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作者: 丘多主記
残酷な描写あり
チョコ貰っちゃいけないですか⁈ ②
 そんなわけで奏お姉ちゃんに本命チョコを渡すための一週間が始まった。

 まあチョコと言っても、今回作るのはチョコではない。ガトーショコラだ。これにした理由はいくつかある。

 まず、手の込んだ料理の方がいいということだ。普通のチョコや生チョコを渡してもいいが、作るのが私にとっては簡単すぎる。

 もちろん拘れば色々とやりようはあるが、残念ながら見た感じではそれが伝わらない。

 一方でガトーショコラは卵白でメレンゲを作る工程が難しいし、見た目でも拘った感が出る。その方が気持ちも伝わるのではないかというのが琴姉と私が話して出た結論である。

 そしてもう一つ重要なのが、ガトーショコラは私の好物の一つであるということだ。

 いやいや、お前の好きなものを作ってどうするという声が聞こえてきそうである。だけど、私は重要なことに気付いたのだ。

 私と奏お姉ちゃんの味覚は基本的に一致しているのだ。私の好きなモノは基本好きだ。むしろ私以上に好んでいることばかりだ。

 だから私の好物であるガトーショコラもきっと大好きに違いないと思ったのだ。まあもしかすると違う可能性もあるが、それは信じてみる価値がある。

 というわけで、ガトーショコラを作ることにした。試食役は当然琴姉だ。

 まずはチョコを細かく刻んでいく。ここで細かくしておくと湯煎ゆせんが楽らしいので可能な限り細かく刻む。

 刻んだらボウルの中に刻んだチョコレートに無塩バターを入れて湯煎にかけて溶かす。

 今度はクッキングシートを敷いて、薄力粉とココアパウダーを合わせて振るって、容器に移す。これはまあ簡単だ。

 そしたら別のボウルに卵黄を入れて混ぜる。混ぜ終わったら砂糖を入れて白っぽくなるまで混ぜていく。

 ハンドミキサーがあれば楽に混ぜれるが、そんなものないので泡立て器でひたすら混ぜていく。思ってた以上に重労働である。

 そこに溶かしたチョコレートを加えてよく混ぜ、さらに生クリームも加えて混ぜる。ここまではまだ簡単だ。次の工程がポイントになってくる。

 氷水の上に別のボウルを乗せて、卵白を入れて泡立てる。そしたら砂糖を3、4回に分けて入れ、その都度泡立てる。

 これが半端なくキツイ。中々泡立たないし、ツノが立つまで泡立てないと上手く出来ないからだ。ヘトヘトになりながらも何とかメレンゲが作れた。

 これが終わればある程度楽になってくる。チョコレート液にメレンゲを3分の1加えて、泡が見えなくなるまでゴムベラで混ぜる。

 そこに振るった粉の半分を加えて、粉っぽさがなくなるまで混ぜていく。

 さらに残りのメレンゲの半量を加え、また泡が見えなくなるまで混ぜ、振るった粉の残りを全部入れて混ぜる。

 最後に残ったメレンゲを全部入れて混ぜ、生地作りは完了。ここに来るまでにそこそこ時間がかかってしまった。けど、美味しくする為にはこれくらいの労力は必要だろう。

 出来た生地を型に入れ、平にならし160℃に余熱したオーブンで35分間焼いていく。ここまできたらあとは完成するのを待つのみだ。

 その間、私はリビングのテーブルに座り、琴姉と雑談をしながら待つことにした。

「美優羽は最近どんなネット小説読んでるんだ?」

 琴姉がそう尋ねてきた。ネット小説というと所詮素人の作品と思われがちだが、馬鹿にできない出来の作品も多い。中々いい趣味を見つけたものだ。

 その中で、最近見つけた小説を一つ話してみる。

「そうねえ。やっぱり、百合小説を中心に読んでるかしら。最近だと『かわいいわたしを』って作品がよかったわ。カッコいい主人公を演じる女の子が、後輩の女の子と触れ合っていくことで、その子を好きになって、そしてその子の言葉でカッコいい自分じゃなくて、かわいいものが好きな自分を出すことが出来るようになるっていう青春ストーリーなの」

「なるほどねえ。それは読んでて感動しそうだなあ」

「まあ感動って程ではないけど、爽やかな気持ちになれたわ。私もあんな感じで素直に自分を出せるようになれればなあ」

「美優羽は、奏だけにそうなれないだけだろ。他の子にはそうじゃないだろうから、それとは違うんじゃないか?」

 琴姉はそう言った。確かにその通りだ。私が素直になれないのは、奏お姉ちゃんだけだ。だから、その指摘は何も間違ってはいない。少し痛いところを突かれてしまった。

「ま、まあその通りよね。そう言えば、琴姉最近曲アップロードしてたよね。3日前なのに、もう100万再生超えてるんだから凄いよね」

 私は琴姉を褒めた。琴姉は滅茶苦茶有名なボーカロイドPなのだ。間隔は開きがちだが、曲を上げれば基本100万再生を超える。まさに売れっ子なのだ。

 CDも発売していて、かなり売れているとか。それなら一人暮らししてもよさそうだが、琴姉は前述の通り料理以外はテンでダメなので、この家に住み続けている。

 そのお陰で色々相談に乗ってもらえてるから、有難いのではあるが。

「まあ、100万再生はあくまで結果だからそこまで気にせんよ。それより、曲の感想が気になる。美優羽はどう思った?」

 琴姉は少し前のめりになっている。それほど感想を知りたいようだ。

「けど、こういう感想ってもっと音楽に精通した人とか、評論家に聞いた方がいいんじゃないの?」

「まあそういうのも大事だ。だけど、曲を聴く人の大多数はそうじゃない。フツーの人が多い。だから、フツーの人の感性でどう聴こえるのかを聞くことは大事なんだ。だから美優羽に聞いてる」

 琴姉は私を真っ直ぐ見つめている。確かにそうだけど、私の感性が普通というのは喜ぶべきなのだろうか? それとも悔しがるべきなのだろうか? わからないけど、とりあえず頼りにされていることを感じて、正直に答えよう。

「そうねえ。曲調は相変わらず暗いかなあ……。私はもっと明るい曲が聴きたい。でも、テンポが良いし、所々韻を踏んでいるっぽいから印象に残りやすいし、口ずさみやすいかなあ」

 それを聞くと、琴姉はふむふむと頷き、スマートフォンにメモをしていた。

「こ、こんな感想しかないけど、これでいいの?」

「ああ、問題ない。そういうストレートに感じたことを言ってくれるのが良いんだよ。次の曲はちょっと明るめに作ってみるよ」

 琴姉は少し微笑んでいた。まあ、役に立ったのならよかった。

 こんな感じで雑談をしていると生地が焼けた。このまますぐにかぶりついてもいいが、一旦冷ましてから型から外し、最後に粉糖ふんとうをかけて完成だ。ここまで約1時間。長かった。

 けど、これで美味しいガトーショコラが出来たはず。私はリビングに持って行き、二人分に切り分けて食べてみることにした。

「うん、うまいなあ。これならいいんじゃないか」

 琴姉は食べるなり開口一番でそう言った。

 本当にぃ? 

 そう思いながら私も一口。うん、確かに美味しい。濃厚なチョコの味が口一杯に広がる。しっとりとした食感も中々いい。

 けれど、まだ美味しく出来そうな気はする。

 確かに濃厚な味ではあるがもっと重厚感が出せるはずだ。メレンゲを混ぜるところでもっと泡立てるべきなのだろうか? それとももっと前のチョコを湯煎するところからだろうか?

 そんな感じで私はこれからより良くしていく為の案を練り始めた。その時だった。

「わぁ、美味しそう! 美優羽ちゃん食べていい?」

 匂いを嗅ぎつけたのか、奏お姉ちゃんがのこのことキッチンの方へやって来た。

 ふわっとした髪質に透き通るロングで美しい白銀の髪。身長は高くないが、決して太すぎず痩せすぎずと言った、バランスの取れた身体つき。

 そして、メガネから見せるくりっとした瞳に優しい微笑み。そしてとてもいい匂いがする。爽やかというか、甘いというべきか、判断はつかないがとてもいい匂いである。

 それから、見た目通りにとても優しい。私が素直になれなくても、優しく見守ってくれるし、失敗した時も常に励ましてくれる。

 それは私だけじゃない。電車で老人を見かければ席を譲るし、迷子になった子がいれば面倒を見て警察まで連れて行ってあげる。何か無くしたって同級生が言えばそれを全力で探してくれる。

 まさしく、天使そのものなのだ。地上に現れた触れられる天使。それが奏お姉ちゃんなのだ。

 そんな、奏お姉ちゃんの登場に身体中から熱が湧き上がってくる。

 さて、お姉ちゃんがガトーショコラを食べたそうにしている。

 本当はもっと良く出来ているだろう完成品を食べさせたい。けど、奏お姉ちゃんは食べたそうに試作のガトーショコラを見ている。どうしようか。ここはあげてもいいかな。私はそう決めた。

「ダメっ。食べちゃダメ!」

 だが私の考えとは裏腹に、出て来た言葉は全く違うものだった。

「これは大切な人にあげる為の練習用なの。だからダメ!」

 思っている言葉と出てくる言葉が全然違う……。またやってしまった。これで奏お姉ちゃんに嫌われたかも。そう思いながら奏お姉ちゃんの顔を見ると軽く微笑んでいた。

「うーん、わかった。じゃあ食べないでおくね」

 やっぱり奏お姉ちゃんは優しい。私は一安心した。

「けど、いつか食べてみたいなあ。いつかで良いから作ってくれると嬉しいなあ」

 奏お姉ちゃんは優しく微笑んだ。

「い、いいわよ! その時があるかはわからないけどねっ!」

 私は早口で語尾を強めて言った。そうすると奏お姉ちゃんは、わかったわと言ってリビングを後にした。

 奏お姉ちゃんがいなくなって少しして、琴姉が口を開いた。

「試作くらい食わせてもいいじゃないかって……それを素直に言えてたらここまで苦労してないわな」

 私はただただうなづくしかなかった。
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