鈴代 美由希
71を送り返して1年が経った……。
あの時の事は正直血が足りなくて、あまりよく覚えていない。
確実に言えるのは71にきちんとお別れが言えなかった事と、私があの後輝甲兵の操者を引退した事だ。
それからの事を少し話そう。
「幽炉同盟の乱」と後世に語られる戦争のあと、私達『すざく』の乗員は、S&B本社衛星に1ヶ月以上も逗留していた。
衛星の医務室で治療を受けた私だったが、やはり無理が祟ったのか左目は完全に失明、左肩は可動域が半分ほどになってしまった。
再生医療やサイバー化も勧められたがいずれも断った。空を飛ぶ楽しさはまだ持っているが、敵を倒す爽快感が不思議なくらいに心から抜けてしまったからだ。
『すざく』に戻った後も、私達はしばらく無為な日々を過ごしていた。と言うのも我々の所属勢力であるソ大連からの連絡が全く無くなってしまったからだ。
ソ大連からテレーザ隊にはすぐに帰還命令が出たのだが、私達『すざく』隊には「帰ってこい」とも「別の任務だ」とも言われないまま長い時間が経過していた。
あとからテレーザさんに聞いた話だが、この時期ソ大連ではクーデター騒ぎがあったらしい。カポレフ書記長の病死がニュースで伝えられた事があったが、それが怪しい事態に直結するのかどうかは私は知らない。
動けなかった理由はもう1つある。『すざく』がS&B本社衛星に突入した際の衝撃で、回路のほとんどが焼け落ちて復旧がほぼ不可能な状態になっていたのだ。
当然『すざく』の突っ込んだ衛星のブロックは大きく破損し、死傷者は居なかったものの、その損害額の負担責任は『すざく』の管理勢力にある。ソ大連が沈黙していたのはその辺りの責任の被せ合いが難航しているから、だと長谷川大尉は言っていた。
『すざく』の中は大きく変わっていない。71と田中中尉が居なくなっただけだ……。
テレーザさんの部隊も何名か亡くなっていたようだが、その士気はまだ高かった。テレーザさん自身があの絶望的状況から生還した事が大きいのだろう。
高橋大尉が言うには、テレーザさんとの戦いで『鎌付き』の動きが止まったのは大尉の工作のおかげらしい。本当かどうかはうかがい知れないが、もしそうなら高橋大尉はテレーザさんの命の恩人だ。
私はと言えば、猫のワガハイに露骨に敵意を向けられる様になった。恐らくは71絡みの理由だろうが、あれはもう不可抗力だったと思っている。
あれから世界は… ほんの少しだけ変わった。
まず世界的には、地球連合政府の公式発表として『この半世紀世界中を脅かしていた虫とは、シマノビッチ博士の作り出した生物兵器であり、この度S&B社を占拠していたシマノビッチ博士を地球連合艦隊の攻撃によって殺害した事で、長く続いた戦乱は終結を迎えた』と報じられた。
連合トップエースの田中『少佐』の劇的な戦死、ランク2位のベイカー兄妹の活躍、そして田中少佐の遺志と機体の欠片を受け継いだ私の奮闘、その他諸々。
映像的には幽炉同盟の輝甲兵は全て虫の絵に差し替えられ、それはそれは感動的な『物語』を紡ぎ上げてくれた。
私や『すざく』の活躍が大々的に報じられたおかげで、祖国『大東亜連邦』よりかけられていた逆賊の汚名も堂々と雪ぐ事が出来た事は僥倖であった。
おかげで東亜本国からの「帰ってこい」コールを受ける事になる。この事をソ大連に問い合わせても「好きにしろ」という返事しか帰ってこなかった為に『すざく』は晴れて東亜に帰参する運びとなった。
「一度は逆賊扱いしておいて、戦果を上げたからと言って『帰ってこい』はふざけている」という意見もあったが、今回の戦いで東亜が国としては『何も貢献していない』状況を脱する為に私達を必要としている以上、暗殺や逮捕を含む無碍な態度は取らないだろう、というのが永尾艦長の考えだ。
でもそのおかげで私は両親や弟に再び会う事が出来た。
世界は少し変わった。あくまで『少し』だ。でもある分野においては『大きく』変わった。
今回の事件で幽炉に対する不信感が連合国家の上層部で湧き上がったらしい。いつまたシマノビッチの様な犯罪者が蜂起するかも知れない。いつまた輝甲兵の虚空現象を悪用した勢力が出てくるかも知れない。
そんな意見に押されて、輝甲兵は緩やかにではあるがその数を減らしている。具体的にはS&Bや縞原重工が新規に幽炉を製造しなくなった為に、幽炉の補充が今まで通りに出来なくなった、という理由もある。
今、世界は輝甲兵に代わり新型の人型兵器である『重甲兵』に移り変わりつつある。
新型と言っても、輝甲兵とは似ても似つかない『手足の生えた重機』とでも言った方が正確な無骨な意匠だ。
重甲兵の『重』の字は『重装甲』ではなく『鈍重』の『重』だと揶揄されている程だ。
幽炉では無く大きな電池、或いは有線の電気ケーブルを繋げて動く、技術的には100年は後退しているであろう機動兵器。
動きは遅く、稼働時間も短く、空も飛べない。そんな兵器がこれからの主力になるらしい。何とも嘆かわしい事ではないか。
輝甲兵に比べれば難点だらけの新兵器だが、良い面もある。まず、幽炉やスペクトナイトの様な高価な素材を必要としなくなり、また機密に属する技術の使用もほぼゼロになった。
その為に機体の単価が減り大量生産が可能となり、そのいくつかは民需用としても使われる事になった。
そして飛べない事による活動範囲の縮小は、国家間で秘密裏に行われていた戦争の縮小も意味していた。
いつかは規定の場所での模擬戦闘によって、スポーツの様に平和理に血を流さずに国家間の争いが解決される日も来るだろう。
そして私は今、軍の操者訓練校で教官をしながら後続を鍛えている。
左目と左腕が不自由になったからと言って、その辺の操者に遅れを取るつもりは無い。けれども前述の様に『戦闘』に関してのカタルシスが失せてしまった今では、前線に留まっても何も良いことは無い、と思えたのだ。
幽炉やスペクトナイト、偏向フィルターの使用は中止されたが、『神経接続操作システム』は重甲兵に代わっても未だ現役だ。
人の動きを模して動作する兵器を使わせたら、私は今でも世界有数の腕前があると自負している。
そんな私が出来るのは、新兵達に少しでもその技術を伝授する事だと思い、教官職を希望したのだ。
私の様な傷痍軍人の後方への転属は比較的希望が通りやすい。
実は「近衛隊に来ないか?」と言うお誘いも受けていたのだが、例の件で近衛隊への信用度は無くなってしまったので、お断りさせて頂いた。
もし実現すれば「史上初の女性近衛隊員」として脚光を浴びたかも知れない。まぁ、それが煩わしいが為にお断りした訳でもあるのだが。
「鈴代ちゃんオッス! 遊びに来たよん」
高橋大尉だ。彼女もたまに訓練校に顔を出して様子を見に来てくれる。
彼女は戦後、縞原重工から正式にS&B社に転職し(あの戦いの後、S&Bに太いコネが出来たらしい)、詳しくは知らないが新しい研究に没頭しているそうだ。
71が居なくなった後の幽炉の抜け殻からは、アンジェラの痕跡は発見されなかった。全て無くなるとは高橋大尉も想定外だったようで、箱を叩いたりひっくり返して見てみたりと諦めの悪い行為を繰り返していたものだ。
「もしかしてアンジェラちゃんは71くんに従いて行っちゃったのかも…?」
との仮説も話していたが、もしそうなら『向こう』でまた騒がしくやっているのだろうか? それを想像すると笑顔が漏れる。
「どう? 教官仕事は板についてきた?」
「いえ、まだまだ新米達には舐められてますよ。私より年上の訓練生だってゴロゴロいるんですから」
「そっかー、この間長谷川さんから聞いたけど、『すざく』は退役、廃艦処理だってさ。同時に『すざく計画』も予定されていた4番艦まで全て中止、廃棄されるらしいよ」
「…そうですか。あんな綺麗な戦艦を捨てちゃうなんて少し寂しい気もしますね。長谷川さん達は元気でしたか?」
「うん、渡辺さんや武藤さん、元鈴代小隊の皆も元気そうだったよ。『すざく』退役に合わせて皆バラバラになっちゃうみたいだけどね…」
「そうですか… でもまぁ生きてればそのうちまた会えますよね」
「そうだね。あの激戦を生き延びた人達がそう簡単に死ぬ訳ないもんね」
「はい!」
「…そう言えば、ずっと聞きたかったんだけど、結局鈴代ちゃんと71くんて、どういう関係だったの?」
「えー? そうですねぇ…」
…私が71に抱いていた感情はとても複雑だ。
まどかやアンジェラが最後に「好きだ」と言っていたが、私も71が『好き』か『嫌い』かと言えば『好き』と答えるだろう。
しかし、それが即恋愛感情かと言うと少し、いやかなり怪しい。
ダメな弟に対する保護愛の様な気もするし、気のおけない男友達の様な気もする。
『男性として惹かれていた』のだろうか? 彼の明るさや優しさに助けられた事は何度もあった。その行動力や思わぬ機転を頼もしく思った事もあった。
ひとしきり考えた後で出した私の答えは一言「…相棒です」だった。
あの時の事は正直血が足りなくて、あまりよく覚えていない。
確実に言えるのは71にきちんとお別れが言えなかった事と、私があの後輝甲兵の操者を引退した事だ。
それからの事を少し話そう。
「幽炉同盟の乱」と後世に語られる戦争のあと、私達『すざく』の乗員は、S&B本社衛星に1ヶ月以上も逗留していた。
衛星の医務室で治療を受けた私だったが、やはり無理が祟ったのか左目は完全に失明、左肩は可動域が半分ほどになってしまった。
再生医療やサイバー化も勧められたがいずれも断った。空を飛ぶ楽しさはまだ持っているが、敵を倒す爽快感が不思議なくらいに心から抜けてしまったからだ。
『すざく』に戻った後も、私達はしばらく無為な日々を過ごしていた。と言うのも我々の所属勢力であるソ大連からの連絡が全く無くなってしまったからだ。
ソ大連からテレーザ隊にはすぐに帰還命令が出たのだが、私達『すざく』隊には「帰ってこい」とも「別の任務だ」とも言われないまま長い時間が経過していた。
あとからテレーザさんに聞いた話だが、この時期ソ大連ではクーデター騒ぎがあったらしい。カポレフ書記長の病死がニュースで伝えられた事があったが、それが怪しい事態に直結するのかどうかは私は知らない。
動けなかった理由はもう1つある。『すざく』がS&B本社衛星に突入した際の衝撃で、回路のほとんどが焼け落ちて復旧がほぼ不可能な状態になっていたのだ。
当然『すざく』の突っ込んだ衛星のブロックは大きく破損し、死傷者は居なかったものの、その損害額の負担責任は『すざく』の管理勢力にある。ソ大連が沈黙していたのはその辺りの責任の被せ合いが難航しているから、だと長谷川大尉は言っていた。
『すざく』の中は大きく変わっていない。71と田中中尉が居なくなっただけだ……。
テレーザさんの部隊も何名か亡くなっていたようだが、その士気はまだ高かった。テレーザさん自身があの絶望的状況から生還した事が大きいのだろう。
高橋大尉が言うには、テレーザさんとの戦いで『鎌付き』の動きが止まったのは大尉の工作のおかげらしい。本当かどうかはうかがい知れないが、もしそうなら高橋大尉はテレーザさんの命の恩人だ。
私はと言えば、猫のワガハイに露骨に敵意を向けられる様になった。恐らくは71絡みの理由だろうが、あれはもう不可抗力だったと思っている。
あれから世界は… ほんの少しだけ変わった。
まず世界的には、地球連合政府の公式発表として『この半世紀世界中を脅かしていた虫とは、シマノビッチ博士の作り出した生物兵器であり、この度S&B社を占拠していたシマノビッチ博士を地球連合艦隊の攻撃によって殺害した事で、長く続いた戦乱は終結を迎えた』と報じられた。
連合トップエースの田中『少佐』の劇的な戦死、ランク2位のベイカー兄妹の活躍、そして田中少佐の遺志と機体の欠片を受け継いだ私の奮闘、その他諸々。
映像的には幽炉同盟の輝甲兵は全て虫の絵に差し替えられ、それはそれは感動的な『物語』を紡ぎ上げてくれた。
私や『すざく』の活躍が大々的に報じられたおかげで、祖国『大東亜連邦』よりかけられていた逆賊の汚名も堂々と雪ぐ事が出来た事は僥倖であった。
おかげで東亜本国からの「帰ってこい」コールを受ける事になる。この事をソ大連に問い合わせても「好きにしろ」という返事しか帰ってこなかった為に『すざく』は晴れて東亜に帰参する運びとなった。
「一度は逆賊扱いしておいて、戦果を上げたからと言って『帰ってこい』はふざけている」という意見もあったが、今回の戦いで東亜が国としては『何も貢献していない』状況を脱する為に私達を必要としている以上、暗殺や逮捕を含む無碍な態度は取らないだろう、というのが永尾艦長の考えだ。
でもそのおかげで私は両親や弟に再び会う事が出来た。
世界は少し変わった。あくまで『少し』だ。でもある分野においては『大きく』変わった。
今回の事件で幽炉に対する不信感が連合国家の上層部で湧き上がったらしい。いつまたシマノビッチの様な犯罪者が蜂起するかも知れない。いつまた輝甲兵の虚空現象を悪用した勢力が出てくるかも知れない。
そんな意見に押されて、輝甲兵は緩やかにではあるがその数を減らしている。具体的にはS&Bや縞原重工が新規に幽炉を製造しなくなった為に、幽炉の補充が今まで通りに出来なくなった、という理由もある。
今、世界は輝甲兵に代わり新型の人型兵器である『重甲兵』に移り変わりつつある。
新型と言っても、輝甲兵とは似ても似つかない『手足の生えた重機』とでも言った方が正確な無骨な意匠だ。
重甲兵の『重』の字は『重装甲』ではなく『鈍重』の『重』だと揶揄されている程だ。
幽炉では無く大きな電池、或いは有線の電気ケーブルを繋げて動く、技術的には100年は後退しているであろう機動兵器。
動きは遅く、稼働時間も短く、空も飛べない。そんな兵器がこれからの主力になるらしい。何とも嘆かわしい事ではないか。
輝甲兵に比べれば難点だらけの新兵器だが、良い面もある。まず、幽炉やスペクトナイトの様な高価な素材を必要としなくなり、また機密に属する技術の使用もほぼゼロになった。
その為に機体の単価が減り大量生産が可能となり、そのいくつかは民需用としても使われる事になった。
そして飛べない事による活動範囲の縮小は、国家間で秘密裏に行われていた戦争の縮小も意味していた。
いつかは規定の場所での模擬戦闘によって、スポーツの様に平和理に血を流さずに国家間の争いが解決される日も来るだろう。
そして私は今、軍の操者訓練校で教官をしながら後続を鍛えている。
左目と左腕が不自由になったからと言って、その辺の操者に遅れを取るつもりは無い。けれども前述の様に『戦闘』に関してのカタルシスが失せてしまった今では、前線に留まっても何も良いことは無い、と思えたのだ。
幽炉やスペクトナイト、偏向フィルターの使用は中止されたが、『神経接続操作システム』は重甲兵に代わっても未だ現役だ。
人の動きを模して動作する兵器を使わせたら、私は今でも世界有数の腕前があると自負している。
そんな私が出来るのは、新兵達に少しでもその技術を伝授する事だと思い、教官職を希望したのだ。
私の様な傷痍軍人の後方への転属は比較的希望が通りやすい。
実は「近衛隊に来ないか?」と言うお誘いも受けていたのだが、例の件で近衛隊への信用度は無くなってしまったので、お断りさせて頂いた。
もし実現すれば「史上初の女性近衛隊員」として脚光を浴びたかも知れない。まぁ、それが煩わしいが為にお断りした訳でもあるのだが。
「鈴代ちゃんオッス! 遊びに来たよん」
高橋大尉だ。彼女もたまに訓練校に顔を出して様子を見に来てくれる。
彼女は戦後、縞原重工から正式にS&B社に転職し(あの戦いの後、S&Bに太いコネが出来たらしい)、詳しくは知らないが新しい研究に没頭しているそうだ。
71が居なくなった後の幽炉の抜け殻からは、アンジェラの痕跡は発見されなかった。全て無くなるとは高橋大尉も想定外だったようで、箱を叩いたりひっくり返して見てみたりと諦めの悪い行為を繰り返していたものだ。
「もしかしてアンジェラちゃんは71くんに従いて行っちゃったのかも…?」
との仮説も話していたが、もしそうなら『向こう』でまた騒がしくやっているのだろうか? それを想像すると笑顔が漏れる。
「どう? 教官仕事は板についてきた?」
「いえ、まだまだ新米達には舐められてますよ。私より年上の訓練生だってゴロゴロいるんですから」
「そっかー、この間長谷川さんから聞いたけど、『すざく』は退役、廃艦処理だってさ。同時に『すざく計画』も予定されていた4番艦まで全て中止、廃棄されるらしいよ」
「…そうですか。あんな綺麗な戦艦を捨てちゃうなんて少し寂しい気もしますね。長谷川さん達は元気でしたか?」
「うん、渡辺さんや武藤さん、元鈴代小隊の皆も元気そうだったよ。『すざく』退役に合わせて皆バラバラになっちゃうみたいだけどね…」
「そうですか… でもまぁ生きてればそのうちまた会えますよね」
「そうだね。あの激戦を生き延びた人達がそう簡単に死ぬ訳ないもんね」
「はい!」
「…そう言えば、ずっと聞きたかったんだけど、結局鈴代ちゃんと71くんて、どういう関係だったの?」
「えー? そうですねぇ…」
…私が71に抱いていた感情はとても複雑だ。
まどかやアンジェラが最後に「好きだ」と言っていたが、私も71が『好き』か『嫌い』かと言えば『好き』と答えるだろう。
しかし、それが即恋愛感情かと言うと少し、いやかなり怪しい。
ダメな弟に対する保護愛の様な気もするし、気のおけない男友達の様な気もする。
『男性として惹かれていた』のだろうか? 彼の明るさや優しさに助けられた事は何度もあった。その行動力や思わぬ機転を頼もしく思った事もあった。
ひとしきり考えた後で出した私の答えは一言「…相棒です」だった。