第五ニ話 先を行く人
閉店後弥勒は、学園や惟神庁について周布と語らう。
弥勒はマスターの方を見た。するとマスターは、鋭い眼光を弥勒へ向けていた。まるで蛇に睨まれた様だと、弥勒は思った。
「細い子供だが……まぁ詳細を後で聞かせてくれ五条ちゃん。お代は要らないよ」
そういってマスターは去っていった。
三十分後、弥勒店を閉めたマスターはバイトを帰し、お皿も片付けずに席へ戻ってきた。
「待たせてすまない。挨拶がまだだったね、私はラーメン屋を経営する周布一心(すふいっさ)だ。無論、惟神学園の関係者だ。いや、正確には元関係者だな。私は世にも珍しい中退をしたんだ。それで君の名前は?」
「惟神学園二年、皇弥勒です」
「皇? ホストみたいな名前だな」
そういって怪訝そうな顔をする周布に対し、五条が「東京から来た皇長官の息子だよ」といった。すると、周布の表情が変わった。
「あの皇長官の……これはおみそれした」
「いえ……それより、質問をしても宜しいですか」
「勿論だ」
「どうして惟神学園に在籍した過去がありながら……ラーメン屋なんて経営しているんですか。自営業を始める障害は据の多さを鑑みれば……その、大変でしょう。それに中退というのはつまり、惟神学園や惟神庁に席を置く……いわば上級国民の中の上級国民という身分を捨て、天涯孤独になったということですよね。金銭にそこまでの苦労をしてまで、叶えたい夢だったのですか?」
「否、ラーメン屋なんてやってられん。面倒くさくて堪らん。だが……自由に休める且つ普通に溶け込むには、割と適切な職業だったんだ」
「普通になりたかった訳ではなく……方便なのですか? まるで隠れ蓑(みの)の様ないい方ですが」
「そうだな。私は……惟神学園が嫌いでな。あの場所は本来の姿である、神通力を探求する場所ではなくなりつつある。神通力を秘匿すべく、惟神庁という見せかけの威厳を纏う下らないゴミ箱へ、才能や若人の人生を捨てる為の一本道と化している」
「日向分校の、見識ある友人も惟神庁を批判していました。きっと……それが事実なのでしょう。だとすれば周布さんは、神通力を探求したいが為に惟神庁へは進まず、一般社会に根ざしたのですか」
「そうだ。親類縁者との一切の縁を絶ってでも、私はその初志を貫徹したかったんだ。そうすれば金銭的援助もなにもない。崇高な志しとやらも、一世紀前ならいざ知らず、現代ではただのリスクだ。所詮は国や惟神庁といった集団の後ろ盾がなければ、あるかも分からない神秘の答えを探るという宗教的な大志でさえも、陰謀論やオカルトと同義の戯言だと思われてしまうのだよ。つまり、馬鹿や愚か者だと思われ、勘当されたのさ」
「ですが……僕は知っています。耳が聞こえない僕は、神通力を誰よりも身近に感じています。神通力は実在していると、僕は知っているんです……! 僕は、あなたが戯言を信じる馬鹿や愚か者には思えません!」
弥勒は感情が昂り、叫んでいた。言葉にならないあやふやな発音だが、その思いは直接、その場にいた全員の心の奥へと響いた。
「君が私と巡り合ったのも道理か。神通力を介し我々を引き合わせた、八百万の意思ともいうべきか」
そういい、周布は笑みをこぼし、遂に声高らかに笑いだした。
「なにかが変わる予感がする。八百万が見せた未来予知の類か、あるいは、高揚し酔いしれているだけだろうか……もう遅い。迎えが来れそうな通りまで送っていこう。だが皇弥勒君……君とはもう少し話がしたい」
「細い子供だが……まぁ詳細を後で聞かせてくれ五条ちゃん。お代は要らないよ」
そういってマスターは去っていった。
三十分後、弥勒店を閉めたマスターはバイトを帰し、お皿も片付けずに席へ戻ってきた。
「待たせてすまない。挨拶がまだだったね、私はラーメン屋を経営する周布一心(すふいっさ)だ。無論、惟神学園の関係者だ。いや、正確には元関係者だな。私は世にも珍しい中退をしたんだ。それで君の名前は?」
「惟神学園二年、皇弥勒です」
「皇? ホストみたいな名前だな」
そういって怪訝そうな顔をする周布に対し、五条が「東京から来た皇長官の息子だよ」といった。すると、周布の表情が変わった。
「あの皇長官の……これはおみそれした」
「いえ……それより、質問をしても宜しいですか」
「勿論だ」
「どうして惟神学園に在籍した過去がありながら……ラーメン屋なんて経営しているんですか。自営業を始める障害は据の多さを鑑みれば……その、大変でしょう。それに中退というのはつまり、惟神学園や惟神庁に席を置く……いわば上級国民の中の上級国民という身分を捨て、天涯孤独になったということですよね。金銭にそこまでの苦労をしてまで、叶えたい夢だったのですか?」
「否、ラーメン屋なんてやってられん。面倒くさくて堪らん。だが……自由に休める且つ普通に溶け込むには、割と適切な職業だったんだ」
「普通になりたかった訳ではなく……方便なのですか? まるで隠れ蓑(みの)の様ないい方ですが」
「そうだな。私は……惟神学園が嫌いでな。あの場所は本来の姿である、神通力を探求する場所ではなくなりつつある。神通力を秘匿すべく、惟神庁という見せかけの威厳を纏う下らないゴミ箱へ、才能や若人の人生を捨てる為の一本道と化している」
「日向分校の、見識ある友人も惟神庁を批判していました。きっと……それが事実なのでしょう。だとすれば周布さんは、神通力を探求したいが為に惟神庁へは進まず、一般社会に根ざしたのですか」
「そうだ。親類縁者との一切の縁を絶ってでも、私はその初志を貫徹したかったんだ。そうすれば金銭的援助もなにもない。崇高な志しとやらも、一世紀前ならいざ知らず、現代ではただのリスクだ。所詮は国や惟神庁といった集団の後ろ盾がなければ、あるかも分からない神秘の答えを探るという宗教的な大志でさえも、陰謀論やオカルトと同義の戯言だと思われてしまうのだよ。つまり、馬鹿や愚か者だと思われ、勘当されたのさ」
「ですが……僕は知っています。耳が聞こえない僕は、神通力を誰よりも身近に感じています。神通力は実在していると、僕は知っているんです……! 僕は、あなたが戯言を信じる馬鹿や愚か者には思えません!」
弥勒は感情が昂り、叫んでいた。言葉にならないあやふやな発音だが、その思いは直接、その場にいた全員の心の奥へと響いた。
「君が私と巡り合ったのも道理か。神通力を介し我々を引き合わせた、八百万の意思ともいうべきか」
そういい、周布は笑みをこぼし、遂に声高らかに笑いだした。
「なにかが変わる予感がする。八百万が見せた未来予知の類か、あるいは、高揚し酔いしれているだけだろうか……もう遅い。迎えが来れそうな通りまで送っていこう。だが皇弥勒君……君とはもう少し話がしたい」