12.幼馴染たち
ひとくちに田舎と言っても、コンビニだってあるし、ちょっとバスに乗って市街地に入ればファミレスだってカラオケ店だってある。
とはいえ、そこへ辿り着くまで少々時間がかかってしまうのが難点だが。
万屋荘を出て、裏口を通って最寄りのバス停へ向かい、バスに乗る。
数十分揺られた先の大学通りで降りて、皓子は目的地であるファミレス店へと到着した。
ユアーズ・ラックと斜めのフォントで書かれた店名は、この地域……というよりも、皓子たち学生には馴染みのお店だ。
よくユアラク寄ろ、と言ってお茶をしたり軽食を食べたりするのに使う。リーズナブルな値段でたくさん食べられるし、季節のアイスやパフェがあるので好評なのだ。
自動ドアを通り抜けて、こちらを見た店員に「待ち合わせです」と伝える。きょろ、と辺りを見回せば、奥の座席から手が振られた。
いた。
「こっちこっち」
呼ばれるままに、皓子が歩いて席へと向かえば、先に席を取っていた幼馴染の忍原福がにこりと笑った。
伸びた前髪をヘアピンで留め、後ろで一つ結びをしたヘアスタイル。彼女のトレードマークと言ってもいいほどお馴染みの髪型だ。垂れた細目にぷっくりとした涙袋の大人しい見た目で、性格も大人しいかと思えばそうでもない。
「福ちゃん、お待たせ。こだくんも」
「ええ、待ったわよ。だから木立が待てずにご飯頼んじゃったわ」
忍原が正面に座る男子、諏訪木立を指した。
諏訪も皓子の幼馴染の一人で、さらに言うと忍原と付き合っている。
元々三人で遊んでいた仲であったため、二人が付き合いだしたと知ってからは距離を置こうと考えたことがある。
だが、忍原も諏訪も揃って「二人きりにしてほしいときは言うし、勝手にするから、気にするな」とあちらから絡んできたことから、こうして三人で今も遊んでいる。
皓子にとって気の置けない存在の、大事な友人たちだ。
「だって腹減ったもん。こっこ、荷物ここ置いて福の隣座れよ」
諏訪は悪びれる様子もなく言って、忍原の手をどける。
短く切りそろえた髪は清潔感があり爽やかな印象を与えるが、態度はだるそうで爽やかさを台無しにしてしまっている。「まあ、俺はよく居るごく普通の男子高校生だから」というのは諏訪の口癖だ。
皓子の鞄を受け取って置いた諏訪がテーブルにメニューを広げる。軽く礼を言ってから、忍原の隣に皓子は腰を下ろした。
「というか、こっこが遅れるなんて珍しいじゃない。どうしたの」
「だよな。大体時間きっかりで来るじゃん」
「どうしたというか、そんな大したことじゃないんだけどね」
メニューを眺めながら、皓子は報告することがあるのを思い出した。
皓子の幼馴染たちは面倒見が良く、どこか皓子を妹や年下のように可愛がる癖がある。もちろん友人として大事にしてくれているともわかっているので、文句はない。
そんな二人が皓子に口を酸っぱくして言う言葉は「何かあったり、困ったりしたら言いなさい」だった。二人からすると、皓子はぼんやりしすぎていて危機感がないという。
特異な能力があるからか、危機感が育ちきっていないのは、皓子も自覚している。そのため、強く抗議できなかった。
「新しく、万屋荘に入ってきた人がいるんだけどね。その人と相談してて」
「へえ、どんな?」
相変わらず、諏訪は聞き上手だ。すかさず相槌をうってくる。
万屋荘について外部に出せる情報は限られている。そういう契約を皓子自身も吉祥と結んでいるためだが、住人の人柄程度までなら話すことは可能だ。
さらには、忍原と諏訪は皓子の幼馴染ということもあり、抜かりない吉祥から「万屋荘が関わることを無闇に話さない」と契約で縛りを与えられている。
万屋荘外の協力者というか理解者というか、そんな立ち位置にいるのだ。
ただ、そんなことをしなくてもこの二人は口が固いと、皓子はよく知っている。
「同い年の男の子なんだ。すごく都会っ子ってかんじで、お洒落だったよ」
「へえ、都会か!」
「ふうん……それで?」
感嘆まじりに言う諏訪とは反対に、忍原は頬杖をついて皓子を見た。
「それで? ああ、そうそう、それでね、明日いっしょにご飯食べに行くことになったんだけれど、いいお店とか二人は知ってる? 調べたけどあんまりわからなくて。あっ、でもね、美味しくて普段食べられないようなやつがいいなって決めてはいるんだあ」
思い出しながら、美味しいものを食べるということに心が浮きたつ。
佐藤原のクーポンは結構な量があったし、クーポンが適用できる飲食店は多い。いくら田舎でも、こうしてバスなどで乗り継げば結構な種類の店もある。
どうせなら普段食べられないようなものがいいな、と話してアリヤが笑いながら「いいね」と肯定してくれたのだ。いくつか候補を絞ったら、また今夜連絡する手はずとなっている。電話をもらったあとにSNSの連絡先も交換したので、それで。
そんな皓子を尻目に、忍原はしらっとした表情をした。
「木立、どう思う?」
「こっこが行くって決めてるなら、そう危ないやつじゃなさそうだけどさあ」
「そうよねえ……というか、こっこ。あんた、デートする相手できたのね」
「えっ?」
忍原に言われて、皓子は目を丸くした。まったくそんなつもりはなかった。
だが、確かに言われてみれば男女二人で出かけるならその定義に当てはまるのかも知れない。
(いやでも、御束くんと私が? ええ……?)
想像してみるが、まったくそんな感じがしない。
単純に、今の幼馴染たちと一緒にご飯を食べて帰るだけ。もしくは飛鳥とラーメンを食べて帰るだけ。そんな風にしか思えない。
だから、皓子はへらっと笑って忍原に首を振ってみせた。
「まっさかあ。ないない! 御束くんは都会でばっさばっさ女の人切ってるような人だもん」
とたん、忍原と諏訪が目配せをした。
「あんたちょっと抜けてるとこあるじゃない。余計、心配になるようなこと言うんじゃないわよ」
「福ちゃん心配性だなあ。私に悪さをしようとかは、できないのに」
「いや、こっこ、お前、そういうところだからな? ちがう気は起きるもんだろ」
音を立てて、グラス一杯のジュースを飲みきった諏訪が前のめりで言う。
それを「大丈夫だって」と流して、皓子は呼び出しボタンを押した。間もなくやってきたスタッフにメニューを指して注文を済ます。
「それはもっとないよ。相手に困ってないのにわざわざ私に声をかけると思う?」
「思うけど。言っとくけど、男子高校生は猿よ」
「そういう奴もいるんじゃね」
心配性な幼馴染たちにしぶい顔で肯定されて、逆に面食らってしまった。
「いや、本当に大丈夫だって。一緒にご飯食べるような人たちがいっぱいいるみたいだし。今回のも、万屋荘のことでクーポンをもらったときに、たまたま私が紹介したからっていうことで誘ってくれただけだし」
「いやいやいやいや。待て、こっこ。考え直せ。その情報で、さらに不安になった」
「どう聞いても、遊んでる奴の言葉じゃないの。断りなさいよ、そんな男」
「ええ……ぼろくそ言われてるな、御束くん……申し訳なくなってきた」
伝え方が悪かったのだろう。
アリヤ自身は、マメで根が真面目な人柄だと皓子は評価している。
万屋荘に越してきて一ヶ月。なんやかんやと騒動を起こした住民と比べると大人しく、手伝いもしてくれる優しい人だとも思っている。
だが皓子が否定をしてかばう度に、幼馴染二人が想像するアリヤがとんでもなく女にだらしない軽薄男になってしまっている。
確かに、遊び歩くとか来る者拒まずという話は何度も聞いたし、間違ってはいないのかもしれない。
だが、あの気配り上手なアリヤが、下手な手を打つだろうか。皓子に手を出すなんて、万屋荘で不利になることをするほど頭だって悪くないはずだ。
だから、大丈夫。そう確信を持って言えた。
「ほら、そんなことより。おすすめのお店教えて。福ちゃん詳しいでしょ? こだくんと一緒に行ったりする、よね?」
「するけど、ねえ」
はあ、と溜息をついた忍原は携帯端末のパネルをスワイプ操作して、いくつかの店が並ぶマップを表示させた。
忍原の趣味は、スイーツ巡りで、個人的にスイーツマップを作っては彼氏である諏訪や皓子を誘って実食しにいくのである。
「木立」
「わかってるって。こっこ、そいつの名前、教えてみ?」
忍原に名前を呼ばれて、にこっと爽やかに笑った諏訪が聞いてくる。何か含みがある笑みだ。
皓子が見返せば「言ってみ」とさらに促され、隣の忍原には「交換条件よ」と肘でつつかれた。
「ほかで名前を出したら、迷惑になっちゃうから控えてね、こだくん。名前は、御束アリヤくん。マロスさんの息子さんだよ」
「ふーん。マロスさんの。へえ。わかった」
聞くなり諏訪も、猛スピードで携帯端末に打ち込んだ。数秒後「げっ」と声をあげる。
「はー……へえ。なるほどなあ」
「木立、あとで教えて」
「おっけ。というか、顔いいな、こいつ」
「だよねえ。びっくりしちゃった」
同意すれば、諏訪は唸る。
「まじでさ。こっこ、遊ばれて喰われたりとかしない?」
「だーかーら。大丈夫だって、こだくん」
「吉祥さんにはちゃんと言ったんでしょうね」
携帯画面から目を離さず、真剣に店を選んでいる忍原が言う。それはもちろんのことだと、皓子はうなずいた。
「言ってるよ。ついでに買い物頼まれた」
「そう。それなら……いいわ」
「まあ、それなら」
「二人ともなんでばばちゃんが言うなら引き下がるの。私が言っても聞いてくれないのに」
昔から、この幼馴染二人は吉祥に頭が上がらない。どうにも幼い頃に吉祥にこっぴどく叱られたことが起因らしい。
吉祥がひとこと言えば、二人は主に付き従う者のように従順になるのだ。
「長いものには巻かれるのよ」
「だって、こっこのばーちゃん強いじゃん。世が世ならテッペンとるやつの後ろで糸引いてるやつじゃん」
口々に言って重々しくうなずいている。諏訪のたとえはなんとなくわかってしまうだけに、苦笑いが出てしまう。
やがて、頼んだ料理が運ばれてきた。
諏訪には大盛りの定食、忍原には大きな苺パフェだ。どちらも一人分には少々多い量を頼んでいるのはいつものこと。諏訪も忍原もよく食べる。行動や思考が似ているのも二人がいとこ同士だっていうのもあるのだろう。
「そうそう。もし戦国乱世だったらウチの家が仕えてたわね」
「そういうなら、俺ん家のほうだろ」
はきはき喋る忍原に、諏訪がつっこむ。
皓子が万屋荘や能力の秘密があるように、幼馴染たちにも秘密がある。それもこれも、万屋荘を建てたときの呪いによるものではと、皓子はいまだにいぶかしんでいる。
元々、万屋荘を建てるより前。
普通のアパートに住んでいたころ――小学一年くらい――からの顔なじみなのだが、一気に仲良くなったのは同じクラスになった小学三年のときだった。奇しくも、万屋荘ができたときのことである。
水茂に佐藤原といった面子が入居した傍らで、「こっこちゃん、あのね」と声をかけてくれて以来、仲良くしてもらっている仲だった。
――そんな諏訪と忍原は、いわゆる忍者の末裔だ。
現在ではスパイのようなものを家業としているらしい。
だから二人して地味で埋没するような格好をし、相手に警戒されないような話術を駆使して情報を集める。時代劇や漫画でみるような派手な忍者ではなくて、昔ながらの工作員のようなものだと説明された。
そのこともあってか、情報にはめっぽう強い。
忍原が皓子のリクエストに応じて、手頃で学生が行っても大丈夫な店の情報をリストアップすることも容易なことだ。そして諏訪が瞬時にアリヤの顔を知ったのもそういうわけである。
おそらく、もっと時間をかければ二人してアリヤの細かな情報を抜いてくることだろう。
「二人とも、ほどほどでいいからね」
念のために声をかけると、おざなりな返事が二重に返ってきた。
この幼馴染たちは、家業柄もあるが情報集めも好きで趣味としている面があるのである。熱中すると、皓子を置き去りにしかねない。
そんな二人の様子を見ているうちに、皓子の注文したものが運ばれてきた。
やがてそのまま食事を始めれば、とりとめもない話題に花が咲く。忍原が調べ上げた店の情報をそれぞれ言い合いながら、時間は過ぎていった。