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作者: 神無城 衛
*1*
グリニッジ標準時5月20日15時

 シリウスで準備を整えた補給艦隊と護衛は一定の間隔を維持しつつアルクビエレドライブに入った。アシハラ星系にはすでに旧アダルヘイム艦隊によるアンチドライブ網が敷かれており、ナイアガラ号を先駆けとする武装商船団が道を開き、開いた血路を輸送船団がハチカンへ向けて跳躍する作戦で、この作戦にはアシハラ星系内からヤマトの宇宙艦隊も出撃し、その時に件の兵器も前線へ輸送される。
「できれば新兵器の出番がないといいのだけれど…」
艦橋でセシリアはひとりこぼした。
 セシリアだって進んで戦いたいわけではない。戦闘になれば敵味方関に関わらず死者や負傷者が出るわけで、勝っても負けても生涯そのことを背負わなければならない。
 そんなことを考えているとアラートが鳴った。アダルヘイム艦隊のアンチドライブ網にかかった。戦闘宙域に入ったのだ。
 アダルヘイムの布陣は上下に敵を迎え撃つ備えで、鶴翼の単横陣を上下に展開しつつアンチドライブ網を展開している。先遣隊はその包囲網の真ん中に誘導された形だ。
『艦隊、戦闘宙域に突入。各艦戦闘開始してください』
 ギルドから出向している副司令官からの無線による号令で火蓋は切られた。
 次々にワープアウトしてくる我が艦隊は航空巡洋艦を中心に置いた二段構えの紡錘陣を展開し、上下の戦闘艦で我が艦隊を飲み込まんとするアダルヘイム艦隊へ砲撃を加える。
 ナイアガラ号は艦隊上側の最後尾についている。
 呼応する形で敵艦隊後方からアシハラ星系防衛艦隊も到着した。中央に新造の駆逐艦と旗艦である軽巡洋艦を擁した紡錘陣で展開し前後からアダルヘイム艦隊を蹴散らす布陣で展開している。
「敵艦隊、分断されていきます」
 砲撃を受けたアダルヘイムの艦隊は左右に掃けていく。しかしセシリアはその速度に嫌なものを感じた。ちょうど士官学校時代のシミュレーションでこんなことがあった気がする。司令官もそのことに気がついているようだが、この作戦の目的と勢いづいた両艦隊は中央で合流する形になった。そこで敵艦隊の真意を確信した。
 アダルヘイム艦隊は左右から囲い込む形で合流し、両軍を囲いこんで殲滅する陣形になった。対するギルド、ヤマト国連合軍は地の利に詳しい司令官の下、航空巡洋艦と軽巡洋艦、新型駆逐艦を軸に据えた車懸りの陣で回転しながら砲撃を加える。
「アシハラ星系軍司令長官から入電です」
 回転しながら砲撃を加えるナイアガラ号に直電で連絡が来た。
『アシハラ星系司令官、都築です。新型兵器のことでウェバー博士から言伝ことづてを預かっています。暗号通信で詳細をお伝えしますのでご確認の上、対応をお願いします』
 通信が終わると添付ファイル付電子メールが送られてきた。
 本文には一言、これを役立ててくれとだけ書かれていた。
『ご無沙汰しています、ウェバーです。今回ヤマトで完成した新型兵器はそちらの戦線にも届いていると思います。貴艦隊の中で一番この兵器について熟知している貴女にこの兵器の運用をお任せします。アシハラ星系軍とギルド、先遣隊司令官と総司令のルイーサには話をつけていますのでどうか有効にお使いください。グッドラック』



 アダルヘイムの司令官は先の通商破壊網を突破された雪辱を晴らすために闘志に燃えていた。彼はアダルヘイム軍の勝利を疑っていない。艦隊の総数はほぼ互角で、足並みが揃わないなどと言われながらもこちらは艦隊としての戦闘に慣れている。対して数では互角といいつつも相手は寄せ集めの軍隊、陸軍は外洋に展開した敵艦隊の通商破壊作戦による物資不足にあえいでいるが、それも我が艦隊が勝利すればいいだけのこと。こちらに不利な条件はない。そして自分は前回の戦闘でナイアガラ号に一杯食わされた雪辱を晴らすのだという強い決意がある。司令官はそう高を括っていた。

 ギルド軍もなかなか粘っている。艦隊を密集させて回転させることによってレーダージャマーの粒子を拡散させ、砲撃は正確にアダルヘイム艦に当たっている。だが出力の弱いプラズマ砲ではアダルヘイム艦隊に致命傷を与えることはできず、艦載機による攻撃の損害も限定的だ。よほどの秘策がなければ我が艦隊が負けることはない。そう確信していた。しかし何か腑に落ちない違和感も消せないでいる。なぜ敵艦隊は旗艦でもない駆逐艦を中央に置いているのか、そこに不穏なものを感じている。

 セシリアはアシハラ星系軍とギルド司令官の三者を交えて緊急連絡した。新造駆逐艦と称される飛鳥級あすかきゅう誘導弾の特性を活かした運用について一つの具申をし、承諾された。

 ギルド艦隊が動いた。とぐろを巻く蛇のように展開した車懸りの陣を単縦陣に引き伸ばし、挟撃する二翼のうち密度の低い端を高速で抜けていく。一方で最後尾にあった新型駆逐艦は高速で抜けていくギルド艦隊の進行方向から見て左舷90度に転舵して旗艦のある我の艦隊に向けて加速してくる。不思議なことにこの艦は一切の武装がなく、砲撃を受けてもこちらに向けて加速は止まらず、音速の2倍まで加速し、さらに加速して戦闘領域を離脱し、ついに砲が追いきれない速度に至った。応戦する艦隊を突っ切ると艦隊の遥か後方で減速した。
 敵の意図が読めない以上これを逃がすわけにはいかない。艦隊から2隻駆逐艦を分けて追跡するよう指示を出した、その時…
 レーダーから船の反応が消えた。最初は自爆したのかと思ったが、違う。ちょうど星が一つ輝くように白い光を放って炸裂し、次に視界がブラックアウトしたように真っ暗になった。
「艦隊後方に強力な重力収縮を感知、舵が利きません」

 
新型兵器、シ号兵器はごく小規模のビッグクランチを発生させるもので、セシリアはルイーサの信条とこの新型兵器の彼我への危険性を鑑み、敵艦隊の中央を抜けてはるか後方で炸裂させた。レーダーが強化されているアダルヘイム艦隊ならこの兵器の効果について十分に理解し、この艦隊との決戦がどれほど危険なものであるかを分からせ、撤退させることができるだろうと踏んだ。

攻撃を受けた左舷の敵艦隊は重力に足を取られ、一点にもみくちゃにされながら無理やり後退させられ、体制が崩れてしばらくは元通りに統制が取れないほどかき回された。
加えて強力な電波障害も起こり、単縦陣から再度紡錘陣で右舷艦隊の後方に噛みつこうとしたギルド艦隊も発光信号でやり取りしなければならなくなったが、我の艦隊の後方に狙いをつけていた左舷のアダルヘイム艦隊の方が状況は悪かった。旗艦からの連絡が途絶え、僚艦りょうかんとも連絡が寸断されて動揺しており、僚艦に対して必死に平文で交信しており、ノイズだらけの通信を途切れ途切れに傍受ぼうじゅしてもわかるほど情報が錯綜し、もはや戦闘に堪える状態ではなくなった。
前後不覚にかき回された最中でも絡まった艦隊から抜け出してきた艦があった。この部隊の指揮を執っていると思われる重巡洋艦だ。
「アダルヘイム艦から全チャンネルで通信が来ています、発、アダルヘイム第13外洋戦術艦隊司令、宛、ギルド軍所属装甲巡洋艦ナイアガラ号艦長。出ますか?」
「いい知らせではなさそうね、繋いでちょうだい」
『私はアダルヘイム13外洋戦術艦隊司令官である、先の戦闘での私の部下の汚名をそそぐべく貴艦に対し再戦を望むものである、ついては単艦同士による決闘にて勝負されたし、我が方はこの戦闘に敗北しない限り最後の一隻、最後の一兵までこの戦闘でじゅんずる覚悟である』
 その発言にセシリアは苛っときた。最後の一兵までなどとは少なくともこの状況で戦闘のスペシャリストが軽々しく言っていい言葉ではない。こんな自軍の兵の命さえ軽んじるような奴に負けるわけにはいかない。
「司令官と敵重巡洋艦に伝達、この戦いは私の誇りにかけて受けて立ちます」
かくしてギルド艦隊とアダルヘイムの残存部隊が見守る中でナイアガラ号と重巡洋艦が差し向かった。
 

「砲雷撃戦用意、砲撃でかく乱しつつ接近する。私はしばらく艦を離れるため先に組んだ戦術で各員応戦、予定外のことがあれば連絡して」

「敵艦は衝角戦で来るかもしれない。加速する前にプラズマによる集中砲火で押しとどめる。全力で砲撃しろ」

 ナイアガラ号と重巡洋艦は砲撃しつつ加速し徐々に距離を詰める。攻撃の手数は重巡洋艦の方が多いが、対するナイアガラ号も堅固な迎撃システムで敵方の弾幕を退けつつ加速しながら接近する。
 一瞬双方の砲撃が止んだ、双方の砲が有効範囲の内側に入ったためだ。それでも双方減速しない。接触までわずかとなったところで、ナイアガラ号が舵を切り、ナイアガラ号は重巡洋艦の船体左舷を擦った。
 重巡洋艦の艦内では鈍い衝撃とバルジがひしゃげる悲痛な音が響くが、ナイアガラ号が舵を切ったことですぐに止んだ。
互いの船はそれぞれ進行方向に対して右回りで旋回する、再び砲門を開いたのは重巡洋艦だった。砲に再びエネルギーが充填され、発砲しようとしたが…
安全装置が作動して砲のエネルギーが低下した。魚雷管のシステムも機能停止し、重巡洋艦は攻撃能力を失った。
「何が起きた、状況知らせ!」
「艦が電子攻撃を受けています」
「スタンドアローンの我が艦が攻撃だと?」
 司令官が状況を理解できないのは無理からぬことだ。決闘を決めてナイアガラ号に向かい合ったとき、この船はスタンドアローン状態にした。その時点で外部からの電子的接触がないのに攻撃された、一体どうなっているのか…
「左舷に瑞雲Ⅱが引っかかっています、攻撃はそこから行われています」
「ファイアウォール浸食されています。対処間に合いません」
「機関部、武器システムからの接続遮断」
「艦内に熱源反応、移乗してきた兵員がいます」
「隔壁制御システム遮断、艦橋までの物理的遮断不可能」
 司令官は声を荒げた。
「白兵戦準備、最後の一兵までたたか…」
司令官が言い終わる前に艦橋に転がり込んできたスタングレネードが炸裂し、真正面で食らった司令官は気を失った。



グリニッジ標準時5月21日1時

 船にいた船員は艦橋の5名で、残りのシステムはすべて自動化されていた。ナイアガラ号から乗り込んだのは2名で、うち一人はセシリアだった。
司令官が目を覚ます。めまいがするようでしばらく目を瞬かせたが、すぐに状況を理解したらしい。艦は制圧されていて、投降したクルーも彼もすでに拘束されていた。
「お目覚めですか、司令官殿。私はナイアガラ号艦長のセシリア・バートランドです。貴方には言いたいことがあります」
 正面に立ったセシリアが屈んで声をかけた。
「私は、我が艦隊はこんな小娘に負けたというのか…」
 その発言にさっきまでとは違う感覚で、少し苛っとした。
「ここでの会話は貴艦の僚艦を含むこの戦闘宙域のすべての艦に放送しています。くれぐれも発言には気をつけていただくようお願いします」
セシリアは立ち上がり、司令官を見下ろして続けた。
「貴官は私たちが新兵装を使用し、混乱のさなかで僚艦を顧みず、こうして私たちに勝負を挑み、そして負けました。その時の発言を覚えておいででしょうか」
「軍人の矜持きょうじにかけて最後の一兵卒まで戦う、そう言った」
「その通りです。しかし一介の指揮官は自分の指揮下の、一兵卒まで戦場から家族のもとに還すべきで、その命に責任を負うべきと、私は士官学校で恩師に教わりました」
「それが何だというのか、大儀の前に将兵の命など惜しむ余地は…」
 ダン
言い終わる前にセシリアは床を靴底で激しく打った。
「兵を犬死させて大儀をかたるな!あなたみたいな人がいるから無意味な血が流れるんだ」
一瞬のことだが、沸き上がった憤怒はセシリアを疲れさせるには十分だった。よろけたセシリアをクルーが助けようとしたが、セシリアは手のひらを向けて首を横に振って不要と合図して態勢を立て直し、カメラに向かって静かに話した。
「この戦場に立つすべての人は今一度考えてください。このような指揮官と敵対し血を流す意味を、この指揮官と…、この指揮官を据えたCEOのために命を賭して戦う意義を…、皆さんが何のために命を賭して戦うのか、どうか自分のために考えてください」
 セシリアが言い終わるとクルーが通信を切り、セシリアに肩を貸して、後から付けたシャトルに向かった。


 後で聞いた報告によると、アダルヘイムの艦隊は3分の1程度が宙域を離脱し、残りの3分の2がアダルヘイムからの離反を決意したらしい。
 離反した動機は主に二つで、多くは秘匿されていたヤマトの新型兵器にこの指揮官と艦隊では対抗できないと踏んだためで、それ以外の一部はセシリアの演説に触発されたということだった。
 医務室で疲労によるめまいだから休むようにと診断を受け、執務室で一休みして落ち着いたセシリアは頭を抱えていた。熱くなった勢いとはいえ我ながら恥ずかしい気持ちになった。結果的に味方に脱落を出さずに戦闘を終えてさらに3分の2の戦力をほぼ無血のうちに減らし、さらに味方に加えたことはルイーサやヤマト司令官からの評価も高かったが、ただの小娘が偉そうに何を言っているのだろうと思った。
 アダルヘイムの捕虜は戦闘不能になった時点で返還されたとしても先が知れているということはルイーサやギルドに亡命したCEOも知っているので、捕虜の返還などの交渉には使えないことは明白だ。検分が済んだ者はアダルヘイムから接収した食料プラントの運営を任せるということで、ルイーサいわく彼らは良い働き手になるだろうとのことだった。他に伝えられたこととしては、セシリアの言葉に感銘を受けた一部の捕虜がセシリアの下で働くことを熱望しているという。恥ずかしいから忘れてほしいと心の中でセシリアは思った。しかもあの後極度の緊張が解けてよろけてしまうという見苦しい所を見せてしまったのでセシリア的には非常にマイナス点だった。
ともあれ捕虜の処遇については本心からなのか何か裏があってのことかは分からないので検分を待ってからになるだろう。ルイーサとの通信を終えたセシリアは執務室の椅子に深く沈みこんだ。
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