R-15
part Aki 4/22 pm 6:10
藤浜の駅で降り 向かいのホームに来る通勤快速を待つ。
この時間帯は 藤工の部活の終了時刻と重なるらしく ホームには 幾人もの濃紺ブレザーの藤工生の姿が見えた。
……こんのさん いるかな?
ついつい期待してしまってホームを見渡すけど こんのさんの姿は 見当たらない。まぁ そんなもんだよね。寂しく独りごちていると 階段の方からさざめくような黄色い声が聞こえ 背の高い女の子たちの集団が上がってきた。その真ん中の方で 明るい声でケタケタ笑っているのが こんのさんだった。仲間たちと屈託なく笑う姿も すごく素敵だった。でも その笑顔の相手がボクじゃ無いことが 妬ましくもあり哀しくもあり 胸が締め付けられる。
視線を感じたのか ボクの存在に気がつくと彼女は驚いた様子で大きく手を振ってくれた。ボクも笑顔で手を振り返す。その後 彼女は友達に二言三言 声をかけるとこちらに向かって走ってきた。えっ? 友達より ボクを選んでくれるの? なんで? 予想外の展開に胸が高鳴る。
「あきちゃん!よかった 今日はもう会えないって思ってたから ホントよかったよ…。どうしても渡さなきゃなんないものがあってさ。ちょっと待っててね…」
そう言うと 通学鞄を開けて ごそごそと何かを探しはじめる。……もしかしてラブレター? 一気に妄想が暴走する。
「あった!これこれ。これ 絶対 今朝 渡さなきゃって思ってたのに 渡しそびれちゃって…」
こんのさんが 差し出したのは 有名なチョコレート店の紙袋だった。ラブレターでは 無さそうだ…。……当たり前か。開けてみると入っていたのは ボクのハンカチだった。
「そのハンカチ あきちゃんのハンカチだよね? 貸してくれて ホントありがと。あの ちゃんと洗って アイロンも当てたから……。返すの遅くなっちゃってゴメンね?」
「ううん 全然 大丈夫です。いつでもよかったのに。丁寧にアイロンまで…。ありがとうございます」
「桜草のデザインが すっごいカワイイし 高そうなハンカチだから アイロン当てるとき 焦がしちゃうんじゃ無いかって ヒヤヒヤしたよ~」
こんのさんがおどけた調子で言うのにつられて ボクも笑う。こんのさんは 一瞬一瞬 表情がくるくると変わっていく。見てて飽きないし どの表情も本当に可愛い。でも やっぱり笑っているのが一等好きかな。ハンカチを紙袋に入れ直し 鞄にしまう。紙袋とは言え こんのさんからの初めてのもらい物だ。持って帰って引き出しにしまっておこう…。
「こんのさんは いつも帰り この時間ですか?」
「えっ? うん。月・火・木は6時下校。水・金は基礎練だけだから 5時帰り」
「キソレン?」
「そう基礎練習。うち公立だから バレー専用コートとか無いし 体育館 バスケ部と共用なんだ。で コート使えない日は 外で筋トレとか走り込みとかの基礎練してるんだ」
そっか水・金は5時に帰ってるんだ…。うまく時間調整すれば また 藤浜で会えるかも。
「あきちゃんも いつもこの時間?」
「あー いつもはもっと早いんですけど…。今日は 珍しくちょっと遅くまで 部室に残っちゃって」
「ああ 聖歌隊…」
「あっ いえ 聖歌隊じゃなくて 部活の方です」
そう 聖歌隊は 課外活動で 部活動じゃない。他校の人には わかりにくい 聖心独自のマイナールールで 聖歌隊やってても 兼部禁止の校則違反には ならないんだ。
ホント そうでもしないと人 集まんないし…。
「アタシ 部活は 美術部で絵を描いてるんです。今日は 部室でアイデアスケッチ描いてたら 夢中になっちゃって…」
「そうなんだ。あたしも服飾科だから ラフ描いたり デッサンしたりするよ。あきちゃん どんな絵 描いてんの?」
……まさか 煉獄で灼かれ悶え苦しむ自分の姿 とか言えるわけも無い。
「……あ あの自画像みたいな感じで…」
自画像描くのに アイデアスケッチに夢中になるって どんなだよ? ナルシストか?って 自分のヘタなウソにツッコミを入れる…。
「あっ あるある。あたしも ラフ描いてて 夢中になっちゃうときあるよ~。 細かいとこ気になりはじめると 何枚も描いちゃうんだよね」
だけど こんのさんは 気にしてないみたいだ。
もしかしたら 変なヤツって思いながら ポーカーフェイスでやり過ごしてるだけかも しれないけど…。でも こんのさんは そんなタイプには 見えなかった。ホントにくるくると表情が変わって そのときの彼女の気持ちがダイレクトに伝わってくる。
ボクは もともと自分の気持ちを表に出すのが苦手だし〈あき〉の仮面をかぶるようになってからは そのときの気持ちが ボク自身のものなのか〈あき〉の気持ちなのか わかんなくなるときさえある。自分の気持ちも信じられないのに 他人の気持ちなんか信じられるわけも無い。おかげでボクは ひどく疑心暗鬼になることがある。〈あき〉の友達や 兄さん達が 優しくしてくれるのは 何かウラがあるんじゃないだろうか? いつもいつも そんなこと 考えてるわけじゃ無いけど ホントに親しい人間でも 信じられなくなることもある。でも 彼女の表情を見てると そんな病んだ自分から 脱出できそうな気がした。いや ただ 自分の理想を投影してるだけかな…?
「服飾科って 服のデザインとかしてるんですか? ドレスとかですか?」
「うん。ドレスとかやる人もいるよ。けっこう色々考えるんだ。秋の終わりに発表会ってゆーか ファッションショーやるんだけど 去年の先輩で 本気のウエディングドレス作った人がいて メッチャ綺麗だったよ」
「あー そうなんですね。こんのさんは 去年は 何を作ったんですか?」
ホントに スタイル抜群だから なに着ても似合いそうだった。大人っぽいドレスとかも似合いそうだし モード系の服とかでも 着こなせそうだった。
「えっ あたし? あたしは もちろん作業服」
「作業服!?」
予想外の答えに ついオウム返しに聞き返してしまう。
「作業服 好きなんですか?」
「へっ? あっ いや そうじゃなくって 課題が決まってるんだ。1年は作業服。2年は普段着。3年は自由課題ってゆー決まりなんだ」
「あー なるほど」
なるほど そういうルールがあるんだな。
「でも あたし 作業服って けっこう好きかも。実習のときとか 作業服着るけど 動きやすいし ポケットとか多くて便利だし…。 それに なんかさ…」
「王子っ!なにしてんの? ナンパ?」
こんのさんが 何か言いかけたところで 突然 こんのさんの肩越しに女子高生っぽい女の子が ボクの方を覗き込んできた。
「うわぁ!松嶋先輩 突然 何っすか」
松嶋先輩って呼ばれた女の子は 後ろを向くと 階段を上がってる藤工生達に向かって 呼びかける。
「おーい!ともみー。王子が ナンパしてるぞ~」
「せっ 先輩!止めてください。ナンパじゃないっす」
こんのさんは 慌てて止めようとするけど 松嶋先輩は 気にせず大きく手を振ってアピールしている。
「えっ なに ナニ? こんちゃん ナンパしてんの?」
階段のところの女の子達も気づいたらしく あっという間に 背の高い女の子の集団に取り囲まれた。
「うっわ!メッチャ可愛いよ」
「聖心の制服じゃん……ってことはさ…」
「朝から こんのが騒いでた子?」
女の子達は 口々に 好きなことを喋っている。みんな こんのさんくらいの身長で 170cmは 軽く超えている感じ。147cmしか無いボクの頭上を言葉が飛び交っている。どうやら こんのさんのバレー部の先輩達らしかった。
「そーそー。こんちゃんを痴漢から護ったってゆー」
「ああ あの白馬のお姫様ってやつ? 紺野って ホント バカだよな」
「王子様とお姫様で お似合いじゃん?」
「……松嶋。だから オメェもバカだっての。王子が姫に助けられてどーすんだよ。つーか白馬のお姫様ってのが そもそも可笑しいだろ?」
「いやいや 珠希。この子 マジでお姫様って感じよ? 聖心のお嬢様で すこぶるつきの美少女。見るからにお姫様って感じじゃん」
ミディアムの髪を後ろで ひとつ括りにしたお姉さんが ボクの肩に手を置きながら言った。この人は 標準身長だ。それでもボクより10㎝以上高そう…。その人が こちらを振り向きながら訊ねてきた。
「急に押し掛けて ぎゃあぎゃあ騒いでゴメンね。お名前は?1年生?」
「あの 宮村 亜樹って言います。聖心館高校の2年生です」
「ちょっとぉ 紺野っ! 宮村さん あんたと同期よ!年下とか失礼なこと言ってんじゃないわよ!」
お姉さんは 振り向きざまに こんのさんを叱り飛ばす。
「すんません 田村先輩。ホント 知らなかったんっす」
「知りもしないのに 適当なこと吹いてんじゃないわよ。聡美 お仕置きしといて」
「了解。ともみ」
こんのさんは 松嶋先輩に こめかみグリグリの刑にされている。田村先輩は こちらに向き直ると にこやかに続ける。
「失礼なヤツで ゴメンなさいね 宮村さん。昨日 あなたが こんちゃんを 痴漢から守ったっていうのは ホントの話?」
「あー ええ… まぁ そうです。捕まえたのは 別の人なんですけど…」
「やっぱ ホントなんだ。じゃあ 姉のアタシからも お礼を言わなくっちゃ」
え? こんのさんのお姉さん?
ひときわ 背の高い女の子が ボクの前に立つ。かなりの身長で 183㎝の瑞樹兄さんくらいは ある感じだった。黒髪ショートのワンレンで 細いつり目の一重瞼。一重瞼は 一緒だけど なんだか あんまり こんのさんには似てなかった。
「すみません。うちの瞳が ご迷惑をお掛けしまして…」
深々と頭を下げて お礼を言ってくれるけど 声の感じも 全然 違うし…。ってゆーか この人 さっき『紺野って ホント バカ』とか言ってたような?
「コラ 東!こんちゃんは ともかく 宮村さん からかって遊んじゃダメでしょ」
今度は 黒髪ロングの子が割り込んできた。この人は こんのさんと同じか 少し低いくらい。170㎝くらいかな? すごく艶のある綺麗な黒髪をポニーテールにしている。
「宮村さん 本当にごめんなさいね。こいつ 紺野の姉でも 何でも無いからね。でも 昨日は こんちゃんのこと 助けてくれてありがとう。あの子 下町のお嬢で けっこうウブだから かなりショックだったみたいだし。本当にありがとね」
こちらも 深々と頭を下げてくれる。年上の人たちに 頭を下げて しっかりお礼を言われると なんだか 申し訳ない気分になってくる。でも こんのさんが 部活の先輩達に 愛されてるのが よくわかった。
「いえ 痴漢って絶対 許せなかったですし。それに 女の子同士 困ったときは お互い様だと思うんです」
模範解答しておく。もちろん こんのさん目当てで 同じ車両に乗ってたことや 自分も触ってみたかったことなど おくびにも出さない。
「エラい!」
「いい子ね~」
先輩方が 口々に誉めてくれて みんなで拍手してくれる。ちょっと いや かなり恥ずかしい…。ここ 駅のホームだし。
「いやん。照れたところも めっちゃカワイ~」
お姉さん達は ケラケラ笑いながら 盛り上がっている。困っていると 黒髪さんが 手を叩きながら言った。
「はい はい みんな! そこまでよ!藤工生が聖心のお嬢様 囲んでると カツアゲと間違われるからね。移動するわよ」
「おっと キャプテン命令が出たよ~。皆の衆 撤収 撤収~」
松嶋先輩が おどけながら 皆を引き連れて 去っていく。最後まで残っていた 黒髪のキャプテンが 振り返って言った。
「宮村さん。ホント騒々しい連中でゴメンね。これに懲りずに こんちゃん いい子だから 仲良くしてあげてね?」
そして こんのさんの方を向いて親指を立てる。
「王子 ナンパ頑張ってね!私も応援してるから」
「あ 明日香先輩まで…。あたし ナンパとかしてないっす!」
「ごめん ごめん。じゃあね~」
そう言うと 爽やかに手を振って 黒髪さんは みんなの方へと歩いていった……。
………。
……。
…。
to be continued in “part Kon 4/22 pm 6:17”