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作者: 味噌村幸太郎
R-15
両手におさまらない

「しょ、翔ちゃん……お水くれる?」

 振り返ると、両手でお腹を抑える未来が立っていた。
 未だに青ざめた顔をしている。

「み、未来……」

 ブルマ姿の航太に驚いたから、すっかり忘れていた。
 元カノの存在を。
 
 どうしよう? なんて彼に言い訳をすれば良いのだろう。
 ていうか、俺たち二人は家の中にいただけ……。別にいやらしいことをしていたわけじゃない。
 吐いていた彼女を介抱していただけ。ちゃんと航太に、説明すればいいさ。

 しかし、トイレから出てきた未来を見た途端、航太の表情は一変する。
 
「おっさん……誰? その人?」

 怒っているというより、驚いているようだ。

「あ、あのな。この人はその……さっきまで吐いていてな。俺の家で休ませてあげていたんだ……」

 しどろもどろになりながら、説明を続けていると……。
 途中で、航太が声を荒げる。

「違うじゃん!」

 大きな瞳に涙を浮かべて、俺を睨みつける。
 心底、憎いのだろう。
 歯を食いしばり、両手は拳を作っている。

「え……一体どういう?」
「オレにだって分かるよ! その人、コスプレやってた人でしょ!? 元カノじゃん!」

 髪型やファッションが変わったとは言え、やはりバレたか。

「そ、そうだけど。何もないって……たまたま居酒屋でだな」
「もういいよっ! おっさんの好きにすればっ!」

 そう吐き捨てると、航太は玄関から飛び出てしまった。
 ブルマ姿のまま……。
 参ったな、こんな時に未来と遭遇するとは。

「翔ちゃん……お水、まだかな?」

 航太を追いかけようにも、後ろでうめき声をあげる未来を置いていくわけには、いかないし。
 なんで、こんなことに……。

  ※

 とりあえず、グラスへ水を注いで未来に渡す。
 グラスを受け取った未来は、よっぽど喉が渇いていたのか、一気に飲み干してしまった。

「ぷはっ! ようやく生き返った~」
「……そりゃ、良かったな」

 先ほどの航太が気になって、正直元カノとは言え、雑な扱いをしてしまう。
 それだけ、彼の泣き顔を見たのが辛かったのかもしれない。
 いや……早く誤解を解いて、仲直りしたくて必死なのかも。

「翔ちゃん、なんか怒ってる?」
「いや……ちょっと、心配事があってな」

 さすが、付き合っていただけはある。
 一瞬で俺の心情を読み取るとは……。

「その心配事って……さっきの可愛らしい女の子かな?」
「うっ……それは」

 思わず、声に出してしまう。

「なんかすごく幼い子だったよね? 中学生ぐらい?」
「ま、待てっ! あの子は男の子だ! それにただのご近所さんで、ただの友達だって!」
 
 慌てて否定する様を見て、眉間に皺を寄せる未来。

「本当に~? なんか怪しいな……。ま、私はもう振られた身ですし、強く言えないけどさ……」

 となにか濁したように、視線を床に落とす。
 気になった俺は、当然問いかける。

「なんだよ? 気になるじゃん、言えよ」
「その……翔ちゃん。本当に好きな人が出来たのかって……」

 そう言って、指差すのはキッチンだ。
 食器乾燥機に入っている、皿や鍋のことを言いたいのだろう。
 未来に指摘されるまで、気がつかなかった。

 付き合っている時、彼女が好きなキャラもので調理器具や食器を揃えたのに……。
 航太が我が家へ足を運ぶようになってから、「何年も元カノを引きずるな」と全て処分された。
 要は昔の女から、今の彼女の趣味に変わったと言いたいのだろう。
 航太のことも、ちゃんと誤解を解けてないし、勘違いされてしまった。

 
「ち、違うって! これはさっきの男の子が、色々と面倒を見てくれて……」
「いいよ……翔ちゃん。昔から優しいもんね、私のこと気にしてるんでしょ?」

 別れた時についた嘘が、裏目に出てしまった。

「本当だっ! 隣りに住む、綾さんてシングルマザーの息子さんで、俺に懐いているだけ!」

 だがその名前を聞いた瞬間、未来の目つきが一変する。
 普段は笑顔を絶やさない優しい顔をしているのに、鋭い目つきで俺を睨む。

「綾……さん? そっか、それが新しい彼女さんなんだ……」

 また墓穴を掘ってしまった。
 確かに綾さんは魅力的な女性だが……、好意を持つなんてありえない。
 我が子を大事にしないし。

「未来、お前……一体どうしたんだ?」
「少しね、期待しちゃったんだ。今回の大学の講義も翔ちゃんがいる、”藤の丸ふじのまる”の近くでやるから受けたの。会えるかなって」
「……」
「偶然、会えて舞い上がっちゃった。でも、翔ちゃん。今度こそ本当に出来たんだね、好きな人」

 そうだったのか。変に期待させてしまったな。
 悪いことをした。
 というか、その流れならこのままアパートで一夜を……。

 その話を聞いた俺は、未来の肩に触れようとしたが。
 彼女は俺の手を振り払うように、玄関から飛び出てしまう。
 パンプスを両手で持ち、裸足で。
 
「ごめんね、翔ちゃん! 私が悪いの!」
「……」

 なんかダブルで損をした気がする。
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