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作者: 金星タヌキ
R-15
part Aki 7/23 pm 12:03



 うっ…。
 やっぱり ちょっと食べ過ぎだ…。

 テスタバーガーを出たところで 少し後悔する。
 基本的に少食のボクだけど ポテトフライが小さいころから 無性に好きでついつい食べ過ぎてしまう。今日も +30円でLにしてもらえるってゆーのに うかうかと乗ってしまった。3分の1くらい こんのさんが食べてくれたけど ハンバーガーの分だけ食べ過ぎた気がする。……こんなことならセットやめて ポテトだけにしとくんだった。


 今 ボクたちがいる稲荷町の辺りは 光岡城の城下町だったところ。
 江戸時代から続く和菓子の老舗なんかもあって よくTVで取り上げられたりしている。お城に続く大通りには 観光客向けのお土産店や飲食店なんかが多い。そしてアーケード沿いには デパートや有名ブランドのお店とかが並ぶ。だけど 少し路地を曲がると 昔ながらの商店が並んでいる。
 そんな感じの大人の街だ。

 もちろん ファーストフードやカラオケもあるし うちの学校からもけっこう近いから ママが聖心に通ってたころは 遊びに行くって言ったら稲荷町だったらしい。

 
 だけど ボクは あんまり来ない。
 初めてでは 無いにしろ 2~3回ぐらいで ほとんど店も知らない。正直 光岡中央のルミナスとか臨港地区のプレアデスなんかの方が新しいし 10代向けのお店も多いし よく行くし 親しみもある。高校生ぐらいだとそーゆー子が多いんじゃないかな?

 今日の目的地の 生地屋さんは〈うしおじさん〉から 5分ほど歩いたところってゆー話だったから ボクはてっきり 昔ながらのこじんまりしたお店とばかり思ってたけど アーケード沿いの5階立ての立派な建物だった。少し重そうなガラスの扉を こんのさんはぐぃっと 引いて店に入って行く。
 ボクも遅れないように 素早く扉をくぐる。

 入り口付近には お土産にもなりそうな 手芸小物なんかが並べられて オシャレで小綺麗な感じだけど 間口の割に奥行きのある建物で 奥の方は少し薄暗い。こんのさんは ボクがパッチワークの赤い巾着袋に気をとられてる隙に 店の奥のカウンターのところにいた店員さんに何か訊ねている。

 
「あきちゃん!3階だって」

 
 こんのさんは 振り向きざまに そう言うと カウンター横の階段をサッと駆け上がる。こっちにエレベーターありますよって 言おうとした時にはもう姿が見えなかった。一人でエレベーター使うのもアレだし ボクも階段で上がろう。
 まぁ ポテト食べ過ぎたし 運動も大事だよね…。

 厚底ミュールなのでムリせずゆっくり歩いて3階に到着する。
 この階は 生地売り場のようで ロール状の生地がたくさん並んでいる。例えが悪いかも知れないけど トイレットペーパーホルダーが縦に4つぐらい並んでるような感じで 欲しい生地が欲しい分量だけ取り出せるようになっている。

 
「あきちゃん。こっち!」

 
 奥の方から こんのさんの呼び声が聞こえる。
 声を頼りに 見通しの悪い棚の間を抜けて行くと とある棚の前で こんのさんが 熱心に品定めをしている。

 
「やっぱ チノがいいんじゃないかと思うんだよね。ちょっと上品で艶もあるし」

 
 チノ? チノパンのチノか。色決めた時は 生地とか 全然 考えてなかったけど 当然 生地によって服の出来上がりって全く違うもんな。

 
「あたしのヤツ 臙脂色でってゆー話だったけど この臙脂で大丈夫? ちょっと合わせるから 見てもらっていい?」

 
 そう言いながら 生地を胸元に当てる。

 
「あー いいんじゃないですか。アタシが思ってたより紫が少し強いですけど こんのさんの黒髪とよく合ってると思います」

「そう? じゃあ あたしのはこの色で。次 あきちゃんの分は オリーブグリーンだよね……グリーン系ってゆーとこれかなぁ?」

 
 チノの棚には全部で20色ほどの生地が並んでいるけど こんのさんが手に取ったグリーン系の生地は 若草色で こないだのラフのイメージとは かなり違う。

 
「これって 春色って感じだし あきちゃんの色じゃないよね…。オリーブグリーンって無いのかな。ちょっと聞いてくるね」

 
 こんのさんは 店員さんのところに走って行くと しばらくなにやら話し込んでいたけど 店員さんに深々とお辞儀をするとボクのところに戻って来た。

 
「あきちゃん 4階行こ。コットンベルベットってゆーのがあるんだって。臙脂もオリーブグリーンも あるらしいし」

 
 コットンベルベット? わざわざコットンってつけてるんだから本物のベルベットじゃないんだろうな…。本物のベルベットは 絹でできてるんだよね……たぶん。
 こんのさんに続いて 4階に上がり 左手奥の棚に向かう。

 
「あった。ここら辺だね…」

 
 こんのさんが見ている布地は いわゆるベルベット光沢のある生地で 素人目には違いがよくわからないけど 少し艶が マットっぽい気もする。絵で言うと ハイライトが広くて弱い。

 
「思ってたより重くないし いい感じ。ほら あきちゃんも触ってみて」

「柔らかいですね。渋めの艶がスゴく素敵…」

「だよね。キラキラじゃないとこが気に入ったかも」

 
 こんのさんは 生地を眺めながら ちょっとうっとりしたような乙女の表情になっている。ボクが今まで見たことのなかった こんのさんの新しい一面だ。こんのさんの新しい表情 見るたびに こんのさんのことを好きになっていく自分がいる。今日 一緒に買い物来れてよかったって思うし こんな機会がまた訪れるように ずっと傍にいたいって思う。そして 今日が こんのさんにとって〈デート〉じゃないことが 寂しいし切ない。
 こんのさんにもボクのことをもっと知ってもらいたい 好きになってもらいたいって思うけど ボクの内側を知られたら きっとこの関係は壊れてしまう…。

 
「この手触りいいよね…シックだし。色も臙脂とオリーブグリーンと両方あるし」

 
 こんのさんは ボクのグジグジした内省なんかには 気づかず少し興奮気味で ちょっと早口。良いもの見つけて嬉しい気持ちがバシバシ伝わってくる。ボクも 描きたい題材が見つかったとき こんな感じでテンション上がっちゃう時があるから 気持ちは よくわかる。

 
 と 突然 こんのさんの表情が曇る。

 
「あきちゃん…。 これ 260円/10cmだって…。チノの倍以上する」

「あー そうなんですね。全部でどれくらい買わなきゃなんですか?」

「あたし分が 着丈138×2+10とサッシュとポケット分で+10だから300cm。あきちゃん分がゴメン まだちゃんと採寸してないけど だいたい125×2+10+10で 270cm」

 
 ってことは 570×260…60×25として1500……で 0を2つ つけて15万 !?……いや 落ち着け。10cmあたりだから1万5千円弱か。

 
「他にも裏地とかブラウスもいるし コットンレースも買わなきゃだし 予算2万しか無いから…。表地だけで1万以上も使えない」

 
 前から疑問に思ってたんだけど ボクの分のドレス代もこんのさんが出すことになってない?

 
「あの こんのさん… アタシの分はアタシ 出しますよ?」

「えっ? いや このドレスは あたしが勝手に始めたことだし…。それにちゃんとできるかどうかも わかんないから… お金もらうワケには…」

「 大丈夫ですよ。こんのさんならできますって。せっかく気に入った布あったんだし」

 
 こんのさんは 小首を傾げて 思案顔。
 ちょっと への字口になってる。
 ホント 表情豊かで見てて飽きない。
 と 顔を上げていつもの表情。

 
「あきちゃん ゴメン。歩かせて悪いんだけど 本町のお店に行ってみよ。もしかしたら もっといい布あるかも」

 
 さっさと切り替えて 次の行動に移るところが こんのさんの持ち味だな。
 ボクだったら いつまでもウジウジ悩んでそうだけど…。
 ………。
 ……。
 …。




                        to be continued in “part Kon 7/23 pm 12:42”







 
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