第六八話 強きリーダー思想
五条は今回の長崎観光に連れて来るつもりだった友人の名前を挙げる。その関連で挙がった足利について、鷲頭はある思想を連想する。
五条は慟哭する鷲頭の頭を撫でた。そして、鷲頭が長らく黙っていることから、話したくないのだろうと思った。だから五条は、話を辞めて、ただ落ち着ける様に寄り添うことにした。
「今日はね、本当は春子ちゃんも誘ったんだ。ほらあの子、真面目でちょっと暗いやん? やけんちょっと遠出して仲良くなれたらなって思ったっちゃん」
「春子って筑紫(つくし)のことか……確かにあの子は暗いわね。でも遠出は好きなんじゃないかしら」
「そーなん?」
「あの子アニメとか漫画が好きらしいから、聖地巡礼は好きなんやない」
「聖地巡礼をすることとアニメとか漫画が好きなことは関係なくない?」
「この場合の聖地巡礼は、その作品に関連した場所のことをいうんだよ」
「へぇ〜知らんかった! なーんで突然伊勢神宮とかイェルサレムとか巡りたくなったんやろって思った!」
大きな目を更に大きくして驚く五条を見て、鷲頭は思わず「普通の女の子なら宗教的な意味の方は浮かばないと思うけどな」といいながら、笑った。
「でも筑紫より、足利(あしかが)の方が良かったんじゃない? 厚東を見掛ける時、いつも一緒にいる印象だし」
「最近は……足利君は陽菜ちゃんと最近仲良くしてないらしくて」
「すれ違いかしら?」
「あの二人は多分、そういうんじゃないと思うんよねぇ。でも、的は得てるわ。もう二人は、義兄妹(ぎきょうだい)じゃ無くなっちゃったみたいだわ」
二人が知る足利(あしかが)は、真面目な人間だった。誰よりも家名を重んじる、義侠心の様なものを持ち得る矜恃に満ちた漢だった。そんな彼を、同じく家名を重んじる厚東は、慕っていた。
二人は、当に義侠心といえる繋がりを持ちえていた。二人は、義兄妹(ぎきょうだい)だった。しかしここ数ヶ月の足利(あしかが)は、まるで人が変わってしまった様だった。
「どう変わったの? あんなバカ真面目そうな男が……」
「なんか、強きリーダーがどうとか、思想が偏りだしたみたいっちゃん。意味わからん」
「前から義侠心とか男がどうとか家がどうとか面倒臭い奴だったけど……」
鷲頭は、強きリーダーという言葉を、知っていた。それは薩隅分校で新たなスローガンとなりつつある、薩隅分校校長、安保武範(あぼたけのり)発の思想である。
鷲頭はそのことを五条へ話した後、頭を抱え、ため息をついた。
「強きリーダーは……薩隅分校で流行ってる思想よね。全く、本当にあの芋くさい田舎者の価値観はいつも偏るわね。幕末での急進派とか、島津の突破口とか、古代の薩摩隼人とか……アイツらずっと偉い奴の良いなりになって荒れ狂ってるだけじゃないのよ」
鷲頭が個人的にかの地をを嫌っているのだということを、五条はなんとなく察せられた。
鷲頭はまた五条に気を使わせ、困らせるかもしれないと思った。だがビジネスパーソンとして、鹿児島が苦手だった。
鹿児島は、日本の末端である九州の最南端という地域柄、利益を出しにくい土地なのだ。その上、数十年前までは他所の企業を寄せ付けない姿勢から、修文初期まで、鎖国を行っているかの様な土地柄であった。そういう異様な閉鎖感があったという話を聞き、鷲頭には、鹿児島という地が未開の土地の様に思えていた。
「でもさ杏奈……。鹿児島は、あの陰謀論とは無関係やろ? 九州は今荒れとるけど、主に北部やん。暴力団が政治家とか警察とかを狙っとっとは北部やけん、鹿児島とそれらは関係ないやろ?」
「でも九州中で、政府与党への不満が爆発してる。最近名前を変えて、清由党と名乗り出した、旧民主自由党改め清和自由党は、今や悪政を敷きすぎて強固な地盤であったここ長崎でも、支持を失った。直近の選挙では、九州中で、清由党やそれに準ずる巨大政党が票を集められず、小政党や無所属の政治家が当選したわ」
「つまりそれって……」
「暴力団の抗争は北部だけでも、政治は日本の有力政党から切り離されている。九州独立の波は現実として……九州全域に及んでいるっとことよ」
「今日はね、本当は春子ちゃんも誘ったんだ。ほらあの子、真面目でちょっと暗いやん? やけんちょっと遠出して仲良くなれたらなって思ったっちゃん」
「春子って筑紫(つくし)のことか……確かにあの子は暗いわね。でも遠出は好きなんじゃないかしら」
「そーなん?」
「あの子アニメとか漫画が好きらしいから、聖地巡礼は好きなんやない」
「聖地巡礼をすることとアニメとか漫画が好きなことは関係なくない?」
「この場合の聖地巡礼は、その作品に関連した場所のことをいうんだよ」
「へぇ〜知らんかった! なーんで突然伊勢神宮とかイェルサレムとか巡りたくなったんやろって思った!」
大きな目を更に大きくして驚く五条を見て、鷲頭は思わず「普通の女の子なら宗教的な意味の方は浮かばないと思うけどな」といいながら、笑った。
「でも筑紫より、足利(あしかが)の方が良かったんじゃない? 厚東を見掛ける時、いつも一緒にいる印象だし」
「最近は……足利君は陽菜ちゃんと最近仲良くしてないらしくて」
「すれ違いかしら?」
「あの二人は多分、そういうんじゃないと思うんよねぇ。でも、的は得てるわ。もう二人は、義兄妹(ぎきょうだい)じゃ無くなっちゃったみたいだわ」
二人が知る足利(あしかが)は、真面目な人間だった。誰よりも家名を重んじる、義侠心の様なものを持ち得る矜恃に満ちた漢だった。そんな彼を、同じく家名を重んじる厚東は、慕っていた。
二人は、当に義侠心といえる繋がりを持ちえていた。二人は、義兄妹(ぎきょうだい)だった。しかしここ数ヶ月の足利(あしかが)は、まるで人が変わってしまった様だった。
「どう変わったの? あんなバカ真面目そうな男が……」
「なんか、強きリーダーがどうとか、思想が偏りだしたみたいっちゃん。意味わからん」
「前から義侠心とか男がどうとか家がどうとか面倒臭い奴だったけど……」
鷲頭は、強きリーダーという言葉を、知っていた。それは薩隅分校で新たなスローガンとなりつつある、薩隅分校校長、安保武範(あぼたけのり)発の思想である。
鷲頭はそのことを五条へ話した後、頭を抱え、ため息をついた。
「強きリーダーは……薩隅分校で流行ってる思想よね。全く、本当にあの芋くさい田舎者の価値観はいつも偏るわね。幕末での急進派とか、島津の突破口とか、古代の薩摩隼人とか……アイツらずっと偉い奴の良いなりになって荒れ狂ってるだけじゃないのよ」
鷲頭が個人的にかの地をを嫌っているのだということを、五条はなんとなく察せられた。
鷲頭はまた五条に気を使わせ、困らせるかもしれないと思った。だがビジネスパーソンとして、鹿児島が苦手だった。
鹿児島は、日本の末端である九州の最南端という地域柄、利益を出しにくい土地なのだ。その上、数十年前までは他所の企業を寄せ付けない姿勢から、修文初期まで、鎖国を行っているかの様な土地柄であった。そういう異様な閉鎖感があったという話を聞き、鷲頭には、鹿児島という地が未開の土地の様に思えていた。
「でもさ杏奈……。鹿児島は、あの陰謀論とは無関係やろ? 九州は今荒れとるけど、主に北部やん。暴力団が政治家とか警察とかを狙っとっとは北部やけん、鹿児島とそれらは関係ないやろ?」
「でも九州中で、政府与党への不満が爆発してる。最近名前を変えて、清由党と名乗り出した、旧民主自由党改め清和自由党は、今や悪政を敷きすぎて強固な地盤であったここ長崎でも、支持を失った。直近の選挙では、九州中で、清由党やそれに準ずる巨大政党が票を集められず、小政党や無所属の政治家が当選したわ」
「つまりそれって……」
「暴力団の抗争は北部だけでも、政治は日本の有力政党から切り離されている。九州独立の波は現実として……九州全域に及んでいるっとことよ」
清和自由政党……政府与党である民主自由党が改名した政党名。