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作者: 甲斐てつろう
#2
 その後、快は放課後の掃除当番だったため教室の掃き掃除をしていた。
 
「(どうすればもっと……)」
 
 その最中もずっと考え事をしてしまっている。
 すると同じ当番のクラスメイトから話しかけられた。
 
「もう掃き掃除終わったよ、雑巾掛けするからどけて!」
 
「あっ、ごめん……」
 
 ボーッとしていたため少し苛立たせてしまったようだ。
 慌てて箒を仕舞い雑巾を用意して床拭きを行う。
 しかし考え事は止まらない。
 ボーッとせずにはいられなかったのだ。
 するとやはり上手く掃除は出来ないようで。
 
「ここもうやったよ!」
 
 同じ所を何度も繰り返して拭いてしまったのを咎められる。
 
「ごめんなさい……あぁっ」
 
 ハッとして慌てて避けると近くにあった水の入ったバケツを蹴飛ばしてしまった、床に大量の水が溢れる。
 
「あーあ……」
 
 クラスメイト達の絶望する声が耳を貫いた。
 
「うわぁ面倒くさー」
 
 そそくさと溢れた水を掃除するクラスメイト達。
 迷惑を掛け続けてしまっているという事実に快はショックを受けて何とか汚名返上するために手伝おうとした。
 するとクラスメイトは完全に呆れたように言った。
 
「もう良いから余計な事しないで」
 
 蔑むような目で快を見る。
 そしてゴミ箱を渡して来た。
 
「ゴミ捨て行ってきてよ」
 
「うん……」
 
「こっちもすぐ終わるからさ、ゴミ捨てたらそのまま帰っていいよ」
 
 本当は手伝って汚名返上したかったが仕方なくゴミ箱を受け取りゴミ捨て場に向かう事にした。
 しかし"帰って良い"という発言にも少し傷ついた。
 
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 ゴミ捨て場に向かっている最中も快はずっと不安感に襲われていた。
 先ほどのクラスメイト達から直接言われた訳ではないが自分の事を嫌に思っているに違いないと考えてしまう。
 
「はぁ、はぁ……」
 
 そんな事を考えていると次第にパニックが始まってしまった。
 
「(何でせっかくヒーローになったのにこんな辛いままなんだ……?)」
 
 寧ろ余計に辛くなっている気すらしたほど。
 
「(ようやくスタートラインに立てたのに……)」
 
 思考がグルグル回って止まらない、考えた所で答えなど出ないというのに。
 夢に近づけたというのに現状は変わらないどころか悪化してもはや自分が生きている理由さえ分からなくなってしまいそうだった。
 そんな最悪な思考回路の中で中庭のゴミ捨て場に辿り着き燃えるゴミを捨てる。
 
「あれ……?」
 
 するとゴミ捨て場に見覚えのある本が捨てられているのが見えた。
 
「(これ瀬川の……)」
 
 それは瀬川が父親から宗教の勉強をさせられていると言って見せてきた"創世記の歴史"というタイトルの本だった。
 
 『辛いのはお前だけじゃない』
 
 先ほどの瀬川の言葉を思い出す。
 確かに彼も父親と上手く行かずに辛いのだろう、親と上手く出来ない辛さは快も知っているから分かるつもりだ。
 
「(俺の辛さの方がデカい……!!)」
 
 しかしその程度でマウントを取らないで欲しいと思い余計に腹が立ってしまった。
 そしてゴミ捨てを終えて教室に戻るため校舎に入ろうとすると。
 
「ん……?」
 
 夕陽が差し込む中庭のベンチに一人の女子生徒が座っているのが見えた。
 
「グスッ……」
 
 涙を流している。
 夕陽に涙が反射して美しく輝いていた。
 彼女は今朝も泣いていた与方愛里だ。
 
「ん、どうしたの……?」
 
 見惚れてしまっていると視線に気付いたのか声を掛けられた。
 慌てて涙を拭う様子が伺える。
 
「あっ、ごめん何でも無いんだ……!」
 
 見てしまった事を謝りながらそそくさと戻ろうとするが彼女は引き止めた。
 
「ねぇ、ここ座りなよ。ちょっとお話したいな」
 
 自分の隣の空いている所をぽんぽんと叩き誘って来る。
 
「え……」
 
「ダメかな……?」
 
 そこまで言われると断れなかった。
 何故誘ってくれるのかは分からなかったが。
 
「わ、分かったよ」
 
 そして彼女の隣に緊張しながらぎこちなく座った。
 
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 愛里の隣に座ったは良いものの緊張して何を話せば良いのか分からない。
 風が吹けば隣から女の子らしい良い匂いが香って頭がクラクラする。
 ソワソワしていると彼女が口を開いた。
 
「一昨日はごめんね、夢を否定するみたいなこと言っちゃって……」
 
 家にプリントを届けに来た時の事だろう。
 ヒーローは選ばれし者がなると彼女は言った。
 
「良いよ、だって俺がヒーローらしくないのは事実だし……」
 
「そんなこと言わないで、そういうつもりで言ったんじゃないもん」
 
 確かに彼女はわざとそんな風に言った感じはしなかった。
 今の発言は快の自虐のようなものである。
 
「私にはね、凄いヒーローがいたの。家が火事になった時に助けてくれたって言ったよね?」
 
「う、うん……」
 
「本当に凄い人だった、他人の心にも泣きながら寄り添えて、綺麗事を本当に実践しちゃうような人だった」
 
 友人の顔が脳裏に浮かぶ。
 
「それを否定されてもずっと自分を曲げなかったんだ……」
 
 彼女の"過去形"を使った言い方が少し引っかかる。
 
「凄い人"だった"ってどういう事……?」
 
 流石に気になったので聞いてみる事にした。
 すると彼女は再度涙目になって答える。
 
 
「……昨日の新宿で死んじゃったの」
 
 
 その言葉を聞いた快は一気に血の気が引いた。
 まさかゼノメサイアと罪獣の戦いに巻き込まれたとでも言うのだろうか。
 
「え、罪獣の騒ぎで……?」
 
 恐ろしくてゼノメサイアの名前は出せなかった。
 すると彼女はそのヒーローの昨日について語り出した。
 
「あの子本当に凄いヒーローだから罪獣が出た時真っ先に"救助に行くんだ"って言って飛び出して行っちゃったんだ、私たちは全然逃げれる距離に居たのにね」
 
 昨日の事を思い出してか少し手が震えているのが分かる。
 
「私も止めたんだよ?手を掴んで行かせないって止めたの、それなのに……」
 
 そこで愛里は昨日の友人とのやり取りをハッキリと思い出して快に伝えた。
 
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 昨日の新宿。
 罪獣バビロンが出現した時、少し遠くからその姿が確認できる距離に愛里と友人はいた。
 
「行かなきゃ……!私に出来る事をやらないと!!」
 
「ダメだよ!絶対死んじゃう!!」
 
 焦るように救助に向かおうとする友人の腕を必死に掴んで止める愛里。
 
「今日なんかおかしいよ⁈いつもと違う!!」
 
 友人の様子が何故かいつもと違う。
 そう感じていた愛里は問い詰めた。
 
「無茶はやめて!本当に死んじゃうよ⁈」
 
 とにかく必死に懇願し友人が行くのを止めようとする愛里。
 
「お願い行かせて!何もせずに見てる事なんて出来ないの、知ってるでしょ……?」
 
 昔からの付き合いのため愛里には自分の事を分かっていて欲しい友人。
 
「でも私、この手を離したら一生後悔するような気がして……」
 
 掴んで止めている手を見て愛里は震えた声で言う。
 それに対して友人も返した。
 
「私も同じ、今行かなきゃ一生後悔する」
 
 そして真剣な表情になって愛里に語り出した。
 
「私ずっと自分に出来る事を探してた、そしてやっと答えが分かったの。愛里を火事から救った時の感覚、あれが私に出来る事……!」
 
 掴まれていないもう片方の手で愛里の頬を伝う涙を優しく拭う。
 
「愛里、貴女が私に出来る事に気付かせてくれた。お陰で私は翼を手に入れられたの」
 
「翼……?」
 
「そう。人は夢を見つけてそのスタートラインに立った時、翼を広げて飛び立つんだよ」
 
 彼女には今翼が生えているのだろう。
 そして友人は涙を流しながら愛里に感謝を伝えた。
 
 
「ありがとう、私に翼をくれて」
 
 
 その時、彼女の首から下げていたネックレスに付いている水晶が輝いた気がした。
 それはただの光の反射かそれとも。
 
「っ……」
 
 友人の言葉を聞いた愛里は思わず手を離してしまう。
 
「ありがとう」
 
 そして友人は救助に向かおうとする。
 その背中に向かって愛里は叫ぶ。
 
「絶対、夢を叶えてね!!」
 
 それは彼女の出来る事への応援でもあった。
 友人は振り返ると優しく微笑む。
 
「だって私、ヒーローだから」
 
 力強くそう言うと彼女は燃え盛る新宿の中に飛び込んでいった。
 
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 昨日の事を語り終えると愛里は涙目になって今朝の事を話した。
 
「あれから騒ぎが終わった後も連絡取れなくて今朝学校で聞いたんだ、やっぱり死んじゃったって……」
 
 今朝先生から知らせを受けて泣いていたのはそれが理由らしい。
 
「本当バカだよね、私のヒーローにさえなってくれればそれで良かったのに……結局何も出来なかったんじゃん……!!」
 
 とうとう堪え切れなくなりまた大粒の涙を零してしまう。
 すると愛里が俯いた拍子に首から下げているネックレスのようなものが見えた。
 
「それ……!」
 
 快は思わず目を開く。
 愛里が首からぶら下げているネックレスを指差した。
 
「……これ?その友達、英美ちゃんとお揃いのものなの……」
 
 遂に名前を聞くことが出来た。
 まさかその友人があの英美だったとは。
 
「(英美さん……!)」
 
 愛里がそのネックレスを手に取り見せてくれる。
 するとそれには英美のものと同じ青い水晶が付いていた。
 
「俺、実は英美さんと一緒にいたよ……」
 
 勇気を振り絞り告白した。
 
「本当に……?」
 
 愛里は信じられないというような顔をしているが。
 
「本当だよ、ほら!」
 
 証拠としてポケットから英美の持っていたネックレス、つまりゼノメサイアへの変身をした水晶を取り出して見せた。
 
「これ英美ちゃんの……!」
 
「うん、最期に俺にくれたんだ……」
 
「最期を見たの……?」
 
「あぁ……」
 
 愛里の先程の言葉、"結局何も出来なかった"というのを快は否定したかった。
 そのために英美の最期を伝える。
 
「英美さんは最期までヒーローだったよ、男の子を助けて俺まで助けてくれた」
 
 あの時の事を鮮明に思い出しながら語る。
 英美の持つ水晶を強く握り締め想いを伝えた。
 
「そしてこれを託されたんだ。その時気付いた、俺はヒーローになる事を託されたんだって」
 
 感じた事もしっかり伝えた。
 
「頼りないかも知れないけど俺が代わりにヒーローになる事で英美さんは活き続けると思うんだ……!!」
 
 弱々しい声だが何とか考えついた答えを示した。
 その言葉を聞いた愛里は。
 
「……うぅっ」
 
 また泣き出してしまった。
 これに快は慌ててしまう、自分が泣かせたのだと思ってしまったのだ。
 
「あぁっ、泣かないで……!」
 
 すると彼女は何とか泣き止もうとして言う。
 
「うん、大丈夫だよ……っ」
 
 そして快の持つ英美のネックレスを見た。
 
「やっぱり英美ちゃん凄かったんだね、本当のヒーローだ」
 
 そして快の顔の方に向き直る。
 自分のネックレスを掲げて言った。
 
「今度は快くんとお揃いだ」
 
 笑顔を見せてくれた事が快は嬉しかった。
 
「うん、今度は俺が翼で飛び立つ番だ」
 
「じゃあ応援しなきゃね!」
 
 愛里も応援してくれると言う。
 託された事をより一層自覚し英美の代わりに飛び立つ事を決意する快であった。
 
 
 
 
 
 つづく
 
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