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作者: ちありや
新たなる英雄譚(序章)
「よぉ、初めまして。お前に会うのを楽しみにしていたんだよ、よろしくな!」

 …これで何度目だろう? 誰かに会う度にその『誰か』は、俺じゃなくて俺の後ろにいる『あの人』の影を見る。小学校を卒業してから先、俺は『俺』として見られた記憶が無い。

「よろしくお願いします…」
 俺は名乗りもせずに無愛想に答える。豪快で元気なタイプの隊長さんだ。俺も昔はそれなりに明るくて元気だったんだが、ここ数年でその明るさはすっかり鳴りを潜めてしまっている。


 世界から『虫』が消えておよそ7年。
 虫の脅威が無くなった事で、人類は地球へと帰還しようという運動が盛んになっていた。

 地球連合が国家プロジェクトとして建国以来300年余りに渡って続けてきたテラフォーミングによって、かつて干乾びた海は地表の50%程度には回復し、地球という惑星は徐々に青色を取り戻しつつあった。

 輝甲兵が飛び回っていた時代に区分けされた地域を元に、四大国は再開発に力を入れる様になっていったのだが、その流れで窮屈なコロニー生活を抜け出して、地球での生活を求める層が急増、コロニーから地球への『逆移民』が多数行われる様になった。

 かつてないほどに地球とコロニーの往来が活発になり、新たな時代の幕開けと思われたが、別な問題も浮上してきた。
『海賊』と『テロリスト』である。

『幽炉同盟の乱』以後、軍部に大きな損害を受けた各国は、緊縮財政を敷き、軍隊を縮小し始めた。その際に職をあぶれた『元軍人』らが海賊に転身したり、
『人類はまだ傷の癒えていない地球に帰るべきではない』と標榜するアンチ帰還派、通称「ガイアズム」と呼ばれる環境テロリストが破壊行為を繰り返しているのが現代の地球を取り巻く状況だ。


 俺が軍人になったのは『あの人』の影響が大きい。それは否定しない。
 羨望と嫉妬、更には男の矜持が大きな理由だ。
 俺は偉大な『あの人』に追いつき、追い越さねばならない。そうする事でようやく俺は『俺』として自己を確立出来る気がするんだ。

 俺が訓練課程を終了し、初めて配属されたここカラチ基地は、かつてパキスタンと呼ばれた地域の都市近郊に造られた、大東亜連邦の前哨基地だ。
 基地の近くに『入植』された人達が町を作り、木材や鉄鉱等の資源を採集しては宇宙の本国に移出する、という生活を送っている。

 俺の仕事は『重甲兵』に乗って作業現場の警備をしたり、森林の伐採や鉱山での採掘の手伝いをする事だ。
「ガイアズム」による破壊行為から人民を守る為、という名目で警備をしているが、他の地域ではいざ知らず、カラチではそんなテロ事件とは無縁であり、作業の手伝いが本業に成り代わりつつある。

「こんな事ではいつまで経っても『あの人』には追い付けないじゃないか…」
 平和なのは良い事なのだが、軍人として、操者として活躍の場が無いのはいささか焦燥感を禁じえない。

「どうした? 暗いな若者よ!」
 カラチに来て1ヶ月ほど過ぎた頃、基地の食堂で独り飯を満喫していた俺に隊長の清田中尉が話しかけてきた。
 この人だってまだ歳は23か4で、十分若者のはずなのだが、あの『すざく』の激戦を生き抜いてきたベテランでもあり、年齢以上の貫禄を備えていた。

 やや暑苦しい所はあるが、部下思いで正義感に溢れる優しい人だと思う。

「むむ? 『こんな辺境警備じゃ俺はいつまで経っても彼女を超えられない』って顔をしているな」

『…………』

 俺の憂鬱は清田隊長にはお見通しらしい。いっそ海賊退治の宇宙部隊に志願してこんな退屈な場所から……。

「隊長っ! 俺は…」

 隊長は俺の言葉を軽く右手を上げて遮る。その瞳にはいつもの激情は消え、穏やかな賢者の様な光が宿っていた。

「お前が『あの人』を常に意識しているのは知っているし、周りの人間もお前の事を『あの人の付属物』と思っている奴も多いだろう。でもな、焦る必要なんて無いんだぞ?」

「でも…」

「実はな、俺らは以前『あの人』からお前の事を聞いてるんだよ。『明るくて元気な弟が居るから清田准尉と気が合うかもね』ってな。だからお前がこの基地に来てくれて凄く嬉しかったんだ」

「隊長…」

「お前はお前だ。今はノンビリしっかり自分を鍛えておけ。どうせ人類は近いうちに地球の資源を取り合ってまた喧嘩を始める。その時に改めて『あの人』を乗り越えてお前の伝説を作ってみせろ、鈴代すずしろ 辰雄たつお少尉!」

 …清田隊長にそう言われて、心のモヤモヤが少し晴れた気がする。
 少なくともこの人は俺の事を『鈴代美由希あのひとの弟』では無く、一個人の鈴代辰雄として見てくれる。

 海賊やテロリスト、そして国同士の争い、今後の情勢はますます不穏になっていくだろう。その中で俺は俺の居場所を見つけられるだろうか? 新しい伝説とやらを築けるだろうか?

 今の俺はまだ何者でも無い一介の操者だが、夢だけは大きく持ちたいと思う。
 俺が『鈴代美由希の弟』と呼ばれるのでは無く、姉さんが『鈴代辰雄の姉』と呼ばれる日が来る事を信じて祈って、精進しよう。

 清田隊長は更に微笑みながらこう付け加えた。
「今度の休みには俺の家に遊びに来いよ。俺のカミさんも鈴代さんの元部下でな、お前の話をしたら会いたがっていたんだ。狭い官舎だが、ご馳走は約束するぞ!」
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