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作者: 甲斐てつろう
#2
『ヒーローに、ならなきゃ。』
駆け足で帰って来た快。
玄関の扉を開けて入ると姉の美宇が急いで支度をしていた。

「ただいま……あれ、まだ準備終わってなかったんだ」

「そうなの、仕事長引いちゃって……本当大変っ」

仕事に疲れたのか乱れた髪や少し崩れた化粧をしっかりと直している美宇。
服もお洒落なものに着替えている。

「そのうえ今日は婆ちゃんも来るし多分面倒見させられるから余計疲れるよ、いつになったら休めるの……」

口調から苛立っているのが分かる。
こんな時は余計な事をしない方が良い。
なので快は瀬川と言い合いになってしまったストレスを内に秘める事にして自室に戻り制服を着替えた。



私服に着替え終わり居間に出てくると美宇は既に支度を終えていた。

「髪乱れてるじゃん、直すから洗面所来て!」

すると快の髪型を見てため息を吐きながら洗面所へ向かう。

「別に良いよ、墓参りだし」

「ダメ、マサも来るんだからみっともないとこ見せられないでしょ!」

「はぁ、そっちの都合じゃん……」

そう言いながらも逆らうと怖いため快は洗面所に着いて行った。
そこで身長差のため無理やり屈まされながら髪を弄られる。

「いたた……っ」

「動かないで!」

少しピリピリしている美宇。
仕事のストレスと両親の死と向き合わねばならない日が重なっているからであろう。
それくらいは快にも分かるが自分にぶつけないで欲しいと思うばかりであった。

ピンポーン

そのタイミングで玄関のチャイムが鳴る。

「あ、来た!後は自分でやって!」

そう言って美宇は快の髪を整えると言いながらも自身に任せて玄関へ向かった。
そして現れたのは。

「美宇、来たよ」

「いらっしゃいマサ〜」

姉の婚約者である昌高という青年だった。
 




居間のソファに座りながら婚約者である昌高と楽しそうに談笑している美宇。
洗面所からもその声は聞こえていた。

「……っ」

正直に言うと快は昌高が苦手である。
その理由は明確にあった。

「快ー、まだー?」

髪の手入れは既に終わっていたが中々出て行けないので急かされる。

「今行くよっ」

そして不機嫌そうな顔で昌高のやって来た居間に顔を出した。

「こんにちは快くん」

優しい笑顔で出迎えてくれる昌高だが反対に快はまだ不機嫌そうだった。

「ども……」

その態度を見て美宇は少し怒る。

「ちょっと、何その態度は?」

しかし昌高はすかさずフォローする。

「良いよ、緊張してるんだもんな」

一見問題なく優しそうに見えるが快にはそれが違和感だった。

「じゃあ行こうか、お婆さんも待ってる訳だし」

そして立ち上がった昌高に着いて三人は祖母の所へと向かった。



祖母のもとへと向かう車は昌高が運転している。
その助手席に座る美宇と二人は会話で盛り上がっていた。

「今日非番だったけど大変だったみたいじゃん?」

「そうなの、田中さんが癇癪起こしちゃって……」

「そっか、ごめんな大変な時に居なくて」

「ううん、障害持った方たちの力になれるのって大変だけどやり甲斐あるから」

この二人は同じ障害者施設で働いており出会った。
以前若者支援センターに美宇が現れたのもそういった繋がりがあるからである。

「凄いな、家の事もやりながら仕事してその上おお婆さんのお世話まで……結婚できたら俺も手伝えるから安心してよ」

「うん、楽しみだね」

そう言って快の方に話しかける昌高。

「快くんも俺らを親みたいに思って良いからね」

その笑顔が快にとってはやけに不愉快だった。
窓の外を見るように目を逸らし頭の中で文句を唱える。

「(この人俺にも施設の障害者と同じ感じで接してくるから違和感なんだよな、親って言ってる割に……)」

そう思っている内に祖母の家まで着き、祖母を乗せてから墓まで向かった。





そして両親の墓の前で四人揃って合掌する。
祖母は涙を流しながら小さな声で何か呟いていた。

「あんた達が生きてたらこんな……っ」

現状を不満に思っている祖母は毎年のように墓参りではこんな様子になっている。

「(俺はよく分かんないや……)」

最期まで両親とは不仲であったため快は何を思えば良いのか分かっていなかった。
よく分からないまま線香に火を点けて墓を洗浄し花を添える。
この一連の流れが快にとっては非常に虚無であった。

「父さん、母さん……」

しかし美宇や祖母は悲しんでおり昌高もそんな二人に同情している。
一番の当事者なはずなのに一人だけ蚊帳の外にいるようでここでも孤独を感じていた。



墓参りが終わった後、四人は快と美宇が暮らす自宅に戻って来て食事をしていた。
美宇は祖母のためにコミュニケーションを取ろうと声を掛ける。

「婆ちゃん、美味しい?」

「…………」

しかし祖母は耳が遠いため聞こえなかったようだ。
そのため声を大きくしてもう一度言う。

「お い し い⁈」

すると祖母は驚いたような顔で美宇の顔を見る。

「突然大声出してどうしたの⁈」

「はぁ、全然聞こえないからでしょ……」

こちらに注意が向けば多少は聞き取れるようで会話は何とか続く。

「これ、私が作ったんだけど美味しい?」

「う〜ん、お母さんのと違うね……」

「あっそ……」

そして祖母はネガティブな発言を始める。

「二人がまだ生きててくれたらねぇ、私も安心だったんだけど……」

その発言に美宇は少しがっかりしたようで反論する。

「私が居るじゃん、仕事しながら婆ちゃんの世話もして大変なんだよ?それでも頑張ってるんだから」

そして昌高の話も持ちかける。

「しかも私結婚するから、そしたら婆ちゃんもマサが居てくれてもっと安心できるでしょ?」

「え?聞いてないけど」

「言ったよ、覚えてないだけでしょ……」

祖母は初期の認知症であるため色々な事を忘れてしまうのだ。

「結婚は早いでしょ、まだ子供なんだから」

「いやいや、今いつだと思ってるの?私もう二十四だよ?」

「私が若い頃はね、そんな簡単に人生を預けたりしなかったもんだよ」

「また昔の話?今はもう違うよ……」

だんだんとヒートアップして言い合いのようになっていく。

「毎日こんな話ばっかり聞かされるこっちの身になってよ……!!」

美宇はいつも仕事で大変な思いをしたうえで祖母にこのような話ばかりされている。
疲れてしまうのも無理ないだろう。

「まぁまぁお婆さん……」

昌高も祖母を落ち着けようとするが祖母もヒートアップしてしまっている。

「あんたはバレーボール続けてれば良かったよ、その方がきっとお金も入って楽できたろうに……」

その祖母の発言が決定打となり美宇の苛立ちは怒りへと変わった。

「何で私がバレーボール辞める事になったと思ってるの……?何のために夢を諦めたと思ってるの⁈」

勢いよく食器を置いて前のめりになる。

「父さんと母さんが死んで婆ちゃんも支援を大変そうにやってたからでしょ……?」

祖母に掴みかかる勢いで想いをぶつけた。

「婆ちゃんもお金なくて支援するのやめたいって言ってたからさ、全国行ってプロにもなれたかも知れない夢を諦めて働く事にしたんだよ……⁈」

「ちょっと美宇、落ち着いて……」

昌高も止めようとするがもう止まらない。

「なのに何その言い方⁈誰のためだと思ってるの……⁈」

そう言って美宇は席を立って自室に飛び込んで行った。

「〜〜っ」

追いかけるように美宇の自室へと向かう昌高。
しかし扉越しに美宇の声が聞こえる。

「着いて来ないで!」

そう言われて戻って来る昌高。
居間に流れる非常に気まずい空気、耐えきれなかったのか祖母が口を開いた。

「ごめんね、あの子らが生きてさえいれば……」

死んだ両親の事を想いながら涙を流す祖母。
しかし快はやはり共感できなかった。
代わりに昌高が口を開く。

「俺と美宇が代わりになりますから、どうか結婚を認めて下さい」

その言葉に快は反応した。

「っ!!」

昌高はそんな快に向き直り続ける。

「快くんも両親を早く亡くしたから学ぶ事も学べなかったでしょ?大丈夫、俺らを本当の両親のように思って……」

そこで快が遮るように言う。

「ちょっと無理かも知れないです、俺そもそも両親が苦手だった……」

「え……?」

そして今の想いを伝える快。

「いつも怒鳴ってばっかだと思ったら急に泣き出すし、どうすれば良いか分かんなかったんですよ……」

次に今の美宇と祖母のやりとりを話題に出した。

「今のみう姉と婆ちゃんの喧嘩によく似てた、二人が新しい両親になってまた同じように怒鳴り声の聞こえる毎日を過ごさせるんですか……⁈」

そして快も美宇と同様に自室に戻ろうとする。

「快くんっ!」

昌高の声も無視して廊下を歩いて行く。
その道中には美宇の部屋があった。

「え……」

そのドアの前には俯いた表情で立っている美宇の姿が。
ドカドカとこちらに歩いて来る。

「〜〜っ!」

そして思い切り快の頬をぶった。

「え……?」

「私だってこんな風になりたくなかった……」

プルプルと震えながら快を睨みつける。

「私は一生懸命みんなに歩み寄ってる、それなのに拒否されて!どれだけ辛いと思ってるの⁈」

歩み寄っているのに拒否をする。
その言葉を聞いて快はハッとした快。
先ほど学校で瀬川に同じ事を言われたのだ。


『今分かったよ、お前に友達が出来ない理由。せっかく歩み寄ってんのにお前が拒否してんだ』


瀬川との関係が悪化してしまった理由を表した言葉。
今快は美宇にも同じ事をしているのか。
更に美宇は言う。

「父さんも母さんも一生懸命あんたに歩み寄ろうとしてた、あんたが拒絶してたんじゃない……!」

快が両親を否定するような言葉を放ったのでそれに対しても反論した。

「そんな訳……」

ずっと苦手だった両親。
今更彼らが歩み寄っていたと言われてもよく分からない。
しかしその割に快の脳裏には最期の日の両親の姿が浮かんでいた。


『どうしても快に話したい事があるんだ……』


外へ呼び出された時の言葉。
あの時の両親の目は非常に優しかったのを覚えている、これまでにないほどに。

「分からない、今更言われても分からないよ……っ!!」

快の頭はパニックになってしまい急いで自室へ駆け込む。
勢いよく扉を閉めて暗い部屋で電気も点けないままドアに寄りかかってへたり込んだ。

「はぁ、はぁ……っ」

動悸が凄まじい。
久々にパニック発作が出てしまった。
しかし頓服薬はあるものの飲み水が自室にはない。
今は出て行くのも気まずいためこのまま耐えるしか無かった。
そんな中でも思い出されるのは両親の最期の言葉。

「何て言おうとしたんだよ……」

そのまま快は動く事が出来なかった。



一方でここは咲希の自室。
真っ暗闇の中に巨大な聖杯だけが聳えていた。

「ん、わかった」

何やら誰かと電話をしているようだ。
それをルシフェルが指摘する。

「またアイツか?」

「うん、"ライフ・シュトローム"が乱れてるって。デモゴルゴンが使えるかも」

聞き慣れない言葉を当たり前のように告げながら咲希はスマホで罪獣を召喚するアプリを起動した。

「やっと使えるよ、デモゴルゴン」

何か特別な罪獣なのだろうか。
咲希は待ち侘びていたような事を言いながらその第六ノ罪獣デモゴルゴンを召喚した。
その瞬間、快の精神に何かが入り込んだのである。





つづく
つづきます
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