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作者: nuseat
残酷な描写あり
Bet2
狙撃の標的はなんと、現在の総理大臣であり民自党総裁である田畑であった。
政府の暗殺機関であるはずのサブロク機関——ひいては宮野の思惑が分からず困惑する二人。
しかし、その時は刻一刻と迫っていた——
 日が暮れ、東京に明かりが灯る。二人は雑談をするでもなく、この埃に塗れたなにもない一室で時を待つ。
 携帯を許されていたスマートフォンを見れば、時刻は午後八時前。おもむろにラジオアプリを開く。
『間も無く、首相官邸前で田畑総理のぶら下がり会見が始まります。総理ははたして、国葬を強行するのでしょうか? それとも見送るのでしょうか。国民の半数以上が中止を求める中、密室での会議でどのような判断が下されたのか、注目されています』
 生放送であろう報道番組が流れ出した。
『おい、ラジオを消せ、集中しろ』
 イヤホンから指示が飛ぶ。だがミワは平然と答えた。
「そーりがなにを言うのか、あたしだって気になる。気になりすぎて集中できないから、集中しやすくするためにラジオつけてんの。文句ある?」
『有権者でもないくせに。おい』
 同室の誰かに指示を出したのか、すぐに男が入ってくる。
「おい、ラジオを止めろ。それともそいつを没収されたいか」
 威圧するもサンがより高圧的に返す。
「うるさい、黙って。標的が出てきた。邪魔しないで。失敗したらあなたの責任になるわけだけど、その覚悟はあるの?」
「このクソガキ……」
『もういい、戻ってこい。ガキども、よく聞け。ふざけるのもそこまでだ。集中しろ』
「集中して欲しいなら、タイミングの指示以外は口を挟むな」
 ここまでのやり取りで、盗聴器の存在を敵自らバラしたようなものだった。だが本人たちはラジオに気を取られ気づいていない。それもミワの計算のうちだ。どんな些細なことでもイニシアチブは握らればならない。
『総理、大型台風の被害も予想されるこの時期の国葬について、国民の意見の大半は国葬に反対なわけですが、政府としてはやるのかやらないのか、どのように決まりましたでしょうか』
 記者の質問に、誠実さをどこかに置き忘れたような相変わらずの調子で答えていく。
『えー、只今、これまでの与党内の慎重な議論、を重ねて参りました結果、ですね。一度閣議で決定したものはやはり実行すべし、と、そう決定、いたしました。また、故瑞澄みずまし賄三かいざん元首相が、あー、えー、テロリストの凶弾によってたおれられましたことも鑑みまして、我が国の、民主主義を守る観点からも、おー、国葬を執り行うことこそが肝要であると、そういう結論に至りました』
『元総理銃撃事件はカルト教団によって搾取された被害者が、恨みを晴らすべく行なった凶行であるとの報道がなされています。教団との関係を否定していない与党議員も少なくない中、国葬を強行するのは適切ではないのでは?』
『えー、国民の皆様には、丁寧に説明させていただきたいと思っております』
 ラジオから流れるそんなやり取りを聞いていたミワとサンの二人は、心の底から驚愕していた。慎重派を手懐けたのなら、その田畑を殺すということは国葬に反対する過激派の仕業に仕立て上げられるということである。
 逃げ道を断たれた。
 ――それはそうと狙撃指示はまだ出さないのか。なにを考えてる。
「ミワ、あれ。総理から見て二時の方向!」
 すかさず視界に入れる。怪しい動きの男がいる。
『いまだ、総理を撃て』
 狙撃指示が飛ぶ。しかしそれは一歩早かった。
『裏切り者には死を‼︎』
 その叫びの後、ラジオは途切れスコープで覗いていた視界は火球で染まった。
 ――自爆テロ⁉︎
「サぁン‼︎」
 叫ぶと共に振り返る。扉を蹴破り入ってきた男たちに向けて二発撃ち込む。腰撓めに構えたライフルだったが一発は当たり、一人が倒れる。しかし。
「ガキどもを取り押さえろ! 黒髪は殺しても構わんがチビは生捕にしろ!」
「チビで、悪かったな!」
 ライフルを棍棒がわりに男たちに叩きつける。鼻に、顎に、腹に、背中。サンの格闘能力も劣らず、レーザー距離計と三脚を武器に暴れた。
 六人倒し、区切りがついたところで屋上へと走る。下には自分たちを拉致するための人員が待ち構えているはずだ。
「どうするの⁉︎」
「サンちゃんに質問でぇす! パルクールは、得意ですか!」
 走りながら考える。パルクール、屋上。
「まさか、隣のビルに飛び移るつもり⁉︎」
「そのまさかだよ‼︎」
 屋上への扉が開く。隣のビルとの隙間はそれほどないが、向こうのほうが一階分低い。階段の下からは気づいた追っ手が駆け上ってくる音が聞こえる。
「やるしかない、ここで死にたくなきゃ覚悟決めな!」
「あぁぁ、もうっ!」
 二人一緒に縁に登り、勢いよく助走する。右下には外堀通り。足を踏み外せば、数十メートルの高さを真っ逆さまだ。
「サンちゃん、右下は見るなー?」
「無茶言うな、嫌でも視界に入るんだ!」
 後ろで声がする。敵も屋上にたどり着いたようだった。
「三、二、一で飛ぶ! さーん!」
「にー!」
「いーち!」
 ジャンプ。
 揃って宙を舞う。
 全てがスローモーションに見えた気がした。
 流れる風。
 屋上を焼いていた太陽の熱気。
 外堀通りの光と音。
 そのどれもが、非現実的なこの一瞬を嫌と言うほど克明に焼き付ける。
 そしてベクトルが下向きに変化していくのを、有無を言わさず感じさせられた。
 体が落ちる。隣のビルの屋上、一面のグレーが一気に迫る。
 ダンッ!
 着地すると共に、二人は転がって受け身を取った。衝撃を受け流す。
「サン、止まるな、走れ!」
 ミワに促され、サンは立ち上がり再び駆け出した。足元を弾が掠めていくが、追って来れない敵との距離は開く一方。夜の闇も二人を助け、辛くも振り切ることに成功した。

♑︎ ♑︎ ♑︎

「これからどうする?」
 尋ねてから気づく。それしか口にしてない気がする。
 自分で考えることができないのか、などというような罵倒をされることはなかった。
「そうだねぇ。それよりそっちは大丈夫? まだ気力ある?」
 逆に気遣われてしまう。
 何もかもがサンのキャパシティオーバーだった。少し前まではこんなこと、なにも想定してはいなかった。秋葉原の空を仰いで顔を覆う。
「……大丈夫」
 なんとかそれだけを返す。とはいえ、なにが大丈夫なのかよくわからない。とりあえず、怪我はない。
「そいつはなによりだ。ま、サンちゃんをあたしのところに送り出した時から多分、全部計画の内だったと思うよ」
「どういうこと?」
 少し言葉を選び
「サンちゃんはあたしを殺せず、こういう流れになるだろうっていう予測」
「なんで、そう思うの?」
 その言葉には、そんなことがあっては自分のプライドが許せない、そんな気持ちが込められている。如来の掌の上で転がされる孫悟空のようなもの。滑稽だ。
「向こうの対応が早すぎる。サンがうちに来て、返り討ちにあってまだ一週間とちょっと。具体的な作戦を立てたのは一昨日。実行したのは昨日。そして今日。あたしたちが来るのを待ち構えていたし、慎重派の総理を宗旨替えさせた上で生贄にした。あたしたちをテロリストに仕立て上げる準備もバッチリ。しかも、あたしが撃っても撃たなくても結果は変わらないときた。なんていう手厚さ! んで、それらはとても昨日今日ではできない。違う? それにほら」
 と言って見せたのはスマートフォン。最新のニュース画面には、自分とミワの顔が、首相爆殺犯の首謀者として紹介されている。
「こんなの、筋書きができていないとできねーでしょ。まったく」
 呆れるミワ。
「どこからどこまでもマッチポンプが好きな連中だ。ムカつくよなぁ?」
 ニュースを見れば、内国安全保障庁のトップ小竹橋が自分の威信と犠牲になった二人の総理の名誉にかけて、犯人を捕まえ報いを受けさせる、と息巻いている。
「よく言うわ、おめーもこの茶番の首謀者だろうが」
 ニュースにツッコミを入れる。そんなミワを茶化す気にはなれなかった。
「で、ミワ」
「あー、そうそう。話の途中だったなー。もうさ、あたし。キレた。いい加減、もううざい」
「それは私も同意する」
「そこで、提案なんだけど」
「聞かせて」
 一呼吸おき、
「関係者全部ぶち殺さない? 小竹橋もミヤ……宮野もさ。サブロク機関そのものをぶっ潰してやろうぜ」
 大胆すぎるといえば大胆すぎる提案。だが、サンにしてももう容赦する気も躊躇する気もなかった。
「いいね、後悔させてやろう」
「自分たちはなんでも操れると思ってる、その思い上がりを」
「証拠を手に入れて、ぶちまけてやるのもいいかもしれない」
「おー、いーねーいーねー。悪党どもをただ殺すんじゃなくて、お天道様の下に引き摺り出すか! あいつら、自分の罪の重さに陽光で灰になっちまうかもな」
「あいつらの命も名誉も地位も権力も全て、剥ぎ取ってやる」
 誓いの拳を突き合わせる。これから反撃開始だ。
「ところで、まずここから降りないといけないけど、何かあては?」
 秋葉原は秋葉原でも、二人は高いビルの屋上にいる。迅速に広げられた捜索網のため、ここにしか逃げ場がなかったのだ。
 ほとぼりが覚めるまでと思っていたが、ヘリが飛び始めたら終わりだ。その前に手を打つ必要がある。
 ミワは発信履歴からリダイヤル。サンの質問に得意げに応える。
「こんな時こそ頼りになるのはビジネスパートナーなんだよ。あ、オグさん?」
次回、第三章【ダブルダウン】
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