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作者: 神無城 衛
*2*
荷物を受け取り、軌道ステーションの到着ロビーに出ると数名のクルーが迎えに来ている。
「ようセシリア、しばらく見ないうちにたくましくなったじゃねぇか」
「船長就任おめでとう、改めてよろしくね、セシリア」
 機関長のヤマモトとヤマモトの妻である主計長のルナが声をかけてきた。
「パパ、ママ、私もいるのよ」
「お前は変わってねぇなぁ、二、三日会ってないだけだからな」
「あら、ニホンには『男児三日会わざれば刮目かつもくせよ』って言葉があるらしいわよ」
 久しぶりにユカの家族が楽しそうにしているのを見ていると船での日常に戻ったのだと妙に安心できるのだから不思議だ。
 セシリアとユカの家族はナイアガラ号を停泊しているポートに向かった。


 EA⁻DIMOS⁻677524 3級装甲巡洋艦 ナイアガラ号…
遡ることグレゴリオ暦で160年ほど前、旧地球連邦軍の6隻あった主力戦艦、マウントオリンポス級の払い下げ品の船で、シリウス独立戦争に敗れ、内政に混乱が生じたさなかに新地球連邦政府がシリウスから要求された賠償金の一部として当時ですら陳腐化し始めた戦艦を造船技術のサンプルと艦隊運用の練習艦のために仲裁に当たったギルドを経由してシリウスに移譲し、その後シリウスが民間に払い下げ品として売ったものの3番艦で、新地球連邦政府が後にこれを上回るグランドオリンポス級戦艦などが建造されたことで装甲巡洋艦扱いとなった。
 元の船は古く、改造を施した今でも機関部やライフラインはアナログだが、それゆえに電子戦やプラズマによる物理攻撃にさらされてもシステムダウンせず、亜光速性能が非常に高い機関部をそのままに近代化改修を施して小型の民間船舶向けである3級のアルクビエレドライブを搭載して航続距離も長くしている。アルクビエレドライブ使用時は1パーセクを地球時間の24時間で航行できるので、特に今回のような長距離輸送には欠かせない装置である。3級とは小中型艦艇に設置できる最大の装置で、大型の客船などの民間船舶にはさらに足の長い2級、1級は軍用艦にのみ認められた装備であり、それまでの亜光速あこうそく航行機関とは比較にならない性能を持っている。
 現在では陳腐化した亜光速機関だが、研究開発は続けられていて、ナイアガラ号も新型機が出るたびに更新している。

大昔、ニホンが帝政だった頃に保有していた伊号潜水艦にも似ているとされる外観のナイアガラ号、特筆すべきは艦首の分厚い装甲で、場合によってはこの艦首で衝角戦(艦首を敵艦にぶつける戦法、体当たり)ができ、特に極超音速で衝突した際に敵艦に与えるダメージは甚大である。
「ただいま、ナイアガラ号…」
 船の外観をひととおり確認して、船体に描かれた緑の葡萄が入った酒杯のロゴを指でなぞりながら久しぶりの母艦に挨拶をした。ナイアガラ号の由来は、宇宙の輸送船業を興した当時の船長兼社長だった祖父、ダグラス・バートランドがナイアガラという白葡萄のワインを好んだことに由来するらしい。セシリアはそのワインを飲んだことはないが、発酵させていない果汁100パーセントのジュースは飲んだことがあり、白葡萄の瑞々しいフルーティーさとくどくない自然な甘味がとても美味しい。
船体に触れるとほのかにこの船の温もりを感じる気がする。その温もりを感じていると昔の船乗りの言い伝えを思い出す。船に魂があり、いざというときに助けてくれるというものだ。宇宙の海を渡るこの時代にあってもそういう非科学的なことがあるような気がしてくるから不思議な感じがする。
 他のクルーが出発のために荷物を運びこむ間に、セシリアは各部門の当直当番に先に挨拶を済ませることにした。

 菓子を持っていくと皆笑顔で迎えてくれた。中には激励をくれる者もいて、改めて自分が預かるクルーの一人ひとりに対する責任を感じる、これまで意識しなかったことだが、宇宙軍士官学校で学び、改めて父から仕事と船を受け継いだことで実感した。
 熟練のクルーによって準備は滞りなく進み、出発はグリニッジ標準時の6時(東京の標準時で15時)と決まった。
 東京の標準時で12:00になったところで艦内の各部署では点呼と時刻規正を行う。
「グリニッジ標準時にて時刻規正を行う。現在時イチイチゴウキュウ…ゴ、ヨン、サン、ニイ、ヒト、今…イチニイマルマル、時刻規正完了。装備品あたれ、人員装備異常無いか」
「人員装備品異常なし」
「これより出港準備にかかれ」
艦長室にいるセシリアは各部署からの人員物資異常なしの報告を受け、艦橋へと向かう。

「ブリッジから管制塔へ、EA⁻DIMOS⁻677524、 バートランド商会所属、3級装甲巡洋艦ナイアガラ号です、出港許可を願います」
『管制塔からナイアガラ号へ、出港を許可します。貴船にセントエルモのお導きがありますように』

 艦を格納するポートのシャッターがゆっくりと開き、新米船長のセシリアと熟練のクルーを乗せたナイアガラ号はエウロパを目指す旅路へと踏み出した。
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