残酷な描写あり
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「なあ、もう行こうぜ!来ないのが悪いんだろ」
そう言って座席に座り込んでふてくされているのはカナタである。時間はすでに約束を30分ほど過ぎている。
「でも直接言ったわけじゃないんだろ?手違いで伝言が伝わってないのかもしんねーし……」
困り顔になってスバルが言うが、カナタは見向きもしない。
「じゃ、どうすんだよ。もう一回言いに行くのか?そんなことしてもきっともういないだろ。あいつ忙しそうだったし。今日もどっかのイケメンの隊長さんと一緒に稽古でもしてんだろうさ。」
と、取り付く島もない。困っているスバルの後ろで、ダイゴはさっき橘に言われた事を言いたくて仕方ないが、言ってしまったら今度は別の問題が起こりそうでもある。つまり「そういう事なら仕方ないか、後は橘さんを信頼して俺たちは俺たちのやる事をやろう」と、冷静に判断して目的地へ出発するか、「はあ、どこのどいつだよ。そんなふざけた事するのは。は?ハルカが危険かもしれない?ふざけんな今から殴り込むぞ、車まわせ!」と、相手方へ出発するか………絶対後者だ。
「言えない~!」
と、一人悶えているダイゴに松柴が優しく声をかけてきた。
「ダイゴ君すまないけど、ここは史佳に任せてやっておくれ。今伝えて、カナタ君に思うままにしてもらってもいいが、今はそれですっきりしても、後で絶対大変な事になる。つらいだろうけど、後でカナタ君にはアタシと史佳でいかようにも詫びる。ダイゴ君は知らなかった事にしておいてくれないかの?」
「お婆さん知っていたの?」
橘からこっそり聞いていたそうで、松柴からもそう言われてしまえばもうダイゴにはどうしようもない。せめてその時は自分も一緒に謝りますというと、松柴は大きなダイゴの手を両手でつかむと自分の額につけ、もう一度だけ謝った。
それから約30分ほどかかったが、松柴が「時間切れじゃ!」と明るく冗談めかして言いようやく出発した。
ハルカ以外を乗せた車はゆっくりと正門を出ると、目的地を目指し走り出した。
運転するは松柴である。他に免許をもった者がいないので当然ではある。道中さぞかし重苦しい雰囲気になるであろう。スバルもダイゴもそう考えていた。しかしその考えはすぐに崩れる事になる。
一行を乗せた車は、街中をゆっくり走っている。スピードを出せないのはこっちの方まで都市から手が届いておらず放置車両がたくさんあり、またその陰から感染者が出てきたりするからである。感染者は音に敏感だ。これはこのパニックが起きて今までに経験則でわかり、周知の事だ。まして他に大きな音を出す物がない今、自動車の音は遠くからでも結構聞こえるものである。
普通に走っているだけでもそうなのに、今走っている車は特に派手な音を立てている。
「ちょ!お婆さんブレーキ、ひいっ」ダイゴが悲鳴を上げる。
放置してある車のサイドミラーを弾き飛ばして走る。
「婆さん、右!感染者が、ああっ!」スバルが叫ぶ
音に誘われ現れた感染者を弾き飛ばす。また、極端に少ないが、まだ避難や移動のために車を使う人がいる事もある。 まもなく高速の入り口付近で一台の車が走っていたのだが、松柴はそのままの勢いで接近。後ろにピタリとつけて速く行けと言わんばかりだ。時折車線をはみ出して追い抜く雰囲気を出すが抜くことは無い。
「ぶ、ぶつかる!」ダイゴはシートベルトにしがみつくという訳の分からない有様になっている
完全にあおり運転である。警察がいたらサイレン鳴らしてすっ飛んできたであろう。前を行く車両も運転手は挙動不審になって何度もルームミラーを見ている。
当の松柴は、「いや、アタシは昔から追い抜きが苦手でねえ。なかなかタイミングが難しいよのう。」とつぶやいていたが。
「は、吐きそう……」一番後ろの席ではカナタが、障害物や感染者を一応避けようとハンドルを切るたびに、前を行く車をあおりだしてからは、急ブレーキを踏んだり急加速したりして、右に左に前に後ろに体を振られまくって息も絶え絶えになっている。
幸い前の車両は途中で道をそれた。街中を爆走し高速に乗ったはいいが、高速も放置した車両や、もしかしたらそれらの車に乗っていたのかもしれない感染者の姿もちらほらある。
このままの勢いで走られたらたまらないと、直近のサービスエリアに寄るように全員の意見が一致しお願いしたのだった。
松柴は終始上機嫌で運転していたのだが、みんなが言うので仕方なくSAへ車を入れるのであった。
「最近の車は元気よく走るもんだな、ハンドルもやたら軽いし快調じゃな」
車を止めた松柴はそう言うが、同乗しているカナタ達はたまったものではなかった。
「なあ婆さん、最近のって最後に車運転したのいつ?」
窓を全開にして顔を出し風を浴びながらスバルが訊ねる。それに対し、松柴はしばし考えるとそれに答えた。
「そうだのう、爺さんがまだ生きておる頃だから……いや、結婚前じゃったか?まだこれもついとらんかったしの」
そう言ってパワーウインドウのスイッチを指す。
「実を言えば、これの車を運転するのも初めてじゃ」
と言ってオートマチックのシフトレバーを指してからからと笑っている。
「……ねえ、スバル君って車運転できたよね?」
助手席でダッシュボードに突っ伏していたダイゴがその格好のまま言った。
「できるけど、運転したことあるのって家と畑の間だけだぜ……」
「それでも……安全運転でいけるよね?」
「……うん」
スバルは実家が専業農家であり、しょっちゅう手伝いに駆り出されている。敷地面積のひろい農家では農業機械や軽トラックは必須であり、スバルは免許こそないが運転技術は習得していた。スバルが言うように家~畑の移動とか、作業中に荷を積んでちょっと前に動かすとかそういう機会は多く、また手伝いの者がやったほうが作業はさばける。
本当はあまりよくないのだろうが、私有地の中だけだという言い訳でスバルもトラクターや軽トラの運転をすることは多かったのだ。
しかし、まさかダイゴが公道での無免許運転の提案をする事とは思っていなかったカナタ達であったが、ここまでの事を思い出し、助手席に乗っていたダイゴは恐怖の度合いも一入だったのだろう。納得し賛成の声を上げた。
それでも楽しそうに運転していた松柴さんに少し悪いなとも思いつつ提案する。
「ああ、そういえばじいさんもアタシが運転するのを嫌がったねえ。どんなに疲れていても自分が運転するって言い張っていたもんじゃ。」
そう言って意外に簡単に了承した。今は後部座席でお気に入りのダイゴに餌付けをしている。
「なあ婆さんこの美馬ってとこで降りるんだよな?」
ゆっくりながらも安全運転で順調に走っていると「美馬 あと2km」の看板が見えた。事前に聞いていた地名だったので確認したのだ。
「ああ、そうじゃな。美馬で降りてくれたら後は案内するからの」
後部座席から身を乗り出すと松柴はそう言った。あとは自分が運転するとか言い出さなかった事に一同はほっとするが、案内するといいつつ助手席に来ないのは、ダイゴの隣が気に入ったらしい。
カナタ達からしたら、体の大きいダイゴの隣は窮屈なので勘弁してほしい所なのだが、松柴はそれもまたいいようで、「安心感があっていいのぉ」との事だ。
ダイゴにはこのまま人身御供として、あの危険運転を封印する重しとなってもらおう。そう考えスバルとカナタは頷きあい、それに決意の表情をしてダイゴも応じる。三人の思惑が一つになった瞬間であった。