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作者: 唯響-Ion
第六四話 厚東陽菜
 三組別行動中、巳代は厚東のことを知りたくなり質問する。そして厚東の美しさに見惚れる。
 巳代は、厚東との再会に喜んだ。同志と出会えた様な気分だったのだ。
「巳代、次は亀山社中跡地にでも行かない? 坂本龍馬が作った日本初の商社があった場所だよ。私設軍隊でもあった亀山社中だよ、うち達に無関係では無いってそう思わない?」
「どうかな……関係あるのか……?」
「だってほら、惟神学園や惟神庁って、帝を守る為の武家や宗教組織って側面がそもそもの存在理由でしょ? うち達は生まれながら、特別な武人なんだよ」
「あぁ、それもそうだな……。だから俺も、武人の端くれとして、それを極めようとする伊東や稲葉と居て刺激を受けていたんだ……」
 巳代は殆ど独り言の様な小声で、そう呟いた。しかしそれを聞いた厚東は食い付いた。
「それって、日向分校の稲葉潤と伊東祐介? そっか、日向分校からの転校生って先生から聞いたんだった。良いなぁうちも棒術の泰斗や弓術の泰斗に会ってみたいなぁ。もっと二人のことを教えてよ」
「連絡先を教えるから、今度本人から聞けばいいさ。それより、お前のことをもっと聞かせてくれよ。厚東家のこととか、なんでもいい」
「うちのこと……? いいよ、再会を祝して自己紹介といこう」

 二人は横に並んで、目的地へ向けて坂道を歩きはじめた。
 そして厚東陽菜は、自分の昔話を始めた。没落した名家の末裔という、特別でもなんでもない一人の女子高生の自分語りだ。
「厚東氏の始まりは素晴らしいものだった。古墳時代(こふんじだい)の豪族、物部(もののべ)氏から分家した武家だった。そもそも物部氏でさえも、その祖は邇芸速日命(ニギハヤヒノミコト)という一柱の神で、八百万の軍の長だった。弟とされる瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は初代の神武帝の直径の先祖だし、私の血筋は正に、帝を守る日本最高峰の武家の血筋だといえる」
 言葉だけを聞けば誇らしげに語っていてもおかしくない内容だ。しかし厚東の顔は浮かず、声も小さかった。
 それもそのはずだった。
「戦国時代、厚東氏は九州の隣に位置する中国地方、現在の山口県西部でその名を轟かせた。でも東部で勢力を拡大した益田氏との戦いに敗れて、九州へ逃げ延びた。その瞬間、名家としての厚東氏は滅びた」
「だが陽菜……お前自身は今も、名家の誉れを大切にしている。だから剣の道を進んでいるんだろう?」
「『敗軍の将、兵を語らず』ってやつだよ。厚東を名乗る以上、うちはもう戦いについて語れない。でも……血には抗えないのかな。うちは戦いたかった。まるで男の子みたいだよね、剣を振るってのが好きだなんて」
 そういうと、厚東は自らを詰(なじ)る様に嘲笑した。
 名家の栄枯盛衰と、懲りずにまた剣を握る自分の血に、厚東は感傷的になっていた。 
 彼女の髪が風に揺らぎ、眉間に皺を寄せながら自分を嘲笑する彼女の顔が良く見えた時、巳代は彼女を可愛いと思った。
 普段は顎のラインに綺麗に沿ったボブヘアの髪先が乱れ、その向こう側にいる彼女の表情もまた乱れていて、まるで映画のワンシーンの様な美しさを感じたのだ。
「血に逆らえないってのは、悪いことなのか? 俺だって父親の有馬良秀の様に皇の守り人をしている。だが悪い事だとは思わないぞ。大事なのは、キッカケより、自分の考えの有無じゃないか?」
「そうだね、うちもそう思うよ。うちには夢があるんだ」
 そういうと彼女は立ち止まり、まっすぐな笑顔を見せた。風も吹かず、静かな中、両手を後ろで組んで少しだけ体を前傾にした彼女。そのまっすぐな笑顔は、ただ純粋に美しかった。
「うちが厚東氏を再興させて、名家にするんだ。この九州で、悪党を退治した武家としてね!」
物部(もののべ)氏……古墳時代の豪族氏族

邇芸速日命(ニギハヤヒノミコト)……日本神話に登場する八百万の神。

瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)……日本神話に登場する神で、最高神の天照大御神(あまてらすおおみかみ)の孫にして、宮崎県高千穂へ天孫降臨を行った。

益田氏……戦国時代に現在の山口県に当たる長門国(ながとのくに)を支配した武家。明治時代には華族に叙任された。本姓は藤原氏。
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