第23話 鈴代の決意
パトロール中の第2中隊が虫の襲撃を受けた、と言う事で本日出撃予備日の第1中隊が、その増援として送り込まれる事になった。
そのメンバーは71を含め10機、長谷川隊長や香奈さんは居ないが、渡辺さんや武藤さんが居る。残りの面子は機体の見分けがつかないので誰が誰だか分からない。
いつもの様に空から降ってくるのではなくて、飛行中の第2中隊が背後からの奇襲に遭ったとの事だ。
虫も… いや『敵軍』もこの地上に拠点を得たのか、或いは元々こちらの探知圏外に基地を持っていたのかも知れない。
鈴代ちゃんの表情は硬い。さっきまではガンダ◯の登場に明るい笑顔を見せていたのだが、時間が経つにつれて翳りが目立つようになってきた。
これから戦う相手が宇宙怪獣ではなく、自分と同じ『人間』だと言う情報を、まだ消化できずにいるらしい。
もちろんまだ仮説の段階で状況証拠しかない訳だが、鈴代ちゃんの中では『虫=人間』として固定されてしまったようだ。
《なんか『心ここに在らず』だけど大丈夫か?》
そんな質問にも「ええ…」としか返ってこない。編隊行動も遅れがちになっている。いつもの優秀で小生意気な鈴代ちゃんはどこに行ったんだ?
「戦闘中の第2中隊を発見。上方1時半!」
武藤さんの声が響く。香奈さんが居ない時には、武藤さんが似た仕事をする事になっているのかな?
「第2小隊はここから支援射撃」
「第3小隊は敵の側面から突っ込むよ。鈴代はこっちに」
渡辺さんと武藤さんの指示が同時に飛ぶ。部隊が3つに分かれる。渡辺隊、武藤隊、そして当面様子見なのか後方で動きを止めた◯ンダム。
鈴代ちゃんはまだ不安定にフラフラしてる。
《おいおい、ホントしっかりしてくれよ。敵は目の前に居るんだぞ?》
俺の言葉に引かれたのか、敵の長距離射撃が俺目掛けて飛んできた。いや、これは他の奴に向けて撃たれた流れ弾だ。しかし軌道は俺へとまっしぐらに向かってくる。
狙おうが流れようが、弾が当たればその痛さに変わりは無い。
弾速の遅さからバズーカ砲の様な噴進弾だろう、鈴代ちゃんならこのくらい余裕で躱せる… って回避機動しねえぞこの女?!
咄嗟に副腕の盾を2枚とも前方に展開して体を守る。直後大爆発とともに右副腕の盾が粉砕された。衝撃は大きいが本体へのダメージは無い。
《おい! マジで目を覚ませって! 死にたいのか?!》
俺の叫びも鈴代ちゃんには届いていない。「あ、うん…」と返ってくるのみだ。
今になってモタモタと銃を構え回避行動を取る。
「鈴代、どうした? 大丈夫か? 機体の不調か?」
「は、はいっ、問題ありません」
武藤さんの声でようやく目を覚ました鈴代ちゃんは、加速して武藤隊の先陣を切るべく前方に躍り出る。
第3小隊が敵に突っ込む直前に、第2小隊からの援護射撃が入る。味方の真後ろから撃って、その向こうにいる敵を撃ち抜けるんだから凄い技量だよね。
側面からの砲撃に虚を突かれた敵軍に第3小隊が斬り込む。その怒涛の勢いに苦戦中だった第2中隊も息を吹き返す。
この分なら第2中隊の救出は困難なものでは無いだろう。
ただ、大きく気になる点が1つ、もちろん我らが鈴代ちゃんだ。攻撃にいつもの積極性がまるで見られない。しかも相手の心配をしているのか、手や足ばかりを狙っている。その表情には何となくだが怯えの色が見える。
《おい、何やってんだよ? 手足を落としたって奴らは諦めないで特攻してくるんだぞ? ちゃんとトドメを刺せって》
俺の言葉が刺さったのか鈴代ちゃんが一瞬大きく眉を顰めた。
「言われなくても分かってるわよ! …でもあの虫に見える相手の中にも人が居て、その人にも家族や友達や恋人がいるのかも? なんて考え出したら頭と体が動かなくなってきて…」
《でもよ…》
「貴方は良いわよね、後ろから見てるだけで何でも知った振りしてペラペラペラペラ。…でも実際に虫を、人を殺してるのは私なんだからね!」
おぅ、こりゃ重症だな…。
でも俺も言われっぱなしで終わるつもりはない。
《…分かったよ。じゃあ代われ!》
「…え?」
《俺が機体を動かして戦うって言ってんだよ。前に練習した時みたいに俺にコントロールを寄越せ。お前は… 黙って見てろ》
「何言ってるの?! そんな事を…」
《鈴代ちゃんがやらないなら… やれないなら相棒の俺がやるしか無いだろ? 異世界人の俺にだって守りたい物はあるんだ、こんな所で死ねないんだよ! 『幽炉開放!』》
勝手知ったる30式だ。幽炉開放は以前やった事があるから慣れたもんだ。
開放と同時に俺の意識が機体に満ち満ちていく。人間サイズだった俺が徐々に巨大化して輝甲兵の中に拡がっていく。今の俺は輝甲兵の装甲を着たデッカいアンチャン、と言うイメージだ。
よし、手も動くし足も動く。
両手に持つ短機関銃の重みを感じる。
外の世界の火薬の匂いを感じる。
上空に吹く強く、そして汚れの無い風の息吹を感じる。
幽炉開放に伴う生命力の流出を感じる。
それら全部ひっくるめて生命を感じる。
生きているって素晴らしい!
早速銃を顔の横まで持ち上げて、照準を目の前の虫に定め引き金を……。
「幽炉緊急閉鎖、アイハブ・コントロール」
鈴代ちゃんの抑えた声と共に体の重みが消える。そして俺は慣れ親しんだ鈴代ちゃんの後ろの視点に戻っていた。
《おい何すんだよ? せっかく俺が…》
「『何すんだ』はこっちのセリフよ。勝手に幽炉開放するなんて…」
《しょうがねぇだろ。敵にビビって撃てなくなった腰抜け女がいるんだか…》
手に持った短機関銃がバリバリと火を吹き、まさに俺が攻撃しようとしていた虫を撃墜した。
「…誰が腰抜けですって?」
鈴代ちゃんの力強い声が聞こえる。でも声と裏腹に目に涙溜めてんじゃん。無理してるのバレバレですよ? でもそんな健気なところが鈴代ちゃんの魅力だし、強みだと思う。強い子だよね、ホント。
正直なところ、本気半分カマ掛け半分だったから、鈴代ちゃんが動いてくれて良かった。俺1人では動かすだけで精一杯だっただろうから。
ほっとしたのも柄の間、次の虫が目の前に現れる。
1枚残った盾を前にかざして敵の攻撃に備える… ってヤバい! さっき幽炉開放して四肢の感覚を得たせいか、意識が副腕から外れている。盾の防御が間に合わない。
動きが一瞬遅れた。目の前の虫が口を大きく開ける、その中から今にもエネルギー弾が撃ち出されようとしている。当たると凄く痛そうだぞ……。
一迅の光が奔った。
俺を撃とうとしていた虫の体には大きな穴が空いていた。慣性に流されるまま俺に倒れ込んでくる虫さん。
鈴代ちゃんは、その虫を踏み台にするかの様に蹴り上がり距離を取る。
そいつはそれ以上はピクリとも動かずに、地表へと落ちて行った。
俺達を救った光の元は例のガ◯ダムだった。奴の持つビームライフル(?)が一撃で虫に大穴を開けたのだ。
俺の初陣の時のバスターランチャーよりも小型で威力がありそうだ。あれ欲しいな。あの武器を量産してくれれば、もう少し楽に戦えるだろうに。
そしてガン◯ムが全身に蒼い高速化の鎧を纏って、乱戦の中に突っ込んできた。
そこからはもう奴の独壇場だった。ただでさえ混乱して陣形が瓦解しかけていた虫達の中心に飛び込み、撃ち、斬り、突き、蹴り、叩き潰して、残っていた十数匹の虫を1分足らず、ほぼ1人で駆逐して見せた。
「…ま、肩慣らしとしてはこんなもんか…」
ガンダ◯がわざわざオープン回線で呟いた。ちょっと嫌味な野郎だってのは理解したわ。
だがその強さは紛れもなく本物だった。高速化していたのも併せて、動きの隙の無さや一撃一撃の重さが71と比べて段違いなのが素人の目でも分かる。
『次元が違う』とはこういう時に言うんだな、と実感した。
俺が一番最初に真柄から見せてもらった映像がこんな感じで、あいつが無双している所だったよな。
いいなぁ、俺もあんな風にチートな機体に乗って無双したかった。
そう、『乗って』だぞ。『乗られて』じゃないからな?
そりゃまぁ俺もそこそこ無双は出来てるよ? でもそれは『俺の』活躍じゃなくて、鈴代ちゃんの力に拠るものが殆どだからなぁ。心境的にはあまり楽しくなかったりする。
でも実際に俺が機体を操り戦って活躍出来そうに無いのは、先程の戦いで何となく分かった。あのザマで戦闘しても多分、いや絶体俺なら5秒で死ねるだろう……。
鈴代ちゃんの◯ンダムを見る目が、出撃時までの憧憬から別の物に変わっていた事に気づく。
何とも表現しづらい『非難』とも『諦観』とも『尊敬』ともつかない様な、それでいてその全てを含んでいるような不思議で複雑な表情だった。
虫を掃討し、第2中隊と合流する。夜の空に集う傷付いた輝甲兵達の淡い輝きが、蛍の様な美しさと儚さを連想させる。
作戦中の第2中隊は元々14機いたが、今回の戦闘で半数の7機が撃墜されたらしい。更にその中から救助出来たパイロットは2名だけだったようだ。
被害は深刻で痛ましいが、逆に考えればガ◯ダムを含む俺達の援護が無ければ、間違いなく全滅していたのだ。俺達が9名の命を救えた、とも言える。
これは誇っても良い事なのでは無かろうか? 『人を助ける為に別の人を殺す』と言うジレンマは確かに存在するだろうけども…。
「ねぇ71…」
帰り道、鈴代ちゃんが静かに声をかけてくる。
「今日はごめんなさい。私の迷いのせいで貴方まで危険に晒してしまって…」
しおらしく頭を下げる鈴代ちゃん。
《気にすんなよ、俺も言い過ぎたし。でも一体何があって吹っ切れたんだ?》
鈴代ちゃんはしばらく考えるふりをする。
「そうねぇ… 貴方の言動に腹が立ったのは確かだけど、何か1つ『コレ!』って言うのは無いわね… 色々な言葉とか気持ちとかが混ざり合って、その上で『私が本当に守りたい物は何だろう?』って思ったら、私に出来る事はこれしか無いかな? ってね」
《守りたい物ねぇ…》
「…ええそう。国や家族、部隊や基地の仲間、私自身、そして… あ、『相棒』の貴方の事もね…」
…ん?
おおっ? 鈴代ちゃん今デレた? ねぇ今ちょっとデレたよね?
《そうかぁ、ついに俺の事も相棒と認めてくれたか。いやぁデレ期入るまで長かったなあ…》
「べ、別に貴方の事を認めた訳じゃ無いわよ? いつまで経ってもポンコツ三等兵だから、私がちゃんと面倒みて上げないとな、って思っただけ!」
《ふーん、へぇー、ほぉー》
「な、何よ?! 言いたい事があるなら言いなさいよ。それに『バディ』なんてカッコ付けた横文字使わないで」
顔を赤らめて話題を逸らそうとする鈴代ちゃん。イイネ、久々に鈴代ちゃんのツンデレ萌えポイントだね。
《えー? 何でだよ? 別に良いじゃんバディでも。それに鈴代ちゃんだって輝甲兵の操作でコネクト、とかちょこちょこ英語使ってるだろ?》
「…あれは最初からそういう仕様なのよ。縞原重工の本社は米連(全米連合)にあるらしいから、それ絡みじゃない?」
全米連合… 核で世界が滅ぶまでは、西はフィリピン、南はオーストラリアからアメリカ本土と言う、太平洋の大半を領海に収めた、有史以来最大の巨大な国家連合体。…だったらしい。
ここで改めてこの世界の歴史を少し語りたい。
アメリカ合衆国が第二次世界大戦に参加しなかった事により、アジアは日本が、欧州はドイツが覇権を握った。
戦火に触れなかったアメリカは即座に日独と不可侵条約を結び、早期に南米大陸を、そして英国という宗主国を失ったカナダとオーストラリアを編入して『全米連合』を作り上げたのだ。
ちなみに『全米連合』の他に、日本を主軸にした南北は中国からボルネオ、東西はインドから日本(グアム島まで)にかけてのアジアの連邦制国家群が『大東亜連邦』。
欧州を征服して、バチカンから帝位を授かったヒトラーが立てた『第三帝国』、後に『欧州帝国』と改名。
そして日独双方と不可侵条約を既に結んでいたソ連は、全ての赤軍を南下させ、イスラエルからアラビア半島、パキスタンまでを飲み込んだ、ソ連を主体とする『ソビエト大連邦』。
これらが俺の世界と枝分かれした、この世界の『四大国』だ。
イギリスやフランスはドイツに滅ぼされた後に、アメリカに亡命政府とか作っていたようだ。
そこから植民地であるアフリカで再起を図るも、結果アフリカ内での勢力争いが続くだけで、そのまま疲弊した英仏は、アフリカのいち弱小国にまで立場を落としてしまった。
その巨大国家たちも、程なく起こった第三次世界大戦、世界規模の核戦争で壊滅、50億近い人間が死んだ。
残った人類で『地球連合』という統合政府を作り上げ、地球を見切り宇宙に逃げたのは前述した通りだ。
尤も『地球連合』なんて御大層な名前を持ち上げても、人間の本質が何ら変わる訳じゃない。かつての国家間の争いを繰り返さないように、四大国の人口を混ぜ合わせずに国別に4つのコロニー群を造ったらしい。
結局仕切りを作っただけで、『地球連合』なる塊は完全無欠な代物では無かったって事なんだが、それ以上を望むのは酷ってものなんだろうな。
現にそれ以降は人類史から『戦争』が消えたのだから。
…本当かよ?
「そういや。今まで聞いてなかったけど、宇宙コロニーでの暮らしってどうなんだ? やっぱり地球と変わらない環境が出来ているのか?」
俺の質問に鈴代ちゃんはフッと小さく笑い遠い目をする。
「今にして思えばかなり窮屈だったわね。物資もよく不足していたし、別のコロニーへの旅行できるサービスも無かったから、基本的に外国人と知り合う事もないし。人口は厳しく管理されて子供を持つにも許可が要るわ。うちみたいに2人目が欲しい、なんてなったらまず抽選で権利を勝ち取る所からスタートですもの」
《鈴代ちゃんは兄弟いるのか…》
「ええ。辰雄っていう今年12歳になる弟がいるわ。もう1年近く会ってないわね…」
鈴代ちゃんが寂しげに微笑む。宇宙生活ってもっと先進的で快適な物だと思い込んでいたけど、この世界の人達は結構不便しているらしい。
まぁ農作物とか鉱物資源とかを、放射能に塗れた地球から持ってこられない状況なら厳しくなるのは想像に難くない。
そもそもコロニーの材料からして不足しているのだろうから、増設して農園だの住宅だのと自由に拡張できないのなら、自然と養える容量は限られる。
『地球に住む人類と宇宙に住む人類との争い』なんて聞き覚えのあるストーリーはここには無い。
宇宙に暮らす人々は『生きていくだけで精一杯』だった。核で汚れた地球がなんとか人が住めるようになるまでの数百年間、この世界の人達は『生きていくだけで精一杯』の世界を生き抜いてきたんだ。
《数百年か…》
気が遠くなりそうな年月に思わず呟きが漏れる。
「え? 何が数百年?」
唐突に出てきた『数百年』というワードに戸惑う鈴代ちゃん。
《人間が宇宙で耐えてきた時間だよ。物資も食料も不足している中でよく頑張ったなぁ、って思ってさ…》
「そうね、先祖の頑張りが地球の青さを復活させたのよね…」
と言っても荒廃して干上がった海はまだ完全には戻っていないし、かつて都市があった地表も、テラフォーミングの過程で過剰に撃ち込まれた樹木の種の末裔に覆いつくされ、かろうじて文明の痕跡が見られる程度だ。
地球の再開発、いや開拓はまだまだスタート地点にすら立っていない状況なのだ。
ここから更に鈴代ちゃんの、あるいは子や孫の世代の頑張りで地球を発展させていくのだろう。
俺はどうやってもそれらを見届ける事は出来ないが、応援だけはして上げたいと思う。
「…改めてお礼を言わせて。貴方が居なかったら多分私は今日死んでいた。こうして話が出来るのも貴方のおかげよ。本当にありがとう…」
優しい目をして礼を述べる鈴代ちゃん。クールデレって言うの? 普段キツめな娘とかクールな娘がこういう顔をするのは俺的にとてもポイントが高い。
その顔を見せてもらっただけで俺も満足です、ご馳走様です。
《ほ、ほら、俺達は相棒なんだから、そんな気を置くような真似はやめようぜ》
俺の挙動不審な答えに鈴代ちゃんは「そうね」と微笑む。なんだか俺の方がドキドキさせられてるよ、心臓無いけど。
「ねぇ71、そう言えば貴方さっき『守りたい物がある』って言ってたけどそれって何? ここでの生活で何かを見つけられたのなら素晴らしい事だわ。何だか教えてくれる?」
………この流れでこのセリフ。ホントに鈍感で無神経な女だな。どこのなろう主だよ?
俺がこの世界に来てから関わった人間は十指に余るんだぞ? その中で大切に思える物なんて幾つも候補無いだろうが……。
《…教えない》
「えー? 何でよ? 相棒だからどうのってそっちが言ったんでしょ?!」
《…教えない》
「ズルいわよ! 私はちゃんと気持ちを伝えたのに!」
《…教えない》
「何よ! アンタなんて… って、うん? 71、あっちを見て!」
鈴代ちゃんが指し示す方向、俺達が発進してきた基地の方角だ。
俺は意識をそちらに回し遠景を望遠レンズで覗いた。
《おい、どういう事だこれ…?》
「ダーリェン基地が… 燃えてる…」
…残念ながらイチャラブな夜間飛行とはならなかったようだ。
俺達は言いしれぬ不安を抱えたまま、速度を最大にして灼熱地獄と化した基地へと飛び込んで行った。
そのメンバーは71を含め10機、長谷川隊長や香奈さんは居ないが、渡辺さんや武藤さんが居る。残りの面子は機体の見分けがつかないので誰が誰だか分からない。
いつもの様に空から降ってくるのではなくて、飛行中の第2中隊が背後からの奇襲に遭ったとの事だ。
虫も… いや『敵軍』もこの地上に拠点を得たのか、或いは元々こちらの探知圏外に基地を持っていたのかも知れない。
鈴代ちゃんの表情は硬い。さっきまではガンダ◯の登場に明るい笑顔を見せていたのだが、時間が経つにつれて翳りが目立つようになってきた。
これから戦う相手が宇宙怪獣ではなく、自分と同じ『人間』だと言う情報を、まだ消化できずにいるらしい。
もちろんまだ仮説の段階で状況証拠しかない訳だが、鈴代ちゃんの中では『虫=人間』として固定されてしまったようだ。
《なんか『心ここに在らず』だけど大丈夫か?》
そんな質問にも「ええ…」としか返ってこない。編隊行動も遅れがちになっている。いつもの優秀で小生意気な鈴代ちゃんはどこに行ったんだ?
「戦闘中の第2中隊を発見。上方1時半!」
武藤さんの声が響く。香奈さんが居ない時には、武藤さんが似た仕事をする事になっているのかな?
「第2小隊はここから支援射撃」
「第3小隊は敵の側面から突っ込むよ。鈴代はこっちに」
渡辺さんと武藤さんの指示が同時に飛ぶ。部隊が3つに分かれる。渡辺隊、武藤隊、そして当面様子見なのか後方で動きを止めた◯ンダム。
鈴代ちゃんはまだ不安定にフラフラしてる。
《おいおい、ホントしっかりしてくれよ。敵は目の前に居るんだぞ?》
俺の言葉に引かれたのか、敵の長距離射撃が俺目掛けて飛んできた。いや、これは他の奴に向けて撃たれた流れ弾だ。しかし軌道は俺へとまっしぐらに向かってくる。
狙おうが流れようが、弾が当たればその痛さに変わりは無い。
弾速の遅さからバズーカ砲の様な噴進弾だろう、鈴代ちゃんならこのくらい余裕で躱せる… って回避機動しねえぞこの女?!
咄嗟に副腕の盾を2枚とも前方に展開して体を守る。直後大爆発とともに右副腕の盾が粉砕された。衝撃は大きいが本体へのダメージは無い。
《おい! マジで目を覚ませって! 死にたいのか?!》
俺の叫びも鈴代ちゃんには届いていない。「あ、うん…」と返ってくるのみだ。
今になってモタモタと銃を構え回避行動を取る。
「鈴代、どうした? 大丈夫か? 機体の不調か?」
「は、はいっ、問題ありません」
武藤さんの声でようやく目を覚ました鈴代ちゃんは、加速して武藤隊の先陣を切るべく前方に躍り出る。
第3小隊が敵に突っ込む直前に、第2小隊からの援護射撃が入る。味方の真後ろから撃って、その向こうにいる敵を撃ち抜けるんだから凄い技量だよね。
側面からの砲撃に虚を突かれた敵軍に第3小隊が斬り込む。その怒涛の勢いに苦戦中だった第2中隊も息を吹き返す。
この分なら第2中隊の救出は困難なものでは無いだろう。
ただ、大きく気になる点が1つ、もちろん我らが鈴代ちゃんだ。攻撃にいつもの積極性がまるで見られない。しかも相手の心配をしているのか、手や足ばかりを狙っている。その表情には何となくだが怯えの色が見える。
《おい、何やってんだよ? 手足を落としたって奴らは諦めないで特攻してくるんだぞ? ちゃんとトドメを刺せって》
俺の言葉が刺さったのか鈴代ちゃんが一瞬大きく眉を顰めた。
「言われなくても分かってるわよ! …でもあの虫に見える相手の中にも人が居て、その人にも家族や友達や恋人がいるのかも? なんて考え出したら頭と体が動かなくなってきて…」
《でもよ…》
「貴方は良いわよね、後ろから見てるだけで何でも知った振りしてペラペラペラペラ。…でも実際に虫を、人を殺してるのは私なんだからね!」
おぅ、こりゃ重症だな…。
でも俺も言われっぱなしで終わるつもりはない。
《…分かったよ。じゃあ代われ!》
「…え?」
《俺が機体を動かして戦うって言ってんだよ。前に練習した時みたいに俺にコントロールを寄越せ。お前は… 黙って見てろ》
「何言ってるの?! そんな事を…」
《鈴代ちゃんがやらないなら… やれないなら相棒の俺がやるしか無いだろ? 異世界人の俺にだって守りたい物はあるんだ、こんな所で死ねないんだよ! 『幽炉開放!』》
勝手知ったる30式だ。幽炉開放は以前やった事があるから慣れたもんだ。
開放と同時に俺の意識が機体に満ち満ちていく。人間サイズだった俺が徐々に巨大化して輝甲兵の中に拡がっていく。今の俺は輝甲兵の装甲を着たデッカいアンチャン、と言うイメージだ。
よし、手も動くし足も動く。
両手に持つ短機関銃の重みを感じる。
外の世界の火薬の匂いを感じる。
上空に吹く強く、そして汚れの無い風の息吹を感じる。
幽炉開放に伴う生命力の流出を感じる。
それら全部ひっくるめて生命を感じる。
生きているって素晴らしい!
早速銃を顔の横まで持ち上げて、照準を目の前の虫に定め引き金を……。
「幽炉緊急閉鎖、アイハブ・コントロール」
鈴代ちゃんの抑えた声と共に体の重みが消える。そして俺は慣れ親しんだ鈴代ちゃんの後ろの視点に戻っていた。
《おい何すんだよ? せっかく俺が…》
「『何すんだ』はこっちのセリフよ。勝手に幽炉開放するなんて…」
《しょうがねぇだろ。敵にビビって撃てなくなった腰抜け女がいるんだか…》
手に持った短機関銃がバリバリと火を吹き、まさに俺が攻撃しようとしていた虫を撃墜した。
「…誰が腰抜けですって?」
鈴代ちゃんの力強い声が聞こえる。でも声と裏腹に目に涙溜めてんじゃん。無理してるのバレバレですよ? でもそんな健気なところが鈴代ちゃんの魅力だし、強みだと思う。強い子だよね、ホント。
正直なところ、本気半分カマ掛け半分だったから、鈴代ちゃんが動いてくれて良かった。俺1人では動かすだけで精一杯だっただろうから。
ほっとしたのも柄の間、次の虫が目の前に現れる。
1枚残った盾を前にかざして敵の攻撃に備える… ってヤバい! さっき幽炉開放して四肢の感覚を得たせいか、意識が副腕から外れている。盾の防御が間に合わない。
動きが一瞬遅れた。目の前の虫が口を大きく開ける、その中から今にもエネルギー弾が撃ち出されようとしている。当たると凄く痛そうだぞ……。
一迅の光が奔った。
俺を撃とうとしていた虫の体には大きな穴が空いていた。慣性に流されるまま俺に倒れ込んでくる虫さん。
鈴代ちゃんは、その虫を踏み台にするかの様に蹴り上がり距離を取る。
そいつはそれ以上はピクリとも動かずに、地表へと落ちて行った。
俺達を救った光の元は例のガ◯ダムだった。奴の持つビームライフル(?)が一撃で虫に大穴を開けたのだ。
俺の初陣の時のバスターランチャーよりも小型で威力がありそうだ。あれ欲しいな。あの武器を量産してくれれば、もう少し楽に戦えるだろうに。
そしてガン◯ムが全身に蒼い高速化の鎧を纏って、乱戦の中に突っ込んできた。
そこからはもう奴の独壇場だった。ただでさえ混乱して陣形が瓦解しかけていた虫達の中心に飛び込み、撃ち、斬り、突き、蹴り、叩き潰して、残っていた十数匹の虫を1分足らず、ほぼ1人で駆逐して見せた。
「…ま、肩慣らしとしてはこんなもんか…」
ガンダ◯がわざわざオープン回線で呟いた。ちょっと嫌味な野郎だってのは理解したわ。
だがその強さは紛れもなく本物だった。高速化していたのも併せて、動きの隙の無さや一撃一撃の重さが71と比べて段違いなのが素人の目でも分かる。
『次元が違う』とはこういう時に言うんだな、と実感した。
俺が一番最初に真柄から見せてもらった映像がこんな感じで、あいつが無双している所だったよな。
いいなぁ、俺もあんな風にチートな機体に乗って無双したかった。
そう、『乗って』だぞ。『乗られて』じゃないからな?
そりゃまぁ俺もそこそこ無双は出来てるよ? でもそれは『俺の』活躍じゃなくて、鈴代ちゃんの力に拠るものが殆どだからなぁ。心境的にはあまり楽しくなかったりする。
でも実際に俺が機体を操り戦って活躍出来そうに無いのは、先程の戦いで何となく分かった。あのザマで戦闘しても多分、いや絶体俺なら5秒で死ねるだろう……。
鈴代ちゃんの◯ンダムを見る目が、出撃時までの憧憬から別の物に変わっていた事に気づく。
何とも表現しづらい『非難』とも『諦観』とも『尊敬』ともつかない様な、それでいてその全てを含んでいるような不思議で複雑な表情だった。
虫を掃討し、第2中隊と合流する。夜の空に集う傷付いた輝甲兵達の淡い輝きが、蛍の様な美しさと儚さを連想させる。
作戦中の第2中隊は元々14機いたが、今回の戦闘で半数の7機が撃墜されたらしい。更にその中から救助出来たパイロットは2名だけだったようだ。
被害は深刻で痛ましいが、逆に考えればガ◯ダムを含む俺達の援護が無ければ、間違いなく全滅していたのだ。俺達が9名の命を救えた、とも言える。
これは誇っても良い事なのでは無かろうか? 『人を助ける為に別の人を殺す』と言うジレンマは確かに存在するだろうけども…。
「ねぇ71…」
帰り道、鈴代ちゃんが静かに声をかけてくる。
「今日はごめんなさい。私の迷いのせいで貴方まで危険に晒してしまって…」
しおらしく頭を下げる鈴代ちゃん。
《気にすんなよ、俺も言い過ぎたし。でも一体何があって吹っ切れたんだ?》
鈴代ちゃんはしばらく考えるふりをする。
「そうねぇ… 貴方の言動に腹が立ったのは確かだけど、何か1つ『コレ!』って言うのは無いわね… 色々な言葉とか気持ちとかが混ざり合って、その上で『私が本当に守りたい物は何だろう?』って思ったら、私に出来る事はこれしか無いかな? ってね」
《守りたい物ねぇ…》
「…ええそう。国や家族、部隊や基地の仲間、私自身、そして… あ、『相棒』の貴方の事もね…」
…ん?
おおっ? 鈴代ちゃん今デレた? ねぇ今ちょっとデレたよね?
《そうかぁ、ついに俺の事も相棒と認めてくれたか。いやぁデレ期入るまで長かったなあ…》
「べ、別に貴方の事を認めた訳じゃ無いわよ? いつまで経ってもポンコツ三等兵だから、私がちゃんと面倒みて上げないとな、って思っただけ!」
《ふーん、へぇー、ほぉー》
「な、何よ?! 言いたい事があるなら言いなさいよ。それに『バディ』なんてカッコ付けた横文字使わないで」
顔を赤らめて話題を逸らそうとする鈴代ちゃん。イイネ、久々に鈴代ちゃんのツンデレ萌えポイントだね。
《えー? 何でだよ? 別に良いじゃんバディでも。それに鈴代ちゃんだって輝甲兵の操作でコネクト、とかちょこちょこ英語使ってるだろ?》
「…あれは最初からそういう仕様なのよ。縞原重工の本社は米連(全米連合)にあるらしいから、それ絡みじゃない?」
全米連合… 核で世界が滅ぶまでは、西はフィリピン、南はオーストラリアからアメリカ本土と言う、太平洋の大半を領海に収めた、有史以来最大の巨大な国家連合体。…だったらしい。
ここで改めてこの世界の歴史を少し語りたい。
アメリカ合衆国が第二次世界大戦に参加しなかった事により、アジアは日本が、欧州はドイツが覇権を握った。
戦火に触れなかったアメリカは即座に日独と不可侵条約を結び、早期に南米大陸を、そして英国という宗主国を失ったカナダとオーストラリアを編入して『全米連合』を作り上げたのだ。
ちなみに『全米連合』の他に、日本を主軸にした南北は中国からボルネオ、東西はインドから日本(グアム島まで)にかけてのアジアの連邦制国家群が『大東亜連邦』。
欧州を征服して、バチカンから帝位を授かったヒトラーが立てた『第三帝国』、後に『欧州帝国』と改名。
そして日独双方と不可侵条約を既に結んでいたソ連は、全ての赤軍を南下させ、イスラエルからアラビア半島、パキスタンまでを飲み込んだ、ソ連を主体とする『ソビエト大連邦』。
これらが俺の世界と枝分かれした、この世界の『四大国』だ。
イギリスやフランスはドイツに滅ぼされた後に、アメリカに亡命政府とか作っていたようだ。
そこから植民地であるアフリカで再起を図るも、結果アフリカ内での勢力争いが続くだけで、そのまま疲弊した英仏は、アフリカのいち弱小国にまで立場を落としてしまった。
その巨大国家たちも、程なく起こった第三次世界大戦、世界規模の核戦争で壊滅、50億近い人間が死んだ。
残った人類で『地球連合』という統合政府を作り上げ、地球を見切り宇宙に逃げたのは前述した通りだ。
尤も『地球連合』なんて御大層な名前を持ち上げても、人間の本質が何ら変わる訳じゃない。かつての国家間の争いを繰り返さないように、四大国の人口を混ぜ合わせずに国別に4つのコロニー群を造ったらしい。
結局仕切りを作っただけで、『地球連合』なる塊は完全無欠な代物では無かったって事なんだが、それ以上を望むのは酷ってものなんだろうな。
現にそれ以降は人類史から『戦争』が消えたのだから。
…本当かよ?
「そういや。今まで聞いてなかったけど、宇宙コロニーでの暮らしってどうなんだ? やっぱり地球と変わらない環境が出来ているのか?」
俺の質問に鈴代ちゃんはフッと小さく笑い遠い目をする。
「今にして思えばかなり窮屈だったわね。物資もよく不足していたし、別のコロニーへの旅行できるサービスも無かったから、基本的に外国人と知り合う事もないし。人口は厳しく管理されて子供を持つにも許可が要るわ。うちみたいに2人目が欲しい、なんてなったらまず抽選で権利を勝ち取る所からスタートですもの」
《鈴代ちゃんは兄弟いるのか…》
「ええ。辰雄っていう今年12歳になる弟がいるわ。もう1年近く会ってないわね…」
鈴代ちゃんが寂しげに微笑む。宇宙生活ってもっと先進的で快適な物だと思い込んでいたけど、この世界の人達は結構不便しているらしい。
まぁ農作物とか鉱物資源とかを、放射能に塗れた地球から持ってこられない状況なら厳しくなるのは想像に難くない。
そもそもコロニーの材料からして不足しているのだろうから、増設して農園だの住宅だのと自由に拡張できないのなら、自然と養える容量は限られる。
『地球に住む人類と宇宙に住む人類との争い』なんて聞き覚えのあるストーリーはここには無い。
宇宙に暮らす人々は『生きていくだけで精一杯』だった。核で汚れた地球がなんとか人が住めるようになるまでの数百年間、この世界の人達は『生きていくだけで精一杯』の世界を生き抜いてきたんだ。
《数百年か…》
気が遠くなりそうな年月に思わず呟きが漏れる。
「え? 何が数百年?」
唐突に出てきた『数百年』というワードに戸惑う鈴代ちゃん。
《人間が宇宙で耐えてきた時間だよ。物資も食料も不足している中でよく頑張ったなぁ、って思ってさ…》
「そうね、先祖の頑張りが地球の青さを復活させたのよね…」
と言っても荒廃して干上がった海はまだ完全には戻っていないし、かつて都市があった地表も、テラフォーミングの過程で過剰に撃ち込まれた樹木の種の末裔に覆いつくされ、かろうじて文明の痕跡が見られる程度だ。
地球の再開発、いや開拓はまだまだスタート地点にすら立っていない状況なのだ。
ここから更に鈴代ちゃんの、あるいは子や孫の世代の頑張りで地球を発展させていくのだろう。
俺はどうやってもそれらを見届ける事は出来ないが、応援だけはして上げたいと思う。
「…改めてお礼を言わせて。貴方が居なかったら多分私は今日死んでいた。こうして話が出来るのも貴方のおかげよ。本当にありがとう…」
優しい目をして礼を述べる鈴代ちゃん。クールデレって言うの? 普段キツめな娘とかクールな娘がこういう顔をするのは俺的にとてもポイントが高い。
その顔を見せてもらっただけで俺も満足です、ご馳走様です。
《ほ、ほら、俺達は相棒なんだから、そんな気を置くような真似はやめようぜ》
俺の挙動不審な答えに鈴代ちゃんは「そうね」と微笑む。なんだか俺の方がドキドキさせられてるよ、心臓無いけど。
「ねぇ71、そう言えば貴方さっき『守りたい物がある』って言ってたけどそれって何? ここでの生活で何かを見つけられたのなら素晴らしい事だわ。何だか教えてくれる?」
………この流れでこのセリフ。ホントに鈍感で無神経な女だな。どこのなろう主だよ?
俺がこの世界に来てから関わった人間は十指に余るんだぞ? その中で大切に思える物なんて幾つも候補無いだろうが……。
《…教えない》
「えー? 何でよ? 相棒だからどうのってそっちが言ったんでしょ?!」
《…教えない》
「ズルいわよ! 私はちゃんと気持ちを伝えたのに!」
《…教えない》
「何よ! アンタなんて… って、うん? 71、あっちを見て!」
鈴代ちゃんが指し示す方向、俺達が発進してきた基地の方角だ。
俺は意識をそちらに回し遠景を望遠レンズで覗いた。
《おい、どういう事だこれ…?》
「ダーリェン基地が… 燃えてる…」
…残念ながらイチャラブな夜間飛行とはならなかったようだ。
俺達は言いしれぬ不安を抱えたまま、速度を最大にして灼熱地獄と化した基地へと飛び込んで行った。