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作者: 唯響-Ion
第六十話 独立説
 先日の襲撃の際に、五条や鷲頭が放っていた波長。弥勒はそれを以前、伊東や稲葉が放っていたことに気づき、より二人を知る渋川へ問いかける。
 巳代と弥勒、そして渋川は、五条と鷲頭に会っていた。理不尽から、命の危険というものを感じ、共有した五人だったが、怯えているのは渋川のみであった。
 弥勒はと巳代は、元よりこういう惨事を想定していたからだ。
 しかし渋川には、そこまでの覚悟はなかった。彼女が想定していた冒険とは、シティガールの様な強さを身につけ、一人で外の世界へ遊びに行ける現代人らしい自由を謳歌することにあったのだ。
 五条と鷲頭は、どこか悟った様な顔をしていた。それはまるで、その悲劇を受け入れる準備が出来ていたかの様だった。全くもって想定外なことではなく、いつか起こるだろうと想定していたかの様な表情だった。
 弥勒は、存外に二人はタフだなと感じた。しかし平静を装っているだけで、不安や恐怖不安や恐怖が僅かばかり渦巻いていた。それは、巳代や自分であっても同じことだ。そのトラウマになる様な命の危機があったばかりで、不安や恐怖を完全に取り除くことなど出来るはずがないのだ。
 だが、自分や巳代、渋川が感じている純粋な不安や恐怖と、五条と鷲頭が感じているそれらの性質はどこが異なると、弥勒は感じた。
 同じ性質の感情を、以前も感じたことがあると、弥勒は思った。それはここまでハッキリとしたものではなく、上手く隠されていた。
 弥勒は思い出した。それは日向分校の、弓の道の泰斗伊東祐介だ。
 伊東からはここまでハッキリと、この感情の波長を感じ取ることは出来なかった。
 だが二人からは、それを感じることが出来た。
『戯言(ざれごと)だと嘲笑っていた陰謀論が現実味を帯びていることに対する不安と恐怖、そしてそれを見抜けなかった自身への嘲笑と、来(きた)る日に向けて備えなければならない』というのが、彼女らの心の奥底から放たれる波長であった。つまりそれは、悟られまいとして平静を装うに至った、彼女らの本心であった。
「伊東さんも……知っていたのか……? 日向にいながら、福岡の治安が悪くなっていることなど知るはずがない。暴力団が多い九州北部でも、都会でもないからだ。でも……墓地の質問に関して、要領を得ない回答で濁した辺り……やはりこの二人の様になにかを知っているんだ。九州の……皆が」

 少し経って、弥勒と巳代は、渋川の元を訪れた。
「どうしたの二人とも? まさか来週五条ちゃんと鷲頭ちゃんの五人で行く、長崎旅行が待ちきれないのかしら? 観光地について考えたいの?」
「そうじゃねぇよ、まぁ、聞きたいことがあったんだ」
「なによ有馬君。私はまだお友達から仲間になれていないの?」
「仲間だからだ。実は伊東と稲葉はについてなんだが……あいつら、なにかを知ってる風だったんだ。弥勒が神通力で、五条と鷲頭から同じ波長を感じ取った。俺は伊東と稲葉から、そんな波長は感じ取れなかった。神通力や感覚感応の扱いに長けた二人からそんな波長を感じ取れたのは、弥勒の神通力のコントロール力があってこそだ。だが……それだけじゃ分からない」
「つまり私になにを期待しているの?」
「稲葉と伊東と、三年も一緒に居たお前に聞きたい。二人がなにか……大惨事に備えているという話を聞いたことがあるか」
「なるほどね……確かに五条ちゃんと鷲頭ちゃんから、不思議な……波長が出ていたことは私も感じとっていたわ。特に五条ちゃん。あの子、本当に素直な子なのね」
 そういって渋川は笑った。
「二人とも、普段の言動からではイメージしずらいと思うけれど、伊東も稲葉も、とても賢くて、秘密主義みたいにいう人もいるくらいには、核心に触れさせない壁があるわ。男色って噂もあったけれど、私はそうは思わないわ。二人は私や環奈と同じ。親友なのよ。だから……似たもの同士だから、私には分かるわ……。二人は、武道という共通の志に、特別な価値を見出しているのよ。二人は時々、こういっていわ」
「なんていってたんだ?」
「いつか、この力が必要になる時が来れば、迷いは捨てる……って。ただの矜持の様なものだと思ってた。でも五条ちゃん達のことを踏まえてみれば……下らない噂や陰謀論に、現実味が帯びたってことなのかしら」
「その陰謀論ってのはなんだ。共通のなにかなのか?」
 巳代のその問いに、弥勒は頷いた。弥勒が知りたかったことは、正にそれであった。弥勒と巳代が墓地の件で知りたかった答えが、その陰謀論の正体であると、そう弥勒は思ったのだ。きっとそれは、大友や九州各地の問題に由来するものだからだ。
「それは、九州の日本からの独立……というものよ。でも根拠は稚拙だわ。治安の悪化や墓地の件などでの政府与党や行政への不信。そして、与党である民主自由党や巨大政党に所属していない政治家による優れた統治が九州各県で行われていて……九州は政府与党からの支配を逃れる為の土地となっている。正に陰謀論ね……」
「なんとも……ちゃちな理由だな」
「日向のほとんど全ての生徒が知っていた話だわ。五条ちゃん達も知っていたし、一般人含め九州中の人が知ってはいる陰謀論だわ。それよりも以前有馬君が話してくれた政権掌握の方が、よっぽど現実味があるとは思うわ。でも……」
 眉をひそめ、渋川は俯いた。納得がいかないといった表情だった。そして彼女は「それだと九州で戦いにはならない。でも私は……稲葉や伊東が、馬鹿には思えない」と呟き、頭を抱えていた。
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