懐かしい景色 その4
『俺。彼女出来たからよ。出て行ってくれね』
えっ。
突然この人は何を言い出すのかと思った。彼女は私だろうと口からぶちまけそうになるのを必死に堪えることができたのは優太が隣で寝ていたからだ。
『そいつの泣き声もうるさいし。もう限界なんだよね。一緒に暮らすの』
自分の子どもでしょう。そんな言い方はないじゃないの。そう口にすればよかったのだろうか。
彼がずっとイライラしていたのは知っていた。だから優太と部屋の隅っこで静かに暮らしていけているだけでも恵まれているのだとそう自分に言い聞かせていた。
だからだろう。何も言えなかったし、やっと解放されるのだという安心感もあった。優太がここまで大きく育ってくれるのを待ってくれたんだ。そう思うことにした。
もとを辿ればいつだって自分が悪い。そう思う。
両親は優太を産んでちょっとしてから大喧嘩してそれ以来だ。そのまま頼る相手が彼しか思い当たらなくて、彼の所に転がり込んだ。彼からすれば勝手に産んだ自分の子どもだと急に言われて戸惑っていたけれど。一旦は受け入れてくれた。
結局認知もしてもらえたのか分からないな。籍を入れることもしなかったし、優太が自分の子どもだと実感もなかったのだろう。それでも、一緒に住んでくれたのだから彼はいい人なんだ。
今でもそう思っている。
「ママは食べないの?」
1Kの借家は優太と住むには十分な広さだ。家具も持ち合わせていない身としてはなおさらだ。
「大丈夫。お腹すいてないから」
嘘だ。
貰い物ばかりで生活をしていくのにも限界はある。ちょっとした仕事を紹介してもらえたし、貯蓄もまだもうちょっとだけはある。とはいえ、先行き不安な状況で満腹になろうだなんて、流石に思えない。
「本当? あーんして」
自分の分だって少ないだろうにそうスプーンに乗せたご飯をくれようとしてくる。もしかして色々バレてるんだろうか。
「ん。ありがとうね」
家具もろくに揃っていないこの部屋で優太とふたり。生きていくんだ。そのための仕事。明日は久しぶりに早起きしなくちゃいけない。
「ママ、スケート好き?」
優太が不思議そうな顔をして見上げてきている。
「どうしてそう思うの?」
スケートリンクなんて場所に初めて入ったはずの優太からそんなことを聞かれるなんて思いもしなかった。
「うれしそう」
「えっ」
不意の言葉に戸惑ってしまう。
「そんなにうれしそうにしてた?」
「うん」
迷いもなく返ってくるその言葉に、うーんと唸ってしまった。
確かに久しぶりにはしゃいだ感覚はある。おでこは痛むものの、心はだいぶ軽くなった。これで嬉しそうにしてると思われるくらいこのところ暗い顔をしていたのかもしれないな。
それにしてもだ。自分でも今の状況を理解できないでいる。
まず行く当てもなくなったのに辿り着いた場所がスケートリンクだなんて、どういうことなのか自分でもわかっていない。そもそも、どうやってあの場所に辿り着いたのかも覚えていないのだ。
毎日のように足を運んだ場所だ。自然と向かってしまったのは無理もないのか。それにしてもと思う。
私は何をしているんだろうね。深く考えれば考えるほど心が重たくなるのが分かっているのに、元気に笑う優太を見ているとより深く考えなくてはと思う。
「お母さんがんばるからね」
優太に宣言しているようで自分に言い聞かせている。不安でしょうがなくて身動きが取れなくなりそうなこの状況で、自らを奮い立たせるためにはそうすることが一番だと、そう思った。
「うん。がんばろうね」
きっと意味はわかっていないだろう。でもその優太の言葉がなによりも心強くて涙しそうになるのをぐっとこらえた。
えっ。
突然この人は何を言い出すのかと思った。彼女は私だろうと口からぶちまけそうになるのを必死に堪えることができたのは優太が隣で寝ていたからだ。
『そいつの泣き声もうるさいし。もう限界なんだよね。一緒に暮らすの』
自分の子どもでしょう。そんな言い方はないじゃないの。そう口にすればよかったのだろうか。
彼がずっとイライラしていたのは知っていた。だから優太と部屋の隅っこで静かに暮らしていけているだけでも恵まれているのだとそう自分に言い聞かせていた。
だからだろう。何も言えなかったし、やっと解放されるのだという安心感もあった。優太がここまで大きく育ってくれるのを待ってくれたんだ。そう思うことにした。
もとを辿ればいつだって自分が悪い。そう思う。
両親は優太を産んでちょっとしてから大喧嘩してそれ以来だ。そのまま頼る相手が彼しか思い当たらなくて、彼の所に転がり込んだ。彼からすれば勝手に産んだ自分の子どもだと急に言われて戸惑っていたけれど。一旦は受け入れてくれた。
結局認知もしてもらえたのか分からないな。籍を入れることもしなかったし、優太が自分の子どもだと実感もなかったのだろう。それでも、一緒に住んでくれたのだから彼はいい人なんだ。
今でもそう思っている。
「ママは食べないの?」
1Kの借家は優太と住むには十分な広さだ。家具も持ち合わせていない身としてはなおさらだ。
「大丈夫。お腹すいてないから」
嘘だ。
貰い物ばかりで生活をしていくのにも限界はある。ちょっとした仕事を紹介してもらえたし、貯蓄もまだもうちょっとだけはある。とはいえ、先行き不安な状況で満腹になろうだなんて、流石に思えない。
「本当? あーんして」
自分の分だって少ないだろうにそうスプーンに乗せたご飯をくれようとしてくる。もしかして色々バレてるんだろうか。
「ん。ありがとうね」
家具もろくに揃っていないこの部屋で優太とふたり。生きていくんだ。そのための仕事。明日は久しぶりに早起きしなくちゃいけない。
「ママ、スケート好き?」
優太が不思議そうな顔をして見上げてきている。
「どうしてそう思うの?」
スケートリンクなんて場所に初めて入ったはずの優太からそんなことを聞かれるなんて思いもしなかった。
「うれしそう」
「えっ」
不意の言葉に戸惑ってしまう。
「そんなにうれしそうにしてた?」
「うん」
迷いもなく返ってくるその言葉に、うーんと唸ってしまった。
確かに久しぶりにはしゃいだ感覚はある。おでこは痛むものの、心はだいぶ軽くなった。これで嬉しそうにしてると思われるくらいこのところ暗い顔をしていたのかもしれないな。
それにしてもだ。自分でも今の状況を理解できないでいる。
まず行く当てもなくなったのに辿り着いた場所がスケートリンクだなんて、どういうことなのか自分でもわかっていない。そもそも、どうやってあの場所に辿り着いたのかも覚えていないのだ。
毎日のように足を運んだ場所だ。自然と向かってしまったのは無理もないのか。それにしてもと思う。
私は何をしているんだろうね。深く考えれば考えるほど心が重たくなるのが分かっているのに、元気に笑う優太を見ているとより深く考えなくてはと思う。
「お母さんがんばるからね」
優太に宣言しているようで自分に言い聞かせている。不安でしょうがなくて身動きが取れなくなりそうなこの状況で、自らを奮い立たせるためにはそうすることが一番だと、そう思った。
「うん。がんばろうね」
きっと意味はわかっていないだろう。でもその優太の言葉がなによりも心強くて涙しそうになるのをぐっとこらえた。