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作者: 霜月かつろう
意味のあるバトン その4
「なんでお前がいるんだよ」

 十月の夕方だと言うのに暑さが残っているのはなんだっていうのだ。そう思いながら足を引きずりつつスケートリンクに辿り着いた。そこにいたのは予想だにしてなかった人物で口から漏れた。そのことにしまったと思うがもう遅い。

 美波が不満そうな顔をしてこちらを見ているのだ。どうしてこうも娘の前では素直になれないのか自分でも不思議でならない。カッコつける必要なんてまるでないのにも関わらずだ。

「なんでって、この前話ししたでしょ」

 話って彼氏の話か? あれで確定したわけじゃないと思うのだけど、と同時にそいつはどこだと辺りを見渡す。

「いないわよ」
「えっ」

 先回りして答えが飛び出してきた。美波にゆっくりと視線を戻す。

「来てないわよ。部活で忙しいって。とりあえず、できそうなのか見に来たの」
「できそうなのかって見てわかるのか。お前だって素人だろ」

 美波にスケートを習わせたことはない。遊びに連れて行ったことはなんどかあるが、それで楽しくてもっと上手になりたいなんて話は出なかった。

「素人でもいいじゃん。見てればなんとなくわかるよ」

 その自信はどこから来るのだろうか。でも思い返してみれば高校生の頃なんてなんでも出来る気がしたし、何者にだってなれる気がしていた。きっと美波も、認めたくないがその彼氏もそうなのだろう。

 それに実際ある程度のことならできちゃうんだろうな。そのことも体験として知っている。なんだって出来ている気になっていた。

「そうかもしれないが。みんなの邪魔をするんじゃないぞ」

 口に出してからでしか気付けないのはなんでだろうか。これじゃあ完全に子ども扱いで、こんな扱いをしたら当然美波は機嫌を損ねる。

「気をつける」

 でも、その返事はあまりに素直で拍子抜けした。

「一緒にリンクサイドで見るか?」
「嫌。私はアリスちゃんと優太くんと見るの」

 調子に乗りすぎたと知ったのはやっぱり口に出してからだ。ふいっと踵を返してスケートリンクの奥へ行ってしまう。追いかけようにも足が言うことを聞かずに引き離されるばかりだ。

「あれ? 海藤さん出てきて大丈夫なんですか?」

 背後に現れたのは琥珀ちゃんと優太だ。朝出かけて以来、見かけていない。商店街の連中が琥珀ちゃんと優太を引っ張り出してはいろんなことをやって貰っているらしい。

 確かに助けてやってくれとは言ったけどさ。ここまで忙しそうに動き回っているのを見るとそれはそれで困らせていないかと不安にもなる。

「あしー」

 自分で歩いている優太は自由だ。痛い右脚をスナイパーのように指で突き始めた。

「ちょっと優太! やめなさい」

 まあ、つつくぶんには大丈夫。ちょっとは大人の余裕を見せつけてやらないとな。最近情けない姿を晒しすぎた。

「まあまあ。大丈夫だからさ。おう、優太。今日も元気だな」
「げんき!」
「あっ。琥珀さん。こんにちは」

 奥に行ったはずの美波が戻ってきた。そう言えば、優太と一緒に見ると言っていた。それにしてもいつのまにそんなに仲良くなったんだ。そう少し妬いてしまうくらいには即座に優太の元へ近づいて座り込んで視線を同じ高さにしている。

「こんにちは。美波ちゃん。今日は優太のことよろしくね。アリスちゃんも」
「うん」

 いつのまにか近寄ってきて美波のとなりに立っていたアリスに驚いてしまう。いつものこんな感じで気配を感じないことがある。学からすればそんなに静かに動くにはどうすればいいのか謎過ぎるくらいだ。

「さ。いこ」

 美波とアリスに連れられて去っていく優太に娘を取られた気になる。それが美波に彼氏のことを告げられたときに似ていて、自分でもなんだかなぁと思ってしまう。

「海藤さん、どうかしました? あっ。もしかして、対抗戦のことを心配してるんですか? 大丈夫ですって。なんとか見つかります」

 琥珀ちゃんに励まされるだなんて、ついこの前拾った時は想像も付かなかったことだ。随分と元気になったと思う。この前の元彼を追っ払ったのだって、手助けするつもりでいたのに学が出る幕もないままに話が決着していた。それくらいに琥珀ちゃんの勢いはすごかった。

「ああ。もうちょっと宛はあるからお願いして周るよ」

 それがだめでも、最後にお願いすればいい相手は見つかっている。ただ、時間だけが問題だ。早く動かなくてはその最後の相手の負担だって増える。

 まあ。多少の困難くらい乗り越えてもらわなくては娘はやれん。

「そっか。せっかくだもん。勝ちましょうね。対抗戦」
「ああ。そうだな。目指すか、初勝利」

 そう琥珀ちゃんに支えられながらリンクサイドへと向かった。
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