R-15
意識するおっさん
航太くん……いや、もう航太だったな。
彼に肉まんを渡して、俺も家に帰る。
扉を閉めて、サンダルを脱ぐはずだったのに……。
どうしても気になって身体が動かない。
コンビニで買ってきた、酒やつまみの入ったビニール袋を、玄関にそっと置く。
そして、ゆっくりと扉を開いて、隙間から彼の背中を眺める。
「あむっ……」
横顔だけしか見えないが、どうやら肉まんを頬張っているようだ。
良かった。これで少しは身体が暖まるだろう。
あれ、なんで他人の俺がここまで心配しているんだ?
「アホらし」
そう呟くと、サンダルを脱ぎ捨てる。
他人は他人。俺が出しゃばることではない。
別に、母親の綾さんも悪い人じゃないし、虐待とかそんな風には感じない。
俺が勝手に航太のことを思って、やったことだ。
※
ちゃぶ台の上に置いているノートパソコンを、敷き布団へと放り投げる。
テレビをつけて、買ってきた酒とつまみを出すと、晩酌の始まりだ。
「……」
なんだろう、いつもなら安い芋焼酎でも酔えるし、美味く感じるのに。
全然酔えない……。
原稿料が入って、これから楽しめるはずが。
頭にちらつくのは、あの扉の向こう側。
隣人の息子。航太が未だにアパートの廊下で、座っているんじゃないかってことだ。
なんで、赤の他人の俺がここまで心配しているんだ?
ムシャクシャしてきたので、タバコでも吸おうとしたが、忘れていた。
切らしていたタバコを、コンビニで買うことを……。
でもカウンターの前に立ったら、肉まんが目に入ってすっかり忘れてしまった。
「はぁ……なにをやってんだか」
自分自身を呪いたくなる。
また寒い中、コンビニへ行くのかと。
数杯とはいえ、酒を飲んだので外へ出たくない。
でも、タバコがないと嫌だな……。
やっぱり買いに行くか。
寒さに耐えるため、自身の太ももを引っぱたく。
立ち上がって、玄関に向かうと。
何やら女性の声が聞こえてきた。
『航太、まだお家に入らないの?』
『いいって! オレは好きでここに座ってんの!』
『も~う、風邪を引いても知らないよ』
この声、お隣りの綾さんか。
もう一人は、息子の航太……やはり廊下にいたのか。
「くっ……」
彼がまだ外に座っていると思うと。寒さなんか忘れて、サンダルを履き外へ飛び出る。
勢いよく扉を開いたため、バターン! と大きな音を立ててしまった。
「「あ」」
彼と目が合う。
相変わらず、廊下の上で体操座りをしている。
トレーナーワンピースとはいえ、数時間もこんな寒空の中にいれば、冷え込んでしまうだろう。
俺はと言えば、ボロいけど暖かい半纏を羽織っている。
大学時代から使っているものだが、これさえあれば、暖房いらずだ。
「おっさん、また買い物?」
上目遣いで航太が話しかけてきた。
「あ、そうなんだ。タバコを買い忘れてさ……」
「ふ~ん、おっさん。童貞ニートのくせして、タバコなんか吸うんだ」
だから勝手に決めつけないでくれ。
「まあね……ところで、寒くないの?」
「うん、もう慣れたし」
慣れた、という彼の強がりに、胸が痛む。
無理しやがって。
そう思った時には、身体が勝手に動いていた。
羽織っていた半纏を脱いで、彼の細い肩にかけてあげる。
「なっ!? なにすんだよ、おっさん!」
驚いた航太は、顔を真っ赤にさせる。
「あ、いや……俺はさっき酒を飲んで、身体が暖まってるからさ。航太に貸してやるよ」
「はぁっ!? いらねーって、こんな汚いのっ!」
「まあまあ、嫌だったら。俺ん家のドアノブにでもかけておいてくれよ」
「……」
俺がそう説得すると、航太は俯いてしまう。
恥ずかしそうに、半纏の袖に自身の腕を通す。
やはり強がっていただけで、本当は寒かったようだ。
半纏を脱いでしまった俺は、スエットだけだから極寒だが。
それでも心は暖まった気がする。
彼に背中を向けて、アパートの階段を降りようとした瞬間。
航太がボソっと呟く。
「ありがと……」