残酷な描写あり
4-7
木で作ってある門の様な物の前に三人の老人が待っていた。年代はもうよくわからないが松柴さんとだいたい同じくらいに見える。近づいてきたカナタ達を見ると、それぞれ話しかけてきた。
「おうおう、本当に小百合ちゃんじゃ。生きておったか、ずいぶんと老けたな」
「ずいぶんと物騒な格好をした者を連れておるの。孫には見えんが?」
「なんにしても良く戻った。吉良の親父さんもよろこんじょるじゃろう。ちっとはゆっくりしていけるのか?」
「久しいの徳、老けたんはお互い様じゃ人の事が言える様か。残念ながら孫ではないの。こんな状況じゃからの、自分の身は自分や信頼する者らで守らんといかんじゃろ?重雄。あまりゆっくりはできんのじゃ、権さん。後で詳しく話すが色々差し迫っておるしな。ただ、ずっと車に乗りっぱなしでちょうっとばかし疲れたからの、彼らも休ませたいから一度家に帰って、改めて場を設けてほしいんじゃがどうかの?」
それぞれに返事して最後にそう言った。それに対し、徳と呼ばれた老人はかっかっと笑い、重雄老人はフンと鼻を鳴らしていたが、険悪な雰囲気はない。最後に権さんと言われた老人は松柴さんへ答えた。
「そうだの。ここまで来るのも大変じゃったろう。まずはゆっくりさせてやるといいじゃろう。と、言いたいんじゃがこっちも問題があっての。小百合だけでもこれんか?」
何か問題があるようで、顔を曇らせてそう言った。
「そうか……わかった、それならこのまま彼らを案内してすぐに戻る」
それに松柴さんがそう答えると、権老人は頷くと二人の老人を伴って門をくぐりもどっていった。
「そういう訳じゃ、アンタらはしばらくのんびりしてな。何もない所だけど自然だけはある。たまにはいいもんだよ」
「でも、お婆さん。護衛……」
ダイゴが真面目に聞くと松柴はからからと笑って
「この集落の中では護衛はいらんじゃろ。いいからゆっくりしてな」
そう言ってさっさと先に歩き出してしまう。カナタ達は仕方なくその後をおうのだった。
集落の中は長閑な風景が広がっていて、ポツポツと間隔をあけて家が建っており、その周りには田か畑が拡がっている。その間を縫うように細い道があり、その真ん中を上流からきれいな川が流れてきている。
「あれがアタシの実家さ」
そう言って指さす先は、高台にある大きい屋敷だった。他の家々も古くはあるが面積は広く大きいのだが、それらと比べても一段大きい。
「ふえ~、でかい家っすね!」
それを見上げてスバルが言った。その言葉に笑いながら松柴は答えた。
「なんでもうちの先祖はここらの殿様に仕える武士だったらしくてな。その後も集落の者をまとめるような立場だったらしい。一時はあの屋敷に入りきらんくらい家族がすんどったらしいが、今は没落してごらんのとおりよ。跡取りもいなくなって、アタシは嫁いだし壊してしまおうとも思ったんだけどねえ……さ、着いたよ。誰も住んでないし、手入れだけはしているがあちこち痛んでる。床が抜けても驚かないでおくれよ」
そう言いながら、玄関を開けると目の前に立派な屏風がたっており、そこから両側に奥へ続くろうかが伸びている。
床が抜けるなどと言っていたが、とても丈夫でダイゴが乗ってもきしみもしなかった。
「上がってすぐ右の部屋が客間にしてる。そんなに遅くはならないから適当に休んでておくれ」
それだけ言うと松柴は行ってしまった。松柴の提案、それと集落の問題。それらの話し合いに。
「話し合い、うまくいくかな」
畳に腰を下ろしダイゴが心配そうに言う。カナタもバッグと刀をその場に降ろしてくつろぎ始めている。
「なんか難しそうな気がしてきたな」
そしてダイゴの問いに答えた。ここまで集落の様子、老人たちの様子を眺めてきて、ここは危険ですから避難しませんか?といって、はいわかりました。とはいかない気がする。
「それでも何もしないでほっとくのは違うだろうしな。婆さんの気がすむようにしたらいいんでないの?」
廊下の先を見に行ってきたスバルが戻ってきてそう言った。カナタ達にとってみれば極端な話、老人たちが応じるにしても否むにしてもどちらでもよいのだ。松柴が思う通りにできたが重要なのだ。
そんなことを言い合いながら、疲れたのもあってそれぞれ思い思いの格好でくつろぎ始める。遅くはならないといってもしばらくはかかるだろう。
そう言いあって、体を横にしたのも束の間、外から人の声が聞こえる。しかもこの家に入ってくる。
「何かあったのか?」
面倒そうに体を起こし玄関の方にスバルが向かった。
「おお、よかった。すまんが公民館まできてくれんか。小百合ちゃんもそこにいるから」
そこにいたのは入り口の門の所にいた老人の一人だ。
「え、ちょっと待ってもらえますか」
そう言ってスバルはカナタ達の所まで戻る。といっても玄関のすぐ横の部屋だ。話し声は丸聞こえである。
「どう思う」声をひそめてスバルが言う。
「俺たちを呼びにくるなら、なんで松柴さんが来ないんだ?」と、カナタ。
「お婆さんに何かあったのなら行かないって手はないよ」言いながらダイゴはすでに盾を持っている。
「よし、フル装備で行こう。何か言われたら、まだくつろぐ前だったって言い張ればいい」
全員がそれに頷き、おろした装備をまた準備しだす。そうしてすばやく準備を終えると、玄関へ向かう。玄関ではたしか徳と呼ばれていた老人が腰掛けていた。足音に気づいてこちらを見てぎょっとしている。
「その格好で行くのかい?」
「問題ありますか」
そう答えたカナタに、いや問題はないが……と、もごもご言っている。
「僕らこれが普段着みたいなもんなんで。じゃ行きましょう!」
とどめにスバルがそう言うと、大変だねえと言いながら徳老人は歩き出した。その雰囲気は何か不穏なものは感じさせない。
「あれ、だいじょうぶだったかな?」
「まあいいだろ。知らないとこなんだから警戒するの当たり前だろ?」
と、コソコソ話しながら徳老人について行くのだった。
やがて本当に公民館らしき建物が見えてきた。
「ほれ、あそこだよ。」と徳老人は建物を指し、そこへの道を上り始める。
三人は顔を見合わせると苦笑いした。どうも警戒しすぎていたらしい。そこでダイゴが先を行く徳老人に声をかける。
「あの、お爺さん。案内ありがとうございます。……その僕たち変に警戒しちゃってて。気を悪くしたらごめんなさい」
そう言うと、徳老人は立ち止まり、ダイゴ達を見回すと立ち止まって、かっかっと笑うと言った。
「なんのなんの。お前さん方にとっては見知らぬ土地だものな。こんな時代じゃ、警戒して当たり前。気にせんでええよ」
そう言われ、ホッとした顔をするダイゴ達。その様子を見て、もう一度かっかっと笑うと徳老人はダイゴの肩をポンポンと叩いて、公民館の戸を開け中に声をかける。
「お~い、連れてきたぞ。ほれ、あがりなさい。小百合ちゃんも上におるで」
さっきより優しい笑顔でそう言ってくれた。
公民館は簡素な造りで、板張りの上り間の両側に作り付けの靴箱があり、今もちらほら靴が入っている。
その先はふすまを隔てて二間続きの和室で、そこに座っている松柴の姿も見える。
カナタ達はそのまま上がって、松柴の隣に行った。
「悪いね、疲れて……ああ、なんだい、その格好で来たのかい?まあ、いいよ。そこ座んな」
松柴は一度だけ目を剝いたが、すぐ理解したのだろう。普通によこに座るように言った。
「アタシの方の話はちょうと難航してる。やはり土地を離れたがらない者が多くてね……呼んだのは別件さ。もう一度いいかい?」
そう言って松柴が見たのは、こちらもさっき門の所で見た権さんと呼ばれていた老人だ。一通りカナタ達を見ると話しだした
「ふむ。ここの集落に来る途中にトンネルで見たろ、鬼の集団を」
この人達が鬼と言うのは感染者の事だろう。カナタは頷く。忘れようとしてもトンネル幅いっぱいの感染者の姿は忘れられないだろう。
「あれも問題の一つだがね、まあ今のとこはいいだろう。この集落への道をさらに上ると険しいが山に登ってるんだがね、そこの途中に小屋を作って鍛冶をやってるやつがいる。そこには無口で愛想のない老人とその弟子、それと世話係か若い娘が住んどる。」
そこまで言って、カナタ達の方を見る。話の流れが見えないがカナタは黙って頷く。
「わしにはわからんが、鍛冶をするにいい環境らしい。じゃが、おとといの事じゃ。正平……ああ、お前さんらも会っておったな。うちの集落の猟師なんじゃが、その正平が猟の途中、別の鬼の群れを見つけた。トンネルにいる奴らほどの数はいないが、群れといっていいくらいはおったらしい。」
話を聞いてトンネルで見た感染者達を思い出し、それが外に出てきて向かってくるのを想像してぞっとする。まさしく悪夢だ。
「でもそれが?別におれら、あれを退治とかできるわけじゃないっすよ」
倒してほしいとか言われるのを危惧したのか、スバルが固い声で言い返した。
「そんなことは誰にもできんじゃろ。しかしの、それらの向かっとる先がその鍛冶師の住んどるとこら辺なんじゃ。知らせに行くにもこの集落にはそこまでの険しい道を、奴らから逃れながら行けるものはおらん。それこそその正平くらいじゃ。」
そこまで言うと一息ついて、目の前に置いてあったお茶を飲む。
「アンタら、おかしいと思わないかい?」
話が途切れたところで、今度は松柴さんがそう言ってきた。
「おかしいって?」
「感染者達さ。アタシらが知ってる奴らは、音や姿を見せたりしたら追ってくるだろ?でもそうじゃない限りその場でうろうろしたり、ぼーっとしてるのがほとんどだ。」
松柴さんの言葉にこれまで見てきた感染者達を思い出す。たしかに気づかれない限りは決まったところをうろうろしているイメージしかない。
「トンネルの奴らを見た時からおかしいと思っておったんじゃ。誰が何のために、どうやってあそこに集めたのかと。……しかしいくら考えても分からなんだ。リスクしかないしの。」
「どこかに連れて行こうとしたとか、どこかを攻撃するのに利用しようとしたとか……」
とりあえず思いつく限り言ってみる。じぶんでもそんなことができるとは思わないが。
「……それができるのならすごいが、無理じゃな。一体二体ならともかくあれだけの数を、捕まらず誘導するすべはないじゃろうて」
「そうっすね……」
出尽くしたところで権さんがまた話し出した。
「よいかの?わしらも吉良から聞いてびっくりしとる。町と山では習性が違ったりするのかもしれんが……ともかくここのやつらは群れて同じ方向に向かう。そういうものと思わんと仕方あるまい。それでさっきの話にもどるんじゃが……その鍛冶師の事じゃ。このままその鬼の群れが進めば、その鍛冶師らは何もできずに飲み込まれるじゃろう。鬼が数体増えるだけじゃ。わし等としても知っておきながら何もせなんだは目覚めが悪い。集落の者ではないにしても、時々この集落に来て打った物と食べ物を好感しておったしのう」
「特に女衆は包丁や鎌なんか使いやすいいい物を作るって評判いいんですじゃ」
隣にいる老人も付け加えるように言う。
「ええと、つまり僕らになんとかしろと?」
ダイゴが困り顔で言う。
「その正平さんにパッと知らせに行ってもらった方が早いんじゃね」
「ああ、確かに。言ったことあるんならそのほうが……」
「正平は別の集落に知らせに走った。それに……言いにくいんじゃが正平はちとまずいんじゃ。」
それまでほとんど感情らしきものを見せなかった権さんが初めて困ったような顔になった。
「正平の奴、何かしおったのか?」
その話は松柴さんも知らなかったのか、訝し気に聞いている。権さんはしばらく困った顔をしていたが、やがて小さくため息をついて話し出す。
「その……鍛冶師の所に、身の回りの世話をしている若い女がいるんじゃが、たいそうきれいなおなごでな。集落へ物の交換にも来てたのじゃ。きれいといってもワシらからしたら孫くらいの年じゃ。ワシらの中では若い方といっても正平でも孫で通る年の差なんじゃが、そのおなごに懸想しおってのう。どちらも所帯を持っとるわけではないから、お互いに想っとるなら何も言わんが、おなごの方は迷惑だったようではっきり断られたんじゃよ。それでもあきらめきれんのか色々とあってな。正平は行かせづらいんじゃ」
最後の方は声が小さくなっていったが、要するに恋愛トラブルとは。予想外の内容にカナタ達も呆然としてしまっている。
「なんか力が抜けたが……どうするね?アタシは無理強いはしないよ。アンタ達の判断でいい。」
松柴さんはそう言うが、都市に移住させる計画に少なからず影響するのではないかと思う。人命もかかってるし軽々しく判断しづらい。それにかなり危険が伴うはずだ。
そう思い、考え込むカナタは忘れていた。困っている人を放っておけない人間が隣に座っていることを。
「分かりました!僕たちにできる事ならお手伝いします」
「おうおう、本当に小百合ちゃんじゃ。生きておったか、ずいぶんと老けたな」
「ずいぶんと物騒な格好をした者を連れておるの。孫には見えんが?」
「なんにしても良く戻った。吉良の親父さんもよろこんじょるじゃろう。ちっとはゆっくりしていけるのか?」
「久しいの徳、老けたんはお互い様じゃ人の事が言える様か。残念ながら孫ではないの。こんな状況じゃからの、自分の身は自分や信頼する者らで守らんといかんじゃろ?重雄。あまりゆっくりはできんのじゃ、権さん。後で詳しく話すが色々差し迫っておるしな。ただ、ずっと車に乗りっぱなしでちょうっとばかし疲れたからの、彼らも休ませたいから一度家に帰って、改めて場を設けてほしいんじゃがどうかの?」
それぞれに返事して最後にそう言った。それに対し、徳と呼ばれた老人はかっかっと笑い、重雄老人はフンと鼻を鳴らしていたが、険悪な雰囲気はない。最後に権さんと言われた老人は松柴さんへ答えた。
「そうだの。ここまで来るのも大変じゃったろう。まずはゆっくりさせてやるといいじゃろう。と、言いたいんじゃがこっちも問題があっての。小百合だけでもこれんか?」
何か問題があるようで、顔を曇らせてそう言った。
「そうか……わかった、それならこのまま彼らを案内してすぐに戻る」
それに松柴さんがそう答えると、権老人は頷くと二人の老人を伴って門をくぐりもどっていった。
「そういう訳じゃ、アンタらはしばらくのんびりしてな。何もない所だけど自然だけはある。たまにはいいもんだよ」
「でも、お婆さん。護衛……」
ダイゴが真面目に聞くと松柴はからからと笑って
「この集落の中では護衛はいらんじゃろ。いいからゆっくりしてな」
そう言ってさっさと先に歩き出してしまう。カナタ達は仕方なくその後をおうのだった。
集落の中は長閑な風景が広がっていて、ポツポツと間隔をあけて家が建っており、その周りには田か畑が拡がっている。その間を縫うように細い道があり、その真ん中を上流からきれいな川が流れてきている。
「あれがアタシの実家さ」
そう言って指さす先は、高台にある大きい屋敷だった。他の家々も古くはあるが面積は広く大きいのだが、それらと比べても一段大きい。
「ふえ~、でかい家っすね!」
それを見上げてスバルが言った。その言葉に笑いながら松柴は答えた。
「なんでもうちの先祖はここらの殿様に仕える武士だったらしくてな。その後も集落の者をまとめるような立場だったらしい。一時はあの屋敷に入りきらんくらい家族がすんどったらしいが、今は没落してごらんのとおりよ。跡取りもいなくなって、アタシは嫁いだし壊してしまおうとも思ったんだけどねえ……さ、着いたよ。誰も住んでないし、手入れだけはしているがあちこち痛んでる。床が抜けても驚かないでおくれよ」
そう言いながら、玄関を開けると目の前に立派な屏風がたっており、そこから両側に奥へ続くろうかが伸びている。
床が抜けるなどと言っていたが、とても丈夫でダイゴが乗ってもきしみもしなかった。
「上がってすぐ右の部屋が客間にしてる。そんなに遅くはならないから適当に休んでておくれ」
それだけ言うと松柴は行ってしまった。松柴の提案、それと集落の問題。それらの話し合いに。
「話し合い、うまくいくかな」
畳に腰を下ろしダイゴが心配そうに言う。カナタもバッグと刀をその場に降ろしてくつろぎ始めている。
「なんか難しそうな気がしてきたな」
そしてダイゴの問いに答えた。ここまで集落の様子、老人たちの様子を眺めてきて、ここは危険ですから避難しませんか?といって、はいわかりました。とはいかない気がする。
「それでも何もしないでほっとくのは違うだろうしな。婆さんの気がすむようにしたらいいんでないの?」
廊下の先を見に行ってきたスバルが戻ってきてそう言った。カナタ達にとってみれば極端な話、老人たちが応じるにしても否むにしてもどちらでもよいのだ。松柴が思う通りにできたが重要なのだ。
そんなことを言い合いながら、疲れたのもあってそれぞれ思い思いの格好でくつろぎ始める。遅くはならないといってもしばらくはかかるだろう。
そう言いあって、体を横にしたのも束の間、外から人の声が聞こえる。しかもこの家に入ってくる。
「何かあったのか?」
面倒そうに体を起こし玄関の方にスバルが向かった。
「おお、よかった。すまんが公民館まできてくれんか。小百合ちゃんもそこにいるから」
そこにいたのは入り口の門の所にいた老人の一人だ。
「え、ちょっと待ってもらえますか」
そう言ってスバルはカナタ達の所まで戻る。といっても玄関のすぐ横の部屋だ。話し声は丸聞こえである。
「どう思う」声をひそめてスバルが言う。
「俺たちを呼びにくるなら、なんで松柴さんが来ないんだ?」と、カナタ。
「お婆さんに何かあったのなら行かないって手はないよ」言いながらダイゴはすでに盾を持っている。
「よし、フル装備で行こう。何か言われたら、まだくつろぐ前だったって言い張ればいい」
全員がそれに頷き、おろした装備をまた準備しだす。そうしてすばやく準備を終えると、玄関へ向かう。玄関ではたしか徳と呼ばれていた老人が腰掛けていた。足音に気づいてこちらを見てぎょっとしている。
「その格好で行くのかい?」
「問題ありますか」
そう答えたカナタに、いや問題はないが……と、もごもご言っている。
「僕らこれが普段着みたいなもんなんで。じゃ行きましょう!」
とどめにスバルがそう言うと、大変だねえと言いながら徳老人は歩き出した。その雰囲気は何か不穏なものは感じさせない。
「あれ、だいじょうぶだったかな?」
「まあいいだろ。知らないとこなんだから警戒するの当たり前だろ?」
と、コソコソ話しながら徳老人について行くのだった。
やがて本当に公民館らしき建物が見えてきた。
「ほれ、あそこだよ。」と徳老人は建物を指し、そこへの道を上り始める。
三人は顔を見合わせると苦笑いした。どうも警戒しすぎていたらしい。そこでダイゴが先を行く徳老人に声をかける。
「あの、お爺さん。案内ありがとうございます。……その僕たち変に警戒しちゃってて。気を悪くしたらごめんなさい」
そう言うと、徳老人は立ち止まり、ダイゴ達を見回すと立ち止まって、かっかっと笑うと言った。
「なんのなんの。お前さん方にとっては見知らぬ土地だものな。こんな時代じゃ、警戒して当たり前。気にせんでええよ」
そう言われ、ホッとした顔をするダイゴ達。その様子を見て、もう一度かっかっと笑うと徳老人はダイゴの肩をポンポンと叩いて、公民館の戸を開け中に声をかける。
「お~い、連れてきたぞ。ほれ、あがりなさい。小百合ちゃんも上におるで」
さっきより優しい笑顔でそう言ってくれた。
公民館は簡素な造りで、板張りの上り間の両側に作り付けの靴箱があり、今もちらほら靴が入っている。
その先はふすまを隔てて二間続きの和室で、そこに座っている松柴の姿も見える。
カナタ達はそのまま上がって、松柴の隣に行った。
「悪いね、疲れて……ああ、なんだい、その格好で来たのかい?まあ、いいよ。そこ座んな」
松柴は一度だけ目を剝いたが、すぐ理解したのだろう。普通によこに座るように言った。
「アタシの方の話はちょうと難航してる。やはり土地を離れたがらない者が多くてね……呼んだのは別件さ。もう一度いいかい?」
そう言って松柴が見たのは、こちらもさっき門の所で見た権さんと呼ばれていた老人だ。一通りカナタ達を見ると話しだした
「ふむ。ここの集落に来る途中にトンネルで見たろ、鬼の集団を」
この人達が鬼と言うのは感染者の事だろう。カナタは頷く。忘れようとしてもトンネル幅いっぱいの感染者の姿は忘れられないだろう。
「あれも問題の一つだがね、まあ今のとこはいいだろう。この集落への道をさらに上ると険しいが山に登ってるんだがね、そこの途中に小屋を作って鍛冶をやってるやつがいる。そこには無口で愛想のない老人とその弟子、それと世話係か若い娘が住んどる。」
そこまで言って、カナタ達の方を見る。話の流れが見えないがカナタは黙って頷く。
「わしにはわからんが、鍛冶をするにいい環境らしい。じゃが、おとといの事じゃ。正平……ああ、お前さんらも会っておったな。うちの集落の猟師なんじゃが、その正平が猟の途中、別の鬼の群れを見つけた。トンネルにいる奴らほどの数はいないが、群れといっていいくらいはおったらしい。」
話を聞いてトンネルで見た感染者達を思い出し、それが外に出てきて向かってくるのを想像してぞっとする。まさしく悪夢だ。
「でもそれが?別におれら、あれを退治とかできるわけじゃないっすよ」
倒してほしいとか言われるのを危惧したのか、スバルが固い声で言い返した。
「そんなことは誰にもできんじゃろ。しかしの、それらの向かっとる先がその鍛冶師の住んどるとこら辺なんじゃ。知らせに行くにもこの集落にはそこまでの険しい道を、奴らから逃れながら行けるものはおらん。それこそその正平くらいじゃ。」
そこまで言うと一息ついて、目の前に置いてあったお茶を飲む。
「アンタら、おかしいと思わないかい?」
話が途切れたところで、今度は松柴さんがそう言ってきた。
「おかしいって?」
「感染者達さ。アタシらが知ってる奴らは、音や姿を見せたりしたら追ってくるだろ?でもそうじゃない限りその場でうろうろしたり、ぼーっとしてるのがほとんどだ。」
松柴さんの言葉にこれまで見てきた感染者達を思い出す。たしかに気づかれない限りは決まったところをうろうろしているイメージしかない。
「トンネルの奴らを見た時からおかしいと思っておったんじゃ。誰が何のために、どうやってあそこに集めたのかと。……しかしいくら考えても分からなんだ。リスクしかないしの。」
「どこかに連れて行こうとしたとか、どこかを攻撃するのに利用しようとしたとか……」
とりあえず思いつく限り言ってみる。じぶんでもそんなことができるとは思わないが。
「……それができるのならすごいが、無理じゃな。一体二体ならともかくあれだけの数を、捕まらず誘導するすべはないじゃろうて」
「そうっすね……」
出尽くしたところで権さんがまた話し出した。
「よいかの?わしらも吉良から聞いてびっくりしとる。町と山では習性が違ったりするのかもしれんが……ともかくここのやつらは群れて同じ方向に向かう。そういうものと思わんと仕方あるまい。それでさっきの話にもどるんじゃが……その鍛冶師の事じゃ。このままその鬼の群れが進めば、その鍛冶師らは何もできずに飲み込まれるじゃろう。鬼が数体増えるだけじゃ。わし等としても知っておきながら何もせなんだは目覚めが悪い。集落の者ではないにしても、時々この集落に来て打った物と食べ物を好感しておったしのう」
「特に女衆は包丁や鎌なんか使いやすいいい物を作るって評判いいんですじゃ」
隣にいる老人も付け加えるように言う。
「ええと、つまり僕らになんとかしろと?」
ダイゴが困り顔で言う。
「その正平さんにパッと知らせに行ってもらった方が早いんじゃね」
「ああ、確かに。言ったことあるんならそのほうが……」
「正平は別の集落に知らせに走った。それに……言いにくいんじゃが正平はちとまずいんじゃ。」
それまでほとんど感情らしきものを見せなかった権さんが初めて困ったような顔になった。
「正平の奴、何かしおったのか?」
その話は松柴さんも知らなかったのか、訝し気に聞いている。権さんはしばらく困った顔をしていたが、やがて小さくため息をついて話し出す。
「その……鍛冶師の所に、身の回りの世話をしている若い女がいるんじゃが、たいそうきれいなおなごでな。集落へ物の交換にも来てたのじゃ。きれいといってもワシらからしたら孫くらいの年じゃ。ワシらの中では若い方といっても正平でも孫で通る年の差なんじゃが、そのおなごに懸想しおってのう。どちらも所帯を持っとるわけではないから、お互いに想っとるなら何も言わんが、おなごの方は迷惑だったようではっきり断られたんじゃよ。それでもあきらめきれんのか色々とあってな。正平は行かせづらいんじゃ」
最後の方は声が小さくなっていったが、要するに恋愛トラブルとは。予想外の内容にカナタ達も呆然としてしまっている。
「なんか力が抜けたが……どうするね?アタシは無理強いはしないよ。アンタ達の判断でいい。」
松柴さんはそう言うが、都市に移住させる計画に少なからず影響するのではないかと思う。人命もかかってるし軽々しく判断しづらい。それにかなり危険が伴うはずだ。
そう思い、考え込むカナタは忘れていた。困っている人を放っておけない人間が隣に座っていることを。
「分かりました!僕たちにできる事ならお手伝いします」