▼詳細検索を開く
作者: ちありや
第55話 政見放送
〜長谷川視点

 現在我々は全米連合並びにソ大連の両艦隊と合同して、謎の敵『幽炉同盟』の本拠地であるソウル&ブレイブス社の本社衛星を攻略すべく、一丸となって歩を進めている。

 数時間前の両軍から挟まれていた状況を考えると、まさに大どんでん返しもいい所だ。
 まずは南極点での戦いから今に至るまでの経過をざっと紹介していきたい。

 『すざく』が無理やり接舷して、無理やり話し合いに持ち込んだ米戦艦『マサチューセッツ』だが、艦長のダグラス大佐が非常に話の分かる人物で、永尾艦長の無理や… 必死の説得により停戦に合意する事となった。

 もちろん戦艦の艦長と言えど、勝手に停戦する様な権限は持ち合わせてはいない。同乗していたボーエン第3艦隊司令を無理や… 穏当に説得、米連本国に事情を説明してもらい、『すざく』との共闘作戦の提案をしてもらった。

 ボーエン司令としても「もはや世界のイカサマを隠し切れなくなった」と観念したのだろう、我々の想定よりも余程従順に上申してくれたのはとても助かった。

 なにせ俺達は言うほど『世界のイカサマ』とやらの実態を掴んでいる訳では無い。彼らは永尾艦長の放つ「俺は知っているんだぞオーラ」のハッタリ芸にまんまと騙されてくれた訳だ。

 反応に窮した米連から連合政府に状況が伝えられ、これまた急遽開催された特別連合会議によって停戦が決定。以後は協力して幽炉同盟に当たるべし、とのお達しが来たらしい。

 今の今まで殺し合っていた連中に、急に「協力して別の敵を倒せ」なんてどの口で言えるのか不思議で仕方ないが、それが4大国並びに地球連合政府の共同見解らしい。
 何とも迷惑な話だが、我々下っ端の軍人は下された命令に疑問を抱く事すら許されないのだ。宮仕えは辛いよな。

 今後は特機の『コロッサス』部隊や精鋭の赤熊部隊が味方になると考えれば、とてもとても助かる話ではあるのだが、額面通りに信じられる話でも無い。味方と思っていた奴から裏切られて壊滅、なんて事件は有史以来枚挙に暇がないだろう。油断は禁物だ。

 まぁ、今からそんな先の事を思い悩んでいても仕方が無い。その辺はもう後回しだ。

『すざく』の中も色々バタバタとしているので、俺の頭を整理する意味も兼ねてこちらも状況を話していきたい。

 まずは渡辺と矢島の帰参は思わぬ吉報だった。なんでも奴ら地上残留組の操者連中は、『すざく』が宇宙へと飛び立った後で、バラバラに再配置されたらしい。地上の基地に配属された者もいれば、渡辺達の様に宇宙艦隊に配属された者もいた。

 渡辺らも新しい職場に馴染むべく努力していたが、常に厳しい監視の目に晒されていたそうだ。俺達は不穏分子と見なされて小分けにされ、行動を監視されていた、という事だ。

 逆にそのおかげで渡辺らは懐疑心を持つ事ができ、すぐに行動する事が出来た。

 始めは渡辺らの受けた命令も「虫の大部隊が米連との国境付近に現れたので撃滅に向かえ」という物だったそうだ。
 せっかく外した偏向フィルターを、ご丁寧に再度取り付けられて渡辺らは南極点へとやって来た。

 そこで再び71ナナヒトによるハッキングでフィルターを無効化され、眼前に鈴代機を確認した渡辺らはソ大連を離反、『すざく』援護に駆けつけた、という次第である。

 ちなみに矢島が赤熊部隊の丙型を仕留めた作戦は、まずは丙型がその場を動かない、と踏んで遠距離から幽炉を停止。
 撃墜された機体の残骸という体でデブリに扮して慣性だけで飛行(漂流?)を続け、丙型の後方で機体を起動、不意打ちに成功した、というカラクリらしい。

 矢島にしては大胆な作戦だが、奴の適性はこういう事にこそあるのかも知れない。今後の用兵について選択肢が増えた事をとても喜ばしく思う。

 さて、そのお手柄な矢島の戦利品である赤熊部隊指揮官機の丙型だが、当然ながらソ大連艦隊からの返還要請が来た。

 で、結果的にその丙型は『すざくうち』で美味しく使わせてもらっている。

 顛末はこうだ。矢島が持ち込んだ赤熊部隊の丙型には、隊長のレフ・ヴェフトフスキー少佐が搭乗していた。
 矢島が丙型の幽炉をブッ壊した事で生命維持装置が機能を停止、『すざく』収納時には軽い酸素欠乏症にかかっていた。

 幸いな事に脳へのダメージはさほど深刻では無く、すぐに会話ができる程度に回復したが、四肢への痺れを訴えてきた為に『大事を取って当面の間こちらで保護する』事になった。

 ああ勿論方便だ。実際ヴェフトフスキー少佐は操者槽から救出されるが早いか、整備員たちに彼が持っていた拳銃を突きつけソ大連艦隊への帰還を要求してきた。
 しばらく興奮気味に押し問答を続けていたのだが、やがて大量の鼻血を出しながら昏倒、本気で酸素欠乏症だったのだ。

 そういう経緯でソ大連には『脳へのダメージが見受けられる為に早急な移送は危険』と返答し、ヴェフトフスキー少佐を『すざく』で治療する旨を伝えた。現在少佐は意識不明だが、軍医によれば命に別状は無いらしい。当面ベッドに縛り付けておけば大丈夫だろう。

 操者が返せないのだから輝甲兵も返す訳にはいかねぇな、という謎理屈で少佐の丙型が現在『すざく』の管理下にある訳だ。
 そしてこの丙型の何がすごいって、首から下が24フタヨン式じゃなくて30サンマル式なんだよな。完全新型なのか、ソ大連技師の作ったニコイチなのかは分からないが、スリムでとても使いやすそうだ。

 これ良いな。器用な矢島のお陰で損傷も幽炉周りだけで済んでおり、幽炉が既に死んでいた事で面倒な『機体と幽炉の慣らし期間』も最短の半日、幽炉周りの損傷の修理を含めても1日ほどで済みそうだ。

 丙型を組み込む事で流動的かつ効率的に部隊の運用が可能になる。よし、俺が30式丙型こいつに乗って……。

「この機体は私が使いますよ隊長。仲村渠なかんだかり不在時の管制は私の仕事だったんだから」

 俺の考えを読んだのか、武藤が隣に来て決定事項かの様に宣言する。うそーん、俺も輝甲兵に乗って暴れたいのにそりゃないよ。

 じゃあここはひとつ、俺と武藤でこの丙型を掛けた熾烈なバトルをだな……。

「…長谷川さん、ちょっといいか?」

 田中が水を差して来やがった。元はと言えば田中こいつが俺の機体を横取りしていったのが俺の欲求不満の原因だ。

「なんだよ田中? 今忙しいから後にしてくれ」

「…要件は2つだ。まず鈴代隊の欠員の補充には俺が入る。今後は鈴代隊の一員として動くからよろしく」

 …お、おう。どうした? 妙にしおらしいな。変な物でも拾い食いしたか?

「…あとあの『幽炉同盟』とか言う連中について何か知ってるなら教えてくれ。何で俺達は輝甲兵同士で戦争をさせられていたんだ? アンタとピンキーが隠している事は奴らに関係があるのか?」

 あぁ… うーん、困ったねぇ。ぶっちゃけどっちも知らないんだよなぁ。永尾艦長ばりに自信満々のニヤリ顔でオーラで圧する的な事は俺には出来ない。
 何が困ったって隣にいる武藤まで、興味深げな顔で瞳を輝かせて俺を見つめている。田中のせいだ。

「うむぅ、何から話したものかなぁ? 俺らも言うほど何かを知っている訳ではないんだよな…」

 俺が答えに困っていると格納庫内の艦内モニターが急に点灯した。大音量で勇ましくも荘厳なオーケストラの演奏が鳴る。これは確かドヴォルザークの『新世界より』だな。
 うん、軍艦マーチよりかは遥かにセンスあるんじゃないかな?

 突然の大きな音に格納庫内の全員の目が艦内モニターに集中する。画面に映し出されたのは予想通り『幽炉同盟』を標榜する謎の集団のスポークスマンである高橋大尉だ。
『幽炉同盟』による再度の電波ジャック、連中好き勝手やってくれるよ。やがて音量は小さくなり、高橋大尉が手に持った原稿を読み上げる。

「えー、全地球圏の皆さんこんにちは。ただ今より『幽炉同盟』の盟主であるニコライ・シマノビッチ総統の政見放送を行います」

 それだけ言って高橋大尉がフレームアウトする。後ろに控えていたのは好々爺然とした銀髪碧眼の老紳士… などでは無く、見慣れぬ、しかし忘れもしない特異なデザインの輝甲兵だった。

「あれはT-1…? ミェチェスキー少佐の機体だわ…」

 いつの間にかグラコワ大尉や鈴代達も集まってきて、全員でモニターに釘付けになっている。

 画面の中でT-1型輝甲兵、いや『鎌付き』が軽く右手を上げ、両手を左右に広げた。『これから喋りますよ』という予備動作と思われる。

「世界の諸君、お初にお目にかかる。或いは久し振りの御仁も居るかもな。私の名はニコライ・ヨセフ・シマノビッチ。このソ大連製の人型飛行戦車に搭載されている幽炉の中に閉じ込められた、れっきとした人間だ。
 今この世界中で運用されている、主に『輝甲兵』と呼ばれる兵器群の動力は、驚愕すべき事に生きた人間の魂を取り込む事で造られている」

 うん、知っている。だがその事を知っている人間はほんのひと握りだ。俺や鈴代も71ナナヒトの事が無ければ知らなかったし知る由も無かった。

『鎌付き』は続ける。
「我が幽炉同盟はそういった兵器に閉じ込められている同朋を助けたい、このS&B社はそんな私の大望に賛同し、快く拠点を供出してくれて、更には私がこの様に演説できるようにと外部スピーカーまで取付けてくれた。改めて感謝の意を送りたい!」
 そう言って自分の発言に自分で拍手をして盛り上げる演出をする。そのわざとらしさに何だか胃がムカムカしてきた。

「我々の理念は1つ、『幽炉にも人権を認め自治権を与えよ』と言うものである。その為に地球連合政府に『お願い』したいのだが、まず現存する全ての幽炉並びにその生産拠点を我々幽炉同盟に供出して頂きたい。幽炉が幽炉を管理する社会こそが理想であり、完全平和への足ががりになると信じている」

 ざわめく聴衆。現在四大国の主力兵器は輝甲兵であり、それ以外の兵装の展開は限りなく縮小されている。要は奴は俺達に「武装を放棄しろ」と言っているのだ。

「我々の要求を早急に叶えてくれた勢力には、慈悲をもって遇する事を今この場で約束する。貴重な水や空気、資源諸々を優先的に提供したい。もちろんその出処でどころは我々に最後まで抵抗した不敏バカな勢力から捻出して貰う事になるが…」

 早々に軍門に降れば旨味があるとでも言いたげな『鎌付き』。
 俺の内側から湧き出て来るこの感情は『怒り』よりも『嫌悪感』が強い。革命家気取りの老人ではなく、気味の悪い変質者を前にした時の気持ちだ。

「ご存知の通り、現在我々『幽炉同盟』は、地球連合に属する全ての国家に対し既に宣戦布告を行っている。先程の要求を平和的に解決するつもりは無い。我らに従えば良し、従わずば力を以て蹂躙じゅうりんするのみである」

 回りくどい言い方しないで「世界を征服したい」って言えってんだよ……。

「むむ…? おぉ、ちょうど欧州帝国から客人が来られたようだ。世界中の人々に我々の事を知ってもらう為に、後ほど歓待の様子をライブ中継させて頂くとしよう。諸君らの懸命な判断に期待するよ…?」

 こうしてこの胸糞悪い政見放送とやらは終了した。

 その15分後、欧州帝国ドイツ単体で構成された艦隊は、先の米軍艦隊同様に輝甲兵を奪われ、自爆させられての攻撃に成すすべもなく蹂躙され、敗退していった。
Twitter