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作者: 立花零亥
残酷な描写あり
 その日本人たちは高級スーツを纏い、白人の護衛を引き連れてやってきた。紛争地であるミンダナオには不似合いな彼らは、前線基地の会議室に入るなり塔崎を指名した。

 FAMのシステム・チェックを行っていた塔崎のもとに、現地人の傭兵が、指名が入ったことを伝えに来た。塔崎はところどころに誤字が散見されるシステム・タブを閉じる。ロシア製FAMのコピー製品である88式裝備裝甲であるが、インストールされているOSは中華製ではない。中国政府にFAM関連製品を卸している大星群公司は、輸出向け商品として制御ソフトウェアを抜いた状態のFAMを製造している。アフリカなどで見られる88式は、表向きとしては自国でライセンス生産したソフトウェアを使用していると公表しつつも、実際には中東あたりで不正コピーされたソフトウェアをインストールしている。非正規の頭脳を持つ88式のコンソールに誤字・誤植が多いのは、一部の間では常識だった。
「塔崎、呼んでいるぞ」
 同僚の声がスピーカーから響く。
「すぐ行く」
 電源を落とした88式から這い出る。地上に降り立った塔崎は懐から自動拳銃を抜き、外光にかざす。黒い細身なフォルムでハンマーは見当たらない。スライド・ストップやセイフティといった操作系統は灰色で、フレーム先端部には歯車を平らに伸ばしたかのようなギザギザがついている。ここにタクティカル・ライトやレーザー・サイトを装着する。スライドには段差が一段あり、先端に向かうにつれて細く角張っている。スライド再後端の両脇には突起が存在し、スライドを引く際に滑らないよう対策が施されている。
拳銃の名前はファイブ・セブン。ベルギーはFNハースタル社のポリマーフレーム自動拳銃で、使用弾薬は同社のP90と同じ5.7×28ミリ。同規格の弾薬を使用することで、メインアームのP90とサブアームのファイブ・セブンで一対の装備となるよう開発された。
 塔崎はファイブ・セブンのスライドを引いて初段を装填し、人差し指でセイフティを掛けなおしてから懐に戻した。
「日本人のお客さんだ」
「……日本人?」
 自分自身に言えたことではないが、ここは日本人が来る場所ではない。これまで塔崎以外の日本人が来たことは無いと、現地の正規兵も言っていた。日本ではミンダナオ島問題など、地理の教科書・資料集でしか触れないはずだ。塔崎自身もそうだった。傭兵の身分を得る前まで、ミンダナオのことは地理の教師から授業で教わった程度だった。ただ一枚、古めかしい迷彩服を纏った兵士たちがM16A1を袈裟懸けして行軍する写真が資料集に乗っていたことは覚えていた。AR系銃器は欧米の専売特許だと思い込んでいた高校時代の塔崎にとっては、それはそれで衝撃的な写真であったことには変わりないのだが。
 しかし問題は、その日本人の職種である。ただのジャーナリストやスリル好きの観光客なら問題はない。さっさ追い返せばいい話だ。しかし政府職員、たとえば公安の外事課などである場合、強制的に帰国させられる可能性がある。もしも仮に後者であった場合、切り抜ける算段を数瞬の内に立てなければならない。

 会議室に入ると、異様な雰囲気を漂わせる二人の日本人の男がいた。どちらもツーピースの高級スーツを纏い、不気味な微笑を浮かべた。
 ――奇術師だ。
 塔崎はそう直感した。間違いない。彼らは奇術師だ。彼らは銃を持たないし、剣を振るうこともない。
 その代わり、他人を戦場へと突き落とす。奈落の淵から最果てに、言葉巧みに飛び降りさせる。自分から手を汚すことはないが、その手は誰よりも血に塗れている。この世で最も警戒すべき存在の一つ。
 鼓動が早まるのを感じつつも、席に着く。彼らと同じ盤面においては、こちらが間違いなく負ける。踏み込めば深淵に落ちるし、後退しても同じ。その場に留まっていては、細い足場はすぐに瓦解する。立ち向かうことも退くことも、また腰を据えて出方をうかがうことも許されない。ただひとつの攻略法は、盤面の下から相手の背後に回ることだけ。背中を取って奇術師の動きを封じる。最大の問題は、それを実行するには相手と対話することが不可欠という点だ。対話を開始することは、同じ盤面に立つということ。つまり、既に詰んでいる。
「銃を渡したまえ」
 向かって右の男が言う。彼らの背後に控えていた白人の護衛が歩み出て、塔崎に片手を伸ばす。ほかの護衛を一瞥すると、皆一様に左肩を下げていた。それは銃で武装していると宣言しているのと同義だ。彼らはおそらくプロで、わざとらしい肩の下がり方も戦術の一つである。塔崎を静かに威嚇しているのだ。牙をむき出しにすることも、唸りを上げることもなく、ただ静かに立つ姿で見せる。
「早く」
 白人の護衛が驚くほど流暢な日本語で促す。
 塔崎はファイブ・セブンを取り出し、グリップを向けて彼に渡す。護衛はにっこりと笑い、うなずきながらファイブ・セブンを回収して引き下がった。
「私は外務省・特別司法監査局の舟宮健司ふなみや けんじだ」
「聞いたことのない部署だ」
「当然だ」
 向かって左の男が言う。
「特別司法監査局は、国際テロリズム対策のために設立された、言わば特務機関だ。テロリストの入国に際して海外の対テロ専門家に協力を依頼する部署で、場合によっては対テロ人員の入国も手配する。超法規的活動を実行する機関だ」
「日本版対外治安総局DGSEといったところか」
「そう思ってくれればいい。それから俺は、警察庁警備局・国際テロリズム対策課の新城晴夏しんじょう はるかだ」
 二人は特殊加工が施された名刺をデスクに置く。嘘でないことは伝わった。身分を偽っているならば、凄みとしか形容しきれない雰囲気は出せない。
「後ろの護衛が気になるだろうが、彼らは君との接触を手引きしてくれた者だ。W―CAMのエージェントだよ」
 護衛が笑みを浮かべ、ポケットから鈍色のバッジを取り出す。「嘆きのライオン像」を象った、あのバッジである。それも偽物ではない。
「……俺に何の用だ」
「そう焦るな」
新城が足元からアタッシュケースを持ち上げ、中から数枚のA4紙が留められた資料を取り出す。
「これについて教えて欲しい」
資料にはページ当たり四枚の高精細写真が添付されている。それらが映しているのは、いずれもユニット単位に分解されたFAMだった。
「一ページから三ページはアメリカ製のM10、民間での名称はCF―6。肘と膝の駆動部分に粗い溶接痕があるが、これは民間向けに機能をセーブしているCF―6の物理セイフティを取り払った跡だろう。民間向けの銃器にセミオート限定仕様があるように、民間作業用に卸されているFAMの多くには一部機能を制限する加工が施されている。アメリカでは州によって制限の程度が異なるが、多くのメーカーは関節の可動範囲を限定することで州法をクリアしている。関節の動きが制限される分、専用のソフトウェアが必要で、CF―6にM10の軍用ソフトウェアを流用することはできない。その逆も然りだ。どちらもBIOSの時点で弾かれるように設計されているからな。ただしこの写真の機体は関節の制限を突破しているから、駆動周りのソフトウェアに手を加えたのかもしれんな。火器管制にも手が入っているかもしれん。もちろん、駆動管制も火器管制も素人では無理な話だが」
 ひとしきり説明し、二人を一瞥する。舟宮が続けるよう促す。
「四ページから七ページはロシア製のRd―1。ただし東南アジアあたりでの密造品だろう。本国のRd―1はイメージとは異なる高級品で、世界中に溢れている密造品とは耐久性や部品の精密度が桁違いだ。既に正規での生産は終了している。ラインもごく少数を残して閉じられているはずだ。Rd―1のコピーといえば一昔前は中華製の76式裝備裝甲が多かったが、今はMe―31をコピーした88式が大半だ。代わりに、中華業者から76式の設備を買い取った東南アジアの貧国が製造を続けているとのことだ。つまり、コピーのコピーだな。76式とは言い切れないからRd―1の密造品と呼ぶほかないのが現状だ。電装系やソフトウェア周りをどうやって調達しているかは分からないが、いまどき珍しくなったRd―1のコピーの大半は東南アジアで作られている。性能的には密造カラシニコフを人型にしたようなもので、他のFAMと比べて丈夫ではあるが基本性能や拡張性に乏しい。武器商人連中が密造業者から安く買い叩いているのだろうが、もうすぐそれも88式に取って代わられるはずだ」
「続けて」
「最後は……ティーガル2。フランス製だ。00年に設計が中東諸国に解禁され、現在ではゲリラが使っているのも確認されている。俺も交戦したことがある。現行機にも相当するかなりの高性能機で、99年当時としては最新鋭の設計だったセンサーの分散配置を実現している。このおかげで頭部ユニットがなくなり、前線での被弾回避率が上昇した。首のない形状から「デュラハン」や「ヘッドパージ」と呼ばれることもある。ただし整備性が悪く、整備が行き届かない戦場では使い捨て同然になっていることも多い。ある意味コストが見合わない機体という見解もある」
「結構。さすがだな、塔崎」
 舟宮が満足そうに頷く。
「この三体は、国内で発見されたものだ」
「なんだと」
 日本ではFAMのことを「行動装備(第一種)」として分類し、自衛隊や警察機動隊に国産行動装備を配備している。国外から輸入した前例はないうえ、軍事兵器であるため民間人の所持は当然ながら禁じている。とすると、密輸事案があったというわけか。
 新城が言う。
「二週間前、数人のベトナム人不法滞在者が住み着いていた八王子の廃工場を捜索した。そこで見つけたのが写真にあるFAMのユニットだ。発見したのはそれぞれ一体分のユニットで、ケースに捨てられているような状態だった。身柄確保した不法滞在者に話を聞くと、彼らは一か月ほど前から廃工場の門番役として雇われたようだ。ただし彼らは、雇い主の素性も、ケースの中身も知らなかったらしい。しかし、問題はこの先だ。彼ら曰く、雇われた時には廃工場が埋まるほどのケースがあり、数週間かけて運び出されたらしい。搬出が終わった後、雇い主たちから廃工場を自由に使っていいと言われ、住み着いていたたようだ」
「不法滞在者を捨て駒まがいに扱う事件は後を絶たないが、今回は規模が違う。短銃の密輸なら我々のような対テロ機関が出る幕ではないが、相手が扱っているのは行動装備だ。それも、戦場で現役で使われている兵器だ。生身の民間人相手なら、一体あれば百人を殺すことだって容易だ。それが、廃工場が埋まるほどの数がそろっている。現状の警察力でどうにかできる問題ではないし、自衛隊に治安出動を要請できる状況でもない」
 新城が言葉を繋ぐ。
「そこで捜査本部は、海外で、現役で行動装備を運用している関係者に協力を要請することを決定した。その人員探すのにW―CAMを使ったところ、君を紹介された。日本人ということで話も通じやすいと考え、こうして君と接触した。もちろん、国内では行動装備が発見されたことも、捜査本部が設置されたことも一切報道されていない」
「なるほど。つまりあんたらは、俺に日本での仕事を依頼したいというわけだな」
「そうだ」
「それはできない」
 塔崎は瞬時に答えを出す。
「俺は傭兵だ。W―CAMへの登録申請中で、一つ一つの仕事の成果に所属許可がかかっている。俺はフィリピン政府軍と正式に契約を結んだうえでここにいる。途中で契約を一方的に破棄するのは、傭兵としての評価を地に落とす行為だ。なにもW―CAMだけじゃない。マーセナリー・ネットワークスでの評価は、傭兵としての価値を決定づける。それを蔑ろにすることは、俺にはできない」
 舟宮が僅かに眉を上げる。
「それに関しては心配いらない。我々からW―CAMに、本契約での業務を完遂した場合、無条件で正式に傭兵市場に登録されるよう計らった。我々の依頼は現行の任務よりも優先されるものとして扱われている。つまり、ここで君が我々の依頼を蹴れば、それこそ傭兵としての価値を無くすことになる」
 塔崎は戦慄した。
 やはり彼らは奇術師だ。一度関われば、一度同じ盤面で相対すれば、次の瞬間には深淵へ突き落されている。彼らの背後を取ることに失敗した時点で、既に運命は決定づけられていたのだ。
 投げられた賽を拾い上げるしか、残された道はない。ルビコンを渡る以外の道は、もう残されていない。
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