R-15
そんなお店を使うな
結局、掃除好きな航太は、俺の部屋を全て片づけると言い始め。
もうかれこれ、数時間も大掃除している。
畳に散らばっていたマンガ雑誌も、しっかりと本棚に並べてくれた。
洗濯はしたのに、たたむのが面倒くさくてほったらかしの服も、ひとつ一つ畳んでタンスへ直す。
まるでお母さんだな……。
しかし、ずっと気になっていることがある。
それは俺が原作を担当した、エロマンガが連載されている雑誌のこと。
彼も男だから興味はあると思うが……まだ未成年の中学生。
自分も思春期に経験があるから、読むなとは言えないが。
母親の綾さんを考えると、気を使ってしまう。
「ねぇ、おっさん」
「ん? どうした?」
「あのさ……おっさんて、マンガが好きなの?」
本棚に入りきらなかった古いエロマンガ雑誌を、束ねて紐で縛る航太。
この雑誌が、18歳以上を対象としていることに気がついてないようだ。
「いや……好きというか。仕事上、必要でな」
「え、ていうことは、おっさんて漫画家なの!?」
「漫画家というか、その原作を書いているんだ」
エロマンガだけど。
「すげぇ~ じゃあ作家なんだ……あっ、じゃあニートじゃないの?」
「違うよ」
まだニートだと、思いこんでいたのか。
確かに貧乏な暮らしだから、そう思われても仕方ないけど。
「そうだったんだ。じゃあ作家だけで食べてる、プロってやつ?」
「まあ、カツカツだけどね……」
「へぇ~ 良いなぁ。ねぇ、オレもおっさんのマンガを読んでみたい」
ブラウンの瞳を輝かせる航太。
断りづらいな。
「いいけど、綾さんには内緒にしてくれる?」
「うん! 約束な!」
そう言うと、小指を差し出す航太。
仕方なく、俺も小指を出して契りを交わす。
「じゃあ読んでみるね……んと、何ページがおっさんの?」
「えっと……150ページあたりかな」
しばらく沈黙が続いたあと、航太の顔は真っ赤に染まってしまう。
目を泳がせて、唇をパクパクとさせている。
「な、なにこれ……」
「その、航太も年頃だから、興味あるだろ? 俺の仕事はエロマンガの原作なんだ」
「聞いてないよ! バカッ!」
喜ぶかと思ったら、めちゃくちゃ怒られてしまった。
普通、この年頃なら喜んで読むだろうに……。
※
「で、でもさ……おっさんのエロマンガだっけ? ストーリーとか、キャラは全部おっさんが考えているんでしょ?」
「ああ、本当はネームが良いんだけど。俺は文字でしか表現できないからな……」
「やっぱりな! しょ、正直読んで見て思ったもん」
何故か勝ち誇ったかのように、胸を張る航太。
一体、何を言いたいんだろう。
「なにがだ?」
「ヘヘ……あんなコスプレイヤーがいるわけないよ。む、胸もアホみたいにデカいし……」
「はぁ、だから?」
「童貞くさいんだよ、いかにも童貞の考えたストーリーって感じ」
そういうことか……。
未だに俺をそんな風に見ているのか。
「あのさ、航太。別に自慢したいわけじゃないが……」
「なんだよ? おっさん、怒ったの?」
「全然、怒ってないよ。前にも童貞って言われたけど、俺。もう童貞じゃないぞ?」
俺がそう答えると、航太は大きな瞳を丸くさせる。
口を大きく開いて驚いていた。
「ウソだっ! 格好つけんなよ!」
「いや本当だって。大学に入ってすぐ、先輩に誘われて『そういう店』で経験させてもらったのさ」
「……」
俺が童貞じゃなかったことが、よっぽどショックだようだ。
肩を落として俯いてしまう航太。
「別に普通のことだろ?」
「……じゃない」
「え?」
「普通じゃないよっ! おっさんのバカっ!」
急に顔を上げたと思ったら、涙目で叫び声をあげる。
「どういうことだ?」
「そんなお店を使うなよ! ”そういう”のはちゃんと取っておけ、バカ!」
「は?」
童貞を取っておく?
一体、なんのために。
「もう今日は帰る! あとの片づけは、おっさんがしろよな!」
「お、おい……」
止めようとしたが、彼は急いで家から飛び出てしまった。
泣きながら……。
童貞なんてすぐに捨てるものじゃないのか。
最近の子供は、わからないな。