残酷な描写あり
5-1
頬に当たる日差しを感じ、ゆずはまどろみから抜け出した。意識が覚醒すると共に跳ね起きる。こんなに眠ったのはいつぶりか……深い睡眠は心地よくはあるが、危険でもあるのだ。崩壊してしまったこの世界で熟睡することの危険性はこれまでに十分理解していた。それゆえにここしばらく熟睡などしていなかった。
ゆずはあがった心拍を落ち着かせようと息をつく。同時に状況の確認をしなければならない。
さっきまでの心地よい睡眠を求めたがる頭を無理やり覚醒させ、周りを見る。
自分には薄手の毛布がかけられていた。あまりきれいなものではないが暖かい。少し離れて男性が二人寝転んでいる。眠っているようだが、土間のほうでは一人起きて囲炉裏の火の番をしているようだ。
「やあ、目が覚めたかい?まだ少し早い、二人が起きるのはゆっくりだからもう少し寝てていいよ?どこか痛かったり調子が悪かったりしない?」
囲炉裏の前に座る大柄な男は、怖そうな見た目だが存外に優しい言葉と目を向けてきた。それに対し、ふるふると首を振って応えると、満足したように微笑み視線を囲炉裏に戻した。もう少しゆっくりしてていいよ。と言葉を残して。
これまでゆずが見てきた男は、常に疑わしそうな目でこっちを見てきた。あるいは何を持っているのかと荷物ばかり気にする者もいた。体をなめるような気持ち悪い視線を向けて来る者もいた。それらはすべて危険な者だと父さんに教えられ、なるべく近づけないようにしてくれた。そんな者でも一緒にいなければいけなかったのは、あの化け物のせいだ。
ゆっくりとはっきりしていく意識の中で、だんだんとこれまでの事から昨日の事までを思い出していった。父さんが死んだ。最後の家族だった。最後まで自分を守ろうとしてくれた。悲しいが涙は出てこなかった。
いつからだろう、感情と自分が切り離されたような感覚を覚えるようになったのは。母さんが殺された時か……兄ちゃんが感染者にかまれた時か。妹が伸ばす手を握り損ね、感染者に奪われて時か……悲しいという気持ちはあるのだが、その気持ちを一歩離れたところから見ているような感覚。その頃からうまく話すこともできなくなった。言葉がぶつ切りにしか出てこないのだ。どうせあまり話すことは無い、それまではどうでもいい事だった……
昨日父さんが噛まれた時、次は自分だと思っていた。悲しかったし怖かったがどこかホッとしている部分もあった。
感染者から逃れ、荷物を奪おうとする者から逃れ、つらく苦しい毎日。それでも父さんが自分を守ってくれていると思ったから何とか頑張ってこれたのだ。そうでなければこんな世の中で、何のために生きているものか……。
ごそりと音がして、少し離れたとこに寝転んでいる男が寝返りを打った。昨日自分を助けた男だ。他人であるはずの自分を助け、父さんを助けられなかったことを詫び、自分に涙を流しながら守るから生きろと言う。
これまでの生活で人間の嫌な部分ばかり目にしてきたゆずには理解しがたい話だった。
それでも黙って聞いているうちに胸の奥の方が暖かくなってきて、思わず涙を流す男の頭をなでながら一緒に行くと言ってしまった。
なぜそう言ったかは自分でもわからない。もしかしたらこれから父さんと一緒にいた時よりもつらい日々がくるのかもしれない。でも一度は生きるのを諦めた身だ。どうでもいいとは思わないが、なんとなく目の前の男についてきくのもいいかもしれない。
そう考えながら、ゆずは自分でも知らないうちにカナタに近寄っていた。そしてカナタの袖をちょっとつまむと、こてんと横になって小さな寝息を立て始めた。
それをこっそり見守っていたダイゴは、安心して一息ついた。一晩経って落ち着いた時、ゆずがどういう反応をするか少し怖かったのだ。そっと見ると、遠慮がちにカナタの袖をつかみ、寝息を立てるゆずに微笑んで、タオルケットをかけてやるのだった。
「ねえ、みんな。そろそろ起きないと。すっかり日は昇ってるよ!」
それからたっぷり一時間ほど待って、ダイゴは声をかけた。
数十分後、カナタ達は再び鍛冶師の小屋を目指して歩き始めていた。持ち合わせの物で簡単な朝食を取りながら、ゆずという同行者ができたからいったん美浜集落に戻った方がいいのでは?とダイゴが提案した。これから向かい所は感染者達の向かっている所でもある。鉢合わせしてもおかしくない。危険である。
それにカナタもスバルも賛成しようとしたが、当のゆずが強く反対した。わざわざ戻ってどこかに預けるという手間をかけるなら、ここに置いて行ってほしい。そもそも守ると約束したのは、そこにいる知らない誰かではなくカナタなのでカナタが責任もってまもるべき、と。例の無表情で詰め寄られ、言い返せなくなったカナタは同行を了承するしかなかった。
「俺の後ろにいて、離れるんじゃないぞ?」
再度念を押すカナタにゆずは頷いてこたえる。
相変わらず足場は悪い。人の手が入っていないような所を歩くため、草が生い茂っていて足元が全く見えない。
カナタ達はともかく、ゆずは歩いていると何度もつまづいているので、カナタが手を引いて歩くようにした。
そして手を繋いで歩いていると、ゆずがつないだ手をじっと見ている事に気づいた。
もしや知らない奴と手を繋ぐのが嫌なのかと思い、聞いてみたがゆずは首を振るばかりだ。
そうやって集落の者が書いた地図を頼りに小屋をめざしていると、急に視界が開けて周りが見渡せるところに出た。周りは見渡す限り山で、雄大な景色に畏敬の念がわいてくるようだ。
「ここから下に行くはず……あ、あった。あの川の上流に小さな滝があって、そのほとりに小屋があるもたいだよ」
地図と景色を見比べて位置を確認していたダイゴが指さす方を見ると、支流だろうかそれほど大きくはないが川が見える。
「結構急だな、みんな気をつけろよ」
そう言ってスバルが足場を気にしながら下り始める。それにダイゴが続いて最後にカナタ達が下る。
足場は良くはないが、崖ほど急峻ではなく木や枝を掴みながらなんとか降りられそうだ。
もうすぐ平らな場所に降りれる、そう思った時ダイゴが足を滑らせた。
「うわっ!」
「ちょ、まっ!」
先を行っていたスバルを巻き込んで……
ゆずはあがった心拍を落ち着かせようと息をつく。同時に状況の確認をしなければならない。
さっきまでの心地よい睡眠を求めたがる頭を無理やり覚醒させ、周りを見る。
自分には薄手の毛布がかけられていた。あまりきれいなものではないが暖かい。少し離れて男性が二人寝転んでいる。眠っているようだが、土間のほうでは一人起きて囲炉裏の火の番をしているようだ。
「やあ、目が覚めたかい?まだ少し早い、二人が起きるのはゆっくりだからもう少し寝てていいよ?どこか痛かったり調子が悪かったりしない?」
囲炉裏の前に座る大柄な男は、怖そうな見た目だが存外に優しい言葉と目を向けてきた。それに対し、ふるふると首を振って応えると、満足したように微笑み視線を囲炉裏に戻した。もう少しゆっくりしてていいよ。と言葉を残して。
これまでゆずが見てきた男は、常に疑わしそうな目でこっちを見てきた。あるいは何を持っているのかと荷物ばかり気にする者もいた。体をなめるような気持ち悪い視線を向けて来る者もいた。それらはすべて危険な者だと父さんに教えられ、なるべく近づけないようにしてくれた。そんな者でも一緒にいなければいけなかったのは、あの化け物のせいだ。
ゆっくりとはっきりしていく意識の中で、だんだんとこれまでの事から昨日の事までを思い出していった。父さんが死んだ。最後の家族だった。最後まで自分を守ろうとしてくれた。悲しいが涙は出てこなかった。
いつからだろう、感情と自分が切り離されたような感覚を覚えるようになったのは。母さんが殺された時か……兄ちゃんが感染者にかまれた時か。妹が伸ばす手を握り損ね、感染者に奪われて時か……悲しいという気持ちはあるのだが、その気持ちを一歩離れたところから見ているような感覚。その頃からうまく話すこともできなくなった。言葉がぶつ切りにしか出てこないのだ。どうせあまり話すことは無い、それまではどうでもいい事だった……
昨日父さんが噛まれた時、次は自分だと思っていた。悲しかったし怖かったがどこかホッとしている部分もあった。
感染者から逃れ、荷物を奪おうとする者から逃れ、つらく苦しい毎日。それでも父さんが自分を守ってくれていると思ったから何とか頑張ってこれたのだ。そうでなければこんな世の中で、何のために生きているものか……。
ごそりと音がして、少し離れたとこに寝転んでいる男が寝返りを打った。昨日自分を助けた男だ。他人であるはずの自分を助け、父さんを助けられなかったことを詫び、自分に涙を流しながら守るから生きろと言う。
これまでの生活で人間の嫌な部分ばかり目にしてきたゆずには理解しがたい話だった。
それでも黙って聞いているうちに胸の奥の方が暖かくなってきて、思わず涙を流す男の頭をなでながら一緒に行くと言ってしまった。
なぜそう言ったかは自分でもわからない。もしかしたらこれから父さんと一緒にいた時よりもつらい日々がくるのかもしれない。でも一度は生きるのを諦めた身だ。どうでもいいとは思わないが、なんとなく目の前の男についてきくのもいいかもしれない。
そう考えながら、ゆずは自分でも知らないうちにカナタに近寄っていた。そしてカナタの袖をちょっとつまむと、こてんと横になって小さな寝息を立て始めた。
それをこっそり見守っていたダイゴは、安心して一息ついた。一晩経って落ち着いた時、ゆずがどういう反応をするか少し怖かったのだ。そっと見ると、遠慮がちにカナタの袖をつかみ、寝息を立てるゆずに微笑んで、タオルケットをかけてやるのだった。
「ねえ、みんな。そろそろ起きないと。すっかり日は昇ってるよ!」
それからたっぷり一時間ほど待って、ダイゴは声をかけた。
数十分後、カナタ達は再び鍛冶師の小屋を目指して歩き始めていた。持ち合わせの物で簡単な朝食を取りながら、ゆずという同行者ができたからいったん美浜集落に戻った方がいいのでは?とダイゴが提案した。これから向かい所は感染者達の向かっている所でもある。鉢合わせしてもおかしくない。危険である。
それにカナタもスバルも賛成しようとしたが、当のゆずが強く反対した。わざわざ戻ってどこかに預けるという手間をかけるなら、ここに置いて行ってほしい。そもそも守ると約束したのは、そこにいる知らない誰かではなくカナタなのでカナタが責任もってまもるべき、と。例の無表情で詰め寄られ、言い返せなくなったカナタは同行を了承するしかなかった。
「俺の後ろにいて、離れるんじゃないぞ?」
再度念を押すカナタにゆずは頷いてこたえる。
相変わらず足場は悪い。人の手が入っていないような所を歩くため、草が生い茂っていて足元が全く見えない。
カナタ達はともかく、ゆずは歩いていると何度もつまづいているので、カナタが手を引いて歩くようにした。
そして手を繋いで歩いていると、ゆずがつないだ手をじっと見ている事に気づいた。
もしや知らない奴と手を繋ぐのが嫌なのかと思い、聞いてみたがゆずは首を振るばかりだ。
そうやって集落の者が書いた地図を頼りに小屋をめざしていると、急に視界が開けて周りが見渡せるところに出た。周りは見渡す限り山で、雄大な景色に畏敬の念がわいてくるようだ。
「ここから下に行くはず……あ、あった。あの川の上流に小さな滝があって、そのほとりに小屋があるもたいだよ」
地図と景色を見比べて位置を確認していたダイゴが指さす方を見ると、支流だろうかそれほど大きくはないが川が見える。
「結構急だな、みんな気をつけろよ」
そう言ってスバルが足場を気にしながら下り始める。それにダイゴが続いて最後にカナタ達が下る。
足場は良くはないが、崖ほど急峻ではなく木や枝を掴みながらなんとか降りられそうだ。
もうすぐ平らな場所に降りれる、そう思った時ダイゴが足を滑らせた。
「うわっ!」
「ちょ、まっ!」
先を行っていたスバルを巻き込んで……