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作者: ちありや
第17話 ぱわーあっぷ
 会議で俺とまどかの処遇が決まった。当面は他の人間に存在を伏せつつ、幽炉残量10%を切ってメーカーの縞原重工に返却された後に、元の世界に戻って残り少ない余生を送ってもらう。という事らしい。

 現在の俺の幽炉残量は91%、まどかの残量は49%だそうだ。順当に考えれば俺よりかなり早くまどかが『卒業』する事になるが、戦闘中の幽炉開放を考えれば俺達の卒業は同時期、或いは俺の方が早いかも知れない。

 とりあえず俺の方は元々この世界で骨を埋めるつもりだったから、たとえ残り寿命が数年だとしても、元の世界に帰れる事自体がボーナスの様なものだ。
 しかし、まどかは何の決意も無く今ここにいる。先程の会議の内容だってどれだけ理解しているのか怪しい。あいつバカだし。

 現在の状況だが、格納庫ハンガーの隅っこで、円盤頭が仲の良いカップルの様に俺の腕に抱きついている(香奈さんがふざけてこの体勢にした)。俺の肩に迫る円盤の圧迫感が凄まじい。

 加えて24フタヨン式よりも30サンマル式の方がスリムな体型をしている為に、何と言うか『デブスに付きまとわれているイケメン』みたいな絵面になってしまっている。

 何故正規の駐機場所ではなく格納庫の隅っこに追いやられたのかと言うと、まどかのフォローをする為だ。

 会議の後、鈴代ちゃんと香奈さんが来て色々話していたのだが、どうやら円盤頭の丙型は、情報収集と指揮の妨げになるという理由で、パイロットとの通信が許可されなかったそうだ。

 ではどうするか? 鈴代ちゃんと香奈さんで相談した結果、『71ナナヒトと常時くっつけて71ナナヒト経由で言葉を交わそう』と言う事になった。
 他に手段が無いのは分かる。だからと言って俺に丸投げするのは違うと思うのね。

 そしてこの『まどか』と言う女、とにかくよく喋る。やれどこのお店が美味いとか、やれどこぞの芸能人が可愛いとか、ネトゲ漬けで半分引きこもりみたいな生活をしていた俺とは世界が違いすぎて、適当に相槌を打つだけで精一杯だった。

 ともすればここ異世界の住人である鈴代ちゃんや長谷川隊長の方が余程親近感を感じる程だ。

 特に不覚だったのが元の世界に帰ってから会う約束をしてしまった事だ。
《ねぇ、帰ったら約束通り渋谷に連れてってよねー。みゃーもと東京の人なんでしょ?》

《東京って言ったって俺のアパートは小岩だから限りなく千葉寄りだよ? お前は確か船橋だろ? 電車で数駅しか離れてないって》

 地理的なアドバンテージは殆ど無いから、俺なんかを宛てにせず御自分で渋谷探検を満喫して下さい、と言う意味で言ったのだが、

《えー? みゃーもとってご近所さんだったの? デートちょー楽しみじゃん!》

 まるで通じてない。俺は実家も亀戸で、遊びに行くのはもっぱら錦糸町や秋葉原だ。位置的に山手線の真裏にある渋谷は俺にとっても未知の魔境、ぶっちゃけ忠犬ハチ公の像の場所すらも知らない。
 まどかのエスコートなんて出来る訳が無いのだ。だいたいマルキューって何だよ? どこかのチェーンスーパーか?

 先の覚醒実験で俺とまどかが触れた時に、まどかの携帯電話の番号も俺の頭の中に入ってきていた。つまり裏を返せば俺の連絡先も既にまどかに握られている訳だ。
 逃げられねぇ……。

 そんな不安だらけの状態でまどかとデートするとか無理ゲーでしか… あれ? 俺こいつとデートするの? リアルで? 生の女子J高生Kと? あ、何か急にドキドキしてきた。

 確かにこんな状況でなければ、まどかみたいな属性の女と口を利く事は一生無かっただろう。仮に町ですれ違ってもお互いに気にも留めずに存在を認識する事すら無かったに違いない。

 今でこそ『どっかの部族の呪術師シャーマン』みたいな化粧をしているまどかだが、きっと素顔は歳相応の可愛らしい女の子なのだろう、いやそうに決まっている。そうであってくれ!

 素顔のまどかとなら渋谷デートしたりするのも悪くないかも知れない。色々回って飯でも食って、雰囲気の良くなった所で……。

 し、渋谷は確かそういうカップルが愛を育む施設が多いって聞くから、そんな所も行ったりなんかして… あいつ元カレがどうとか言ってたから経験あるのかな? 俺は無いんだけど馬鹿にされるかな? いやいやまどかは良い子だから彼女に限って……。

「何をニヤニヤしてるんですか71ナナヒトさん? 傍から見てて少し不気味ですよ?」

《おわぁっ! ビックリした。アンジェラ居たのか…?》

 そうだった、不測の事態に対処する為にと、高橋が端末ごとアンジェラを置いて行ったんだった。

「姿を投影してなかっただけでずっと居ましたけど? まどかさんに見惚れてて私なんか忘れちゃいましたか?」

 アンジェラは俺の心を探るようにジト目で睨んでくる。なんだよぉ、そんな目で見るなよぉ、俺だって健康な男子なんだよ、良いだろちょっと大人な妄想したってさぁ。

「デートでも何でもすれば良いと思いますよ? 尤も元の世界に帰ったら記憶もボヤけて、もうお互いの顔も覚えてないと思いますけど!」

 そういやそんな事を言ってたな。ここでの記憶は無意識に夢として脳に処理されるんだっけか。それはそれでほっとした様な残念な様な複雑な気分だ。
 …それはともかく、

《そんなに怒るなよ、何なの? ヤキモチか? そんな機能も付いてるのか?》

 俺の言葉にアンジェラは一瞬顔を赤くしてプイと背中を向けた。そして顔だけ振り返るように冷たくこちらを見て

71ナナヒトさんなんて、死んじゃえば良いと思います!」

 そう言って掻き消えた。

 メンタルケアAIに「死ねば良い」なんて言われたのは空前絶後で俺だけだろうな……。

《みゃーもと、またあのアンジェラとか言うキモいのと話してたの?》

 こいつはこいつで容赦無い。本来アンジェラは俺とまどかの間を行ったり来たりしながら、メンタルケアを行う目的で設置された訳であるが、まどかがアンジェラを拒否した為にアンジェラは俺の所に入り浸りになっていたのだ。

 アンジェラもアンジェラで以前「私もあの人嫌いだからせいせいしてますけどね!」とツンケンしていた。

 仲良くしろとは言わないけど、俺を挟んで悪口を言い合わないで欲しい。

 そんな調子で俺のあまり嬉しくないモテ展開で『恋人同士の様に腕を組む輝甲兵』の奇妙なオブジェはその日の夜を越した。事情を知らない他の中隊のパイロットや整備員達に不思議そうな顔で見上げられながら……。


 翌朝。
 早いうちから香奈さんが来てまどかを引き取ってくれた。俺は一晩中まどかのおしゃべりに付き合わされてクタクタだったからとても助かった。

 どれくらい疲れたかと言うと幽炉の残量が1減って90%になるくらい疲れた… ってコラ! 出撃もしてないのに何で命減らされてんだよ俺は?!

 それに昨夜は新機能の目覚まし時計を使う為に『スリープ』するつもりだったのに、まどかのおかげでそれも出来ずに結局徹夜した訳だ。
 おいこれどうにかしないと戦闘じゃなくて過労で残量減らして帰る事になるぞ…?

 少し遅れて鈴代ちゃんもやってくる。今日はオフの日程らしいから、いつものパイロットスーツでは無くて、スポーツウェアの様な動きやすそうな出で立ちだ。手に直径30cm程の厚手の布切れの様な物を持っている。

 鈴代ちゃんが俺の左脚のくるぶし辺りにあるスイッチを弄ると、俺はそのまま右の片膝をつき左脚の足首から膝にかけて昇降用のコの字型の出っ張りが幾つか現れ梯子を形成した。そして腹の操縦席の蓋が開く。

 なるほど、基地の外とかだとこうやって乗り降りするのね。
 鈴代ちゃんは慣れた手付きで俺に登ると操縦席に座り接続をする。
 アンジェラ=高橋の端末は操縦席が展開すると置き場がなくて危険なので外に出した。

「おはよう71ナナヒト、昨夜は女の子2人に囲まれて夢心地だったんじゃないの?」

 冷やかす様に鈴代ちゃんが言う。この女、人の気も知らないで……。

《俺が癒やされたかどうか数字で確認できるから、見てみたら良いんじゃないですかね?》

「え? どういう事…? って残量減ってるじゃない? 何で? 夜中にここで開放したの?!」
 慌てる鈴代ちゃん、まぁ当然だわな。

《んなわけねーだろ。まどかの相手させられて一晩中おしゃべりに付き合わされたんだよ》

「そんな… あのアンジェラってシステムは何してたの?」

《まどかに拒否されてイジケて不貞腐れてた》

 あんぐりと口を開き言葉を無くす鈴代ちゃん、俺の悲しみの1%でも伝わってくれただろうか?

「そ、そう… やっぱりこの方法はダメなのかしら? …後で香奈さんと相談するね」

 珍しく素直に反省した鈴代ちゃん、その後無言のまま俺を正規の駐機場まで動かす。

《それで、今日は何かするのか?》

「今日は… そうね、大きく分けて2点かな?」

 イタズラっぽい顔をして微笑む鈴代ちゃん。可愛いんだが嫌な予感がするぞ?

 接続を切り外に出る鈴代ちゃん。先程持ち込んだ焼く前のピザみたいな物を俺の右肩に当てて位置を合わせている。よく見ると円形じゃなくてずんぐりとしたハート形をしていた。

《何してはりますのん?》

 通信を送る。鈴代ちゃんは嬉しそうに、

「昨夜は貴方に勲章を作っていたのよ。貴方は一昨日の戦闘で右脚を負傷していたでしょ? だから貴方に名誉戦傷章パープルハートを送ります。正式な物じゃなくて私のお手製で悪いけど」

 菊の花をバックに交差した剣の模様が美しい。勲章の作りそのものはマグネットシートに勲章の模様がプリントされているだけの安っぽさ全開の代物だ。

 しかし、その気持ちはとても嬉しかった。ロボなのに『損傷』と言わずに『負傷』と言っていたのも、俺を機械ではなく人間として見てくれているからだろう。

《おぉ… こんなの貰えるなんて想像すらしてなかったから、嬉しさよりも先にビックリしてるよ。何か凄く嬉しくて誇らしいよ、ありがとうな…》

「素直でよろしい」

 とニッコリする鈴代ちゃん、可愛い。あー、やっぱりヒロインは立体映像とかじゃなくて実体があった方がいいよなぁ。

 でも実体あっても触れない鈴代ちゃんと、虚像だけど触れるまどか、どっちが良いんだろう…?

「なぁに? 感動して声も出なくなっちゃった?」

 鈴代ちゃんの声に我に返る。あー、スンマセン、よこしまな事を考えてました。

《え? いやまぁ、うん、そうだね…》

 答えに窮する。ここは勝手に勘違いさせておいた方が良いだろうな。

《ところでもう1つイベントがあるんだろ? そっちは何だ?》

 話題を変えよう。勲章の話は鈴代ちゃんのいい笑顔が見られるのだろうが、それ即ちこの娘を調子づかせて後々マウントを取られる事になる。それは良くない。

「他の機体の修理が思いの外に早く仕上がったから、丑尾さんが貴方の改装に来てくれるって。そろそろ来るんじゃないかしら?」

 散々引っ張ってきてようやくお披露目か『改装計画』。

《結局、それは何なんだ? 俺はどうなってしまうんだ?》

「えっとね…」

 俺の質問に鈴代ちゃんが答えようとした所で、彼女が白髪頭で青い作業機を着たオッサンに気づく。

「あ、丑尾さん、今日はよろしくお願いしますね」

 と頭を下げる。この人が噂に聞く丑尾さんなのね。ピンと伸びた背筋やテキパキとした足取りは整備員と言うよりもどこかの執事を思わせる。

「こちらこそ。ご要望に沿うように頑張らせていただきます。お時間はとりあえず2時間も頂ければ形にはなるかと…」 

 丑尾さんも頭を下げる。イメージ通りの上品なオジサンみたいだ。

「分かりました。では後ほどまた来ますので」

 そう会釈して鈴代ちゃんは去って行った。おい、俺には説明無しなのかよ?!

 少しして鈴代ちゃんからメールが届く。『それじゃ私はちょっと走ってくるから大人しくしててよ?』だそうだ。
 更に説明を求めるメールを送ったが無視された。結局生殺しのまま俺の体は見知らぬオッサンの手に委ねられた。

 さて、青い作業着を着たオッサンが俺の背中、と言うか人間で言う肩甲骨の辺りをなんやかやと弄くっている。
 やがて何やら長い物が2本運び込まれ、作業用クレーンで俺の背中に据え付けられる。重い。
 そこからまた何やらモゾモゾと丑尾さんが手を加える。

「これでよし…」

 丑尾さんが独り言を呟いた瞬間に、運動してきた後で良い感じに体を火照らせた鈴代ちゃんが帰ってきた。
 改装された俺を見て嬉しそうに「うわぁ」と声をあげる。

「おかえりなさい鈴代少尉、ちょうど出来たところですよ。部品は癒着しているとは思いますが、一度動かして見てください」

「はい! 予想以上に綺麗に仕上げて頂いて、本当にありがとうございました!」

 鈴代ちゃんが大きく頭を下げる。

 昨日高橋は言っていた、『頭悪そうな改装案』だと……。
 今なら分かる、珍しく俺も高橋の意見に大賛成だ。鈴代ちゃんこの女の考えた改装案、それは……。

『俺に腕を2本追加する』事だった。

 左右の肩甲骨から伸ばされた2本の腕、今は肘から二つ折りにされているが、有事にはこれを展開して、4本腕で文字通り阿修羅の如く戦うのだろうか?
 輝甲兵は人間の動きを模して作動する兵器だ。そして俺の知りうる限り、有史以来背中から余分な腕を生やした人間は存在しない。

 存在しない人間の動きを模す事など不可能ではないか? あの余計に生えた腕を鈴代ちゃんは如何にして動かすつもりなのか?

 嬉しそうに俺に乗り込んで接続する鈴代ちゃんに問う。
《腕などを生やしてどうするつもりなのか?》と。

 鈴代ちゃんはあっけらかんと「貴方が動かすのよ」と答えた。

30サンマル式の四肢は私が動かすわ。貴方にはこの追加の腕を動かして欲しいのよ」

《ごめん、何言ってるかわかんない…》

「貴方には輝甲兵を動かせる力がある。それを遊ばせておくのは勿体無いと思ったのよ」

《……》

「それで『戦え』なんて言うつもりは無いわ。盾を持って後ろの守りを固めてもらうとか、予備の武器を持って渡してもらうとか。私としては銃の弾倉交換をして貰えたら御の字ね」

 なるほどなぁ。高橋の言っていた『そこまで酷くはない』ってのも、『俺が追加された腕を扱う』と言う前提ならば納得だ。

《言いたい事は理解したけどそんな事が可能なのか? 俺は歩くのさえままならない有り様なのに…?》

「そこはそれ、練習しましょう。と言う訳でまた付き合って貰うわよ… あ……」

 言葉を詰まらせた鈴代ちゃんの目線の先、俺の足元に幼女が立っていた。幼女というか小学高学年から中学生くらいの女の子、とても子供とは思えない険しい表情で俺を見上げている。

「武藤中尉…」

 鈴代ちゃんの顔が強張る。このちんちくりんが昨日の恐いオバサンの正体なのか。ギャップ萌えとかそういうレベルじゃねぇな。
 そう言えばこの中尉さんと鈴代ちゃんは仲が良くないんだっけか。

 駐機場に常設されている通話マイクを手に取った武藤さんから通信が入る。

「ねぇ鈴代、聞いていい? これナニ…?」

 怒っている、と言うよりも多分に呆れ口調で質問される。確かに普通に考えたら『動かせもしない腕を増やすなんて気が触れたのか?』としか思えないよな。

 鈴代ちゃんはしばらく頭の中で数パターンの返答を考えた後、選択した1つの答えを口にした。

「こ、これは私の考案した新戦術のテストケースです。む、武藤中尉、少し付き合って頂けますか?」

 武藤さんの頭の上に浮かんだ『?』マークが見えた様な気がした。

 ☆

「んで、私はお前を撃てばいいのか?」

「はい! まずは 単発セミでお願いします!」

 何を考えたのか鈴代ちゃんは武藤さんを誘って演習場までやってきた。新しく生えた腕には各々盾を持たせて守りを固める。

 対する武藤さんは昨日と同様に突撃銃アサルトライフルにペイント弾を装填して構える。

 武藤さんが撃ってそれを俺が盾で受ける。説明は聞いた。しかしぶっつけ本番で上手く行く予感がまるでしない。
 なによりこの新設された腕は、俺が扱うには重くて肩の可動域が狭い。加えて輝甲兵の背面側を正面と想定してあつらえられており、右肩から左腕が生えている。

 この状態で正面を防御するには、俺は後ろを向いた状態から海老反って相手に相対する形になる。とてもやりづらい。

《なぁ、武藤さんってあまり仲が良くないんじゃなかったのか? 大丈夫なのか?》

 俺の疑問に鈴代ちゃんは、

「その辺のわだかまりは昨日解消出来たと思う… んだけど…」

 と気弱な返事を返す。額に脂汗のオマケ付きだ。

「それに香奈さんにはこんな事はお願いできないもん…」

 あー、まぁ確かに香奈さんあの人じゃどこに弾が飛ぶか分かんねぇからなぁ。

 武藤さんの狙える箇所は『頭』『胴』『右腕』『左腕』の4カ所(下半身は盾が届かないからNG)、それをアトランダムに狙い、宣言した後に撃ってもらう、というルールだ。

「じゃあいくよ、まずは右腕に」

 武藤さんの声に俺は正面に意識を集中する。鈴代ちゃんの右腕を守るべく『俺の左腕を』動かせる。こりゃかなり慣れが必要だよ。

 タン! と1発ライフルの銃声が鳴る。弾は右腕ではなく右足のあった場所・・・・・・・・にペイントの花を咲かせていた。
 鈴代ちゃんが右脚を膝から曲げて、左脚1本で立っていた。つまり膝を曲げただけの回避運動で、分かってて今の銃撃を避けたって事か? 香奈さんばりのアクロバットだ。

 通信の向こうから小さく『チッ』と舌打ちする音が聞こえた。多分人間には聞き取れない音量だったから、鈴代ちゃんには聞こえなかっただろう。

「あの、中尉…?」

「失礼、手が滑ったわ…」

 何この緊張感…?

 考えてみればこの中尉さんも苦しいだろうな。昨日は1発で倒されて、今回は奇襲のつもりが軽くいなされる。くれぐれも実戦で後ろから撃つのだけはやめてくれよ…?

「では改めて、『右腕』!」

 声と同時に撃ち出される弾丸を俺は手に持った盾で受ける。来ると分かっていればそこで待ち受けるだけだ。

「左腕!」
「頭!」

 次々と撃ち込まれる弾丸、受ける俺。
 相手の射撃が正確だからこそ、その場所に盾を『置いている』だけの俺がキチンと仕事をしている様に見える。
 武藤さんも意地悪はやめて真面目に特訓に付き合ってくれるつもりになったらしい。

 10発程受けていったん小休止を設ける。今のところ全弾迎撃に成功している。俺すげー。

「次は宣言無しでお願いします」

 鈴代ちゃんがとんでもない提案をしてくれる。幾ら何でも無茶振り過ぎるだろ? 説教してやる。

《なぁおい…》

「相手の銃口をよく見て。今の貴方なら出来るはずよ…」

 お? おぉ… やってみるわ…。

 その後、10発中7発の直撃を受けて俺の体は全面ピンクに染まった。頭のカメラと記念の勲章だけは守り通したけどな。


「本当に手伝わなくて良いのかい? お前は私の機体の掃除してくれたんだから遠慮しなくていいよ?」

「はい、大丈夫です! お付き合い頂きありがとうございました!」

 解散時の2人の雰囲気は最初の時と比べて随分と穏やかに感じられた。さっきの武藤さんの意地悪もイタズラ心の裏返しで、根深い物ではないのだろう。

 何より憎っくき(?)鈴代ちゃんにしこたまペイント弾を撃ち込めてご満悦なのかも知れない。
 そうやって相手の溜飲を下げさせてヘイトを散らす作戦なのか? だとしたら鈴代ちゃんも策士だよな。
 それはそれとして…。

《おいこのピンクまみれ、どうするんだよ?》

「どうもこうも掃除するわよ? 貴方が汚したんだから手伝ってよね?」

《お前がやれって言ったんだろ?!》

「もし実戦だったらどうなってたかしら?」

 鈴代ちゃんは意図的に表情を消して俺に問いかける。

《実戦だったら… 死んでたな…》

「そう、虫は『どこに撃つか?』なんて教えてくれないわ。死にたくなかったら鍛錬して技術を上げないと。これはその授業料よ」

 なんか上手く言いくるめられた様な気もするが、確かにこれはこれで真理であると思う。

《ふむ、では気を取り直して新生した30サンマル式バスターカスタムを綺麗にしてやろうかね》

「ちょっとなに勝手に名前付けてるのよ? この子の名前は『阿修羅・改』よ」

《いやいやいや、それはセンス無さ過ぎますよ鈴代さん、厨二病かっつーの》

「そっちだって大して変わらないじゃない?! なんなら正式に命令しても良いのよ?」

《権力の横暴だー! 緊急動議!!》

 また新たな争いの火蓋が切って落とされたのだった。
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