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作者: にわ冬莉
***
私達は仮想世界で出会った。

だから本当の名前も知らない。
ただ、毎日、どこにも存在しない空間で出会う。
そして、何でもないことを語り合ったり、笑い合ったりするのだ。

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「SNSって、怖くない?」
 私は携帯をいじっている友人に何気なく訊ねた。
「は? あんたいつの時代の人間よ? 怖くないって」
 友人は笑ってそう答える。

 私にだってわかってる。ちゃんと距離を持って、自分さえしっかりしていれば怖いことなんかないって。

 だけど、その距離を間違ったら? どこかで出会ってしまったら?
 すべてが自分の思惑通りになんて行かないものだから、つい『もしも』を考えてしまう。
 だから、新しい世界は嫌い。

「まずは何でもやってみること。じゃない?」
 友人にそう言われ、SNS上にアカウントを作ってもらった。
 さて、どうしようか。

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 まずはただ、眺めてみる。

 世の中にはこんなに沢山の人がいて、みんな色んなことを考えていて、私なんてちっぽけで、誰もこっちを見てなんかくれない。
 時々、楽しそうな書き込みを見て羨ましく思いながらこっそりイイネを押す。
 でも、それ以上の事なんか出来るわけもなく。

 だけどある日、魔が差したんだ。

『世界の広さを知るたびに、私は小さくなっていく』

 それはほんの独り言。
 ただ、言葉の波に呑まれていくだけの呟きだったはずなのに…

「え? なに、これ」
 次々にイイネが押され、コメントが付く。初めての出来事に、私は興奮した。

 みんなが、私を、見た!

 それは今まで感じたことのない嬉しさ。
 大きな世界の中のちっぽけな私を見つけてもらえた喜び。

 それからの私は、変わった。

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「でね、魅月みつきさんがね、変なリプ返してきて、おかしくってさ!」
 私は友人に昨日のSNSでのやり取りを話していた。友人は、さほど興味もないように頷いているだけだったけれど、私は一向に構わない。

「随分変わったよねぇ、ついこの前までは絶対やらない、みたいに言ってたのにさ」
 嫌味ではなく、本当に驚いたような言い方。
「うん、なんか、キッカケあればこんなに変わるんだな、って自分でも驚いたよ」
 私も素直に認める。
「楽しい?」
「うん、すごく!」

 他愛のない会話。
 だけど、そこには見えない絆みたいなものが確かにあって、とても大切なもの。
 友人には黙っていたけど、今度会ってみない? っていう話も出ている。いわゆる『オフ会』ってやつだ。
 まだOKしたわけじゃないんだけど。

「楽しいのはいいけどさ、ちゃんと距離間、気を付けるんだよ?」
「わかってるって!」

 そう。
 友人はいつも、距離感、を口にするから。オフ会の話なんかしたら怒られるんじゃないか、って思って。

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 魅月みつきは、アニメ風の可愛いうさぎのアイコンで、私の癒しだった。どんなにくだらないことにも返事をくれるし、なんとなく落ち込んでいるときは慰めてもくれる。どこに住んでるか、とか、年齢とかはわからなかったけど、やり取りしてる感じだと、年は近いんじゃないかな、って思ってる。ノリの良さとか、優しい感じとか。

『今度イベント出るんだ』

 魅月がSNS上でそんなお知らせを出した。
 私は、こっそり顔を出そうって思いはじめていた。


 お互いを知らない方が幸せだろうか。

 暗闇の中で話していた相手を、光の下で見たら失ってしまうだろうか。

 広い世界のちっぽけな私は、その存在をきちんと理解してここにいるんだろうか。
 ともすればリアルでも繋がってしまいそうなこの刹那。素顔を真顔で見せ合う日が来たら、架空の私たちは消えてなくなるのだろうか。

 それとも、まだ見ぬ未来へと道が出来るのだろうか。


 ここに確かにあるのに、どこにもない場所。
 この世界で生きている私は、一体誰なのだろう。
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