▼詳細検索を開く
作者: 味噌村幸太郎
R-15
意識するおっさん

 
 航太くん……いや、もう航太だったな。
 彼に肉まんを渡して、俺も家に帰る。

 扉を閉めて、サンダルを脱ぐはずだったのに……。
 どうしても気になって身体が動かない。
 コンビニで買ってきた、酒やつまみの入ったビニール袋を、玄関にそっと置く。

 そして、ゆっくりと扉を開いて、隙間から彼の背中を眺める。

「あむっ……」

 横顔だけしか見えないが、どうやら肉まんを頬張っているようだ。
 良かった。これで少しは身体が暖まるだろう。
 あれ、なんで他人の俺がここまで心配しているんだ?

「アホらし」

 そう呟くと、サンダルを脱ぎ捨てる。
 他人は他人。俺が出しゃばることではない。
 別に、母親の綾さんも悪い人じゃないし、虐待とかそんな風には感じない。
 俺が勝手に航太のことを思って、やったことだ。

  ※

 ちゃぶ台の上に置いているノートパソコンを、敷き布団へと放り投げる。
 テレビをつけて、買ってきた酒とつまみを出すと、晩酌の始まりだ。

「……」

 なんだろう、いつもなら安い芋焼酎でも酔えるし、美味く感じるのに。
 全然酔えない……。
 原稿料が入って、これから楽しめるはずが。
 
 頭にちらつくのは、あの扉の向こう側。
 隣人の息子。航太が未だにアパートの廊下で、座っているんじゃないかってことだ。
 なんで、赤の他人の俺がここまで心配しているんだ?

 ムシャクシャしてきたので、タバコでも吸おうとしたが、忘れていた。
 切らしていたタバコを、コンビニで買うことを……。
 でもカウンターの前に立ったら、肉まんが目に入ってすっかり忘れてしまった。

「はぁ……なにをやってんだか」

 自分自身を呪いたくなる。
 また寒い中、コンビニへ行くのかと。
 数杯とはいえ、酒を飲んだので外へ出たくない。

 でも、タバコがないと嫌だな……。
 やっぱり買いに行くか。
 寒さに耐えるため、自身の太ももを引っぱたく。

 立ち上がって、玄関に向かうと。
 何やら女性の声が聞こえてきた。

『航太、まだお家に入らないの?』
『いいって! オレは好きでここに座ってんの!』
『も~う、風邪を引いても知らないよ』

 この声、お隣りの綾さんか。
 もう一人は、息子の航太……やはり廊下にいたのか。

「くっ……」
 
 彼がまだ外に座っていると思うと。寒さなんか忘れて、サンダルを履き外へ飛び出る。
 勢いよく扉を開いたため、バターン! と大きな音を立ててしまった。

「「あ」」

 彼と目が合う。

 相変わらず、廊下の上で体操座りをしている。
 トレーナーワンピースとはいえ、数時間もこんな寒空の中にいれば、冷え込んでしまうだろう。
 俺はと言えば、ボロいけど暖かい半纏はんてんを羽織っている。
 大学時代から使っているものだが、これさえあれば、暖房いらずだ。

「おっさん、また買い物?」

 上目遣いで航太が話しかけてきた。

「あ、そうなんだ。タバコを買い忘れてさ……」
「ふ~ん、おっさん。童貞ニートのくせして、タバコなんか吸うんだ」

 だから勝手に決めつけないでくれ。
 
「まあね……ところで、寒くないの?」
「うん、もう慣れたし」

 慣れた、という彼の強がりに、胸が痛む。
 無理しやがって。
 そう思った時には、身体が勝手に動いていた。
 羽織っていた半纏を脱いで、彼の細い肩にかけてあげる。

「なっ!? なにすんだよ、おっさん!」
 
 驚いた航太は、顔を真っ赤にさせる。
 
「あ、いや……俺はさっき酒を飲んで、身体が暖まってるからさ。航太に貸してやるよ」
「はぁっ!? いらねーって、こんな汚いのっ!」
「まあまあ、嫌だったら。俺ん家のドアノブにでもかけておいてくれよ」
「……」

 俺がそう説得すると、航太は俯いてしまう。
 恥ずかしそうに、半纏の袖に自身の腕を通す。
 やはり強がっていただけで、本当は寒かったようだ。

 半纏を脱いでしまった俺は、スエットだけだから極寒だが。
 それでも心は暖まった気がする。
 彼に背中を向けて、アパートの階段を降りようとした瞬間。
 航太がボソっと呟く。

「ありがと……」
 
Twitter