲華はスヤスヤと穏やかな寝息を立ている。いつものことながら呆れてしまう。少しため息を吐きながら、玲華を起こしに行った。
それにしてもこの部屋は、私をおかしくしてしまう。
入ると気分が高揚してしまうが、優しさに包まれて安らいでしまう。上手く説明できているとは思えないが、本当にこうなってしまう。だからだろう。呆れながらも怒る気が一切起こらなかったのは。
これはきっと玲華のせいだろう。私はベッドの側で、眠れる森の美女のように眠る玲華に見惚れていた。
「まったく。そんな寝顔を見せられたら起したくなくなっちゃうじゃない」
顔を熱くしながら、そっと呟いた。
本当は起こさないでいたい。むしろ、ベッドに侵入して、一緒に寝ていたい。そして間近であの寝顔を堪能したい。でも、時間と私達の立場がそれを許してくれない。
渋々玲華の右の肩を少しだけ強く揺する。
「玲華、朝よ。起きないと遅刻するわよ」
「んんー……。彩乃ちゃん?」
今日は珍しく素直に目を覚ましてくれた。
「そうよ。もう朝だから起きましょ」
私がそう言うと、玲華が少し身体を起こしながら、私の方に手を伸ばしてきた。
えっと。これは、サッカーとかで倒れた人を起こすみたいな感じでやればいいのかしら。
そう考えた私は、その要領で玲華の右手を掴む。すると玲華は、イタズラを成功させた子どものような不敵な笑みを浮かべた。
これって、まさかっ?!
玲華の目的に気付いたが、時すでに遅し。吸い込まれるようにベッドに引きずり込まれた。
「あやのちゃーん。このまま一緒にねちゃおうよ」
息の漏れた甘い声と少し眠たげな表情で私を誘ってきた。
これが休日なら、この美しすぎる悪魔の囁きに簡単に乗せられているだろう。だけど、今日は平日。その囁きを振り払わないといけない。
「だ、ダメっ。今日は学校よっ。ちゃんと行かないと……」
なんとか必死になって、断ろうとする。そうすると、今度は私を優しく抱きしめてきた。布団で温まった玲華の身体は、冷えきっていた私の身体を、芯から暖かくした。
「お布団、暖かいよ? だから、一緒にねよ?」
この時、私は確信した。玲華がこの手で触れられる唯一の天使だと。
天使の誘いなら仕方ないよね。このまま堕ちちゃおう。どこまでも。
思考が完全に崩壊し、私の目が閉じかける。その時だった。ガチャッと扉が開く音とともに、二人を包む掛け布団が剥がされた。
「こらっ、玲華! いい加減起きなさいっ! それに彩乃ちゃんを巻き込んじゃダメでしょっ」
「むー……」
流石の玲華もお母さんには勝てないようで、渋々起きるしかなかった。
「ごめんねー、彩乃ちゃん。急いで準備させるから。ちょっと待っててね」
そう言うと、玲華を連れて足早に部屋を出て行った。
私は布団の上の僅かに残った玲華の温度を確かめるように、手を当ててさすった。
「止めてくれなかったら、あのままずっと……」
温もりを感じるとともに、胸の中では安堵と残念な気持ちが複雑に混ざり合った。
結局、学校にはなんとか間に合った。そして、今はお昼休み。友人の恵と春を含めた四人でお昼ご飯を食べている。
「でぇ、今日も玲華をお迎えにいってぇ、遅刻ギリギリになったってことなのねぇ」
「そ、そうよ。玲華が中々起きないから大変だったわよ」
恵は顎に手をついて、頬をニヤニヤさせながら私を見ている。
「彩乃さんって、玲華さんの通い妻みたいですわね」
春は唇を少し緩ませ、恵と同じ様に私を見ていた。
「だっ、誰が通い妻よっ! ただの幼馴染よっ!」
私は必死になって反論する。しかし、それが面白かったのか二人は声を出し笑い始めた。
「なにがおかしいのっ⁈」
「だってぇ。あやのんの反応がまんざらそうじゃないもん」
恵からの思ってもない指摘に、体温が急上昇する。
「そうですよ。顔を赤らめながら否定するなんて、ツンデレのそれじゃないですの」
春の追い討ちで、また更に体温が上がっていく。
どうしよう。これじゃ玲華に好きってバレちゃう。そう思いドキドキしながら右隣を見てみると、玲華はパンをむしゃむしゃと食べることに集中しているようだ。
少しして、私の視線に気がつくと、
「ふえ?」
と首を少し傾けながら私を見てきた。どうやらこの話を聞いていなかったらしい。よかった。これならバレないな。
「ねえねえ。なんの話をしてたの?」
玲華がさっきの話の内容を尋ねてきた。適当に誤魔化しておけばいいか。そう考えていた矢先。
「あやのんが毎日玲華を起こしに行ってるのってぇ、通い妻っぽいよねって話だよぉ」
恵が先に答えてしまった。
「ち、ちがっ」
「ええ。そういう話でしたわよ」
慌てて否定しようとしたが、春の声にかき消されてしまった
「ちょっと恵! 春!」
「えー、嘘おしえるのはねぇ」
「ですよね、恵さん」
こいつら、私のこと弄んでっ。私はオモチャで遊んで愉快そうな二人を睨んだ。
「ふーん。彩乃ちゃんが私のお嫁さん……。いいかも」
私が睨みつけてる側で、玲華はとんでもないことを言い出した。
「れ、玲華っ。あなた何言ってるの⁈」
「だって、文句も言わずに毎日起こしに来てくれるくらい優しいし、しっかりしてる。それに、私彩乃ちゃん好きだから、彩乃ちゃんがお嫁さんならいいかなって」
玲華は無邪気な笑顔をしている。
なんて恐ろしい子なんだろうか。玲華は。普段はおっとりしすぎてるのに、こんな言葉をさらっと言ってのける。それは今だけじゃなく、ずっとずっと昔からだ。
それでいて反則的にかわいいんだもん。こんなの好きにならない方がおかしい。本当に玲華はずるい子だ
「彩乃ちゃん?」
玲華の心配そうな目で、我に返った。どうやらさっきの言葉と笑顔の衝撃で自分の世界に入っていたようだ。
「あっ、ゴメン。玲華がお嫁さんだなんて、とんでもないこと言うからびっくりしちゃった」
高鳴る心を抑え、表情を引き締める。
「とんでもないこと?」
玲華はキョトンとしている。
「だって、私達同性よ。結婚なんてありえないわ。それに、そもそも恋愛感情を持つなんてありえないわ。起こしに行ってるのも、友達だから仕方なくやってあげてるだけよ。それ以外のなんでもないわ」
私は淡々と平静を装うに答えた。
「そうだよね。彩乃ちゃんは友達だもんね」
玲華は少し申し訳なさそうにしていた。それを見て、恵と春はやれやれと呆れ返ったように、首を横に振っていた。
それからは、他愛もない話をして昼休みは過ぎていった。
昨日の天気予報では暖かいとか言っていたのに。
と、天気予報に意味のない文句を呟きながら、幼馴染の玲華の家に向かう。
玲華は黒髪ロングヘアーの理想の美人と言った女の子だ。背も高くて胸も大きくてスタイルもいい。見た目はパーフェクトだ。大和撫子と言えば、玲華を指す言葉だろう。
性格の方は少し天然だが、非常におっとりとした感じだ。そんなところがウケるのか、男子の人気も高いらしい。
そんな玲華の家に着き、インターホンを鳴らす。数秒後に出てきたのは、玲華のお母さんだった。
「おはよう彩乃ちゃん。ごめんねえ。うちの子まだ起きなくて……」
玲華のお母さんが申し訳なさそうに謝る。いつものことながら、なぜか私の胸が痛くなってしまう。
「いや、いいですよ。私、起こしてきますね」
「いつもごめんね。よろしくね」
私は家に入り、二階にある玲華の部屋に向かった。玲華は昔からこうだ。小学校の時も、高校生になった今も。私が迎えに来て、私が起こしてあげる。もしも私がいなくなったら、遅刻の常習犯と化すのは間違いない。
そんなことを考えながら、部屋に入る。部屋の片隅に目をやると、玲華はスヤスヤと穏やかな寝息を立ている。いつものことながら呆れてしまう。少しため息を吐きながら、玲華を起こしに行った。
それにしてもこの部屋は、私をおかしくしてしまう。
入ると気分が高揚してしまうが、優しさに包まれて安らいでしまう。上手く説明できているとは思えないが、本当にこうなってしまう。だからだろう。呆れながらも怒る気が一切起こらなかったのは。
これはきっと玲華のせいだろう。私はベッドの側で、眠れる森の美女のように眠る玲華に見惚れていた。
「まったく。そんな寝顔を見せられたら起したくなくなっちゃうじゃない」
顔を熱くしながら、そっと呟いた。
本当は起こさないでいたい。むしろ、ベッドに侵入して、一緒に寝ていたい。そして間近であの寝顔を堪能したい。でも、時間と私達の立場がそれを許してくれない。
渋々玲華の右の肩を少しだけ強く揺する。
「玲華、朝よ。起きないと遅刻するわよ」
「んんー……。彩乃ちゃん?」
今日は珍しく素直に目を覚ましてくれた。
「そうよ。もう朝だから起きましょ」
私がそう言うと、玲華が少し身体を起こしながら、私の方に手を伸ばしてきた。
えっと。これは、サッカーとかで倒れた人を起こすみたいな感じでやればいいのかしら。
そう考えた私は、その要領で玲華の右手を掴む。すると玲華は、イタズラを成功させた子どものような不敵な笑みを浮かべた。
これって、まさかっ?!
玲華の目的に気付いたが、時すでに遅し。吸い込まれるようにベッドに引きずり込まれた。
「あやのちゃーん。このまま一緒にねちゃおうよ」
息の漏れた甘い声と少し眠たげな表情で私を誘ってきた。
これが休日なら、この美しすぎる悪魔の囁きに簡単に乗せられているだろう。だけど、今日は平日。その囁きを振り払わないといけない。
「だ、ダメっ。今日は学校よっ。ちゃんと行かないと……」
なんとか必死になって、断ろうとする。そうすると、今度は私を優しく抱きしめてきた。布団で温まった玲華の身体は、冷えきっていた私の身体を、芯から暖かくした。
「お布団、暖かいよ? だから、一緒にねよ?」
この時、私は確信した。玲華がこの手で触れられる唯一の天使だと。
天使の誘いなら仕方ないよね。このまま堕ちちゃおう。どこまでも。
思考が完全に崩壊し、私の目が閉じかける。その時だった。ガチャッと扉が開く音とともに、二人を包む掛け布団が剥がされた。
「こらっ、玲華! いい加減起きなさいっ! それに彩乃ちゃんを巻き込んじゃダメでしょっ」
「むー……」
流石の玲華もお母さんには勝てないようで、渋々起きるしかなかった。
「ごめんねー、彩乃ちゃん。急いで準備させるから。ちょっと待っててね」
そう言うと、玲華を連れて足早に部屋を出て行った。
私は布団の上の僅かに残った玲華の温度を確かめるように、手を当ててさすった。
「止めてくれなかったら、あのままずっと……」
温もりを感じるとともに、胸の中では安堵と残念な気持ちが複雑に混ざり合った。
結局、学校にはなんとか間に合った。そして、今はお昼休み。友人の恵と春を含めた四人でお昼ご飯を食べている。
「でぇ、今日も玲華をお迎えにいってぇ、遅刻ギリギリになったってことなのねぇ」
「そ、そうよ。玲華が中々起きないから大変だったわよ」
恵は顎に手をついて、頬をニヤニヤさせながら私を見ている。
「彩乃さんって、玲華さんの通い妻みたいですわね」
春は唇を少し緩ませ、恵と同じ様に私を見ていた。
「だっ、誰が通い妻よっ! ただの幼馴染よっ!」
私は必死になって反論する。しかし、それが面白かったのか二人は声を出し笑い始めた。
「なにがおかしいのっ⁈」
「だってぇ。あやのんの反応がまんざらそうじゃないもん」
恵からの思ってもない指摘に、体温が急上昇する。
「そうですよ。顔を赤らめながら否定するなんて、ツンデレのそれじゃないですの」
春の追い討ちで、また更に体温が上がっていく。
どうしよう。これじゃ玲華に好きってバレちゃう。そう思いドキドキしながら右隣を見てみると、玲華はパンをむしゃむしゃと食べることに集中しているようだ。
少しして、私の視線に気がつくと、
「ふえ?」
と首を少し傾けながら私を見てきた。どうやらこの話を聞いていなかったらしい。よかった。これならバレないな。
「ねえねえ。なんの話をしてたの?」
玲華がさっきの話の内容を尋ねてきた。適当に誤魔化しておけばいいか。そう考えていた矢先。
「あやのんが毎日玲華を起こしに行ってるのってぇ、通い妻っぽいよねって話だよぉ」
恵が先に答えてしまった。
「ち、ちがっ」
「ええ。そういう話でしたわよ」
慌てて否定しようとしたが、春の声にかき消されてしまった
「ちょっと恵! 春!」
「えー、嘘おしえるのはねぇ」
「ですよね、恵さん」
こいつら、私のこと弄んでっ。私はオモチャで遊んで愉快そうな二人を睨んだ。
「ふーん。彩乃ちゃんが私のお嫁さん……。いいかも」
私が睨みつけてる側で、玲華はとんでもないことを言い出した。
「れ、玲華っ。あなた何言ってるの⁈」
「だって、文句も言わずに毎日起こしに来てくれるくらい優しいし、しっかりしてる。それに、私彩乃ちゃん好きだから、彩乃ちゃんがお嫁さんならいいかなって」
玲華は無邪気な笑顔をしている。
なんて恐ろしい子なんだろうか。玲華は。普段はおっとりしすぎてるのに、こんな言葉をさらっと言ってのける。それは今だけじゃなく、ずっとずっと昔からだ。
それでいて反則的にかわいいんだもん。こんなの好きにならない方がおかしい。本当に玲華はずるい子だ
「彩乃ちゃん?」
玲華の心配そうな目で、我に返った。どうやらさっきの言葉と笑顔の衝撃で自分の世界に入っていたようだ。
「あっ、ゴメン。玲華がお嫁さんだなんて、とんでもないこと言うからびっくりしちゃった」
高鳴る心を抑え、表情を引き締める。
「とんでもないこと?」
玲華はキョトンとしている。
「だって、私達同性よ。結婚なんてありえないわ。それに、そもそも恋愛感情を持つなんてありえないわ。起こしに行ってるのも、友達だから仕方なくやってあげてるだけよ。それ以外のなんでもないわ」
私は淡々と平静を装うに答えた。
「そうだよね。彩乃ちゃんは友達だもんね」
玲華は少し申し訳なさそうにしていた。それを見て、恵と春はやれやれと呆れ返ったように、首を横に振っていた。
それからは、他愛もない話をして昼休みは過ぎていった。