第62話 アンタは一体ナンなんだ
〜テレーザ視点
「敵本拠より大型の反応あり。幽紋解析、『鎌付き』です!」
赤熊部隊から鹵獲したT30-クラスハ(30式丙型)から(武藤)マイコの声が届く。
声だけ聞いてるとマイコは年齢相応の女性に思える。彼女の幼い外見は東亜秘伝の魔法によるアンチエイジング術なのだろう。そのうち教えて貰おうと思っている。
さて、どうやら敵のボス御本人の登場らしい。幽炉同盟コロッサス部隊の後方より、舞台の奈落からせり上がる役者の様に現れたT-1型人型飛行戦車初号機、ヤコフの機体が現れる。
《おいおい、米連艦隊の諸君。我が幽炉同盟の拠点には未だ米連国民が2000余名居住している。我々は彼らを厚く遇しており、現在まで1名たりとも粛清の対象にしていない、全員が健やかに過ごしている。これ以上米軍の攻撃が続くようであれば、我々も慈悲の心を捨てざるを得ないな…》
ヤコフ、いやニコライ・シマノビッチこと『鎌付き』が、どこかの指導者の如く高らかに演説を始めた。
自分らで無理やり武力占拠したくせに、まるで米軍のせいで危険な目に遭っているとでも言いたげな発言に怖気立つ。
ニコライ・シマノビッチ。こいつが… こいつさえ居なければ私の大切な人達は誰も死なずに済んだのだ。エリカ、ヤコフ、そしてタカシ… 赤熊部隊との戦いで戦死したボルクとタチアナだって、今回の事件に巻き込まれて居なければ死ぬ事も無かっただろう。
私の部隊が祖国であるソ大連から狙われているのも、元はと言えばこいつの責任なのだ。
幽炉の開発者が半世紀の時を越え現代に現れた。米連に亡命したシマノビッチがなぜT-1の幽炉になっているのか? 最早そんな事情はどうでも良い。
私に与えられた任務は『反乱逃亡したT-1の初号機を捕獲、或いは撃滅せよ』だ。そして私の気持ちは『全てを奪った手前を打ちのめしたい』だ。
こいつさえ居なければ……。
「…アンタは、アンタは一体ナンなんだぁーっ!!」
T-1初号機をこの目で確認した瞬間に私の理性は死亡した。今私はこのT-1弐号機という鎧を身に纏い、1匹の獣となってシマノビッチに襲いかかろうとしていた。
ヤコフとエリカのミェチェスキー兄妹と私は物心付いた頃からの幼馴染みだ。
ヤコフとエリカは2歳差で、その隙間に入る形の年齢で私がいた。つまりわたしにとってヤコフは兄の様な物だし、エリカは妹の様な物だ。
共産党員ではない者がソ大連で出世するのはとても難しい。そして党員であっても家柄や学閥を元にした決して変えられない序列は存在するのだ。
そんな中で下級党員や非党員が身を立てるのに最も有効な手段は『軍隊で活躍する』事であった。
奇しくも『虫』と呼ばれる謎の宇宙怪獣と人類が激しく戦っている、という世界情勢で、私達を含むほぼ全ての子供達は『人類を守る正義の戦士』として戦う気概を持ち、実際に戦いにその身を投じていった。
ミェチェスキー兄妹と私は人民学校卒業後、兵学校に進み、順調に士官課程へと進級して行った。
人型飛行戦車の飛行士となるべく、厳しい訓練と度重なる選考の末、私とヤコフは特機であるT-1の飛行士として専任された。
ヤコフと私の関係は『恋敵』だろうか? 私とエリカは10歳の頃にはすでに心を通じ合わせて恋人関係になっていたのだが、ヤコフは私達の関係が面白くなかったらしく、ことある毎に横槍を入れてきた。
その辺りの事は話すと長くなるので割愛するが、エリカを巡ってバチバチと火花を散らしているうちにヤコフにも可愛い所があるんだな、と思い始めていた。
人民学校の卒業式の夜にはヤコフの童貞を貰ってやったりしたもんだ。
まぁ、私も男相手は初めてだったんだけどさ……。
ヤコフは軍人なんかよりも学者肌の、荒事の似合わないウラナリ君だった。常に本を持ち歩き、暇があればそれを読んでいた。
基本的に穏やかな性格で、子供の頃から乱暴な言動を振るう所を見た事が無かった。
そんなヤコフが戦闘中にエリカを刺し殺して味方の基地を壊滅させ、何処かへ逃亡した、という情報を私は最初理解出来なかった。
『きっと何かの間違いだ。妹大好きお兄ちゃんなヤコフがエリカを殺す訳が無い』そんな気持ちで追跡任務に志願した。
何か事情があるならば、それを一番最初に聞くのは憲兵隊や党の政治局員では無くこの私だ。そう信じていた……。
その後『すざく』と出会って、尋常ならざる多くの経験を繰り返して今に至る訳だ。
…思えば遠くまで来たものだ。軍の脱走者を追っていたら、いつの間にか人類を守る全面戦争に参加していた。
『すざく』で『鎌付き』と呼ばれるT-1初号機の中に居るのは、もう慣れ親しんだヤコフでは無い。
ここまでの流れで一向にヤコフの存在が覗えないのは、ヤコフがすでに退場しているからだろう。
それがT-1初号機からなのか現世からなのかは、私には分からない。ただ『すざく』内で見せてもらった映像にはタカシの剣でコクピットを貫かれている初号機があった。それだけでもう十分だった。
この数奇な運命に私は微笑みを投げかけたい。今となってはエリカとヤコフに何が起きたのか、その真実を探る術は既に絶たれている。
しかし、経緯はともかく『その元凶』が目の前にいるならとりあえず殴っておけば間違いない。少なくともその機会は得られたのだから。
「おいテレーザ、よせ! 1人で突っ込むな!」
「我らが姫隊長が突撃あそばされたぞ? 俺らはどうするんだ?」
「テレーザ、無茶よ!」
「こりゃ放っておけねぇな」
「やれやれね…」
「おいワタナベ、悪いが俺達は…」
「大丈夫だ。ここは任せてお前らの隊長を助けに行け。鈴代隊は引き続き俺と支援任務だ」
最後に聞こえた日本語は、私の部下を預けていたワタナベの声だ。その後にミユキの部下達の声が続く。ミユキの機体の修理が終わるまでの措置で、彼らはワタナベの指揮下に入っていた。
ワタナベにも少なからず世話になった、後でお礼をしないとね。
だが今は目の前の『鎌付き』だ。私の飛び込んだ後を追う様にイワンが、ゾフィが、マリアが… グラコワ隊の部下たちが突撃する。
1機の『コロッサス』が『鎌付き』と私の間に割り込む様に滑り込み、私に向けてビーム砲を向ける。
慌てて回避運動に入る直前、そいつが頭から火を吹き出して基地へと落ちて行った。
「ハーイ、ロシアの特機さん、敵のコロッサスはこっちで抑えてあげるから存分に暴れてきて!」
若い女の声、米軍のアレックスとかいう撃墜王かな? 『すざく』のブリーフィングで顔だけは見た記憶がある。
コロッサス同士の撃ち合いが始まる。特攻自爆を仕掛けてきていたゾンビ達も、ワタナベら狙撃部隊が確実に数を減らしている。
米軍は2000人を見殺しにしてでも、シマノビッチの脅しには乗らない選択をしたようだ。
世紀の大悪党『鎌付き』を倒す為にソ大連、大東亜連邦、全米連合が手を取り合って戦っている。壊滅してしまったが、欧州帝国もこの戦いに参加していた。
つまり世界の四大国の全てが手を取り合って、『幽炉同盟』という共通の敵に立ち向かっているのだ。
一見感動的な場面だ。世界規模で後ろ暗い事の証拠隠滅を図っている構図で無ければ……。
幽炉を二段開放し、『鎌付き』を射程に捉える。しっかりと狙いを定めて、挨拶代わりに突撃銃を斉射する。
『鎌付き』は簡単に上方に回避、その名の通り両手に持った鎌と見紛う様なククリナイフを振り上げてこちらに向かってくる。
『鎌付き』の戦い方はヤコフのそれを踏襲している。シマノビッチ本人は科学者であり飛行士では無いのだから、ヤコフが操っていた頃の機動をそのまま模倣していると考えるのが自然だ。
だからこそ勝機がある。私は何年もヤコフと訓練してきた。T-1に乗ってからも何度もヤコフと模擬戦をやっている。その7割は私が勝っている。
ヤコフのクセはどんなに細かい事でも頭に入っている、体が覚えている。
ヤコフなら次は左手を横薙ぎ、直後に右手を私の左腕に合わせて振り下ろして来るはずだ。
予想ドンピシャ。
想定通りに振り下ろされた右手の剣を回避して、奴の鼻先に突撃銃を突き付ける。次は滑る様に下にスライドして避けるはずだ。
「セルゲイ、ゾフィ、下!」
私の声に2人が反応し、回避運動した先の『鎌付き』に狙撃銃による集中砲火を加える。
数発の銃弾が命中した様だが、バリアに弾かれたのか有効打はそれほど多くなさそうだ。
更に下に逃げて距離を取る『鎌付き』、私は追撃の為に距離を詰める。至近距離から突撃銃の残弾すべてを撃ち込む。
前後左右どこに逃げても最低でも頭だけは破壊出来る間合いだった。頭を潰せば大きな戦力低下が望める… はずだった。
相手が人間だったなら、だ……。
次の瞬間、私の弐号機は下から頭部を強打され、両腕を斬り飛ばされていた。
人型飛行戦車は言うまでもなく、搭乗した飛行士の動きをトレースして機動する。それはつまり人間の関節の可動範囲でしか動けない、と言う意味でもある。
しかし『鎌付き』は飛行士の動きをなぞる必要が無い。『鎌付き』は私の追撃に合わせて体を屈め、膝を前側に折り曲げて近い間合いの中で、銃を構えた腕ごと私の顔を蹴り上げた。生身の人間ならあんな機動は不可能だし、もしやったら確実に膝が折れる。
今更ながらに思い知らされる。あの中に居るのはヤコフじゃない、血肉を持たぬシマノビッチと言う亡霊なのだ。
『バンザイ』する形なった私に『鎌付き』が右手で剣を薙ぐ。弐号機の両腕が切断され、『鎌付き』は左手で私を貫くべく力を込めて剣を引く。
『あ、終わった…』
あとコンマ数秒で私の体は『鎌付き』の剣によって両断されるだろう。私の周りでは時間がゆっくりと過ぎているような、いや止まっている感覚だった。『鎌付き』の剣が止まって見える。
これが走馬灯タイムというやつなのだろうか? 自分の死を受け入れる時間があるというのは、幸せなのか不幸せなのか分からないが、何も出来なかった無力感に包まれて死ぬのはとても悲しくて虚しい。
エリカ達の仇も取れずに死にたくない。それでもここから奇跡は起こらない。私の両腕は既に無く、脚で蹴飛ばすにも『鎌付き』の剣の方が遥かに早く私に届く。
「テレーザ、何してるっ? 早く逃げろ!」
セルゲイの声が機内に響く。これは…?
脳内で時間がゆっくりと流れている訳じゃない。何故だか理由は不明だが、『鎌付き』が剣を引いた状態で実際に動きを止めていたのだ。
緊急離脱し距離を取る。ワタナベの狙撃で『鎌付き』の顔面が半壊する。ミユキの部下達も私の離脱時間を稼ぐ為の援護射撃をしてくれるが、動きを取り戻した『鎌付き』が剣とバリアで防いでいた。
今度は攻守入れ替わって『鎌付き』がこちらを追ってくる。追われているプレッシャーとは別に、かつて感じた事の無い悪意の群れが私を襲う。
狩れ! 倒せ! 焼け! 叩け! 刺せ! 斬れ! 突け! 撃て! 奪え! 殺せ!
…何だこれ? 気味の悪い声が機体の内部から聞こえてくる。
途端に2基の幽炉のうち1基が、急に残量をゼロにして停止した。44%から一気にゼロだ。もう1基の幽炉も63%から39%に激減していた。
これが噂に聞く『鎌付き』の悪意の波動ってやつか……。
果たしてこれは攻撃なのか? もしそうだとしたらあと何回できるのか? ゾンビ戦術もかなり厄介だったけど、これを連発されるようなら同じくらいに厄介な敵になる。
どのみち今の私には逃げる事しか出来ない。しかも幽炉の1基はついさっき死んだ。
T-1が幽炉を2基積んでいるからまだ動いてはいられるが、このままではすぐに追いつかれて切り刻まれるだけだろう。
せっかく拾った命だが、すぐさま手放す羽目になるとは無念極まりない。せめてミユキにバトンタッチ出来るくらいの時間は稼ぐつもりだったのに……。
「グラコワ隊、回避して下さい!」
再びマイコの声だ。切羽詰まった声だが、何を回避すれば良いのか情報が足りなさすぎる。
『鎌付き』に追われている状態で余計な事など出来ない中で、どういう事かと考えていたら、私達と入れ代わる形で物凄い勢いで飛来する巨大な物体があった。
進路上にいた幽炉同盟のコロッサスを1機巻き込んで敵要塞に乗り上げる形で不時着、いや座礁した巨大物体は紛れも無い、私達の乗艦である『すざく』だった。
その座礁した『すざく』の発艦ハッチがゆっくりと開き、中から1機の人型飛行戦車が弾かれる様に飛び出した。
手に持つビームライフルで『鎌付き』を牽制、私と奴の距離が開く。
「テレーザさん、お待たせしました!」
美女のピンチに颯爽と現れたヒーローは、薄いピンクのボディに恐らくは零式の物と思われる水色の手足、背中に生やした2本の腕に盾を装備した、独特のフォルムを持つ機体。
ミユキとその相棒の3071だった。
「敵本拠より大型の反応あり。幽紋解析、『鎌付き』です!」
赤熊部隊から鹵獲したT30-クラスハ(30式丙型)から(武藤)マイコの声が届く。
声だけ聞いてるとマイコは年齢相応の女性に思える。彼女の幼い外見は東亜秘伝の魔法によるアンチエイジング術なのだろう。そのうち教えて貰おうと思っている。
さて、どうやら敵のボス御本人の登場らしい。幽炉同盟コロッサス部隊の後方より、舞台の奈落からせり上がる役者の様に現れたT-1型人型飛行戦車初号機、ヤコフの機体が現れる。
《おいおい、米連艦隊の諸君。我が幽炉同盟の拠点には未だ米連国民が2000余名居住している。我々は彼らを厚く遇しており、現在まで1名たりとも粛清の対象にしていない、全員が健やかに過ごしている。これ以上米軍の攻撃が続くようであれば、我々も慈悲の心を捨てざるを得ないな…》
ヤコフ、いやニコライ・シマノビッチこと『鎌付き』が、どこかの指導者の如く高らかに演説を始めた。
自分らで無理やり武力占拠したくせに、まるで米軍のせいで危険な目に遭っているとでも言いたげな発言に怖気立つ。
ニコライ・シマノビッチ。こいつが… こいつさえ居なければ私の大切な人達は誰も死なずに済んだのだ。エリカ、ヤコフ、そしてタカシ… 赤熊部隊との戦いで戦死したボルクとタチアナだって、今回の事件に巻き込まれて居なければ死ぬ事も無かっただろう。
私の部隊が祖国であるソ大連から狙われているのも、元はと言えばこいつの責任なのだ。
幽炉の開発者が半世紀の時を越え現代に現れた。米連に亡命したシマノビッチがなぜT-1の幽炉になっているのか? 最早そんな事情はどうでも良い。
私に与えられた任務は『反乱逃亡したT-1の初号機を捕獲、或いは撃滅せよ』だ。そして私の気持ちは『全てを奪った手前を打ちのめしたい』だ。
こいつさえ居なければ……。
「…アンタは、アンタは一体ナンなんだぁーっ!!」
T-1初号機をこの目で確認した瞬間に私の理性は死亡した。今私はこのT-1弐号機という鎧を身に纏い、1匹の獣となってシマノビッチに襲いかかろうとしていた。
ヤコフとエリカのミェチェスキー兄妹と私は物心付いた頃からの幼馴染みだ。
ヤコフとエリカは2歳差で、その隙間に入る形の年齢で私がいた。つまりわたしにとってヤコフは兄の様な物だし、エリカは妹の様な物だ。
共産党員ではない者がソ大連で出世するのはとても難しい。そして党員であっても家柄や学閥を元にした決して変えられない序列は存在するのだ。
そんな中で下級党員や非党員が身を立てるのに最も有効な手段は『軍隊で活躍する』事であった。
奇しくも『虫』と呼ばれる謎の宇宙怪獣と人類が激しく戦っている、という世界情勢で、私達を含むほぼ全ての子供達は『人類を守る正義の戦士』として戦う気概を持ち、実際に戦いにその身を投じていった。
ミェチェスキー兄妹と私は人民学校卒業後、兵学校に進み、順調に士官課程へと進級して行った。
人型飛行戦車の飛行士となるべく、厳しい訓練と度重なる選考の末、私とヤコフは特機であるT-1の飛行士として専任された。
ヤコフと私の関係は『恋敵』だろうか? 私とエリカは10歳の頃にはすでに心を通じ合わせて恋人関係になっていたのだが、ヤコフは私達の関係が面白くなかったらしく、ことある毎に横槍を入れてきた。
その辺りの事は話すと長くなるので割愛するが、エリカを巡ってバチバチと火花を散らしているうちにヤコフにも可愛い所があるんだな、と思い始めていた。
人民学校の卒業式の夜にはヤコフの童貞を貰ってやったりしたもんだ。
まぁ、私も男相手は初めてだったんだけどさ……。
ヤコフは軍人なんかよりも学者肌の、荒事の似合わないウラナリ君だった。常に本を持ち歩き、暇があればそれを読んでいた。
基本的に穏やかな性格で、子供の頃から乱暴な言動を振るう所を見た事が無かった。
そんなヤコフが戦闘中にエリカを刺し殺して味方の基地を壊滅させ、何処かへ逃亡した、という情報を私は最初理解出来なかった。
『きっと何かの間違いだ。妹大好きお兄ちゃんなヤコフがエリカを殺す訳が無い』そんな気持ちで追跡任務に志願した。
何か事情があるならば、それを一番最初に聞くのは憲兵隊や党の政治局員では無くこの私だ。そう信じていた……。
その後『すざく』と出会って、尋常ならざる多くの経験を繰り返して今に至る訳だ。
…思えば遠くまで来たものだ。軍の脱走者を追っていたら、いつの間にか人類を守る全面戦争に参加していた。
『すざく』で『鎌付き』と呼ばれるT-1初号機の中に居るのは、もう慣れ親しんだヤコフでは無い。
ここまでの流れで一向にヤコフの存在が覗えないのは、ヤコフがすでに退場しているからだろう。
それがT-1初号機からなのか現世からなのかは、私には分からない。ただ『すざく』内で見せてもらった映像にはタカシの剣でコクピットを貫かれている初号機があった。それだけでもう十分だった。
この数奇な運命に私は微笑みを投げかけたい。今となってはエリカとヤコフに何が起きたのか、その真実を探る術は既に絶たれている。
しかし、経緯はともかく『その元凶』が目の前にいるならとりあえず殴っておけば間違いない。少なくともその機会は得られたのだから。
「おいテレーザ、よせ! 1人で突っ込むな!」
「我らが姫隊長が突撃あそばされたぞ? 俺らはどうするんだ?」
「テレーザ、無茶よ!」
「こりゃ放っておけねぇな」
「やれやれね…」
「おいワタナベ、悪いが俺達は…」
「大丈夫だ。ここは任せてお前らの隊長を助けに行け。鈴代隊は引き続き俺と支援任務だ」
最後に聞こえた日本語は、私の部下を預けていたワタナベの声だ。その後にミユキの部下達の声が続く。ミユキの機体の修理が終わるまでの措置で、彼らはワタナベの指揮下に入っていた。
ワタナベにも少なからず世話になった、後でお礼をしないとね。
だが今は目の前の『鎌付き』だ。私の飛び込んだ後を追う様にイワンが、ゾフィが、マリアが… グラコワ隊の部下たちが突撃する。
1機の『コロッサス』が『鎌付き』と私の間に割り込む様に滑り込み、私に向けてビーム砲を向ける。
慌てて回避運動に入る直前、そいつが頭から火を吹き出して基地へと落ちて行った。
「ハーイ、ロシアの特機さん、敵のコロッサスはこっちで抑えてあげるから存分に暴れてきて!」
若い女の声、米軍のアレックスとかいう撃墜王かな? 『すざく』のブリーフィングで顔だけは見た記憶がある。
コロッサス同士の撃ち合いが始まる。特攻自爆を仕掛けてきていたゾンビ達も、ワタナベら狙撃部隊が確実に数を減らしている。
米軍は2000人を見殺しにしてでも、シマノビッチの脅しには乗らない選択をしたようだ。
世紀の大悪党『鎌付き』を倒す為にソ大連、大東亜連邦、全米連合が手を取り合って戦っている。壊滅してしまったが、欧州帝国もこの戦いに参加していた。
つまり世界の四大国の全てが手を取り合って、『幽炉同盟』という共通の敵に立ち向かっているのだ。
一見感動的な場面だ。世界規模で後ろ暗い事の証拠隠滅を図っている構図で無ければ……。
幽炉を二段開放し、『鎌付き』を射程に捉える。しっかりと狙いを定めて、挨拶代わりに突撃銃を斉射する。
『鎌付き』は簡単に上方に回避、その名の通り両手に持った鎌と見紛う様なククリナイフを振り上げてこちらに向かってくる。
『鎌付き』の戦い方はヤコフのそれを踏襲している。シマノビッチ本人は科学者であり飛行士では無いのだから、ヤコフが操っていた頃の機動をそのまま模倣していると考えるのが自然だ。
だからこそ勝機がある。私は何年もヤコフと訓練してきた。T-1に乗ってからも何度もヤコフと模擬戦をやっている。その7割は私が勝っている。
ヤコフのクセはどんなに細かい事でも頭に入っている、体が覚えている。
ヤコフなら次は左手を横薙ぎ、直後に右手を私の左腕に合わせて振り下ろして来るはずだ。
予想ドンピシャ。
想定通りに振り下ろされた右手の剣を回避して、奴の鼻先に突撃銃を突き付ける。次は滑る様に下にスライドして避けるはずだ。
「セルゲイ、ゾフィ、下!」
私の声に2人が反応し、回避運動した先の『鎌付き』に狙撃銃による集中砲火を加える。
数発の銃弾が命中した様だが、バリアに弾かれたのか有効打はそれほど多くなさそうだ。
更に下に逃げて距離を取る『鎌付き』、私は追撃の為に距離を詰める。至近距離から突撃銃の残弾すべてを撃ち込む。
前後左右どこに逃げても最低でも頭だけは破壊出来る間合いだった。頭を潰せば大きな戦力低下が望める… はずだった。
相手が人間だったなら、だ……。
次の瞬間、私の弐号機は下から頭部を強打され、両腕を斬り飛ばされていた。
人型飛行戦車は言うまでもなく、搭乗した飛行士の動きをトレースして機動する。それはつまり人間の関節の可動範囲でしか動けない、と言う意味でもある。
しかし『鎌付き』は飛行士の動きをなぞる必要が無い。『鎌付き』は私の追撃に合わせて体を屈め、膝を前側に折り曲げて近い間合いの中で、銃を構えた腕ごと私の顔を蹴り上げた。生身の人間ならあんな機動は不可能だし、もしやったら確実に膝が折れる。
今更ながらに思い知らされる。あの中に居るのはヤコフじゃない、血肉を持たぬシマノビッチと言う亡霊なのだ。
『バンザイ』する形なった私に『鎌付き』が右手で剣を薙ぐ。弐号機の両腕が切断され、『鎌付き』は左手で私を貫くべく力を込めて剣を引く。
『あ、終わった…』
あとコンマ数秒で私の体は『鎌付き』の剣によって両断されるだろう。私の周りでは時間がゆっくりと過ぎているような、いや止まっている感覚だった。『鎌付き』の剣が止まって見える。
これが走馬灯タイムというやつなのだろうか? 自分の死を受け入れる時間があるというのは、幸せなのか不幸せなのか分からないが、何も出来なかった無力感に包まれて死ぬのはとても悲しくて虚しい。
エリカ達の仇も取れずに死にたくない。それでもここから奇跡は起こらない。私の両腕は既に無く、脚で蹴飛ばすにも『鎌付き』の剣の方が遥かに早く私に届く。
「テレーザ、何してるっ? 早く逃げろ!」
セルゲイの声が機内に響く。これは…?
脳内で時間がゆっくりと流れている訳じゃない。何故だか理由は不明だが、『鎌付き』が剣を引いた状態で実際に動きを止めていたのだ。
緊急離脱し距離を取る。ワタナベの狙撃で『鎌付き』の顔面が半壊する。ミユキの部下達も私の離脱時間を稼ぐ為の援護射撃をしてくれるが、動きを取り戻した『鎌付き』が剣とバリアで防いでいた。
今度は攻守入れ替わって『鎌付き』がこちらを追ってくる。追われているプレッシャーとは別に、かつて感じた事の無い悪意の群れが私を襲う。
狩れ! 倒せ! 焼け! 叩け! 刺せ! 斬れ! 突け! 撃て! 奪え! 殺せ!
…何だこれ? 気味の悪い声が機体の内部から聞こえてくる。
途端に2基の幽炉のうち1基が、急に残量をゼロにして停止した。44%から一気にゼロだ。もう1基の幽炉も63%から39%に激減していた。
これが噂に聞く『鎌付き』の悪意の波動ってやつか……。
果たしてこれは攻撃なのか? もしそうだとしたらあと何回できるのか? ゾンビ戦術もかなり厄介だったけど、これを連発されるようなら同じくらいに厄介な敵になる。
どのみち今の私には逃げる事しか出来ない。しかも幽炉の1基はついさっき死んだ。
T-1が幽炉を2基積んでいるからまだ動いてはいられるが、このままではすぐに追いつかれて切り刻まれるだけだろう。
せっかく拾った命だが、すぐさま手放す羽目になるとは無念極まりない。せめてミユキにバトンタッチ出来るくらいの時間は稼ぐつもりだったのに……。
「グラコワ隊、回避して下さい!」
再びマイコの声だ。切羽詰まった声だが、何を回避すれば良いのか情報が足りなさすぎる。
『鎌付き』に追われている状態で余計な事など出来ない中で、どういう事かと考えていたら、私達と入れ代わる形で物凄い勢いで飛来する巨大な物体があった。
進路上にいた幽炉同盟のコロッサスを1機巻き込んで敵要塞に乗り上げる形で不時着、いや座礁した巨大物体は紛れも無い、私達の乗艦である『すざく』だった。
その座礁した『すざく』の発艦ハッチがゆっくりと開き、中から1機の人型飛行戦車が弾かれる様に飛び出した。
手に持つビームライフルで『鎌付き』を牽制、私と奴の距離が開く。
「テレーザさん、お待たせしました!」
美女のピンチに颯爽と現れたヒーローは、薄いピンクのボディに恐らくは零式の物と思われる水色の手足、背中に生やした2本の腕に盾を装備した、独特のフォルムを持つ機体。
ミユキとその相棒の3071だった。