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作者: 丘多主記
僕と里奈の受験戦争
 カリカリカリカリ……。隣の里奈の席から鉛筆の走る音が聞こえる。このスピードからすればおそらくかなり順調に解けているはずだ。流石は里奈。里奈ならきっと余裕で解き終わり、じっくり見直す時間も持てることだろう

 その一方で僕の解答用紙はというと四分の一がやっと埋まった程度――試験開始から三十分経過で――。試験終了までは残り四十分。いくら模試で苦手科目だからとはいえこれは不味い。というか三年の十月でこれは酷すぎる。なんとしてでも埋めなければいけない。だが、答えがまるで浮かんでこない。そのくらい窮地に陥っている。

(なんだよこの問題。この時の伸哉の気持ちを次から選べとかわけわかんねえよ。俺はエスパーじゃねえっつーの)

 心の中で問題にいちゃもんをつけながらも必死に考える。そしてなんとか絞り出した答えをマークしていく。一問解けたら次の問題へ、また一問解けたら次の問題へと、ひっきりなしに問題という名の敵は襲ってくる。だが、僕にペンを止めている時間はない。ただ時間が終わるまでにひたすら、敵を薙ぎ払っていくのみだ。

「はい時間です。解答を止めてください」

 先生の合図が聴こえた。一時間目にして最大の関門であった国語の時間が終了した。幸いにも僕は全問解き終えることができた。その達成感からか、ガッチガチに強張っていた肩が少しだけ柔らかくなった気がした。

「どうだった。テスト」

 回収が終わり休憩時間に入ると、さりげなく里奈が声を掛けてくれた。

「まあなんとか解き終わったよ。このくらいでくじけてたらダメだからね」

 僕が少しだけ強がった風に言うと、里奈は笑顔で僕に抱き付いて来てくれた。里奈の小さな体に包まれ、僕の身体からは力が段々と抜けていった。

「本当? 隣から全然音が聞こえない時間があったから心配してたの。でも解けたならよかったー。じゃあ次も頑張ろうね!」

「うん! やってやるさ」

 消えかけていたやる気がまた体中に溜まっていくのが感じられた。

 その後僕は夕方まで数々の難問達と戦い続けた。休み時間の度に疲れ果てていたが、里奈のおかげで何とか一日を乗り切ることができた。

 そして迎えた放課後。模試が終わると同時にクラスメイトはみなさっさと帰っていった。まあ多分みんな空気を読んでくれて帰ってくれたのだろう。けどそのおかげで教室には僕と里奈だけが残っている状況が生まれた。

「お疲れ様。ねえ誠二君。今日の模擬はどうだった?」

 里奈は机の上に両手を置いて、上目遣いで僕を見てきた。窓際に座っていたせいか、里奈の綺麗な黒髪が夕焼けに照らされてより一層美しく見えた。

「今までと比べれば上出来かな。けど本番はこれ以上じゃないといけないかな」

「でもいつもよりはよかったんでしょ? ならいいじゃない。それに誠二君が本格的に始めたのは夏以降なんだし」

「まあそうだな。ちょっと頑張りすぎたせいで部活が長引いちゃったし。けど、その分里奈にもいいものを見せれてよかったよ」

 僕がそう言うと、里奈は笑ってくれた。それからはしばらく、夏の大会の話やそれ以前の思い出話に花を咲かせてた。久しぶりに里奈とこうやって落ち着いて話せるのはとても楽しかった。

「そういえば、あの時もこんな感じだったなあ。テスト終わりの教室で」

「うん。私もよく憶えているよ」

 その時のことを思い出したのか里奈は少し頬を赤らめながら答えた。薄々気づいているとは思うが、僕と里奈は付き合っている。それも二年前からこんな感じでずっと喧嘩することなく付き合い続けている。僕はとても幸せだし、これからもずっとこの関係であり続けたい。だが、そんな関係も僕が里奈と同じ大学に進めなければ終わってしまう。そうならないためにも僕は絶対に里奈に追いついてみせると、心に強く誓った。

「里奈。僕は絶対に里奈と同じ大学に受かってみせるよ。絶対に」

 自分の決意を里奈に伝えた。里奈は惚気た表情で僕を見ていた。

「うん。信じてるよ。誠二君なら絶対やってくれるって」

 僕は里奈を抱きしめ、そしてそっと優しく唇を重ねた。
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