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作者: 神無城 衛
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グリニッジ標準時5月31日10時

 ほとんどの戦力を溶かし、次の手を打つ時間さえも確保できなかった反乱軍はさらに追い詰められていった。
 上官に対しても忌憚なくものを言うエックハルトだったが、反乱軍が嫌がらせでこのような条件を課せなければ、特に学徒動員だけの部隊を渡さなければルイーサに説得されることはなかったし、何よりこの防衛作戦の要となっていたかもしれない。それほど重要な人物であったことを上層部が悟ったのはエックハルトを失ってからで、上層部と残された軍の指揮官の作戦会議は混乱を極めていた。
 当初エックハルト中将は戦死したものと思われていたが、捕虜としての検分を済ませ、上級大将として部下の助命を伝え、承認されると先に亡命していたオスヴァルトとエルフリーデとともに反乱軍を説得するための放送に当たった。
 それを受けて反乱軍の会議は紛糾し、ここへきて投降するべきとする意見が少数ながら聞かれるようになり、主戦派がそれに掴みかかって乱闘になる事態にまで及んだ。
 その動揺はその下の将兵たちにも伝わり、さらに傭兵団にも伝わってしまい、内々でもこの状況を変えることは難しいという目測が立ち、敗北の空気が重苦しく要塞内に垂れこめ始めた。それを受けて今後の商売にさわることを見越して戦線離脱を考え始める傭兵団の噂さえ聞かれるようになった。さらに悪いことに、血気にはやった正規軍の将兵が下がった士気を高揚するために本来医療用に限定的に服用するべき数種類の薬物を酒に混ぜて配布するといった状況まで起こり始めた。
もはやこうなると内政の治安維持は困難になり、ヨトゥンヘイム要塞の戦いに耐える兵員は徐々に減っていった。

 上層部がアダルヘイムから持ち出した武装も数に限りがあり、援軍も補給も望めないこの状況では消耗品も節約しなければならない。そんな中でどのように戦うかが主戦派と傭兵団にとって大きな課題となり、ヨトゥンヘイム要塞に立て籠もる上層部の楽観視がこの危機的状況を生み出したのに、その上層部はCEOを失ってからはうろたえるばかりで何ひとつ生産的な結果を出せておらず、投降を諦めた傭兵団の中にはそんなクライアントに痺れを切らして自分たちで戦闘準備を整えて出撃しようとする動きまで出ている。
 ひるがえってギルド軍はアンダーソン元帥主導の下、離反したエックハルトたちの再三にわたる降伏勧告にも応じない反乱軍への対応を一区切りとし、アンダーソン元帥のもと特命を受けたエックハルトがシリウスの外縁でギルドの工兵隊とともに着々とヨトゥンヘイム攻略のための準備を進めていた。
アンダーソン元帥はエックハルト提督に反乱軍内部の最新の情報を確認し、作戦の一部を変更することとした。
アンダーソン元帥が当初立てていた計画は反乱軍主力艦隊をヨトゥンヘイムから引き離して各個撃破し、丸裸にした要塞にギルド保有の光速惑星間弾道ミサイル「ボレアス」を撃ち込んで撃破する計画だった。しかし反乱軍は一枚岩とはいかず、苦しくなった状況を受けて集められた傭兵団が先行して打って出る可能性が出てきたことで、ギルドからの惑星間弾道ミサイル使用の承認が間に合わないこと、傭兵団の動きに併せてアンチドライブシステムを有する反乱軍正規軍が戦闘に出てこなかった場合、アンチドライブシステムに阻まれることでボレアスの亜光速性能が活かせないことが考えられ、惑星間弾道ミサイルのようなものを付近の星系で自作することを決めた。
そこでシリウスに工兵とエックハルト艦隊を派遣し、現地で工兵を主体に使い道が無くなったエックハルト艦隊の船の残骸から必要な部品を取り出して、岩石で構成される小惑星にアルクビエレドライブと通常航行用のエンジンを取り付け、さらに操艦用のコントロールユニットに遠隔操作装置を繋いだ急造の実体弾を建造している。
急造の実体弾の使い方は、まずシリウス外縁からアルクビエレドライブで今いる星系外縁まで運び、アンチドライブシステムの展開する反乱軍の領域にできるだけ加速して突入し、そのまま運動エネルギーを伴う大質量弾として要塞にぶつけるのだ。

エックハルト艦隊が消滅したため、ギルド艦隊はヨトゥンヘイム要塞までの距離を詰めた。そして詳細な情報を収集するため、ユニオン艦隊とギルド艦隊からそれぞれ偵察機を飛ばす。
要塞を守衛する艦隊は戦艦2、軽巡洋艦5、駆逐艦20隻から成り、駆逐隊が単横陣でアンチドライブシステムを展開し、補給艦から定期的に燃料を補給しつつ我が軍ににらみを利かせている。
出待ちの傭兵団の艦隊はヨトゥンヘイム要塞内の港に係留していて外からは状況が読めないため、目下の問題は進路上に立ち塞がる反乱軍艦隊の出方だ。急造の実体弾が届くまでの間はこうして艦隊を接近させて威圧するというのが現状においてアンダーソン元帥がとれる行動だった。

アンダーソン元帥もこの状況を受けて長期戦の危険性について懸念していた。もしヨトゥンヘイム要塞が先に奪取されたガストロープニル要塞と合流した場合、戦闘継続は困難を極める。この状況で長期戦になった場合、世論に厭戦感えんせんかんが蔓延し、他国の支援も望めなくなる。そうなれば反乱軍は勢いづき、残存兵力で他の有人星系へ進攻し、不足する物資を略奪するかもしれない。そうなるとギルドや我が艦隊を派兵したユニオンの国際的評価にも関わる。
アンダーソン元帥にも決戦以外の選択肢はなかった。
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